入団式の通過儀礼。
全員に向けられるこの教官の喝は本当に精神に来る。
姉に聞いていたからズタボロになる覚悟はできていたのに、情けないながら涙目になってしまった。
「貴様は何者だ!」
「トロスト区出身、ジャン・キルシュタインです!」
「何しにここへ来た!」
「・・・憲兵団に入って、内地で暮らすためです」
驚いた。私の目の前にいるこの正直な男はジャン・キルシュタインと言うらしい。この鬼教官を前に、素直にそんなことが言えるとは・・・
内地に行きたいだなんて、ここにいるほぼ全員が思ってることだろうけど、そんなこと口にする人間はごく少数だ。大抵が嘘であっても人類のためと答えてるだろう。
私は、嘘ではないけど・・・。
この男はバカ正直ってやつだろう。
案の定ジャンは教官から頭突きをもらってその場にうずくまった。
こうなることは分かっていただろうに・・・。
頭突きの痛さに座り込んだジャンは、また教官に喝を入れられて無理やり立たされた。
立った瞬間、目があった。真正面なのだから仕方ないのだけれど、一瞬だけその鋭い視線に吸い込まれるような感覚がした。本当に一瞬だったけど。
だって、
「・・・ふっ」
会った瞬間、鼻で笑われた。
なんなんだこいつ。人の顔みて笑いやがった。自分で言うのもなんだけど、特に不細工ではないはずだし、少なくとも笑われるような顔じゃないはずだ。いや笑われたことは1度もない。明らかにバカにしてる。バカはお前だ馬面。
ふつふつと沸いてくる怒りを隠すことなく振り向いてしまった背中を睨みつけるけど、相手は気付くはずもない。それに余計に腹が立った。初対面の人間を鼻で笑うなんて、失礼にも程がある。
他にも芋が食べたいから今芋を食べるのだ、とか言い出すバカ正直な人間もいたが、今は目の前のこの男にしか意識が向かない。
私は立派な兵士になるという夢を持ってここへ来た。なのに、なのに。今はこの男への怒りで胸が溢れかえっている。
この3年間でどうにかこの男を屈服させてやりたいと、そう思った。
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