「ジャンはさ」
ジャンと付き合ってまだ間もない頃、こんな話をした。
「将来憲兵団に入って、何かやりたいこととかあるの?」
隣で立体機動装置の手入れをひたすら進めていたジャンがチラリとこちらを見た。だけどジャンのことをジーッとと見つめている私と目が合って気恥ずかしくなったのか、その目はまた立体機動装置へと向けられた。カチャカチャと、ジャンが立体機動装置を弄る音が2,3回聞こえた後に、その音の中に混じってジャンが小声で呟いた。
「別に、何も考えてねぇ」
嘘だな。そう思ったのは、彼が彼らしくない、自信なさげな声を出したからだ。ジャンのことだから、本当にそう思ってるなら「は?んなもん考えてねーよ」だなんていつもの悪人面で吐き捨ててくるんだろう。だから嘘だとすぐに分かった。彼にだって夢があってもおかしくない。憲兵団に入る、以外の夢が。
「嘘でしょ」
「はぁ!?」
「ジャンって、嘘をつく時頬を掻く癖があるよね」
これもとんだ嘘っぱちだ。さっきも頬を触ってなんかいなかった。ただカマをかけただけだ。別にかける必要はなかったんだけど、少しだけ悪戯。でもその悪戯は思いの外有効だったようで、観念したようにため息をついた。私は最近少しだけ、姉に似てきた気がする。
「そういうお前は、どうなんだ」
「え、私?私のはどうだっていいじゃない」
「人に聞いておいて、そりゃねぇだろ」
一理ある。自分でもそう思うが故に、反論が出来ない。だけど彼は、とっくに私のやりたいことは知っているはずだ。調査兵団に入って立派に人類に尽くす。ジャンどころか、きっと104期生なら皆知ってる。調査兵団に行きたいだなんて変わり者はそう居ないから。
「調査兵団に入って巨人を駆逐する!」
エレンの真似事をしてみた。エレンだって毎回毎回駆逐駆逐と騒いでるわけではないけど、私の中でのエレンのイメージは、これが断トツだ。少し場を和ませるような言い方をしたつもりなのに、ジャンはその顔を険しくさせた。あれ、機嫌悪くさせるようなこと言ったかな、私。
「そりゃ、ご苦労なこった」
自分から死ににいくなんてな。意気消沈したような様子で手を動かしながらそう言った。
「何、その言い方」
「別に、何でもねぇよ」
「言いたいことがあるなら言ってよ。こっちまで気分悪くなっちゃう」
促す様にジャンの止まらない腕を掴むと、その腕がピクリと跳ねた。それからゆっくりと両腕を下ろして、私の方を見下ろす。
「俺が気障な奴だったら、お前がいてくれたらいい、だなんて言えたんだろうな。欲しいもんだったらいくらでもある。金、権力、身長・・・」
彼は現実主義だし、あまり甘ったるいことは言わない。たまにボロっと、砂糖の塊のようなセリフを吐きだす時もあるけど。そうだと知っていたけど、いざ目の前で聞くとなんだか複雑な気分になる。
「やりたいことか。まぁ、夢見てる未来ならある。全く俺らしくないけどな」
「本当に?何々」
「そりゃあ・・・」
ガタン。少し大きめの音が聞こえて、目が覚めた。こんな時に、あんな懐かしい夢を見るなんて。まぁ、懐かしいと言ってもほんの1年前の出来事なんだけど。火が燈されている松明を見て、現実に一気に引き戻された気分だ。頭が痛い。ほんの少ししか眠れなかったせい。
「・・・ん、」
隣で身じろいだクリスタに、身体がビクリと跳ねる。危ない、私が起き上がったせいで起こしてしまう所だった。気配に敏感なユミルは起きてしまうかもしれない。
「・・・ユミル?」
いない。クリスタの隣にいたはずのユミルの姿が見えない。おかしいな。あぁもしかしたら、さっきの物音は彼女の物かもしれない。こんな夜中に、どうしたんだろう。明日の為に出来るだけ多く休息を取っておかなければならないと言うのに。クリスタを起こさないようソッと立ち上がった時、屋上に居たはずのリーネさんが焦った様子で顔を出した。
「全員起きろ!屋上に来てくれ!全員、すぐにだ!!」
ただごとじゃないと、思ってはいたけれど。