消え入りそうな夢

馬を小屋につなぎ、城の塔の中で一先ず息を吐いた。建物の中と言えど、壁の中に巨人が侵入している以上安全とは言えないのだが、ほんの少しだけ、緊張感がほぐれた気がした。本当に、ほんの少しなのだけど。


「お前たち新兵はしっかりと休んでおけよ」


先輩はそう言うけれど、私たちの心境はそれどころじゃなかった。いや、実際は先輩方だって気が気じゃないのだろう。私たちを必要以上に心配させないように陽気に振舞っているように見える。経験値の違いだろうか。こんな時に部下を思いやるというのは、そう簡単にできることではない。ふと、トロスト区の作戦の際の隊長の姿を思いだした。すっかり完治してしまった肩を擦る。


「あの、もし・・・本当に壁が壊されていないとしたら、巨人は・・・どこから侵入してきてるのでしょうか・・・」


クリスタがいつもよりも数段細い声でゲルガーさんに向かって疑問を漏らした。その問いにゲルガーさんは一瞬だけ渋い顔をして口を開く。


「それを突き止めるのが明日の仕事だ。今は体を休めることに努めろ」


期待していた答えは出てこなかった。それは、こんな状況に陥ったのは初めてなのだから、先輩にだって分かるはずがない。だけどどこかで、壁が壊されたという最悪な状況に至ってないのではないかという期待を込めていた。そうなると先ほどと同じ、あの巨人達はどこから来たのか、という話に戻るのだ。けれど壁が壊されたにしても不可解なことがあった。


「あの・・・壁が壊されたにしては、巨人の数が少ないような気がします・・・」


この事については、恐らく全員疑問を抱いてることだろう。運がいいにしては不自然すぎるのだ。巨人に出くわさなくて良かったという安堵より、疑問の方が浮上してしまうのは状況が状況だからだ。


「あぁ、確かに。私たちが巨人を見たのは最初の村だけだった」


いくつか回った内のたった一つ、本当にその村だけだったのだ。この様子では、南班も巨人に出くわすことは少なかったのだろう。隣に座っているコニ―や、その隣のライナーも南班だったはずだ。こんな状況だから仕方ないとは思うのだが、2人の顔色の悪さが先程から気になって仕方がない。


「コニー、お前の村はどうだったんだ?」


ロゼッタの後ろの壁際で、クリスタと並んで座っていたユミルが珍しく、少し躊躇する様子を見せながら問いかけた。そういえば、コニ―の村は彼が真っ直ぐに向かったはずだ。他人の心配をする余裕さえないロゼッタはそんなことも今の今まで思いだせなかった。それほどユミルが、気になっていたというのもあるのかもしれない。もしかしたらクリスタも気にかけていたのかもしれない。きっとコニ―が顔色を悪くしていたのもそれに関連があるのだろう。我ながら、情けなくなる。


「壊滅した・・・巨人に、踏み潰されたあとだった」


良い返事は、彼の顔色からして期待は出来なかった。けれどコニ―の口から漏れる言葉はあっさりとしているようで、どこか重くて。


「・・・そうか・・・そりゃあ」

「でも誰も食われてない」


ユミルの声に重ねてコニ―が言った。その声は依然暗いままだが、どういうことだろうか。壊滅したけど、食われてない?


「皆上手く逃げたみたいで・・・それだけは、よかったんだけど」

「、そっか、良かった!きっと誰かが早く気づいたんだね!」


それならば、巨人に人が食われた痕跡は無かったということだろう。と言うことはコニ―の家族や村の人たちは無事である可能性が高いと言うわけだ。ロゼッタの心から安堵したような声に、コニ―は「あ、あぁ」と歯切れの悪い返事をした。やはり連絡の取れない家族の安否が気になるのだろうか。


「村は壊滅したって言わなかったか?」


コニ―の答えはロゼッタの想像していた通りのものだった。建物はボロボロに壊されてはいたけれど、血の痕跡も見つからなかったという。人1人食べるのだって、痕跡はかなり残るはずだ。丸のみではない限り、ではあるが。


「ねぇユミル、どうしたの?何か・・・あったの?」


誰よりも切羽詰ったような顔をしているユミルはその切れ長の鋭い目でロゼッタを見た。その目はクリスタを見るような優しい目ではなくて、制止の色を持っているように思える。


「別に、何でもねぇよ」


ユミルは静かにそう答えて目を伏せた。そんな目を向けられて、そんな答え方をされたらこれ以上聞こうに聞けないじゃないか。ユミルが何を焦っているのか、知りたかっただけなのに。

少し静まってしまった空間の中で、ロゼッタは足を崩して足に顔をうずめた。目が覚めたら、全部夢だったなんて展開になっていればいいのに。


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