「こっからだと俺の故郷が近いんだぜ」
「私の故郷も近いですねー」
ユミルがとクリスタが別の所に行ってしまったので暇になった。訓練漬けの毎日だった私たちにとって、何もせずにただ座って過ごすということは休息にも何もならない。こんな場所で、こんな時に昼寝する気にもならないし。第一、今は休息しているわけじゃなくて待機命令が出ているだけだから、昼寝なんてしてはいけないんだけど。
「ウォール・ローゼの南区まで来てんのに、なんで帰ってちゃダメなんだよ」
指定された部屋の中をうろついていると、窓の外をただボーっと眺めているコニ―とサシャを見つけた。2人とも、故郷について話しているようだ。
「そういえば、2人は南区出身だったっけ」
「おう。全く、こんな風にボーっとして過ごすだけなら、夜に抜け出してやろうかな」
ロゼッタの問いを軽く流して、コニ―は依然と外を眺めたまま言った。そんなコニ―の呟きに「えー」と不服そうな声を出したのはサシャだ。彼女は、どうやらコニ―ほど故郷に帰りたいという願望があるわけではないようだ。
「私なんてまともな人間になるまで帰るなと言われましたよ」
「へぇ、サシャのお父さんはまともな人なんだね」
「ちょっとロゼッタ、それどういう意味ですか!?」
「さぁー」
からかうように言ってやれば、サシャは軽く言い返しては来るけれど、自分でも今までの行動で反省するべき点はあると自覚しているのか、それっきり大人しくなってしまった。
「あーあ、俺ももう少し身長が高ければなー」
「身長は私ももう少し欲しいな。サシャまでとは言わないからアルミン位、さ」
「お前もチビだもんな」
「うるさいな、3pなんて髪型でどうにでもなる差だよ」
何でお前俺の身長知ってるんだよ、だなんて気怠そうに聞いてくるコニ―に何も答えずにチラリと隣にいたライナーを盗み見た。私が来た時からずっとこんな様子だけど、一体どうしたんだろうか。
「ライナー、ここ」
無自覚なのか、ただ一点を見つめて眉間に皺を寄せているライナーの方を向いて自分の眉間を指差すと、ライナーは「あ、あぁ」だなんて歯切れの悪い返事をして眉間を押さえた。彼もまた、この状況に不安を抱いているのだろうか。
「悪いな、少し考え事をしていた」
「無理もないよ、こんな時だし」
むしろ、コニ―やサシャのように呑気にしていられる方が稀ではないだろうか。ロゼッタこそ軽口は叩けても、心底の不安は拭えていない。ロゼッタの苦笑いに、ライナーは何を返すでなく硬くしていた表情を少しだけやわらげた。そんなライナーの様子に少しだけホッとした。
「ジャン達、まだ戻ってこないのかなぁ」
ぼそりと、独り言のつもりで呟いたのだけれど、ライナーの肩が微かに跳ねたのをしっかりと確認した。
「ん?どうしたのライナー」
「あぁ嫌、なんでもない。ただ、お前たちは相変わらず仲がいいな、と思ってな」
「そうかな?まぁ、喧嘩とかもするんだけどね」
「喧嘩をするほど仲がいいとよく言うじゃないか」
どこかぎこちない笑顔を向けてくるライナーを不思議に思ったけど、こんな状況だし、仕方のないことだろう。自分の中に積もる違和感を拭い去るように、照れたフリをした。
「よう、こんな時にも恋話かよ」
机の上に勢いよく水差しが置かれて、少しだけ中に入っていた水がこぼれる。あーあ、と責めるような目で水差しを置いたユミルを見ると、「そんくらい放っときゃ乾く」なんて言いながら向かい側のベルトルトの隣に座った。ユミルを責めるようなマネをした私だけど、実際私も今は掃除する気なんて起きない。暇な時ほどやる気がなくなるというのは、本当のことなのかもしれない。
「ずっと訓練もないままだなんて、身体鈍っちゃわないかな」
「元から大した力もねぇだろ、お前」
「技巧術ならユミルよりも上だよ」
「あぁそうだな、バカみたいな指先の器用さだけは負けるよ」
技巧術だって重要な技術じゃないか。そう反論してみれば「あーはいはい」とユミルが面倒くさそうな声で流してくるものだから、それにも思わず反論したくなる。でもここで反論すれば、ユミルの玩具になってしまうだけだから言わないけど。代わりに不服そうな表情を浮かべてみたけど、突然サシャが机に耳を当てて騒ぎ出したものだから、そんな顔もすぐに崩れてしまった。
「・・・あれ、なんだか足音みたいな地鳴りが聞こえます・・・!」
「は?何、言ってるのサシャ。ここはウォール・ローゼだよ?」
今までトロスト区までの壁を突破されているのだから、ローゼの壁がいつ壊されてもおかしくない状況ではあったけど、いくらなんでもタイミングが悪すぎではないか?慌てているサシャをどこか半信半疑に見つめていると、彼女の背後の窓に人影が写った。
「全員いるか?」
窓から突拍子もない登場の仕方をしたのは壁外調査の時に一度話したことのある、ナナバさんだった。どこか焦っている様子の彼女は、部屋内に一部を除く訓練兵が全員いることを確認すると、口早にその場で指示を出した。
「500m南方より巨人が多数接近、直ちに馬に乗り付近の民家や集落を走り回って避難させなさい。いいね?」
淡々と告げられた事実と指示に、訓練兵は一気にざわめきだし、同時に行動に出る。昼飯は抜きだと言われたサシャの悲壮な顔も、コニーの絶望に似た顔も、ライナーの驚いた顔も、今はどれも気にして何ていられない。
「さぁ、動いて!ぼけっとしていられるのも生きている間だけだよ!」
毎日のように揺れ動く出来事に、身体は付いていけても頭が付いていかない。そんな私には胸に残る微かな違和感の理由を考えてる余裕だってなくて。