「私たち、一体何をすればいいんでしょうか・・・」
「待機って言われたんだから、ここでジッとしとくしかないだろ」
新兵は私服で待機。そんなおかしな指示をされたのはつい先ほどのこと。ただ待機しておくだけならば私服である必要性はない。これには何か、意図があるのだろうけど全然分からない。何より、同じ新兵であっても数人が抜けているのが気になる。エレンが憲兵に受け渡されるのは知っているけど、ミカサやアルミン、それにジャンもいない。
指示があるまでは一緒にいたのに。なんだか一人でいるのも落ち着かなくて、周りを見渡してみる。やはり状況を理解している人はいないようだ。皆、何かを考え込んでいる。
「・・・、何でアイツらいねーんだ?」
ユミルの言うアイツらとは、ミカサ達のことだろう。私が気づくようなことだから、この場にいる結構な人数が気づいていてもおかしくないけどその疑問を口にしたのはユミルが初めてだ。分からない、という意味を込めてユミルに視線を送ると、それに気づいたユミルは軽く鼻で笑った。
「もしかしてアイツら、エレン奪還だとか言って脱走してんじゃねーかー?」
まさか。エレンのことになると感情的になるミカサはともかく、きちんと物事を把握できるアルミンがそんな無謀なことするはずない。もしミカサがそんなことをしようものなら、アルミンは全力で止めるだろう。・・・だけど、アルミンにとってもエレンは幼馴染で、大切で。あぁ、もしかしたらアルミンは何か策を練ってミカサ達とエレン奪還に向かっているのかもしれない。いいや、だとしたら何故そこにジャンがいるのか、という話になるわけで。
「いやいや、ない・・・でしょ」
「どうだろうな。ジャンもミカサの頼みごとは断れなさそうだし」
「なっ」
何故そこに、ミカサが。確かにジャンは、最初はミカサに一目ぼれしてた。それは私も知ってる、だけど今そんなこと思いださせなくてもいいじゃないか。何か反論しようとユミルを睨みつけると、当の本人はそんな私を見てニタリと楽しそうに笑った。もう、ユミルに勝てる気がしない。
「ユミル、ロゼッタをからかうのはやめて」
「だってよぉ、」
クリスタは本当にいい子だと思う。皆が天使だの女神だのと崇めるのも、無理はない。本人がそれをどうとっているかは定かではないけど。
「ロゼッタ、壁外から帰ってきた日から口数減ったしな」
だから元気付けてやろうと思って。そう言いながらユミルは椅子を移動して、隣に座った。なるほど、ユミルなりの慰め方って所か。
「私は、別に大丈夫だよ」
「嘘だな。ユミルさんにはバレバレだぞー」
乱暴に肩を抱いてくるユミルは、本当に人を慰めるきはあるのだろうか。いやでも、確かに気を使う節はあった。気がする。
「なぁ、お前壁外から帰ってすぐ、父親に会ったんだろ」
すぐ傍で聞こえたユミルの声が、脳に直接響いた。同時にあの日のことを思いだす。あんまり思いだしたくないことなんだけどな。
「うん、会ったよ」
ユミルが聞きたいのはイエスかノーかじゃなくて、その時あった出来事のことだろう。焦らす気はないから、要点だけをまとめて答えた。
「お姉ちゃんが亡くなったってことを話したら、調査兵団やめろって」
「・・・ま、そうなるわな」
どこかでそんな気はした。姉が調査兵団に入るために訓練兵に志願すると言ったとき、父は怒鳴って反対した。普段は温厚な父がそんな状態になったものだから、私は怯えて隣の部屋で蹲ってたのを覚えている。薄い壁から聞こえてくる姉の声は、そんな父にも屈せずにただ調査兵団に行きたいのだと唱えていた。
「で、お前は何て言ったんだよ。ここにいるってことはまぁ、断ったんだろうけど」
「断ったっていうか、何も言わなかった」
予想外の答えだったのか、ユミルが珍しく口を半開きにして驚いている。そんなに、変な答えだったかな。
「おま、親にそれって、そのまま列に戻ったのか?」
「ううん。一応、手紙を送るって言って戻ったよ」
いや、そういうことじゃなくてだなぁ。何て言いながらユミルは私の肩にかけていた手をはずして髪を掻き上げた。じゃあどういうことなんだと聞き返したいけど、それすらも面倒になってきた。
「まぁいいや。お前はやめる気なかったのか?」
「・・・ないよ。私、ずっと決めてたから」
言えない。本当は少し迷っただなんて、とてもじゃないけど言えない。調査兵団を抜ける理由が出来たと、あの時私は一瞬だけど思ってしまった。恥ずかしくて、そんなこと言えたもんじゃない。けれどユミルの目は私を探るように見つめてきて、何もかも見透かされているような感覚になる。
「あぁ、それも嘘か」
「・・・、」
仕方ないじゃないか。この際だからもう開き直ってもいい。巨人なんて二度と見たくないと思った。姉を亡くして、もうこうなったら何を失っても同じだと思った。実は姉が死んだというのは見間違いで、あれは違う兵士なんじゃないか、だとか。兵士として失格だろうけど、そんなことを考えてしまった。
「本当にそうなら、その場で嫌だと答えそうだしな、お前」
「流石ユミルは、趣味が人間観察なだけあるね」
「周りをよく見てると言え。人聞き悪いんだよその言い方」
間違ってないじゃないか。そんなことを言えばユミルがなんだと、と言って頭をグリグリと押さえつけてくる。それを見てクリスタが笑って・・・、あぁ、こんな日常が続けばいいな、だなんてあり得ないことはさすがに口に出せない。だって今現在、どこかで何かが起こってるのかもしれないと思うと、とてもそんなことを言ってられない。
「一昨日と昨日で考えてみたけど、」
「ん?」
「やっぱり、調査兵団からは離れないよ」
「・・・ふぅん」
迷ったのは本当だ。でもそれは一瞬のことで、そんなことよりも姉の存在が私にとっては上だったようだ。父を説得したあの日の姉の目を、私はずっと追いかけ続けていた。
「私、お姉ちゃんの意志も受け継ぐことにしたの」
「ま、お前がそうしたいなら好きにやればいいさ」
言われなくてもそうするよ、と言ったらお前、言うようになったな。と小突かれた。