絶対などない世界

周りの先輩たちの会話を聞くに、やはり今回の壁外調査でも何の収穫も得られなかったらしい。それどころか、特別作戦班の精鋭は突如現れた女型の巨人によってリヴァイ兵長とエレン以外全滅。右翼索敵はほぼ壊滅、中列もかなりの被害を受けたと聞いた。


「ロゼッタ、ごめん、ごめん、」


だから大切な人を失ったのは私だけではない。壁外なんて、いつでも死の危険性があるわけだし、兵士もそれが分かっていて壁外調査に挑むわけであって。


「俺が・・・俺が、選択を間違えたから」


だから、誰が悪いだとか、私には考えられなかった。目の前で涙を流しているエレンは、同じ班であった私の姉が死んだところを目の前で見たという。彼から語られた姉の最期は、私が想像したこともない、衝撃的なものだった。女型の巨人。アルミン達が言っていた知性巨人に、殺されたのだと。


「エレン、ねぇ、謝らないでよ」


それじゃあエレンが悪いみたいじゃないか。


「だって、俺、俺が、」

「悪いのはエレンじゃないよ。だってエレンは、仲間を信じたんでしょ?」


段々と声が震えていくのが、自分でも分かる。けれど不思議と、涙は出なくて。


「ねぇエレン。女型の巨人は、知性を持ってるんでしょ?だとしたら、中身は人間なんでしょ?ねぇ、誰なの?中身は、中身の人間は誰なの。ねぇ、」

「、ロゼッタ!」


隣にいたジャンが肩を強く掴んだ。振り向いた先の真剣なその目はどこか悲しみが見え隠れしている。


「もう、いいだろ。ロゼッタ、外に出るぞ」

「ジャン、待ってよ、まだ、」

「エレンだって何も分からねぇんだよ!お前だって、知ってるだろ」


あぁそうだった。エレンも、何も知らないんだった。思ったよりも、自分は動揺しているみたいだ。途端に口を閉じたエレンに視線を向けると、何かを思いだしているような難しい表情をしている。嫌なことを、思い出させてしまった。


「ごめんなさい、エレン。私どうかしてた・・・」


何も言わずに、ただ首を横に振るエレンから視線を外して、既に出口で待機しているジャンの元に向かった。


「水、いるか?」

「・・・いらない」


井戸の石段に腰を下す。壁外から帰ってきてもう1日経ったというのに、まだ壁の中にいるという実感が沸かない。


「エレンが、内地に受け渡されるんだと」

「・・・、そ、なの」


そうだ。今回の作戦の要はエレンで、彼を人類にとって必要と認識させることが目的だった。失敗したのだからそれは自然な流れなのだけど、なんだかやるせなくなる。彼はどうなるのだろうか。憲兵に引き渡されて、解剖とか、されるのだろうか。想像して、ゾッとした。彼が殺されるのは、ほぼ間違いないだろう。


「ジャン、あのね」


自分でも焦っているのだと分かる。こんなこと考えたくないけど、せめて、せめて。


「私が死んだら、」

「ロゼッタ」


言葉を遮られて、口を開いたままジャンに目を向けた。鋭い目は、落ち着けという合図。


「お前、自害しようだとか思ってないだろうな」

「、そんなこと、思ってないよ」

「・・・。じゃあ死んだら、なんて仮定の話はするな」


ジャンの言葉に、今まで抑え込んでいた感情が一気に沸きあがってきた。仮定?それがいつ仮定の話じゃなくなるか分からないのに、彼はそんな話をするなと言うのだろうか。


「どうして、死んでからじゃ遅いのに・・・!」

「死んだときのことなんて、想像したくねぇんだ」

「私だってしたくないよ!だけど、いつ死んでもおかしくないのは事実だよ、今回のことでよく実感した。私も、お姉ちゃんに伝えたいこといっぱいあったのに!」


いつもありがとう、ごめんね、私は姉に何一つ伝えられないまま。二度と姉にその気持ちが届くことはない。だから、せめて、ジャンにはそんな思いさせたくないと思うのは間違いなのだろうか。


「なぁロゼッタ。俺は、お前を失ったら正気でいられる気がしない」

「・・・私だって、」

「だから!お前が死んだところなんか想像したくねぇんだよ・・・!」

「ッジャ、」

「お願いだ。頼むから、死んだら、なんて言うな」


ジャンの硬い腕が、背中に回った。そういえば、昨日もこうして抱きしめてくれたっけ。彼はいつも私の為に考えてくれているのに、私はどうだろう。いつでも自分の為に行動しているではないか。それでも彼は、こんな私をこうやって抱きしめてくれているのに。


「ジャン、ごめんなさい、言わないから、」


言わないから。二度と、私が死んだときの想像なんてさせないから。だから、泣かないで、約束するから。死なないと約束することは出来ないけど、それ以外だったら、なんでもあげるから。

何度目かの彼の涙は、あの時と同じように私の肩を濡らした。



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