残された

「・・・は、」


息が上手くできない。心臓が握りつぶされたような、今まで何度か経験した感覚。でも今までの痛みより、ずっとずっと痛くて。私の所にやってきた兵長から無言で渡されたそれに、あぁ、姉は死んだのか。なんてどこか冷静に考えた。


「、あ・・・へ、いちょ、う」

「・・・それがペトラの生きた証だ。俺にとってはな」


綺麗に切り取られた自由の翼は、間違いなく姉が誇ったシンボルで。


「ペトラは、最期まで戦った」


あっけない、人の死。あまりにも近すぎるそれに、吐き気がしてくる。積み上げられた死体の中に、姉もいるのだろうか。人形のように動かない死体は、数時間前まで動いていたモノとはとても思えない。


「そ・・・ですか」


俯いたまま顔を上げようとしないロゼッタに、リヴァイはそれ以上何を言うでもなく立ち去った。周りにはたくさん人がいるはずなのに、まるで私1人、ここに取り残された感覚がして唇を噛む。ジワリと舌に広がる血の味が、生きているんだということを実感させた。


「なんで、私、」


生きているんだろう。それは一番口にしてはいけない言葉だ。死者への、冒涜。姉から散々教わったことだというのに、まさか自分がこんな状況に置かれるとは思わなかった。いつこうなってもおかしくない状況なのに、姉は生きて帰ると信じて疑わなかったのは、実際何度も生きて帰ってきたからだ。もしかしたら、もしかしたらなんて考えながらも、心のどこかでは姉が死ぬなんてありえないと思っていた。だって、姉は私よりもずっと強い。昔からそうだった。姉の後を追うだけの私とは違う。


「・・・ロゼッタ」


先ほどから少し後ろの方で様子を見ていたらしいジャンがロゼッタの肩に手を置いた。ゆっくりと振り向いたロゼッタに、ジャンは思わず息を飲む。


「ジャン、何?」

「おい・・・」


何?その顔。まるで怖いものを見てるような顔。あぁ、家族が死んだのに泣けもしない女なんて、確かに怖いかもしれない。


「どうしたの?何か用?」

「何かって、お前・・・」


お願いだから、そんな顔しないでよ。悲しい、悲しいんだよ、本当はすごく。もう何もかも捨ててしまいたいくらい。死んでしまいたい、くらい。だから今は優しくしないで。すべてを吐き出してしまったら、きっと私は悪くないものまで責めてしまう。同じ班だった兵長やエレンまでも責めたててしまう。お願いだから、そんな醜い私を見ないで。


「・・・、担当の場所に、戻ろうよ」


そう、私の担当は荷馬車に遺体を積むことだ。ジャンがこっちに来てるなら、アルミンしかいないはずだから大変だろう。はやく、戻らなければ。


「ッ、」

「おい、ロゼッタ、待てって」


一歩踏み出したのと同時に目の前が真っ白になった。恐らくジャンが支えてくれたのだろうけど、ジャンが触れている感覚さえない。あぁもう、私はどうして。


「お前、今は休んどけ」

「だいじょぶ・・・だから」

「大丈夫じゃねぇだろ。いいから、ここで座ってろ」


無理やり腕を引っ張られて大きな岩を背にして座らされる。背中から伝わってくるひんやりとした冷たさが、氷のように冷たく感じる。それが心地よくて、気づいたら結構時間が経っていたようだった。そうは言っても5分程度なんだけど。握りっぱなしの姉の遺品がグシャグシャになるのにも気付かないで、黄金色の空を見て軽くため息を吐いた。


あとどれくらい、聞きたくない知らせを聞くことになるのだろうか、私は。



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