「全員撤退!」
さすがにこの人数では、一斉に森に入っていく多数の巨人を漏らさずに倒すことなど不可能だったけれど、そこにある巨人の死体の数は今までに見たことのない数だった。幸いその場にいる人間になど目もくれなかったおかげで、負傷者はいない。
「クリスタ、大丈夫?」
「うん。ロゼッタも、」
「私は・・・大丈夫。かなり、疲れたけど」
息を切らしているクリスタに手を差し伸べた。訓練の時でも、こんなに連続で切りかかったりしたことはない。さすがに、疲れた。
また来るであろう命令を待つために、また木に登る。辺りを見渡す限り巨人は全て森の中に入っていったらしいので1体もいない。そうなると森の中にいる班が心配になってくるけど、あの様子じゃ森の中の人間も襲わないだろう。多分・・・。
「・・・、あれは」
「総員撤退!馬に乗って帰れってさ」
「はい」
ナナバさんが周辺にいた兵達に伝えた。クリスタと共に木を降りて、自分の馬の所へ行く。先にジャンとアルミンが馬を引いていて、ロゼッタが来たことに気付くとジャンはどこか安心したように息を吐いた。いつも油断するなとか言うくせに、自分がこんな所で安心してどうするんだ。
「ロゼッタ、無事か?」
「見ての通り、怪我はないよ。少し疲れたけど」
「あぁ、それは俺も同じだ。だがまだ壁外調査は終わっちゃいねぇ」
「うん、分かってるよ。油断するなって言いたいんでしょ」
「何だ。分かってんじゃねぇか」
ここで油断するほど、私だって馬鹿じゃない。そう反論したかったけど、先に馬に乗るのが先決だ。違う場所に馬を結んでいたらしいクリスタがこちらに来たのを確認して手綱を引いた。
「お姉ちゃん、大丈夫かなぁ」
ボソッと、考えていたことが声に出てしまった。その声はあまり大きくなかったせいか、ただでさえ馬の足音が大きい今の状況ではすぐ隣にいたクリスタにしか聞こえていないようだ。
「そういえば、ロゼッタのお姉さんは・・・」
「うん。特別作戦班なんだって。だから、エレンと一緒にいると思う」
今回の作戦の要であるエレンを見張る役であるらしい。確か、私の作戦企画書だと左翼後方だったけれど。
「そっか。じゃあ、左翼前方担当なんだね」
そう思っていたから、クリスタの台詞を理解するのに一瞬反応が遅れた。
「え?左翼後方じゃないの?」
「あれ?間違えたのかな・・・。私の企画書では、そう書かれていたけど」
ますます疑問が増える。間違えているはずはない。だって、あれほど確認したんだから。でもそれはクリスタだって同じだ。コニ―じゃあるまいし、クリスタに限って作戦を誤認することなどないだろう。
「・・・、これも作戦?」
「エレンの居場所を認識させないため?」
恐らくクリスタの言う通りなのだろうけど、なぜそんなことをする必要があるのだろう。あぁもう、せっかく撤退の命令が出たのだからそっちに集中したいのに、釈然としないことが多すぎる。
「だとしたら本当のエレンの居場所ってどこなのかな・・・」
「さぁ・・・」
クリスタにも予想がつかないようだ。私にも、全然分からない。
「でも、撤退の命令が出たんだからきっと作戦が成功したんだよ。だとしたら、エレンも無事だろうし」
「そうだね・・・」
なんだろうか、この胸騒ぎは。きっとクリスタの言う通り、作戦は成功して、エレンも無事で、きっと、あの右翼以来の犠牲は、出てない・・・と信じたい。無意識に右の手首を触ったら、何かがプツンと切れた。
「・・・あ、」
「あれ、ミサンガ着けてたんだ」
「うん。今ちょっと触ったら切れちゃった」
明るい色で統一されたミサンガは、割と最近作られた物であるにも関わらず色が廃れていた。訓練の時も付けていたから、泥に浸かったりもするし仕方ないことなのだけれど。
「一旦止まれ!陣形の再展開の為の整理をする」
前方の方から聞こえてきた命令に、慌てて馬を止める。きっとこれから、遺体の詰め込みだとかの作業を行うのだろう。後から来たらしいサシャに馬を預けて担当の場所に向かった。
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