ドォン、ドォン、と地響きがなる。最初は巨人の足音かもしれないと考えたが、どう考えても大きすぎる。これは巨人の足音ではない。だとしたら、何だ。森に入った班が何かしているとしか、思えないけど。
「クソ、何だよこの音は」
「さぁ・・・」
これは作戦の一部なのだろうか?少なくとも新兵はそんな作戦知らされてはいない。新兵が知らなくても遂行できる作戦なのかもしれないし、知らされるべきではない作戦かもしれない。どちらにせよ多くの兵士の命が懸っているというのに、団長は何を考えているんだろう。
「・・・あ、」
すぐ近くにいたクリスタが何かに気付いた。同じ場所に視線を向けてみると、私たちに反応して下に群がっていた巨人が木を登ってきていた。巨人には学習能力があるということか。笑顔を張り付けたまま登ってくる巨人は一瞬たりともこちらから目を離そうとしない。知ってはいたけど、本当に恐ろしい執着心だ。
「あの、登ってきましたが・・・」
「そうだね。ここまで登ってこれたら、私が退いてあげようかな」
クリスタの班の班長だろうか。確か・・・ナナバさんと言った。彼女はもしかしたら作戦を知っているのかもしれない。知らないにしては、かなり冷静だから。単純に経験があるから落ち着いてるだけかもしれないけど。
「でも、多分もう少ししたら撤退命令が出ると思うけどね」
「それは、さっきから森の中で鳴ってる爆発音と関係があるんですか?」
「さぁ・・・」
クリスタとナナバの会話をただ黙って聞いていたロゼッタだったが、ナナバの濁された回答に釈然としない。
「あの、今中列は何をしているんでしょうか?この音は何ですか?」
「さぁ、何だろうね」
「ナナバさんは、知ってらっしゃるんですよね、全部」
確信はしていないけれど、なんとなく分かる。でなければ、撤退命令が出るなんて予想だってつかないはずだ。いくら経験値があると言っても、こんなことがしょっちゅうあるわけではないだろう。
「さぁ。知っていたとしても、それを話す権利は持ってないんだよ」
「そう・・・ですか。すみません、失礼なことを言いました」
違う。私たちが聞く権利を持ってない、と言った方が正しいのだろう。どこで線引きしているのかは分からないけど、間違いなく指令班以外でも作戦の内容を理解している人はいるはずだ。色々予想は出来るけれど、どれが正解なのかはサッパリ分からない。
「君は、ペトラの妹だったかな」
「あ、はい。そうです」
突然ナナバからかかった声に、慌てて答えた。知っていたのか。
「妹が来るらしいとは聞いていたけど、ソックリだから一目で分かったよ」
「そんな・・・」
ソックリだなんて、自分では思ったことなかった。だって姉は、あんなにも綺麗だから。
「ペトラは君のことをよく話してるよ。ミサンガの話もよく聞く。あれ、君が作ってるんだろ?」
「はい。半年に1度ほど送ってるんです。すぐ切れちゃうので」
「訓練中にもはめてるんだから、仕方ないね」
「そうですね。でもミサンガ作るの好きなので」
ロゼッタがそこまで言うと、ナナバは「そう」と一言だけ返して、再び巨人の方に視線を向けた。
「ロゼッタ、もう少し近づかれたら移動しよう」
「・・・、うん」
クリスタの言葉に少し間を置いて返事をした。ダメだ、全然頭が回らない。今は何を考え付いたとしても、班長達の指示に従うしかないのだけど。
先ほどよりも木に登ってくる巨人が多くなってる。結構高い場所まで登ってくる巨人もいる。私たちの所までたどり着くにはまだまだ距離があるけれど、場所によっては人間が移動しなければいけない程巨人が接近した場所もあるようだ。
バシュッっと立体機動のアンカーを発射する音がすぐ近くで聞こえてきて、反射でそちらを向くと移動したのはジャンとアルミンらしかった。あの2人の先ほどよりも落ち着いた表情を見ると、今の状況について何か察しがついているようだった。あの2人は、頭がいいから。
「アルミン達、何か知ってるのかな」
「いや、知っているって言うより、予想がついたって感じだと思うけど」
「そっか。そうだよね」
もし本当にこの作戦について何か分かったというなら、私も知りたいところだけど、きっとあの2人の会話を聞いたところで私には理解できないだろう。
「クリスタ、そろそろ移動しよう」
「うん、そうだね・・・・ッ!?」
移動しようとアンカー発射の準備をした時だった。森の奥、おそらく大砲の音が聞こえていた場所から、何かの叫び声。獣とは違う、まるで人間の声のようだ。
「何、何、何なの、この声・・・」
「・・・、ロゼッタ!」
「・・・え、」
先ほどまで木を登ろうとしていた巨人が、一斉に森の中へ走り出した。まるで先ほどの叫び声に導かれるように。あまりにも唐突で反応が鈍ったけど、私たちに下されている命令は巨人を入れないこと。けれど森へ入ろうとする巨人の多さを見ると、不可能としか思えない。
「ッ、何、こいつら奇行種だったの!?」
「そんなわけないよ、だってさっきまで私たちを無視してなかったもの!」
「クソ、こっちに見向きもしない!どういうことだよ!」
やはりさっきの森の中から聞こえてきた奇妙な叫び声が関係しているのだろうか。でも今はそんなこと考えている余裕はない。何もわからないまま、森へ侵入しようとする巨人に飛びかかった。