それはとても不安定で


「あれは・・・巨大樹の森・・・?」


煙弾の指示に従って進んでいると、前方に巨大樹の森が見えてきた。目的地よりもかなり進路がずれていることが分かる。それと同時に班長達が見えて、完全に陣形に戻れたのだと分かった。


前方の様子を見るに、森に入るのは中列のみのようだ。右翼側であるロゼッタ達は、どうやら森を回り込まなければならないらしい。そんなこと以前に、なぜ巨大樹の森に侵入したのかが分からない。考えていることはみんな同じで、ジャンに至ってはこの状況に苛立ちさえ覚えているようだ。


「おいおい、何でこんな観光名所に寄るんだ?」

「分からないけど、エルヴィン団長の判断だし、なにか意図があるんだと思うけど」


すぐ前でジャンとアルミンが話しているのだけが聞こえるけど、恐らく他の新兵も同じようなことを話しているのだろう。新兵だけでなくて、もしかしたら班長クラスの人でさえ今の状況を理解できていないかもしれない。


「総員、止まれ!」


先頭を走る班長の後ろ姿をジッと見ていると、不意に振り向いてそこにいた新兵全員に聞こえるように叫んだ。こんな場所で止まるなんて、一体何事だ。



森に巨人を入れるな。


班長からの指示は、言ってしまえばこれだけだった。馬を木につないで、移動はせず、迎撃態勢に入れ、と。横暴な班長の言い方に不満は残るが、こればかりは従うしかないのだ。


「何が起こってるのかな。これはエルヴィン団長の咄嗟の作戦なのかな?」

「さぁな。考えてたって仕方ねぇよ。この状況には納得いかねぇが」

「だって、だって、おかしいよ。森を避けなかった上に左右の班は迎撃なんて」

「そんなこと、全員思ってる。今は指示に従うしかねぇだろ」


時間が経てば経つほど不安が募っていく。落ち着かなきゃダメなのに、嫌な予感しかしなくて。先ほどまで苛立っていた様子のジャンだけど、今はもう落ち着いていた。


「ねぇ、これからどうなっちゃうのかな」

「落ち着けって」

「中列は?森に入った中列は一体、」

「ロゼッタ、いい加減にしろよ」


決して大きな声を出されたわけではないのに、やけにはっきりと聞こえた冷たい声。恐る恐る声の方向に目を向けてみれば、視線が鋭い目とかち合った。あぁそうだ。冷静にならなくちゃ。


「ごめん、なさい」


シュンと反省して俯くロゼッタに、ジャンは軽くため息を吐いた。呆れられたのかもしれない。けれどジャンが発した声は、ロゼッタが想像していたのよりもずっとやさしい声だった。


「お前は、周りを見ないような奴じゃないだろ」


違うよ、ジャン。私はあなたが思ってるほど、きれいな人間じゃない。大切な人たちが生きてればいいと、思ってしまうような最低な人間。人類の為に心臓を捧げるなんて、ただの綺麗言。いつの間に、こんな風になってしまったのだろう。最初は、ただ、純粋に強くなりたかっただけなのに、いつの間にか貪欲になってしまった。


「何かね、嫌な予感がするの」

「そりゃあ・・・壁外でいいことは起きねぇだろうな」


違う。もっと、想像することなんてできないような・・・。


「何を考えてるか知らねぇけどよ、今は前を見ろ」

「そうだよね・・・」


嫌な予感程よく当たると、姉が言っていた。それは幼い頃私が木から落ちたり、川に落ちたりと下らないことばかりだったけれど、それを今思いだすなんて、まるで・・・。

心配そうに私を見つめるジャンとまた目があって、一度考えるのをやめた。




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