「第57回、壁外調査を開始する!前進せよ!!」
前の方にいるはずのエルヴィン団長の声が、馬の足音にかき消されることなく聞こえてくる。次第に早くなっていく馬の足と一緒に、心臓の鼓動も早くなっていく。大丈夫、大丈夫。1ヶ月あんなに訓練したんだから。訓練通りに、動けばいいのだ。
カラネス区から出発してほんの数分、後ろにいた援護班が立体機動に移った。
何事だろうと左を見てみると1体、巨人がいるのが見えた。
「もう、巨人が・・・」
「当たり前だ。もうここから先は完全に巨人の領域だろう」
すぐ隣にいたライナーが答える。分かってはいるんだけど、当たり前に巨人がいるだなんて、本当に壁外は恐ろしい場所だ。改めて、自分たちが壁に守られてると言うことを実感する。深呼吸をして冷たい空気を取り込むと、こころなしか心臓が落ち着いた気がする。
「長距離索敵陣形、展開!」
エルヴィン団長の指示が聞こえて、馬の手綱を強く握った。
指定の位置までたどり着くとすでに先輩がいて、受け持つ予備馬を受け取りすぐに位置につく。手の震えがおさまらない。落ち着け、落ち着け。
ロゼッタ含む新兵の役目は伝達だ。主に索敵から上がる煙弾を見逃さないために注意しながら右を見ていると早速赤色の煙弾が上がったのが見えた。
「赤・・・巨人・・・!」
素早く同じように赤い煙弾を上に向けて打つ。
続けて打たれていく煙弾を見ると、どうしようもない不安が襲ってきた。焦ってる場合ではないのに。
しばらくしてから前方の方で緑の煙弾が打たれた。それを見て進路を少しだけ変更する。
ジャンと以前話したことがあるが、本当にこの陣形は良くできていると思う。出来るだけ巨人との接触・戦闘を避けながら進むことが出来るのだから。それでも、巨人はウヨウヨいるのだから安心は出来ないのだけれど。
「口頭伝達です!右翼索敵が壊滅的打撃を受け、索敵が一部機能してません!」
「・・・!」
思わず息を飲んだ。班長は慌てずに班員の一人に指示を出す。
「班長、一体どうなってるんでしょうか・・・」
「考えても仕方ない。何かがあったんだろうがな」
「で、でも、索敵が壊滅だなんて」
「ロゼッタ、無駄な言動は慎め。自分の役割をしっかり果たすんだ」
班長の鋭い目に、それ以上何か言えるわけもなく不安気な顔をしたままほぼ壊滅しているという索敵側に目を向ける。そちらの方からはもう煙弾が上がる様子もなくて、信じられない出来事が事実であるということを証明していた。
こんな短時間で、こんなに被害が出るのか。
戦死者が多いのは知っていたし、これに似た状況なら何度も想像した。でもまさか、索敵だけでもかなりの人数がいたはず。それが壊滅するなんて、壁外では当たり前なのか?
もしかしたら毎回このくらいの被害が出ているのかもしれない、と考えたロゼッタだったが、周りの様子を見るに、班長達にとっても想定外だったようだ。
だとしたら、今何が起きている?
煙弾こそ打たれているのが見えるけれど、今の所巨人との接触はない。
理解しづらい状況に軽く舌打ちをしたとき、伝達に行っていた先輩が戻ってきた。
「班長、戻りました」
「ご苦労」
短い確認を終えた先輩がロゼッタの左側についたとき、何かに気付いたようで「あ、」と声を漏らした。
「前方右側に緊急自体の煙弾を確認!」
慌てて先輩の見ている方向に目を向ける。確かにそこには紫色の煙弾が上がっているのが見えた。
「近いな。ロゼッタ、行け」
「え、あ、はい!」
「可能ならばまたこちらに戻ってこい。無理ならば向こうの班と合流。もし向こうに巨人がいて近づけそうになかったり救出が不可能だと思った場合も戻ってこい」
「了解です!」
班を抜けて煙弾の上がった右前方へ向かっていく。
すると同じように煙弾を見て抜けて来たであろう誰かの姿が見えた。あれは・・・。
「ロゼッタ?」
「やっぱり、クリスタだ・・・!」
見覚えのある彼女の姿に安堵のため息をついた。まだ安心してる場合ではないのだけど。
「・・・あれ、馬が2匹・・・」
今回、新兵はみんな予備の馬と並走しているが、クリスタは2匹分の手綱を持っていた。よく見るとそのうちの1匹はジャンの馬ではないか。一緒に馬の手入れをしたことがあるから間違いない。どうして、ジャンはいないのに。嫌な予感がしてドッと出て来た冷や汗がこめかみを伝った。
「この子ね、怯えたように走ってきたの。もしかしたら、巨人と戦ったのかも」
クリスタの言葉はロゼッタに最悪の結果を想定させた。考えたくもないけど、この壁外じゃ決してあり得ない話ではない。
「ロゼッタ、心配だろうけど今は無事を祈るしかないよ・・・もしかしたら馬がなくて困ったジャンが煙弾を打ったのかもしれないし」
「そ・・だね」
不安がるロゼッタに声をかけて速度を上げるクリスタの後ろを追った。
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