もう1ヶ月もしないうちに壁外調査が始まる。まだ入ったばかりの訓練兵の間でも、緊張感が見受けられる。
「エレンは、大丈夫かな」
未だに信じられない。3年間同じ釜の飯を食べてきた仲間が、エレンが、巨人だったなんて。
ロゼッタが見てきたエレンは、いつも人間らしい表情をしていた。少し死に急ぎなところはあるけど、それはロゼッタだって同じだ。
「エレンの名前を出すな」
何も反応しなかったものだから聞こえてないのだと思った。時間差で答えてきたジャンはどこか不機嫌そうで、普段から悪い目つきを一段と鋭くさせている。
「こんな時に、何。嫉妬?」
「うるせぇよ。俺は人類の命がアイツに掛かってるってのが癪なだけだ」
気持ちは分からないでもなかった。人類にとって巨人は敵だという認識しかなかったのだから、いきなりこの巨人は味方だ、なんて言われたって簡単に信じられるはずがない。もしかしたら3年間見てきた彼が嘘かもしれないなんて、考えたくはないけど。
「でもそれは団長が・・・あれ、」
「噂をすればって奴か」
結構前を歩いている集団が皆立ち止まっているのが見えてなんだろう、と目こらしたらアルミンやミカサ、クリスタ達もいるあの集団の前にエレンがいるのが見えた。
「じゃあ、憲兵団に行ったのは・・・ジャンと、アニと、マルコだけ・・・」
近づくにつれて聞こえてくるエレンの声に、彼は何も知らなかったことを思いだした。誰が調査兵団に入ったのかも、マルコのことも。
すぐ後ろにまで来たロゼッタ達の気配に気づいて、振り返ったエレンは予想通り驚いた顔をした。あれほど憲兵団へ行くと騒いでた彼がここにいるのだから、驚いて当たり前だと思うけど。
「まさか、お前まで・・・?」
「・・・マルコは死んだ」
先ほどのようにイラついた様子でもなく、ただ静かにそう告げたジャンに、エレンは動揺を見せた。
「は・・・今、なんて言った・・・マルコが・・・死んだって言ったのか・・・」
「誰もが劇的に死ねるってわけでもないらしいぜ。どんな最期だったのかも分かんねぇよ」
きっと調査兵団では、そういう人も珍しくないんだろう。死んだことさえ確認できない人だっているのだから。
「おい、新兵集まれ!制服が届いたぞ!」
暗くなっていたその場の雰囲気にそぐわない明るい声に振り返ると、ネス班長が他の訓練兵に制服を配っているのが見えた。自由の翼を背負った皆は、どこか今までと違う感じがして、本当に調査兵団に入ったんだと今更ながら実感した。
「自由の翼、かぁ」
自分と同じように何年も憧れ続けたシンボルを背負ったとき、エレンはどう思ったのだろうか。訓練兵の物と作りは同じはずなのに、不思議と重さを感じる。それは、ここ数日で巨人に立ち向かうことの恐怖を知ってしまったから、だろうか。
「おい、解散だとよ」
ネス班長から言い渡された解散号令を聞いて、訓練兵たちはまばらになった。エレン達を除いて。
「お前ら・・・ほんとに」
「そう。私たちも、今度の作戦に参加する」
そのことも知らなかったらしいエレンは、先ほどからずっと狼狽えている。一度にたくさんの情報を詰め込まれればそうなるのは無理もないと思うけど。
「なぁエレン。お前巨人になったときミカサを殺そうとしたらしいな」
ミカサとエレンの会話にいきなり口をはさんだジャンに、ロゼッタは思わず目を見開いた。その行動に対してではなく、話の内容に。エレンはあの時、無事に岩を運べたはずなのに。
「違う、エレンはハエを叩こうとして・・・」
「お前には聞いてねぇよ」
無理があるミカサのフォローはジャンによって一蹴された。考え込んでいる様子のエレンは、なんだか苦しそうだ。
「本当らしい・・・。巨人になった俺は、ミカサを殺そうとした」
「らしいってことは、記憶にねぇってことだな」
「ちょっと、ジャン」
「お前は黙ってろよ、ロゼッタ」
エレンを責めるような口調で話すジャンに落ち着いてほしくて服を掴んだけどふり払われてしまった。それ以上ロゼッタが何も言ってこないことを確認すると、またエレンに向き合った。
「つまりお前は巨人になれることも知らなかったし、それを掌握する術も持ち合わせていないと」
「あぁ、そうだ」
隠すことなくハッキリと答えるエレンに、ジャンが息を飲んだのが分かった。少し間を空けて、ジャンが振り向いた。
「お前ら聞いたかよ。これが現状らしいぞ。俺たちや人類の命がこいつに掛かってる」
誰が聞いても、エレンを責めているようにしか聞こえない言い草を、誰も批判することはできない。それが事実だからだ。エレン本人も、強く自覚してるだろう。しかしそれにミカサが反応しないわけがない。
「ジャン、今ここでエレンを追い詰めることに何の意味があるの?」
「あのなぁミカサ。誰しもお前みたいに、エレンの為に無償で死ねるわけじゃないんだぜ」
「ッ・・・」
「知っておくべきだ。俺たちが、何のために命を使うのかを」
じゃねぇと、いざというときに迷っちまうよ。
そんなことを言うジャンに、エレンよりもロゼッタが動揺した。まるで自分のことを言われているようで。ジャンも・・・いや、きっとここにいるほとんどの人間が、本当にこれでよかったのかと考えているんだろう。
でもいくら考えたって、結果なんて誰にも分からない。何度も決心したくせに、まだグラついてる自分の意志の弱さに嫌気が差す。それでも、最後にはこの道を選んできたけど。
「だからエレン!お前・・・本当に・・・頼むぞ・・・!」
あぁ、日が完全に暮れたな。窓を見上げてボンヤリと考える私はどうかしてしまったのだろうか。もう何も考えたくない。考えれば考えるほど逃げ出したくなるから。
1ヶ月後の私はどうなってるんだろう。想像しかけて、すぐにやめた。