「長距離索敵陣形って、よく出来てるんだな」
「エルヴィン団長が考案したらしいよ」
正式に調査兵団への入団を決めた翌日からの訓練は、実践よりも長距離索敵陣形を頭に叩き込むことが主だった。煙弾での合図だとか、本当に良くできていて感心する。実際、この作戦を使うようになってからは兵士の生存率が飛躍的に向上したらしい。
ネス班長の説明はとても分かりやすいのだが、元々頭の回転が良い方ではないロゼッタにとっては苦痛に感じることもある。やっとその日の訓練が終わって外に出てみると、日が傾いていて1日の終わりを実感する。
「明日も、こんな訓練が続くのかなぁ」
「仕方ねぇだろ。こんなんで音を上げてどうするんだよ」
「だって私、元々座学苦手なんだもん」
「苦手とかの問題じゃねぇだろ」
「あれ、ロゼッタ?」
ジャンと2人で宿舎の方へ移動する途中、自分の名を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。
「お姉ちゃん?どうしてここに・・・」
「ロゼッタ、この間ぶり」
近づいてくるのは、間違いなくロゼッタの姉であるペトラだった。
手紙で今度の遠征までは旧本部で過ごすと聞いていたので、昨日の勧誘式が行われた後帰るとばかり思っていたロゼッタは驚きを隠せない。隣にいるジャンの顔は緊張しているように見えた。
訓練兵時代にも何度か会っていたため懐かしい、という感覚はないけどやっぱり姉の顔を見るとどこか安心する。
「ん?こっちの子は?」
「あ、あの、ジャン・キルシュタインと申します!」
ペトラに目を向けられてハッとしたジャンは、急いで敬礼と自己紹介をした。
その慌てた様子と名前を聞いたペトラは途端にきらきらと嬉しそうな表情なった。
「やっぱり、あなたがジャン?」
「えっと・・・俺をご存じなんですか?」
「知ってるも何も、ロゼッタの恋人でしょ!手紙も君のことばっかりでね」
「ちょっとお姉ちゃん、やめて、言わないで!」
恥ずかしくなって慌ててペトラを止めに入るものの、前々からジャンに会ってみたいと言っていたペトラは止まらない。
「私はペトラ・ラル。ロゼッタの姉よ。よろしくね、ジャン」
「は、はい!こちらこそよろしくお願いします!」
「こんな妹だけど、どうか見捨てないでやってね」
「もちろんです!妹さんのことはどうか心配なさらず・・・グッ」
「ジャン!そういうのいいから!」
本人の目の前でその場に相応しくないやりとりをする2人を止めるべく慌ててジャンの口を手のひらで抑えると、ようやく2人の会話が止まった。
「あら、思ったよりも仲良しさんなんだね。ロゼッタがジャンのこと大好きなのは知ってたけど」
「今のは別にそんなんじゃ・・・って、お姉ちゃん言わないでってば!」
「あはは、そんなに照れることないでしょ。子どもだねロゼッタは」
ニヤニヤと見てくるペトラはまるで悪戯が成功したガキ大将のようだ。
2人のやりとりをただ見ていたジャンは、何かに気付いたようで2人の会話に口をはさんだ。
「と、ペトラさん。俺たちこの後すぐ点呼なので、今日はここで・・・」
「あぁ、そうだった。ごめんねー呼び止めちゃって」
「いえ。その、楽しかったです」
「そっか、よかった」
ペトラにニコリとほほ笑まれて微かに頬を赤く染めるジャンの足首を蹴ると「いってぇ」と小さく声を漏らして痛みに顔をゆがめた。
「ロゼッタ、あんまり乱暴しないの」
「普段はこんなことしないよ!今のはジャンが悪いの」
「あんたはもう少し女の子らしくなるべきだと思うよ」
「そんなの、出来てればとっくにしてるよ」
ロゼッタの受け答えに「それもそうだね」と笑うペトラは妹から見てもやっぱり可愛い。
言葉づかいはそんなに変わらないはずなのに、どうしてここまで違うのか。
「じゃあ、そろそろ行くから。また手紙送ってね、お姉ちゃん」
「はいはい。じゃあまたね」
「俺も失礼します・・・」
「あ、ちょっと待って」
ロゼッタに置いて行かれそうになっていることに気付いたジャンが、慌てて後を追おうとするとペトラに止められた。
「あの、何かありましたか?」
「君がいてよかったよ。あの子、君のこと話してるとき、すごく楽しそうなの」
「そう・・・なんですか」
「うん。色々面倒なところもあるかもしれないけど、どうかよろしくね」
「はい。言われなくともあいつの傍を離れる気はありません」
「頼もしいね!いい人をみつけたな、ロゼッタは」
一瞬悲しげな表情に変わったと思ったが、本当に一瞬ですぐに先ほどと同じような笑顔を見せた。本当に、ロゼッタに似てる。
「じゃあ私もそろそろ時間だから。じゃあ、また今度」
手をひらひらと振って宿舎とは逆方向に向かうペトラの仕草はどれもロゼッタを連想させる。
あぁ、また会いたくなった。
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