「最後にシャフトを交換したのはいつだ」
「6日前の掃討作戦の後です」
調査兵団が掃討作戦の際に捕獲したという巨人が2体、何者かによって殺されたらしい。
犯人が立体機動装置を扱っていたというのは明らからしく、疑いの目はもちろん訓練兵にも向けられることとなった。
自分が犯人ではないというのは自分が1番よく分かってるはずなのに、掌の汗が不安を湧き上がらせる。
結局訓練兵の中で犯人が見つかることはなかった。
「無許可で装置を使った奴なんて、いなかったんだろ?」
「そうみたい。でも、装置なしで巨人を殺すことなんてできるのかな・・・」
隣を歩いていたユミルとクリスタの声が頭に入ってこない。
確かに大事な被験体だったのだから、その巨人を殺した人物が誰なのか突き止める必要はあるし気にもなるけど、それ以上にこの後の所属兵科決めの方が気になった。
ジャンは、本当に・・・
考え事をしている内にいつの間にか広場にたどり着いていたようだ。
すでに訓練兵が何人も集っていて、すぐ近くにライナーとベルトルトの姿が見えたので近づいてみると2人とも気づいていつもより硬い笑顔を向けてきた。
「3人とも、所属兵科は決めたのか?」
ライナーが突然そんな質問をするものだから、隣にいたクリスタの肩が跳ねた。
私もクリスタの所属兵科は聞いてないけど、ユミルはおそらくクリスタに着いていくのだろう。それが憲兵団でなかったら、の話だけど。
「わ、私は・・・正直まだ迷ってて」
目を伏せてクリスタが弱々しく話す。
もしかしたらこの子は調査兵団と迷ってるのかもしれない。意外と死に急ぎな所があるから。
「ロゼッタは・・・気持ちは変わらないのか?」
「そう・・・だね。正直、迷ったんだけど」
巨人の脅威についてはちゃんと分かってたはずなのに、いざ直面してしまうと身体が強張って動くこともできなかった。そんな私が調査兵団に入ったところで、ジャンの言うとおりエサになるだけではないのか、だとかあの時素直にジャンの誘いを受けていれば、ジャンだって調査兵団に入ることはなかったかもしれない、だとか考えてしまうとキリがなくて。
後でこうすればよかった、だなんて言うのは簡単だけど。
「そうか。お前は強いんだな」
「ううん、全然だよ。巨人に手も足もでなかったから」
今でもあの時を思い出すと冷や汗が流れる。
誰かの血を口端につけてニタリと不気味に口角を上げている巨人の顔はきっと一生忘れられない。
「いや、そういうことじゃないんだ。なんというか、精神と言うやつかな」
「精神・・・?」
「そうだ。お前、1人の時に巨人と遭遇して怪我を負ったんだろう?」
「怪我は、巨人とは直接関係ないの」
「それでもだ。お前の行動を聞いたが、呆気にとられた」
緊張しているこの場に似つかわしくない声色で話すライナーがロゼッタの頭を撫でた。
よく分からないけど、褒められているんだろう。
「おい、お前何照れてんだよ。ジャンが嫉妬するぜー?」
「え、あ、いや、そんなつもりじゃ・・・」
「ははは。からかってやるな、ユミル」
少し前までの緊迫感が嘘のように和らいだ。そう思ったけど、すぐ近くで聞こえた声にまた体が強張った。
「俺はな、誰かに説得されて自分の命を懸けてるわけじゃない」
聞きなれた声に視線を向けると、ジャンやアニ、アルミン達の姿が見えた。
表情からして、アニ以外は何かを相当考え込んでいるようだった。ジャンの表情は見えないけれど、声から察するにやはり調査兵団に入るという決意は固いようだ。
「こればっかりは・・・自分で決めずに勤まる仕事じゃねぇよ」
「・・・あ、」
声をかけるタイミングを失って、ジャンは訓練兵が招集された檀上前へ行ってしまった。
行く先を失った手は空を切ってまたゆっくりと降りた。
「ロゼッタ、行こう?」
クリスタの声に慌てて振り向く。あぁ、召集されていたんだった。
「私は調査兵団団長、エルヴィン・スミス」
エルヴィン団長は調査兵団への勧誘をすると言っていたけど、その内容はどう考えても勧誘とは言い難いものだった。それどころか、エレンのような意志を持った人間じゃないと残らないのでは、というくらいの脅し台詞が混じっている。
まぁ彼は、とっくに調査兵団に入団したらしいけど。
何度かエレンの名前が出て来たけれど、私にはよく分からなかった。理解できたのは、エレンは人間の味方で、彼の家に秘密がある、ということくらい。
何故エレンの家に秘密が?彼が巨人だったということと関係があるのか?
頭をフル回転させても理解が追い付かなくてじれったい。
「今期の新兵にも、1か月後の兵器外調査に参加してもらう」
壁外調査、の一言に周りが一瞬ざわめきたった。
そこで3割が死ぬと言われたのだから、驚かないはずがないがないけど。
「それを超えたものが、生存率の高い優秀な兵士となるのだ」
エルヴィンの力強い声に、自然と鼓動が大きくなる。
出来ることなら逃げ出しい。いつ死ぬか分からないなんて、とてつもなく怖い。
分かってはいた。分かってたのに、震える足が示しているものは間違いなく恐怖で。
「自分に聞いてみてくれ。人類のために、心臓を捧げることが出来るのかを」
幼い、何も知らなかった自分をふと思い出す。
ただ姉に憧れた。自分の命を懸けて人類のために戦うんだなんて、なんてカッコいいんだろう。強い姉の真似ばかりしていた私だけど、自分もそんなことが出来れば姉のようになれるのではないかと。
姉も、この恐怖を味わったのだろうか。
今にも立ちすくんでしまうような、この恐怖を。
それでも逃げなかったのは・・・
解散、その一言に周りの訓練兵たちが次々とその場を離れていく。
元から駐屯兵団志望だった者がほとんどか、調査兵団志望だったけど心が折れたのか。
その人の波の中に、アニが見えた。あぁ、彼女は憲兵団志望だった。
あれ?
「・・・、なんで」
憲兵団に行ける上位組がほとんど残っている。
隣で肩を震わせて今にも泣きだしてしまいそうなクリスタも、それを心配そうに見つめているユミルも。
足音が聞こえなくなって、静まり返った広場にいるのは数十人。
このうちの何人が生き残れるのだろうか。考えてしまった途端に忘れかけていた恐怖がまたよみがえってきた。
「君たちは・・・死ねと言われたら死ねるのか」
「死にたくありません・・・!」
誰かが大声で叫んだ。死にたくない、生きたい。だから姉も戦う道を選んだのだ。
姉は強くなりたかったわけじゃなかった。私と同じように臆病だから、生きたかったのだ。今頃気づくなんて、妹失格だな。
「では今!ここに居る者を新たな調査兵団として迎え入れる。これが本物の敬礼だ。心臓を捧げよ!」
『ハッ!!』
「よく恐怖に耐えてくれた。君たちは勇敢な兵士だ。心より尊敬する」
もう、ダメだ。引き返すこともできない。ざまぁ見ろ、私の恐怖心。
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