兵站行進、馬術、格闘術、兵法講義、技巧術、立体機動
「あんなに頑張ったのに・・・あんなに・・・やったのに・・・」
燃え上がる炎の中で焼けていく”誰か”の身体はもうきっと骨しか残ってない。
うずくまって泣いているコニ―を励ましてあげたいのに、私にもきっとそんな余裕はない。だって、今にも涙がこぼれ落ちそうなんだから。
「全部・・・無駄だったのか?」
コニ―の小さな呟きが聞こえて思わず掌を強く握った。
だってあそこで戦ったのは3年間、あの辛い訓練に耐え抜いた訓練兵たちだったのに。
なのに、たった1日で、あんなに・・・
斜め前にいたジャンが屈んだ。
その背中はいつもと変わらないはずなのに、なんだか寂しく見えた。
マルコも、命を落としたと聞いた。誰も、彼の最期の姿を見てないのだそうだ。
優しい人だった。何よりも全体のことを考えていて協調性のある彼。
きっとジャンにとって大切な友人だったはずだ。私にとってのミーナのように。
考えて、グッと唇を噛んだ。きっと調査兵団に入ってしまえば、悲しむ時間さえないのだろう。
「今・・・何を・・・するべきか」
声がした方向に視線を向けると、ジャンが拳を握っているのが見えた。
かと思えば急に立ち上がって、こちらに向かってくる。その表情は、何かを決意したような、硬い表情。
「おい・・・お前ら・・・所属兵科は何にするか決めたか?」
彼の頬に伝っている汗は、多分炎の熱さにやられたわけじゃないだろう。
身体の震えがそう語っている。
「俺は決めたぞ・・・俺は・・・」
まさか、ロゼッタの口がパクパクとそう言ったのを、ジャンはチラリと見た。
すぐ外された視線にロゼッタは確信した。なんで、どうして。
「調査兵団になる」
「ジャン・・・どうして」
「・・・」
ロゼッタのどこか悲しげな声にジャンは何も返さなかった。
代わりに髪の毛を幾度か撫でて、最後にグシャっと掻き上げられた。
「ねぇ、答えてよ」
「どうしたも何も、俺はそうするべきだと思ったからだよ」
「なんで、こんなに急に・・・だってジャンは、」
「あぁ、自分でも驚いた。こんなことになるなんてな」
「だったら、」
「お前は、どうして俺を止めるんだ」
ジャンの言葉に、ロゼッタの動きが止まった。
「どうして?ジャンだって知ってるでしょ、調査兵団は・・・」
「お前も行くんだろ」
「ッ、私は最初から決めてた」
「いつ決めたかなんて関係ないだろ」
「だけど・・・だって、ジャンが死んだら・・・」
ジャンを止めたい。止めたいのに、思うように言葉が出てきてくれない。
それはきっと私に止める資格がないからだ。
「俺だって、ロゼッタを行かせたくないんだぞ・・・!」
悲痛な面持ちをしたジャンに肩を掴まれて喉が震えた。
あぁ、やっぱり私には止める資格なんてないのか。
「お願いだ、止めないでくれ・・・お前に言われると、立ち止まりたくなる・・・」
「ご、ごめんなさい、ごめ・・・」
静かに抱きしめられて、肩に顔をうずめる。
その瞬間に首筋に落ちてきた冷たい雫が何なのか分かってしまって、途端に鼻がツン、とした感覚に襲われた。
彼だって、私を失うのが怖くて止めたのに、私は聞く耳持たず。
そのくせにジャンのことは失いたくないだなんて、自分勝手もいい所だ。
「お願いだからこれ以上・・・自分のことを嫌いにさせないでくれ・・・!」
彼の身体の震えが直接響いてきて、ジャンにとってどれだけ大きな決断だったのかを物語っていた。
ジャンを失うのは絶対に嫌だ。だけどそれは、彼だって同じだ。
死ぬ気なんか更々ないけれど、壁外ではきっとそんな意志を持った人間であろうと死んでいくんだろう。
「ねぇ、泣かないでよジャン」
「・・・んだよ、お前だっていつも泣いてる癖に」
「否定しないんだ・・・」
「うるせぇ」
「ごめん」
ギュウ、と強く抱きしめられて、いつもと逆だねと笑う。
でもちょっと苦しいよ。ケラケラ笑いながら言うとジャンは顔を上げて涙を拭いた。
「ロゼッタ」
「なに・・・ッ」
不意に真面目な声で呼ばれて、返事をしようとしたけどそれは叶わなかった。
いつものように軽いものではない。深く深く繰り返されるそれに、息が出来なくてまた涙がジワリと浮かんでくる。
それに気づいたジャンが目じりに唇をよせてきて、恥ずかしさで顔を逸らす。
「おい、こっち向けって」
「やだ」
「いきなり悪かった・・・って、おい」
ジャンのお腹に思い切り抱き着くと、慌てたような声が上から聞こえた。
あぁ、疲れた。なんだか急に力が抜けてきて、ジャンの声も段々と遠くなっていく。
意識が途切れる直前に感じた、頭を優しく撫でてくれる手の温度をずっと感じていたい。
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