「・・・!赤い煙弾・・・」
「失敗・・・したのか?」
扉のすぐ近くで上がっている赤い煙弾はエレンを守る精鋭班の誰かが撃ったものだろう。
その色は作戦を続行するのに深刻な問題が発生したことを示していた。
「、アルミン!?」
マルコの声と共に後ろを誰かが走って通り過ぎた。
急いでその後ろ姿を確認すると、やはりアルミンだ。どこへ行くつもりなのだろう。
気にはなるが今は目の前のことに集中しなければならない。
多くの訓練兵が囮任務に加えられて、もうすでに何人もの人間が犠牲となった。
巨人の目を引いて、ただただ壁まで逃げ切るだけでこれなのだ。
「どうなってるの・・・赤い煙弾が上がったのに、司令は何を・・・」
「作戦続行って事だろ。私たちも囮を続けるしかない」
隣にいるアニが首の後ろを掻いた。
疲労のせいか、息が荒い。それはロゼッタも同じで、状況を一切飲み込めなくて腹さえ立ってくる。
エレンは?一緒についていったらしいミカサは?飛び出していったアルミンは?
何一つ分からない。ただただ心配するしか・・・信じることしかできないのだ。私たちは。
「作戦が成功したようです!」
「ただちに増援を送れ!精鋭班を救出せよ!」
ピクシス司令の声が聞こえたと同時に、駐屯兵に壁を登れと指示された。
ただぶら下がっていた状態から体勢を立て直し、すぐ壁上に登る。
先に登っていたらしいアニやライナーが扉の方を凝視していた。
ロゼッタもつられてそちらを見ると黄色の煙が微かに見えて、成功したことを示していた。
「作戦は、成功したんだね・・・!」
成功したということは、扉を塞ぐことが出来たということだ。
犠牲は多かったのだろうが、人類が勝ったのだ。
力が抜けて地面に膝をついて呆然と反対側の壁を眺めた。
ふと、ライナーたちが何も言わないことに疑問を持って視線を向けた。
「・・・ライナー?」
「あ、あぁ・・・。だがまだ掃討作戦が残っている。気を抜くなよ」
「うん、そうだよね」
力が抜けた足をを𠮟咤して立ち上がる。
そんなロゼッタの後ろ姿を、アニは何も言わずに見つめた。
相当な時間が費やされると思われた掃討作戦は、駐屯兵団の工兵部とその朝壁外へ出ていたはずの調査兵団が急遽駆けつけたことで人類は再び巨人の侵入を阻むことに成功した。
だけど喜ぶには、犠牲になった人々の数が多すぎた。
「ミー、ナ・・・が?」
アニの口から出て来た言葉が信じられない。
ミーナが、巨人によって殺された。
犠牲になったのはミーナだけではない。掃討作戦を進める中で、ロゼッタもたくさんの見知った顔を見た。
悲しいのはロゼッタだけではない。そう思って必死に涙をこらえて作業を終えた。なのに。
立ちすくむ足は震えが止まらない。どうしたらいいのか分からない。
思いだすのは3年間共に過ごしてきた仲間たちとの楽しい思い出。辛い訓練の合間にあった幸せな思い出ばかりでロゼッタの胸を刺す。
「ロゼッタ・・・」
「うん、ごめん。分かってる・・・悲しんでる場合じゃないけど・・・」
でも二度と、そこに戻ることはできないのだ。
皆違う道を行く。離れ離れになることは分かっていたけど、こんな別れになるとは思ってもいなかった。
「もうすぐ火葬が始まる・・・行こう、アニ」
目じりに溜まった涙を拭いて、アニに背を向ける。
フラフラとした足取りで広場に向かうロゼッタをアニは痛々しげな目で見つめた。
「違う、違うよ。ロゼッタ・・・私が、」
数メートル先に行ってしまったロゼッタに聞こえなかった声は、暗くなり始めた空に溶けた。
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