感じたくなかった恐怖

嫌な緊張感が空間を支配した。



「・・・それで?」

「それでって、」

「無謀だと分かってて、大人しく1人で行かせたのかよ!」

「と、止めたよ!でも何も聞かずに出て行ったんだ!」


怒りを抑えきれていないジャンを前に、男は怯えを見せながらも叫ぶようにして反論した。

それでも納得いかない。そんな様子のジャンに一歩後ろにいたマルコが隣に立つ。


「ジャン」

「・・・分かってるよ」


分かってる。今はこんなことで腹を立ててる場合じゃない。
それが、ロゼッタのことであっても。

さっき決めたばっかじゃねぇか。
今はとにかく、ここにいる奴らのことを考えなければ。

けれど、今一番気になるのは


「ロゼッタは・・・何をしに外に行ったんだ」


ジャンの質問に肩を跳ねさせたのは先ほど殴られた男の隣にいた女だった。
未だに泣き続けている彼女はカタカタと震える身体を動かして立ち上がった。


「本部が・・・巨人に囲まれて外からは誰も近づけなかった」

「・・・」

「だから、少しでもたくさん、替えのボンベを届けようって・・・」


あぁ、そんなことだろうと思ったよ。
あいつは・・・ロゼッタはそんな奴だったな、ずっと前から。

特別強いわけでもないくせに、人一倍責任感がある。
ただの強がりか、芯があるのか知らないが、調査兵団に行くと言う意志を曲げない。
いや、ただの強がりで調査兵団など行けるものか。

俺は、あいつのそういう所が嫌いだ。
それで、死んでしまったら?いや、もう死んでしまっているかもしれない。
そんなこと考えたくもないが、そうなったら、俺はどうすればいい?

まだ確実にそうと決まったわけではないのに、先ほど感じた恐怖がまたせり上がってくる。


考えている内に手の平を強く握りすぎていたらしい。
冷静になれ。傷口に染みる汗を拭って外を見た。


「・・・な、」

「伏せろ!」


ジャンのハッとした声とライナーが叫ぶ声は同時だった。

勢いよく吹き飛ぶ壁に、巨人に壊されたのだとその場にいた全員が理解した。

早く戦わなければ、逃げなければ、死んでしまう。
分かってはいるのに案外冷静な自分の身体が恐ろしく思えた。


これが現実ってものだろう。俺は夢か幻でも見ようとしてたのか?
普通に考えれば簡単にわかる。こんなデケェ奴には、勝てねぇってことくらい・・・

だから調査兵団になってわざわざ死ににいく奴らを心底バカにしていたし、今もそんな奴らの気持ちなんて理解できねぇ。

普通死にたくねぇよ、当たり前だろ。

何も言わずに巨人を見上げていたジャンの目が、何かをとらえた。


「・・・は?」


口から掠れた声が漏れた時、誰かが自分の服を掴むのを感じたが、目の前の状況を理解するのに精いっぱいで誰かを確認する余裕なんてなかった。


「なんだ・・・あれ・・・」


俺の服を掴んでるやつの声が聞こえた。
マルコで間違いないんだろうが、やはり状況を理解できていないようで声には焦りが混じってる。

それもそのはずだ。

壊れた壁の隙間から覗いていた巨人が、何者かによって殴り飛ばされた。
巨人を殴り飛ばせる奴なんて、そりゃあ巨人しかいないわけで。
でも巨人が巨人を倒すなんて聞いたことがない。

混乱が混乱を呼ぶ中、ガラスを叩き割る音がして今度はそちらに注目する。
立体機動で飛び込んできた影は間違いなく人間だ。



「ッ!ミカサ!?」



絶望を実感しているときに、希望が少しでも見えるとそれはどんなものであってもありがたく感じる。


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