「お待ちください、隊長!」
薄暗い補給物資が置かれた本部の中で男の声が響いた。
「もし巨人がここを攻めてくれば、我々補給兵だけではここを守るのは不可能です!」
「お願いします、どうかお残りください!」
「・・・そこをどけ」
訓練兵の悲痛な訴えに隊長は答えようとしない。その態度を見たロゼッタは眉間に深くしわを作った。
・・・腰抜けめ。どうせ、壁を登るつもりなんだろう。
「私はこれから、増援部隊編成の任に就かねばならん」
「壁を登って、ですか」
ロゼッタの声にその場にいた全員が冷や汗をかいた。しかしそれを気にすることなくロゼッタは前に出て続ける。上官の額がピクリ、動いた。
「貴様・・・何が言いたい」
「私たち訓練兵を置いて、安全な内門で作業をなさるのでしょう?」
「ッ、これは規則に則った行動だ。定められた規則に準ずる、それが兵士たる者の務めだ!」
「しかし、ここを落とすわけには、」
「えぇい、黙れ!」
「ッ!、」
上官の振り上げた刃が近づいていたロゼッタの肩を掠る。この無能指揮官が・・・。慌てて傷口を見たが、幸い深くはなかった。当るとは思ってなかったのか人を傷つけたことに一瞬怯んだ上官だが、一拍置いてまた叫ぶように言った。
「これ以上口を開けば、反逆罪とみなし、この場で罰せねばならんぞ!」
上官の声が本部内に響き渡る。何も言えない訓練兵を横目に、上官は部下をつれて本部内を出て行った。
「・・・くそっ」
「どうするの?私たちだけじゃ、ここは、」
「いずれ巨人が入ってくる!とにかくできるだけガスを補充しよう」
ロゼッタの声にさえもう反応する者は少ない。絶望の色が見えている者も多い。そんな状況にロゼッタは舌打ちした。
「こんな所で座り込んでたら私たちまで死ぬよ!」
それでももう上官はあてにならないんだ。訓練兵だけで、なんとかここを死守しなければ。
残った管にガスを補充し始めたロゼッタを見て、周りも動き出した。皆もう、諦めてるよな表情。
「ウジウジしてても仕方ないよ、私たちは最後までやらなきゃ」
「ロゼッタ、これ以上どうしろって言うの・・・」
「どうしろって、私たちが落ちたら外で戦ってる兵はどうなるの?」
「それは・・・あ、これ、撤退の合図じゃない?」
外で鐘が鳴った。間違いない、壁に登れという合図だ。
「やっと撤退?急いで外の兵にガスを、」
ロゼッタが立ち上がった時だった。何かに扉が吹き飛ばされ、訓練兵の目がすべて扉のあったはずの空間へ向く。
「え・・・あ、嘘・・・でしょ・・・」
「巨人が入ってきた!」
「、急いで上に上がるのよ!」
誰の掛け声かは分からないが、それを皮切りに全員上へと一斉に駆け上がる。
「もうだめだ、もうだめだ、」
「怖いよ、お母さぁん」
「死にたくない・・・」
恐れていたことが起きてしまった・・・。もうここにいる全員、最悪の状況を前に戦意を喪失してしまっただろう。窓から覗いてくる巨人を前に、腰を抜かしてしまった者さえいる。
「みんな、なんとかここを出て、皆にガス届けなきゃ、」
「出る?ここを出ろって言うの?自殺行為よ!」
「どっちにしてもここに居ればいつか死ぬよ!」
「でも、でも・・・」
しまいには泣き始める訓練兵。しかしこのままジッとしているわけにはいかない。外にいる訓練兵もこのままでは壁に登れない班がほとんどのはずだ。この数の巨人をここにいる士気の無い兵で倒すのは不可能。ならば・・・。
いちはやく、ガスを届けなければ。
「私と一緒に、ガスを運んでもいいって人は?」
ロゼッタの問いかけに、誰一人答えない。その有様にひとつ、ため息を吐いた。
「・・・いないんだ。いい、私だけで行く」
吐き捨てるように言って、ボンベにつめたガスをいくつか纏めた。窓をいくつか見渡してみると、幸い、巨人がたかっていない部分がある。勝負は一瞬、とにかく覚悟を決めなければ。後ろで誰かが何かを叫んでるが、ロゼッタのやるべきことは一つだと確信していた。
「何もせずに死ぬなんて、ゴメンだよ」
切られた肩が痛み、ロゼッタのこめかみを汗が伝う。皆は無事だろうか、104期の皆は。
「・・・ジャン」
どうか、無事で
窓際に足をかけて、アンカーを飛ばした。