84インチのテレビの前に胡座をかき、大画面を見上げ手元のコントローラーを忙しなく動かしている。バルトロメオはたまに「あっ!」とか「よし!」とか声を上げるくらいで、会話はない。 キャベンディッシュはソファーに座り、手元のワインを回し、時々口を付けながら、バルトロメオの後頭部を睨み続ける。風呂上がりのバルトロメオの髪は、いつものようにニワトリのトサカのように逆立ってはいないが、緑の髪はいつも通り目にうるさかった。 バルトロメオはキャベンディッシュに後ろから散々に眼光を浴びているのに、気づく気配は少しもない。それどころか、呑気にあくびをし、だらけた顔で「眠い。寝るべ」とぼやいてゲーム機の電源に手を伸ばしている。 「何が「寝るべ」だ!」 キャベンディッシュはとうとう我慢ならず、バルトロメオの無防備な背中を後ろから蹴りつけた。 「痛て!」 腰を浮かせかけていたバルトロメオは、バランスを崩し床に這いつくばる。 「てめぇ何すんだ!」 「お前こそなんのつもりだ!テーブルに積まれたプレゼントの山が目に入らないのか!」 「は?あぁ、邪魔だと思ってたべこれ」 キャベンディッシュが指差す先には、テーブルに乗り切れず床にまで積まれたプレゼントの山があった。どれも高級そうなブランドのロゴが入っている。 「邪魔とはなんだ。これは全部僕への誕生日プレゼントだぞ」 キャベンディッシュは唇を尖らせ、呆れた目をバルトロメオに向ける。 「ふーん、お前ん家いつも誰かからのプレゼントあるから気にもしなかったべ」 バルトロメオはプレゼントの山を物色し、酒が入ってそうな形の物を抜き取り胸に抱える。その背中にまたキャベンディッシュの蹴りが入る。 「いてっ!」 何度も蹴んな!とバルトロメオが振り返り睨みつけるその眼前に、キャベンディッシュの白い手が差し出された。 「……?」 立つのを助けてくれるのかとバルトロメオがその手を取ると、鬱陶しそうに振り払われた。 「君からはないのか?」 プ・レ・ゼ・ン・トーーーと噛み切られた言葉が目の前の手のひらが上下するのに合わせてバルトロメオに降りかかる。 「……何も用意してねーべ」 胸に抱えた酒をテーブルに戻し、ダルそうにバルトロメオが頭をかく。 キャベンディッシュは鼻を鳴らし、ソファーに腰をおろした。 「だと思った。最初から君には期待してなかったさ」 キャベンディッシュの冷ややかな目を受け、バルトロメオは眉間に皺を寄せた。 「わ、なんだべその言い草!何かほしいもの言うべ!買って来てやる」 「じゃあコンビニでヨーグルト買ってきてくれ。明日の朝食にする」 「100円程度じゃねーか!期待値低すぎだべ!もっと俺はやれる男だべ!」 「じゃあビタミンドリンクを頼む」 「200円!お前がいつも買ってるやつだろ!100円しか上がってねーべ!もっと期待しろ!」 「しかしな……ほしいものならだいたいすぐ手に入るし、今僕がほしいものは君じゃ絶対無理だし」 「なんだべ言ってみろ」 「セスナ」 「今年のプレゼントはヨーグルトとビタミンドリンクだな!わかったべ!」 バルトロメオは、キャベンディッシュから渡されて着ていたパジャマをいそいそと脱ぎ始めた。しかし、ボタンを外し終えたあたりで「あ!」と声を上げ手を止めた。 「財布持ってきてねぇべ」 「……君には300円の期待も大きかったようだな」 項垂れるバルトロメオの背に、キャベンディッシュの呆れ声がかかる。バルトロメオは肩越しに恨めしげな目をキャベンディッシュに送る。 「何も金で買えるものだけがプレゼントの全てじゃねーべ……んだ!そうだべ!何もプレゼントは物だけじゃねーべ!」 悔しげに呟いたバルトロメオは、何かを思いつき嬉しそうに手を叩いた。 「なんだ?肩もみとか皿洗いか?」 期待の薄い目で、小学生が母の日に贈りそうなプレゼントをあげつらうキャベンディッシュに、バルトロメオは口を尖らせる。 「ガキじゃねーんだべ」 立ち上がったバルトロメオは、ソファーで足を組むキャベンディッシュの膝に向かい合うように腰をおろした。 「ーーー!」 キャベンディッシュの手の中でワインが揺れる。 「お前どんな柄が好きだ?」 零れ落ちる前に、バルトロメオはキャベンディッシュの手ごとグラスを取り、中身を飲み干す。 「柄?」 「ああ。ちょうど増やそうと思ってたとこだべ。お前が好きなとこに、お前が好きな柄入れてやるべ」 そう言われ、キャベンディッシュは何のことか察しがついた。バルトロメオは腰や背中にいくつか刺青をいれている。自分の体に、キャベンディッシュが望む場所に、望むデザインをいれると言っているのだ。 「……!」 「どこがいい?名前でもいいべ?」 キャベンディッシュの目に、開いたシャツの間から淡い色の乳首が見えた。色づいた箇所の中心を囲むようなデザインの薔薇のトライバルがキャベンディッシュの頭に浮かぶ。 「ばっ」 バカか君は!ーーーと、自分の頭に浮かんだ映像をかき消すように大きな声をあげる。 「そ、そんな、体に一生残るものを他人に決めさせるなんて……、一生どころか、来年、来月、明日だって一緒にいるか不確かなのに」 羞恥で赤くなった顔を、眉間に皺を寄せ、口を尖らせ誤魔化す。 「一生一緒じゃねぇのか?」 だが、バルトロメオに平然とそう言われ、誤魔化しがきかないほど顔が赤くなるのを、キャベンディッシュ自身も感じた。 キャベンディッシュは項垂れた。赤くなった顔を隠す手立てはこれくらいしかない。キャベンディッシュは、バルトロメオの愚直さに勝てた試しはなかった。プレゼントを用意してない恋人に意地悪を言って、最初は優勢だったはずなのに。惚れた方が負け、とはよく言う。 「……刺青は、いい」 キャベンディッシュは項垂れたままくぐもった声を零す。 「一生一緒にいろ」 バルトロメオは飽きれた顔でキャベンディッシュのつむじを見る。 「そんなんでいいんけ?」 つむじが頷く。 「じゃあ、それやるべ。約束、やる。一生一緒にいるって約束な。プレゼントだべ」 バルトロメオはキャベンディッシュのつむじを指で押した。「下痢ツボ」と、ガキのようなことを言いながら思い切り押す。 キャベンディッシュがバルトロメオの手を振り払い、赤い顔で睨むと、「顔上げた」とクソガキのような顔で笑われた。 「今年は約束やるべ。んで、来年はキス、再来年はカラダ、その次は人生丸ごとプレゼントな」 キャベンディッシュの鼻先でバルトロメオが笑う。 「……おい、来年までキスしないつもりか」 キャベンディッシュが赤い顔で睨む。 「プレゼント先払いも可だべ」 キャベンディッシュの手が、バルトロメオの洗い髪に差し込まれる。初めてのキスは高いワインの味がした。バルトロメオは間近に見るキャベンディッシュの長いまつ毛と瞼のラインに、「そういえばこいつは美形だった」と思い出す。 「……再来年のプレゼントはどうする?いまいる?」 「……近いうちにもらいに行く」 「その次は?」 「……それも、近いうちにもらいに行く」 じゃあお待ちしてるべ。 |