学校帰り、薄いカバンを肩に帰路につくユースタス屋を捕まえる。 「人生の最後に食べるとしたら何食べる?」 挨拶も抜きに深刻な声でそう言うと、ユースタス屋はガンを飛ばして振り返った。 「なんだよ、トラファルガー」 と言っても、本当に睨みをきかせているわけではなく、逆立てた赤毛、眉のない顔、つり上がる目のせいで自然そう見えるだけだ。彼のがさつでおざなりな性格と、投げやりな態度が彼を荒く見せるだけで、実際の彼は何一つ考えていない。考えているとすれば今晩の夕食のメニューくらいだろう。 「だから、明日死ぬとしたら何食べたい?」 「あー……」 自然な流れで二人並んで歩き出す。ユースタス屋の少し高い横顔を見上げれば、頭の悪そうな顔で空を見上げ口を開けていた。きっと、食い物とゲームでいっぱいの脳みその隙間で精一杯考えているんだろう。 「ワクドナルドのビックワックを死ぬほど食う」 「ワクドナルド……ってお前、人生最後がそれでいいのか?」 ワクドナルド―――ファストフードの超有名大手企業を愛する者は多々おれでも、この質問でこの企業名を出すものはなかなかいないだろう。 予想以上に頭の悪いユースタス屋 の答えに、おれは感動を越え恐怖すら感じた。こいつバカじゃねぇの。 「だって、ビックワックを死ぬほど食うなんて贅沢なかなかできねぇし」 だからって人生最後にビックワックでいいと言うのか。 「……じゃあ死ぬほどビックワック食いに行こうぜ」 「あ?なんで?」 「明日隕石が地球に衝突するらしい」 「は、」 「人生最後に食べたいんだろ?」 「……」 ユースタス屋は足を止め黙り込んだ。流石に騙されるわけはないか。騙されることを期待してたわけじゃない。‘バカじゃねぇの’‘騙されるかよ’―――そんな会話をしながらだらだらとワクドナルドに流れこんでだらだらと食って喋れたらいいってだけ。 「やべぇ」 ユースタス屋が顔を上げた。ひどく思い詰めた顔。まさかね、なんて。 「やべぇよトラファルガー!ワクドナルドでビックワック死ぬほど食うぞ!」 ユースタス屋はおれの手を引いて街へ駆け出した。おれも慌てて駆ける。まさかね、なんて。そのまさかで。 こいつバカじゃねぇの。 目の前に山のようなハンバーガーを積み、片端から包みを開けては食らいつく。そんなユースタス屋を見ながら俺は片肘ついてポテトを摘まむ。 「なんで街のやつらは落ち着いてんだ?」 ユースタス屋はケチャップだらけの口で言う。 「NARAが隠してんだよ。知ったらみんなパニックになるだろ?俺はNARAの叔父さんから聞いたんだ」 「そうか」 子供でも分かる嘘にユースタス屋は感心したように頷き、またハンバーガーの山の登山を開始する。頂上までまだまだだ。 4個目の空の包みがテーブルに転がり、5個目のハンバーガーにユースタス屋が噛みついたとき、ユースタス屋がぽつりと呟いた。 「……明日おれら死ぬのか?」 「たぶんね」 「そうか」 まだおれの言葉を信じている愛すべきバカに適当に返事を返すと、ユースタス屋はずるずると崩れ落ち、ビックワックマウンテンに埋もれてしまった。 パテとパンと隙間から、ズビッ、ズビッ、と鼻をすする音がした。 潰れて無惨なハンバーガーと、山を潰す赤毛の怪獣を不審気に見ていると、ユースタス屋が鼻をすする合間に呟いた。 「おれ、まだお前に好きって言ってないのな」 「―――」 おれは目を丸くし、やつの揺れる真っ赤な後頭部を見下ろした。ズビッズビッ、と鼻が鳴る。 (あー……) おれはずるずると崩れ落ち、トレイのポテトを押し退けてテー ブルに打ち伏す。ユースタス屋の逆立てた髪の先がおれの額をくすぐる。ユースタス屋のすすり泣きはまだ止まない。 ピクルスのにおいにまみれながら、おれは心の中で謝る。 (うそついてごめん。おれがバカだった) |