星の王子さま



重い鉄の扉を開けると、暗がりと錆のにおいがした。
部屋の中は五メートル四方ほどしかなく、外は燦々と太陽が虚勢を張る真っ昼間だというのに、世界から切り離されたように湿りくさく暗かった。

「派手にやらかしたな」

ルッチは扉を開け放したまま、部屋の中に踏みいった。扉からの明かりが届く部屋の真ん中には、金色の毛が太陽に触れて輝く少年が転がっていた。
冷えたコンクリートにうつ伏せに転がる少年は、後ろ手に手錠をかけられていた。手錠は鎖に繋がり、後ろの壁に打ち付けられている。
ルッチは光を浴びる生白い背中を見下ろす。少年のその背は、皮が引き裂かれ、血が滲んでいた。
「やられたのはわしじゃ」
見ろ、教官のやつ、力いっぱい鞭打ちよった―――と、カクは地面からルッチを睨み上げ、ぶちぶちと不満そうな声を上げた。
「お前が叩きのめした生徒の話だ」
ずいぶんひどく暴れたな、とルッチは感情の見えない目でカクを見下ろす。
「あいつら、子犬をいじめおったんじゃ」
カクは、痛そうに身動ぎながら上体を起こし、足を崩して地面に座り込んだ形になる。
「何人もで囲んで、怯えて鳴く子犬を蹴ったんじゃ。子犬は悲痛な声で鳴くのに、あいつらは笑っておった。そうして、子犬を川に投げ込みおったんじゃ」
カクの瞳が暗がりでもわかるほど熾烈に燃える。激情を押し込めて、火花が星のように散っていた。ポロポロと星が涙の形になって瞳から零れた。
「それにしてもやりすぎだぞ」
ルッチは不自然に膨らんだシャツの胸元に手を差し込んだ。カクの目が驚きに見開かれる。ルッチのシャツの中から、白い毛玉のような子犬が飛びたしてきた。
子犬は、転がるように短い足でカクの膝元に駆け寄った。
カクは、頭を垂れるように身を屈め、尻尾を振り回す子犬の顔に、涙に濡れた顔を寄せた。流れる涙を子犬が無邪気に小さな舌でなめ回す。くすぐったそうにカクが小さく笑って身を捩る。少年の細い手首で鳴る鎖の音は、さっきまでこの薄暗い部屋に調和していたのに、今は場違いにも感じる。
「両足骨折でしばらく歩行困難な奴や、右目が飛び出しかけた奴もいるんだぞ」
「だからどうした」
子犬に顔を寄せたまま、地面すれすれからカクのぎらつく瞳がルッチを見上げた。
「人間なぞ、どうでもよいじゃろ」
濡れた長い睫毛がきらきらと光る。大きく丸い瞳が、星を閉じこめたような美しい瞳が、溶ける、燃える。
「―――」
ルッチは、胸の底に欲望がざわつくのを感じた。カクの手首を縛る手錠を素手で切り落とし、自由になったその手を取って引き立たせた。
「、!おいっ!」
ルッチがカクの手を引いて部屋から連れ出そうとすると、カクが焦った声を出す。ルッチの欲望を感じとったのだろう。

「何する気じゃばかもん!わしゃ怪我人だぞ!見ろこの背中!」
「お前が上に乗れ」
「!ほんとに何する気じゃ!」
「コロ、捨てられたくなけりゃ着いて来い」
「コ……、か、勝手に名前つけるな!しかもコロって……」
「ではポチだな」
「それもダメじゃ!こいつはドンファンにするんじゃ!」
「……コロだな」

ルッチは部屋の出口で一度止まり、振り返った。部屋の真ん中では、戸惑うように子犬が立ち止まっている。「コロ」とルッチが呼び掛けると弾けるように短い足をせかせかと動かし着いてきた。
「ああ!ほら!覚えてしまったではないか!」
カクはルッチに引きずられ、眩しさに目を細めながら廊下をよたよたと進んだ。引かれながらも、「お前はコロじゃない!コロじゃないぞ!」と必死に言い聞かせるが、子犬はカクに呼ばれる度、健気に尻尾を振っていた。


幻のように白く霞む長い廊下からは、子犬のはしゃいだ鳴き声と、少年の悲痛な嘆きが廊下の曲がり角に消えるまで続いていた―――



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