行間葬



カチ カチ カチ カチ カチ カチ カチ

生ぬるい室内に、二人は吐息の音すらたてず黙々と本のページを捲っていた。
時計の刻む音の合間に、乾いた紙と紙が擦れる音が時折混じるだけだ。
薄いカーテンの引かれた出窓に腰掛ける男と、ソファーで足を組み男の間には、同じ時間は流れない。同じく浮かんで息をしても、彼と彼との間に一つの時間が流れることはなく、それぞれが各個の時間を、それぞれの正義が正しく刻む。
一人が、ほう、と息をつき、夢にて死んだような瞳でページを撫でた。
「わしは物語の行間で死にたい」
もう一人が石像のように揺るがぬ目で、世迷いごとを言う男を見る。
「一人の女の人生を読んでいた。女は至って普通の日常を送っていた。女はあるとき旅に出た。わしは女の平凡な人生を追っていたのに、いつの間にか女の夢の世界の話を読んでいた。景色は歪み、支離滅裂なことを喋る男に抱かれていた。列車の中から放り出され、平原をさ迷っていた。わしはいつから女の夢に入ったのか?何処まで現実で何処から夢だったのか?わしは文字と文字との間に落ちたのだ。行間に幻をみたのだ」
ゆっくりと下りた目蓋は、またゆっくりと上がり、眠る直前のような瞬きを繰り返す。男の瞳はいまだ片方行間に囚われている。
「お前が行間で死んだなら、俺はその本を棚に並べよう。本を読むたびお前に会おう。本を読むたびお前を抱こう」
男は夢見る声音ではなく、理性を飲み下した冷静な意志で厳かに口をきく。
男の石の彫刻のような瞳を覗き込み、出窓の隅の小さなサボテンを思い出す。今日はまだ水をやっていない。部屋にはカーテンが薄明るい昼間を閉じ込めている。時計の中で短針が秒を刻み秒針が意地をはっている。現実はやがて夢に溶け出す。
行間で死のう。
文字の隙間で男を待とう。
行間で死のう。
そこではきっと息ができる。



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