俺の父親は厳格な男だった。 華やかさも煌びやかさも嫌い、無駄を何より嫌った。 鋭さを追求したナイフのように、威力を追求した拳銃のように、ある一点を追い求めた美しさーーー機能美を唯一の美しさとし、愛した。家の中も外も無駄なものはなく、無機質で冷たくて、流線形に溢れていた。 その冷たく整った家庭で育った反動だろうな。俺はいっそ無駄と思えるほど華美さを好いている。 カーテンに施された金の刺繍。重いビロードが垂れ下がる天涯付きのベッド。引き出しの裏にまで彫刻の彫られたデスク。天井に広がるシャンデリア。有名な絵画が焼き付けられた床のタイルーーー派手で華美でごてごてとうるさい見た目のものに埋もれて生きるのが俺は何より好きなんだ。 そう言って目を伏している男は先程から一度も俺を見ない。 男がいま言ったように、男が何より好むという無駄な華美さに彩られた生クリームたっぷりのケーキを一心に見つめ、派手な指輪がいくつもついた指で直接掬っては口に運んでいた。 「で、お前は人の部屋で何やってんだ」 俺は腕に抱えていたバラの花束と、赤いリボンの巻かれたでかいテディベアをソファーに放り、諦め混じりのため息を吐いた。 「お前の部屋じゃねぇだろ?お前が借りてるホテルの部屋だ」 男はやっと胡乱な金の瞳に俺を映した。 「俺が借りてる'俺の'部屋だ」 俺が借りてる俺の部屋の俺のベッドに潜り込み、ベッドの上で包みを開いてデコレーションケーキを手掴みで貪り食うクロコダイルは、あたかも俺が聞き分けのないことを言う子どもであるかのように冷めた視線を寄越し、またケーキに食らいついた。 俺はどうにも腑に落ちない。 こいつの誕生日を祝ってやろうとこいつの家に出向けば、「主人は不在だ。そのふざけた両手の品を抱えて帰りやがれ」と追い返され、仕方なく部屋に戻ってみれば、コートもスラックスもそこら中に脱ぎ散らかし、裸でベッドに潜り込み、寝そべって手掴みでケーキを食うこの男を発見し、するべき問いかけをしたにすぎないのに。なのに。なのにこいつときたら、まるで俺が悪いというような顔で見てきて、やれやれと言いたげに首を振っている。 その視線を受けるべきはどう考えても俺じゃなくこいつだろう。 「せっかく祝ってやろうと思ったのになんだその態度は」 「祝ってくれなくて結構だ」 口を尖らせて文句を言えば、にべもな く切れ味鋭い返事が返された。 「誕生日にすることは全て自分で決める。祝福も自ら行う。今日は俺のためだけに生きる」 「なんだそりゃ」 俺は不審げに首をかしげる。 「まるで普段のてめぇは自分のためには生きてないとでも言いたげだな」 世の中弱肉強食と見なし、思うがまま力と利益を求め生きるこいつには、自己犠牲も慈愛も慈善事業も程遠い言葉であると思っていたのだが。まさか俺の知らぬところで自己を費やし他人を助くような生き方をしていたのだろうか。 「バカか」 俺が思ったことをそのまま言えば、この男はこの世で最も冷徹な目でそう言いやがった。 「そんな吐き気のするような生き方するわけねぇだろ」 ーーー俺は目的のため厳格なルールのもと生きている。 「他人も自分も容赦なくすり減らし、俺は最後の地にたどり着くのさ。そのためだけに俺は俺の正しさのもと息をする」 男は指で掬うことすら止め、ベッドの上で崩れかけたケーキに直接食らいつく。顔についた生クリームは指で拭い、舌で舐めとる。縫合痕の這う頬も、シーツから覗く裸の肩も滑らかな背中も死体のように真っ白なのに、舌だけは熟れたよ うに赤い。 「今日だけだ。ルールを逸脱し、俺が俺のためだけに生きるのはーーー」 父親が嫌った砂糖まみれの菓子を手掴みで食い、裸で部屋をうろつき、ベッドの上でものを食っても構わない。今日の俺には何の禁則事項もなく、タブーもなく、何もかも自由なのだ。そう言って男は笑う。おおよそ誇るに能わない信条と心情を掲げ、愚神のように笑う。笑って俺を手まねくのだ。 「さぁ、ドフラミンゴくん」 ーーー君はどうするかね? 「……何がだ?」 「俺が、自由な身のまま意志のままここにいる、という事実に相対しーーー君はどうするかね?」 「……」 俺は男が手まねくまま、クシャクシャに乱された生クリームが香るベッドに近づいた。 「!」 俺はバランスを崩してベッドに崩れ落ちた。ベッドから伸びた生クリームの溶けた油でてかる指が、俺のシャツの襟を捻り、無理矢理引き寄せたせいだ。 「俺は俺の自由意志のままお前を食らうぜドフラミンゴ?」 溶けた生クリームの油でてかる唇が、俺の唇を滑った。生クリームの甘ったるい匂いが間近に香る。 「お気の召すままご自由に、ミスター!」 HAPPY HAPPY Birthday、sir! |