秋(AK)




ドサリと、重みと厚みのある物が落ちたような音がして、キッドはキチリと閉められていたカーテンを開けた。

「いてててて」

カーテンの向こうのベランダには、見慣れた男が座り込み、打ち付けたと思われる尻を擦っていた。
「よお、キッド」
男は、キッドに気づくとニカリと笑い、軽く手を挙げ爽やかに挨拶をする。
もう夜も更けたというのに、笑う男の綻んだ目尻まではっきりと見えた。顔を上げると、民家の屋根にぼってりとでかいまん丸の月が居座っていた。
(そうか今日は十五夜か)
キッドは夜更けの珍客に感謝した。この男が来なければ、一年で一等美しい月が出た夜空を見逃していたかもしれない。
「人ん家のベランダで何してんだよ、エース」
月を呼んだくだんの男は、照れ臭そうに笑い尻を叩きながら立ち上がった。
スウェットにパーカーというラフな格好の男の足元は素足だった。恐らく、壁を這う配水管か軒下の木を伝って屋根に上がったのだろう。
「お前に会いに来たんだ」
ヘラリと顔を緩ませる男に、キッドは肩をすくませた。
「そいつぁどーも」
気のない返事を返えすキッドに、男は困ったように笑ったまま口を閉じた。
「……」
「……」
二人が口を閉じると、冴えた月の輝く音だけがやけに耳に届いた。いつもは小うるさいほど鳴いている秋の虫たちも、今日ばかりは月の音を邪魔せぬよう声を潜めている。
「俺は」
唐突に月の音が止んだ。


「俺は―――今夜月に帰ります」


ぼんやりと月をみていたキッドは、男の言葉に眉をひそめた。男の言葉が聞こえなかったわけではない。脳が男の言葉を理解できていなかった。
―――ツキニカエリマス
男は確かにそう言った。
キッドはまじまじと男の顔を見るが、ヘラリと笑うばかりで、その心は分からない。次第、そのヘラリとした顔が異質なものにも思えてきた。
(……ああ)
キッドはしばらくして、一人胸の内で頷いた。
この秋が終わる頃、男は外つ国に旅立つのだと、彼の弟でもある友からちらりと聞いたような気がする。
これは、素直に別れを言えない男の遠回しなサヨナラなのか。だが、男は思ったことを真っ直ぐに口に出せないような人間だったろうか?むしろ、明け透けなく人に接する性格の根明な男ではなかったろうか。
「だからキッド、今日だけ……な?」
そう言うと、男はキッドの背に腕を回した。
「……」
キッドは一度みじろいだが、すぐに黙って男に引き寄せられた。
男の肩越しに見る月は、一年で一等美しい月だったし、今夜男はあの月に帰ってしまうのだ。だから今日は特別で、だから今日だけは仕方ない。

全部あれが悪いんだ。

輝夜姫を地球からさらってしまうあの月が、月をも撃ち落とせる21世紀の科学の時代にこうしてあり続けるのも、こうしていわれのない罪を着るためだったんだ。


(今日のすべては月の罪)




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