It's My Pleasure.



ソファーで新聞を読んでいたドフラミンゴは、後ろから己の首筋に添えられた右手を驚くことなく受け入れた。

「よぉ、鰐野郎―――珍しいな、てめぇから俺を訪ねるなんて」

背後の男はそれに答えるこなく、右手でドフラミンゴを支えにし、男の左肩に甘えるように身体を擦りつけながら左腕をソファーと男の前のローテーブルに伸ばした。
ドフラミンゴは男の動きを遮らないように新聞を右にかわしながらも、まだ視線は文字の上を踊る。
ことり、と幽かな音がテーブルから鳴って、ようやっとドフラミンゴは新聞から顔を上げた。色のついた視界には、顔の真ん中を横切る縫合跡のある、冷えた横顔があった。だが、いつもならぐいぐいと下げられた口角が、今日は少し上向きになっている。
傷の男の横顔から、左腕、左手、指先まで視線で追うと、テーブルの上にダークブラウンのシンプルな紙箱が置かれていた。高さは親指の先ほど、大きさはB5サイズにも満たない箱だ。
背後の男は血の通わない左手を器用に扱い、黒のベルベットのリボンを解き、箱を押し上げて中身を示した。

「今日が何の日か記憶してるか?この鳥頭は―――」 箱の中には 宝石のように美しく飾られたチョコレートが並んでいる。
男はその中の一粒を取りあげ、伸ばしていた身体をしゅるしゅると戻し、ドフラミンゴの唇に押し当てた。
「……ん」
真っ赤なハート形のチョコレートは、かすかな酸味と甘さを口の中に広げた。
未だ新聞を広げたまま手にしていたドフラミンゴは、口に押し入れられた手間と費用の味がする菓子を咀嚼しながら、新聞をローテーブルに放った。
突然、なんの連絡もなしにドフラミンゴの別邸を訪ねた男は、厚く思い毛皮のコートを肩から床に払い落し、優しい笑みを口元に携えたままソファーの右側を回りドフラミンゴの正面に回った。ベスト姿になった男は、ドフラミンゴの両ひざの間に右ひざを入れ、ソファーを自重で窪ませた。
「‘Be My Valentine’くらい言えねぇのかよ鰐野郎」
口元には笑み、だがその目は爬虫類のようにぬらぬらと冷たく嗜虐色に光らせながら己を見下ろす男の、折り目正しい禁欲的なスラックスの太ももから尻までを撫で上げながらドフラミンゴは笑う。
男は左足は地につけたまま身体を傾かせ、ドフラミンゴの両肩に手をついて身を寄せる。
「んで、今日は何が 欲しいんだ」
ごく当たり前のようにドフラミンゴは聞いた。こうやって、クロコダイルが自分から己の元を訪ね、甘えてくるのは、いつもドフラミンゴになにか‘お願い'があるときだ。
「おまえ」
クロコダイルは金色の目を細め、莞爾として言った。この男はよく嘘をつく。頭がよく堂々としたこの男は、人からは意味のある嘘しかつかない人間だと思われている。だがその事実、この男はよく戯れに意味のない嘘もよくつく男だった。
「フッフッフ―――知ってるか?嘘つきは地獄で舌抜かれちまうんだぜ?」
ドフラミンゴはその長い舌をべろりと出し示し、己の左頬を這っていた男の手を捉え、逆に舌を這わす。
「舌抜かれるなら一度の嘘も千度の嘘も同じだな―――俺の舌は一枚しかねぇ」
べっ、とクロコダイルも舌を出し、男の右の耳朶をねぶった。
「本当に何も欲しくねぇよ―――だが、お前がくれるっていうなら受け取るぜ?それが礼儀だ」
男の熱い息とともに耳に吹き入れらた言葉に、ドフラミンゴは首を傾げた。
これまで何度も‘こういう'ことがあり、その度にこの男はドフラミンゴに何かをねだってきた。
それは他愛もない宝石だったり、 予約の難しいホテルのディナーだったり、どこぞの会社の利権だったりという、その気になればクロコダイル自身でも手に入るような物のときもあれば、とある国の可愛げの欠片もない保護動物を密輸しろと言われたり、自宅の裏庭に温泉を掘れというわけの分からないお願いだったときもある。
なので、今回もまた何をねだられても驚くことはないが、こういう言い回しをされたのは初めてだ。ドフラミンゴはサングラスの奥で疑問を呈した。
ドフラミンゴの困惑が伝わったのか、クロコダイルは背中越しに右手でテーブルをまさぐり、自分が持ってきたチョコレートを一粒取り出して口に咥えた。
そのまま口内に甘みを迎え入れることなく、上下の唇で支えたまま、親鳥がヒナにえさを運ぶように黒いダイヤを相手の口に運んでやる。
「ん、ん……ふ、ぅあ」
そのまま舌を絡める二人の間で、溶け、噛み砕かれた粒はとろりとした金色のリキュールを零した。
たちまち鼻孔に強く香るアルコールの匂いに酔ったように、クロコダイルはドフラミンゴの顎を伝う金色の線を猫のように必死に舐め上げる。
「は、あ……お返しは、今すぐでも、来月でも……いいぜ」
顔を上げた クロコダイルは、上気した顔のまま余裕そうににやりと笑って見せた。だがすぐにその相好を崩し、抜けそうになる身体の力を目の前の男で支えた。
「ああ、オゥーケィ―――じゃあ、参考までに聞かせてくれよ」
ドフラミンゴはお返しにクロコダイルの顎を舐め上げながら、服の上からぐいぐいと男の尻の間を指で刺激した。
「鰐野郎は何をもらったら喜ぶと思う?」
「ん……し、ま」
クロコダイルは、刺激に耐え、上ずる声をなんとか抑え言葉を紡いだ。
「しま?」
「ああ、ふ……ん、お前が、南米に持ってるいくつかの島、の、ひとつ」
「一つでいいのか?―――で、どれがいいと思う?」
口でスカーフを緩め、右手で尻をまさぐり左手はシャツの中をまさぐる器用な男は、上辺だけの問いかけを続ける。
「あ、んあ……お前、‘どれ’って言って分かるのかよ」
「フッフ―――いや、わっかんねぇ」
「じゃあ、好きに選ばせると、いい」
「ほんとに一つでいいのか?」
「はぁ、あ、ああ、」
「ふーん……ご助言感謝するぜ―――で、お前がくれるのはこいつだけか?」
口先だけの礼を唾液交じりに言うと、ドフラミンゴはクロコダイ ル越しにテーブルの箱を示してみせた。
「はぁ……あ、ク、ハハ、お、れにも聞かせて、くれよ」
クロコダイルは右膝を使い、ドフラミンゴの固くなった股間を刺激しながら、両腕に力を込め身を起こした。
「鳥野郎は、何が、欲しいのか、をな」
にやりと笑い、ドフラミンゴを見下げるその目は、男の名に相応しく、確かに捕食者の色をしていた。



「……ハロー?ミスター?」
クロコダイルは、乱れたスカーフを結び直しながら、首と肩で携帯電話を支えどこかに電話をしていた。服の乱れを直した、クロコダイルは左手に携帯を持ち直し、今度は右手で散らばった前髪を後ろに撫でつける。
その間も、薄暗闇をつくり始めた廊下を歩む足を止めない。カツカツカツと、男の見目に良く似合う几帳面で自信あふれる靴音が男を追う。
「ええ、あの島ですが来月には御国のものになる手筈が整いました。ええ、私も醜い領土争いなど見ずに済み安堵しております」
男の声は実に爽やかな響きを持っていた。だが、その表情は小馬鹿にするように歪んでいた。
「はい、これからも我が社のお引き立てをよろしくお願いいたしますよ、マイプレジデント―― ―」
ばちん、と音をたて携帯を閉じると懐にしまい、すぐさま葉巻を取り出し火をつけた。
ふぅと白い煙が男の背後に流れる。実に分かりにくくはあるが、葉巻を咥える口の端が少し持ち上がっていた。

―――金に興味はない。地位も、名誉も、たいして欲しくはない。ただ、この世は非常に面白い。特に、他人の無知な感謝と信頼と羨望を身に受け、意のままに人を動かし、踊る人間を見るのは非常に楽しい。

口内に残るカカオと砂糖の甘味と、葉巻の味を舌で味わいながら男は夕闇を引きずり歩く。

―――俺の全てを分かっていながら、阿呆のように俺に尽くす男を愛するのも、また一興だ……

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