恐怖の季節は今年も巡る



※「The body」から数年後設定
医大生ローと同棲中の恋人キッド

「…別れろって」

昼間の強い日差しは、レースの白いカーテンを突き破り、明りのついていない部屋をぼんやりとした光で満たしている。
一般的で常識のある人間たちが健康的に働き、または遊び回る時間帯だが、キッドとローはやっと不健全な行為を止めたところであった。
「…はっ!?」
ベットを降り、シャワーでも浴びようとしていた顎鬚の男は、平和な昼日中に投下された爆弾に、慌てて赤毛の男を振り返った。爆弾テロの犯人であるキッドはまだ悠々とベッドに転がったままだ。
「やだ!いやだぞキッド!」
「『やだ』ってガキかよ…。じゃなくてよ、キラーが言うんだ、てめぇと別れろってよ」
髭を生やした立派な成人男子が、子供のようにかぶりを振るのを気色悪そうに一瞥してキッドは続けた。
「キラー屋が?」
シャワーを浴びるのは後回しにし、キッドの話を聞くために、ローは降りかけていたベットにもう一度身を乗り上げた。大人二人分の重みでベットが軋む。
「ああ。俺たちがやってるのは傷の舐め合いだって。本当の幸せにはなれねぇ、むなしいだけだって」
「…」
キッドは独特のだるさを身体に引きずったまま、ぼんやりと天上を見つめている。昔の、傷つけられ、腹を空かせた獣の様な目は、今では鋭く険しく逞しくなっていた。けれど、種類違えどやはり変わらずそれは獣の目だった。
「お互いに依存して、お互いがお互いに寄りかかって、最終的には二人とも倒れちまうってよ」
「…キッドは別れたいのか?」
ローは、出会ったときから愛してやまない獣の瞳を覗き込みながら訊いた。
「いや」
「…キッド!」
さっきまで散々抱きしめていた身体を力強く抱きしめた。
「ああ良かった、別れるなんて言われたら、お前のこと殺さなくちゃいけないところだ」
「…相変わらず狂った野郎だな」
呆れながらキッドは自分にすり寄せられる黒髪を撫でてやった。
「依存して、お互いに寄りかかって、最後には地面に転がることになっても俺は構わねぇよ」
「…」
「だってよ、中途半端な姿勢で立ってるより、こうやって転がってる方が楽じゃねぇか?」
シシシ、と悪戯っ子のように笑い、キッドはぐるりと身体を反転させた。
「起き上がるためにはいったん転がんねぇといけねぇしな」
そしてローの上に座り込んだキッドは、浅黒い首筋に舌を這わせながら厭らしく囁いた。
「それに俺、舐め合いっこ嫌いじゃないぜ」
「!」
カチン、と音を立てて固まったローに、キッドは悪魔のように意地悪く笑ってみせた。
「て、てめぇ…」
「おいおい、医者の卵がそんな悪い口きいていいのかよ」
「くそ、キッドてめぇ覚悟しろ!」
ローは身体を揺らし、自分が先ほどされたようにキッドの上に乗り上げた。
「おいこら、もうたたねぇよ」
クスクスと笑うキッドは、恋人の贔屓目を除いても十分可愛い。
「俺がたてば十分だろ」
「馬鹿、止めろって。今日映画行く約束だろ?一緒に風呂入ってやるから…」
―――退けろ、と全て言い終わらないうちにローは素早くキッドからその重みを退かした。
「…早ぇな」
「おい、ほら早く風呂行くぞ!」
呆れながら言うキッドの目には、ローの尻にブンブンと振られる犬の尻尾が見えた。いや、狼だったかもしれない。
「…はいはい」
よっ、と言う軽い掛け声と共に起き上がったキッドは、素っ裸のまま風呂場に向かうローを追いかけながら、先ほどローに言ったセリフをもう一度小さく笑いながら呟いた。

「ほら、やっぱり転がらないと起きられねぇだろ」

何度だって地面に転がるさ。馬鹿みたいに忙しく動き回って、疲れてもふらつきながら必死に立ってるやつらを、土埃に塗れながら転がって笑ってやるさ。固い地面を背中に感じながら、笑ってこう言い合おう。

もう落ちるところねぇから、起き上がってみるか?

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