※死体描写注意 灰色の生気のない肌。 落ち窪んだ眼窩。 白濁した瞳。 半開きの口に風の音はしない。 ―――死んで 「死んでるな」 喋ったのは自分の口か、相手の口か。 「…死んでるな」 これはおれの言葉か、あいつのか。 まあ、どちらでもたいして変わりはない。 おれもあいつも、たいして違いはない。 だからこうして二人でここにいるんだ。 ◆ 「死体をさがしに行こう」 先に声をかけたのはユースタス・キッドだった。 同じ学校になって一年と少し。同じクラスになったことはなく、会話も、アイコンタクトもしたことはなかった。 だというのに、「死体をさがしに行こう」なんて第一声を聞いてトラファルガー・ローは黙ってうなずいてみせた。 二人に面識はなかったが、中学に入学した当初からお互いがお互いに同じにおいを感じ、お互いを意識していた。だから今日のこの対面も来るべくして来たものと二人は認識していた。 記念すべき初会話は、夏休みの少し前、長期休暇に浮足立つクラスメイトが教室中に散らばる昼休みの教室で交わされた。 カーテンが影を落とす窓際の一番後ろ席に座る、濃い隈が目立つ少年と、その前に仁王立ちした赤い髪の少年のほんの数秒の不穏な会話は誰の耳にも届かなかった。 こうして二人は、明日の始発列車で死体さがしの旅に出ることになった。 ◆ 始発列車を待つ朝のホームに人影は少ない。 朝帰りの金髪の女が一人。背中を丸めたサラリーマンが二人。死んで濁った魚の目をした少年が一人。野良犬のように飢えた目をした少年が一人。 ホームに滑り込んできた始発列車の窓が、さわやかで清い朝の光を嘲笑と共にそれらの人に容赦なく浴びせた。 「……なあ。どこまで行くんだ?」 「5駅向こうのK山」 列車に乗り込んだキッドとローは、今日初めての会話を交わした。 ローは自分から尋ねたくせに、ふぅんと気のない返事をした。 「K山のどこだよ。ちいせぇ山だが二人で歩きまわるには広いぜ。そもそも死体なんかあるのか?」 立て続けに、だけどやはり無気力にローは聞いた。 「あるから行くに決まってんだろ。うちのババアが連れ込んだ男が自慢げにババアに喋ってた。『ヤバい金に手つけた男がk山で吊るされた』ってよ」 「そんだけか?もっと詳しい場所分からないのかよ」 ぴこぴこぴこちゅどーん 「ああ!死んだ」 キッドの手元から間抜けな電子音が残念そうな声をあげる。 「お前もう黙れよ。行きゃあ分かんだろ、たぶん。これでも食ってろ」 コンソメ味のポテトチップスがローの膝上に投げ寄こされた。 ローはキッドを見返すが、凶暴な赤目はとっくに手元の機械に向けられている。 「……これ、うまいな」 カサカサと袋をいじり、一枚口に入れたローがポソリと呟いた。 「…フツーのポテチだぞ」 ローの呟きに不審そうな眼でキッドが応える。咀嚼の音が列車の音に混じる。ローの死んだ目に少しだけ少年らしい光が射す。 まるで、初めてスナック菓子を食べたような反応だ。 キッドの手がローの持つ袋の中に伸び、紅を塗ったように赤い唇の間に運ばれる。 「…まあ不味くはねぇけど」 ぱりぱりぱり ぴこぴこぴこちゅどーん ◆ 「はあ、はあ、はあ」 前を歩くキッドから荒い息遣いが聞こえる。 山の空気はひんやりしているが、ずいぶん歩き回ったせいで汗が額にも背中にも流れる。 キッドのうなじに張り付く赤い毛はしっとりと濡れている。 「……」 キッドの後ろに黙って従うローも、額ににじむ汗を手の甲でぐいと拭った。 学校を無断で休むなどローにとっては生まれて初めてのことだった。 あの仮面夫婦はなんていうだろうか、とローは考えた。世間体と、仕事と、趣味と、息子の成績だけが全てのあの夫婦は。 学校からの電話に母親は心底驚いた声を上げ、最初は事実を否定し息子を弁護し、最後には青ざめて「息子によく言い聞かせます」なんて言うんだろう。それから電話を置いて、冷めた顔に戻り、父親に義務的なメールを送るんだ。そして帰って来た俺に二人揃って能面のような顔で「二度とするな」と一言、成績に関して二言、将来に関して三言。そのあとはテレビ以外家中から人の声は聞こえなくなるんだ。父親は書斎に籠って仕事、母親はテレビを見ながらインテリア雑誌に折り目をつけ、俺は部屋に籠り、去年終わらせた中学の範囲を高校受験のために復習。 ―――空っぽだな。 すらすら頭をよぎるイメージ。そのイメージは限りなく正解に近いだろう。 悲しむにも憤るにもいまさら過ぎる。キッドの吐く息より軽い両親の存在など頭の隅からさえも追い出し、肩で息をするキッドの後頭部に視線を集中した。会話をしたのは昨日が初めてだ。だけど、ローは入学式のときからキッドを意識し、いつでも静かにその赤毛を探していた。 入学式で新入生代表として壇上に上がった時、真っ先に目に飛び込んできた真っ赤な髪。それから、何かに飢えたようなその凶暴な眼。すぐに同じだと分かった。何が同じなのか、どういう風に同じなのか。そんなことはどうでもよくて、言葉も気持もいらなくて、運命だとか必然だとかいう理由もいらなくて、ただお互いだけが感じる小指の黒い糸だけがローの全てになった。 ◆ 「…くそ、見つかんねぇな」 湿ったキッドの首筋から一筋汗が流れた。 「おいトラファルガー!お前ちゃんと探してんのか?」 「…探してる」 「…くそ!きゅうけーだ、きゅうけー!」 キッドは苔むした手近の石に乱暴に腰を下ろした。 「なぁユースタス屋」 「あ?」 ローも近くの木に寄りかかり休憩の体制に入りながら言った。 「無闇に探すは止めよぉぜ」 「…」 「じゃあどうすんだよ」 「お前ならこの山で人殺す時どういう所を選ぶ?」 「…人のいねぇとこ」 「ああ、それがいくら夜中でも、昼間人通りがあるハイキングコースのど真ん中や、キャンプ場や河原ではやりにくいだろ」 「だからこうして山ん中歩き回ってんだろ」 いらいらしたようにキッドが言う。 「それともう一つ」 ローは目だけでキッドを宥める。 「いくら筋の人間でも、人を殺したのがばれれば捕まる」 「そりゃあな」 「殺しなら捜査が始まる。捜査されたら組織に疑いの目がかかるかも知れない。警察もバカじゃないからな」 「…」 「だが、自殺なら軽く自殺の背景を調べられる程度だ」 「…昼間人気がなくて、自殺に向いた場所」 「それから、自殺に適した木もあるはずだ」 「木?」 「お前の母親の男が『吊られた』って言ってたんだよな?自殺するにはある程度低い位置にそれなりに太くて丈夫な枝の張った木が必要だ」 「ここは山だぞ。そんなもんそこら中にあるだろ!」 「殺した連中もわざわざ下調べして、自殺に適した場所を捜し出したとは思えない。多分、過去に自殺者が発見された場所がこの山にはあるんじゃねぇか?首吊りの自殺者が」 「…」 「お前小学生のとき毎年遠足で来てたって電車の中で言ってたよな?心当たりないのか?」 「…」 ローの口元に薄暗い笑みが浮かぶ。こいつの笑った顔初めて見るな、とキッドはちらりと思った。 「ないのか?」 尋ねているくせに妙に確信的な響きがある。 「……こっちだ」 |