Wake me up befor you go.



朝。ドフラミンゴの恋人が彼の腕の中にいたことはない。
警戒心が強く、几帳面なあの男はいつだってドフラミンゴよりも先に目覚め、昨晩の名残を全て洗い流し、コーヒーを淹れ、葉巻に火をつけ、ベルベットのソファで朝刊に目を通している。酷い時はまだ眠る恋人を冷たいベッドに残し仕事に行ってしまう。それがドフラミンゴには完璧な恋人に寄せるたった一つの不満だった。不満―――というには少しばかり感情が足りないかもしれない。そう、ドフラミンゴは少しだけ後朝の情緒を解しない恋人に拗ねていた。

「起きたならいつまでも寝ぼけた顔してねぇでとっととシャワーでも浴びて来い」

今日もいつも通り完璧に整えられた姿で朝刊をめくる恋人を観察していたドフラミンゴに、クロコダイルは朝の挨拶どころか目線すら与えてくれない。砂漠そのもののような彼は奪いはすれど、与えるものは少ない。彼のオアシスは枯れ切っているんだと心の中で小石を蹴飛ばす。
「…今日は土曜だぜ」
コーヒーがなくなったのか、カップを掴みレトロなコーヒーメーカーをいじり出したクロコダイルの背中に恨めしげな視線を送る。
「それがどうした」
すぐに冷たい返事が返ってくる。だが、そんなことはいつものことだ。ドフラミンゴは唇を尖らせもう少しだけ可愛いわがままを言ってみる。クロコダイルがいらいらしたり、怒りださないぎりぎりのラインを手探りで確かめながら。
「もう少し寝ててもいいんじゃねぇか?まだ寝むてぇよ」
クロコダイルの代わりに、コーヒーメーカーがお湯を沸かす騒がしい音を上げる。豆の香ばしい香りと葉巻の甘い香りが部屋を占める。このにおいがドフラミンゴは気に召していた。彼の恋人になった者だけが嗅げる特別なにおいだ。
だが、いまドフラミンゴが欲しいのはこれではない。自分と同じシャンプーが香る黒髪を腕の中に閉じ込めたかった。
恋人の代わりに、すでに温度も残っていないブランケットを手繰り寄せぎゅっと身にまとう。
子供のように顔だけ毛布から顔を出し、冷たい恋人の背中に言えない言葉を視線に込めて突き刺す。
「なぁ」
「とっとと起きろ」
クロコダイルの手元からこぽこぽという優しい音と湯気が立つ。
言葉を遮られたドフラミンゴはさらに唇を尖らせ毛布に埋まる。しかしそれは一瞬で、隣で鳴ったベッドの軋む音にすぐさま顔を覗かせた。

「それともてめぇは冷めたコーヒーがお好みか?」

クハハといつもの笑い声を漏らし自分を見降ろす彼の手には、見慣れたカップと、それからもうひとつ。
誰の?―――なんて気の利かない質問はせずドフラミンゴは飛び起きる。
「飲む、すぐ飲む!」
カップを両手で受け取り、さっきまでの自分のガキ臭い行動を思い返し、羞恥にコーヒーの表面だけを見つめながら口をつける。

―――コトリ

陶器と黒檀がキスする音がしたと思うと、まだ一口二口しかつけていないドフラミンゴのコーヒーカップが温度のない方の手に奪われた。
思わず顔を上げると、頬に血の通った手が添えられ、コーヒーと葉巻が香る口付けが贈られた。
「なぁ…」
口付けに応えながら洗いたての黒髪に指を絡ませそっと囁く。ドフラミンゴはいまこの瞬間、愛するものを全て腕の中に手に入れた。
「今度は行っちまう前に起こしてくれよ」
すると頭の上あたりから笑うような気配がした。
「あんまりイジワルされるとオレ狂っちまうぜ」
年上の恋人の余裕と可愛い'イジワル’に降参の白旗を振りながら、ドフラミンゴはもう一度世界で一番愛しい香りを強請った。



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