ジュール(キャべバル)
2014/07/29 23:03 (0)
白くて細くて長くて、夏でも冷んやりとしてそうだと思っていた手は、思いのほか熱かった。
「逃げるな」
握りこまれた手の甲から、心音が流れ込む。この男も、こんなに速く心臓を脈打たせたりするのかと感心する。
「僕を見ろ」
男の手の甲を這う青い静脈ばかりを見ていたら、口調と熱が強くなった。
顔を上げれば、人形のように整った顔に朱がさしたキャベンディッシュの青い瞳とかち合った。強い目だ。強い意志、覚悟、それと多分怒りもある。
とかくこいつはよく怒る。
嬉しいと怒り、悲しいと怒り、照れて怒り、寂しがって怒る。俺以外の人間といる時はそうじゃないのは知っている。嬉しいと喜び、悲しいと悲しみ、照れてはにかみ、寂しがって眉を顰める。だから、その「怒り」が何に起因するのか、なんとなくは、わかっている。なんとなく、そういうことだろ。学級委員長の眼鏡でおさげな真面目女子と、不良男子生徒が主人公の、よくある少女漫画のような、そういうことなんだろ。
「さっきのは気のせいなんかじゃないぞ。僕を見ろ。僕は、……僕は、その、キ、キ、……お前にキ、キス……した、ぞ……!」
キャベンディッシュはギュと眉間にシワを寄せ、照れながら、怒りながら、聞くこっちが恥ずかしいほど吃りながら言う。
「バルトロメオ」
それなのに、俺の名前は少しも吃らない。きれいな発音で、一文字一文字大切に呼ぶ。
バ ル ト ロ メ オ
聖者の名前を呼ぶような尊さがある。整った唇が美しさを刻むように名前を呼ぶ。清廉さに冷えた音が心地良かった。だから、
「ーーーもう一回」
今はとりあえず色んなことは置いといて、もう一度、あともう一度その声で呼ばれたいと思った。
そう思っただけなのに、顔を真っ赤にしたキャベンディッシュがまたキスしてきたのはなぜだ?
(それじゃねぇべ)
そう言って殴らなかったのは、唇を離したお前の顔が珍しくちょっと嬉しそうに笑ってたからだとか、いつも通り男前だったとか、そういう理由だからな!男前に産んでくれた母ちゃん感謝しな!
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