Show must go on!


キャべバル
2014/02/28 15:32 (0)


「そこの兄ちゃん」

キャベンディッシュは後悔した。手首に巻いたスイス製の腕時計に目を落としたままにして、掛けられた声など知らないふりして通り過ぎればよかった、と後悔した。

昼前の穏やかな時間と、近道のため通った街中の和やかな小さな広場には不似合いな男がキャベンディッシュの視線の先にいた。緑髪がトサカのように逆立った、目つきの悪い男だ。異様に長い犬歯が、へらりと緩められた唇から尖り出ている。

「バルトロメオ」

キャベンディッシュは嫌そうにその名を呼んだ。嫌悪や苛立ちの感は見えないが、「面倒な奴に会った」という感じは万人に伝わる声音だ。
「よぉ、そこの男前の兄ちゃん。いま、誰かにおごってやりたい気分じゃねーか?」
キャベンディッシュの顰められた柳眉も、嫌そうに声音も気にせず、バルトロメオはへらりと笑ってだらだらとキャベンディッシュに近づく。
「あいにくそんな気分じゃないな」
キャベンディッシュはプイと顔を背け、一瞬でも止めた足に舌打ちし、また石畳を蹴った。カツ、カツとキャベンディッシュのヒールが打ち鳴らされる音に、バルトロメオのブーツも続く。
「ベラミーとケンカして昼飯作ってもらえなかったんだべ。腹減ったっぺ」
バルトロメオはキャベンディッシュに追いつくと、そのフリルだらけのシャツの裾を掴み、「なぁなぁ」と構ってほしげに小さく揺らした。
ベラミーとは、確かこいつが「昨日の敵は今日の友だべ!」と半ば無理やり押しかけて遊んでいるヤンキー仲間の名だったな、とキャベンディッシュの頭の片隅に金髪のがたいのいい男の顔が浮かんだ。知らず、キャベンディッシュの眉間のシワがますます深まる。
「……そんなの僕に関係ないだろ。僕は今からデートで、ランチはその子と一緒にとるんだ」
「ずるいべ。おれも連れてけ」
「君はバカか。バカか君は」
「二回も言うな」
「もう一度言ってもいい。君はバカだ」
「断定された……」
すれ違いにキャベンディッシュに見惚れて足を止めた女性に微笑みかけながら、バルトロメオにだけ届く声で辛辣な言葉を吐く。
「初デートに顔も目つきも頭も素行も悪い男を連れて行けるわけがないだろう」
「ひどいべ!顔も目つきも頭も悪いのは認めるが、ソコーは悪くないべ!近年まれにみるコーセイネンだべ!」
「近年稀に見る好青年はいきなり人にたからない」
「その女とおれ、どっちが大切なんだべ!」
「君なわけないだろう」
キャベンディッシュの背後で「ひどいべ!」とまた声が上がる。キャベンディッシュのシャツが、少し重くなる。
「あー、お腹空いたべ……しょうがねぇ。ベラミーに謝って、下手くそなべちゃっとしたチャーハン作ってもらうか……」
「……」
「っ!いで!」

キャベンディッシュに手を振られ、顔を真っ赤にしてその場にへたり込む女性を振り返っていたバルトロメオは、突然止まったキャベンディッシュの背に思いきりぶつかった。
「こら!急に止まるんじゃねぇべ!」
「……うるさいぞバカ。お前のせいでまた父方の祖父の叔母の息子の嫁の又従兄弟の隠し子の夫の姪の夫の曽祖母の伯父さんを殺さなきゃならないんだからな」
キャベンディッシュは頬を膨らませ、ポケットから取り出した携帯にせわしなく指を動かして文字を打ち込む。
「人殺しか?犯罪だべ」
「うるさいぞバカ」
「ま、またバカって……」
「黙って何食べたいか考えてろバカ」
「ーーー!」
キャベンディッシュの言葉に、バルトロメオの目がキラキラと輝く。
「お前のオススメ!」
バルトロメオがはしゃいだ声を上げる。摘まんだままのキャベンディッシュの裾をツンツンと引っ張り、「おいしいやつ!」「高いやつ!」「デザートも!」と厚かましく続ける。
バルトロメオは掴んでいたシャツを離し、キャベンディッシュの腕に自分の腕を絡めた。
「デート台無しにして悪かったべ!おれがかわりに腕組んでやるべ!デートだべ!」
「君はバカか。バカだろう?バカだな」
バカの三段活用で、隣に並び腕を絡めてくるバルトロメオを払い除ける。
「こんな往来の真ん中で男同士で腕を組む?なに考えてるんだ。恥を知れ」
送信ボタンを押し、手紙が飛んでいくアニメーションが消えた画面を一瞥し、携帯を尻のポケットに押し込んだ。むすりと口をへの字に曲げ、キャベンディッシュはいらいらと腕を組む。
不機嫌な顔さえ美しく、女性がばたばたと倒れて行く。キャベンディッシュが通った道はいつでも黄色い声と、叫び声が絶えない。
「へいへい」
バルトロメオはキャベンディッシュの冷たい物言いに拗ねて唇を尖らせた。暇になった両手は頭の後ろで組み、キャベンディッシュのほんの少し後ろをだらりとついていく。
それを横目で見たキャベンディッシュは、ますます不機嫌そうに頬を膨らませる。そっぽを向いたままキャベンディッシュの唇が物言いたげに何度か震え、形の良い唇から言葉が零れた。


「……服を離していいと誰が言った」


目を丸くしたバルトロメオの歩みが止まった。キャベンディッシュは膨れ面をプイと背けたまま、カツカツとヒールを鳴らし先に行く。キャベンディッシュのブランド物のシャツは掴まれていたせいでその背にはシワが寄ってしまっている。
「なんだってんだべ……」
バルトロメオは我に返り、そんな状態の背中を追った。手を目一杯伸ばし指先でシャツの裾を掴む。「うぐっ」と前から呻きが聴こえた気がするが、キャベンディッシュはなんでもなかったように頑なに足を止めない。


「なぁ、お前って変な奴だべ」
「うるさいぞバカ」


憎まれ口を叩き合い、二人で昼前の雑踏に紛れる。
ランチタイムまであと20分。20分後のシャツの惨状は、今はまだ、誰にも気にされちゃいない。



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