Show must go on!


ハッピーエンド主義者
2013/11/09 21:56 (0)

「ただいま」


ドアノブを捻り、ドアを押し開けて、「……はい」なんて面倒そうに返事をし、そうして初めて相手の顔を見たところで、ローは目を丸くして固まってしまった。

「久しぶり」

そう言って、ドアの向こうにいた男は、気まずそうに頭を掻いた。
「今日が退院で」「タクシーで」「病院から真っ直ぐ」
そんなことをぼつぼつと言っているが、ローはほとんど耳に入らなかった。
「……!」
唇は震えたが、言葉が生まれることはなかった。ローは顔をあげていることができず、右手で顔を覆い、震える体をドア枠に寄りかからせ、ただじっと唇を噛み締めた。

「……ごめん」

しばらくの沈黙のあと、肩を重くする沈黙に耐えられなくなったキッドが、ようやくその言葉を口にした。謝るのは得意じゃないキッドが、この二月ずっと練習していた言葉だ。だけど、拗ねた子供のような響きが拭えない、稚拙なものにしかならなかった。

「おせーよ」

ローの左腕が、キッドの襟首を掴み、引き寄せた。皺がよるほど強く掴み、すがるように胸に額を押し付ける。
「……入院先も教えねぇし」
キッドの白いTシャツに、爪のあとが深くつく。
「いつ退院かも教えねぇし」
ローの絞り出すような声に、秋の終わりのもの寂しさが深まる。
「どんな状態かも教えねぇし……!」
キッドは気まずそうに唇を引き結び、頭を掻く。

「こんな……こんな……!」

空気の冷たさとは反対に、ローの吐く息は熱く湿っていた。冷えた風が通り抜ける。ばさりと、キッドの右腕の袖が翻った。
「わりぃ……」
中身のない右腕の袖が、誰の心情も気にかけず、自由気ままに風に揺れている。
「もう、バイク乗るんじゃねぇぞ」
「さすがにもう乗れねーよ」
「バカだとは思ってたけど、こんなことになりやがって」
「うん、ほんとバカだよな」
「『事故った』『しばらく帰れない』そんだけ言って音沙汰なくしやがって」
「うん」
「俺がこの二月どんな気持ちでいたと思ってんだ」
「ごめん」
「本当になに考えてやがんだ」
「うん、ごめん。……」
何度目かの謝罪のあと、キッドは少しだけ言い淀んだ。そうして、そろそろと口を開いた。

「だって二月もお前に怒られ続けんのやだったしよ」

こいつ殺してやろうかーーー思わず襟首を掴む手に力を込めたが、ふっと肩の力を抜いた。
「………………………………そうか」
「……そうっす」
殺したってバカは治らない。
「キッド、俺はお前の正直さを美徳だと思っている」
ーーーだがとりあえず、一発殴らせろ。
「……二月前から準備できてる」
「それから、しばらくお前は軟禁生活だから」
「……一月くらいなら」
「バカ、ほんとにバカ、バカ野郎」

ーーーバイク事故で半死半生さ迷って、片腕切断の大手術して、恋人に連絡すら寄越さずに、入院先すら教えない。メールも電話も通じないし、ケガの経過も、退院の日取りも知らせない。そんなのってあるか?バカなのか?俺がどんな気持ちでお前の連絡待ってたと思うんだ。それともあれか?片腕なくなったくらいたいしたことじゃないのか?平気な顔しやがって。腕なくすなんて、世間じゃ大事だぞ?わかってんのか?わかってねぇよな。バカだから!いいか?死にかけたんだぞ?腕なくしてんだぞ?もっといろいろあんだろ!普通は二時間ドラマ作れるくらい恋人とドラマがあるもんだろ?俺はお前がどうなってんのか知る術はなく、二月の間ただ一人で神経すり減らして、お前は二月病院で寝て起きて飯食ってゲームしてますかいて寝て起きてた。なにこれ?盲腸で入院してんのとはわけが違うんだぞ?なにこのドラマのない二月。ほんとお前なんなわけ?バカ?バカなわけ?知ってるけど!このバカが!

キッドはローの啖呵に引きながらも大人しく頷く。うん、うん、俺はバカです、と神妙な顔で頷く。
「はぁ……」
ローは、怒りと呆れと安堵の混じった熱いため息をついた。額を押し付けるキッドの胸はちゃんと脈打ち、温かかった。
「……ほんとにわりぃ。怒られるのもやだったし、二月も、ずっとお前にそんな顔させるの嫌だった。二月も、俺見るたびにそんな顔させるの嫌だった。見たくもなかった。……でも、悪かった。連絡すらまともにしなくて」
「……っ」
ローは息を詰まらせ、再びため息をついた。こいつは身勝手で、子供並みのお粗末な脳みそしか持ち合わせちゃいないが、そのお粗末な脳みそでちゃんと人のことを考えている。そのお粗末な脳みその答えが、正解であることはほとんどないが、殴るのは勘弁してやる、と震える喉で諦めのため息をつく。
「……痛かったか?」
「気失ってて、よくわかんなかった」
「幻肢痛は?」
「時々、右手の指が痒い気がする」
「不便か?」
「まぁな。今まで合ったものがないんだからな。でも生きてけないわけじゃないし」
「そうか……」
「……もう泣くなよ」
「泣いてねぇ」
「声震えてんぞ……あ、ほら、悪いことばっかじゃねーぞ」
「……腕なくして良いことなんてあるわけないだろ」
「毎回俺を脱がせれるぜ」
「……」
ローの頭の上で、キッドが「な?」と得意気に笑う気配がした。厄介なことに、こいつは冗談はそんなに言わないのだ。キッドの人より少しずれた思考に、振り回されて、頭を痛める。きっとこんな人生がこの先も続くんだと、ローは頭痛を覚えた。
こいつは心の底から俺に感謝すべきだと、ローは胸中で思う。「キッド、お前に付き合ってやれるのは俺だけだ」と。




「……キッド、お前の正直さを俺は美徳だと思ってるぜ。だから黙って五、六回くらい殴られろよ」
「うん、二月前から準備できてる………………あれ?増えてない?」


愛の数だけ拳が増える。





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