Show must go on!


地獄のアリスパロ
2013/08/24 14:27 (0)


「誰かいるぞ」

砂漠の真ん中を、砂煙をあげて走っていたジープが三台、先頭車両の運転手のハンドサインでタイヤを止めた。
先頭車両の助手席から出てきた男は、マシンガンを構え、腰にナイフを差し、弾の詰まったジャケットを着て、完全武装していた。後ろの車から降りてきた三、四人の男たちも、同様に武装している。
訝しげな視線が向かう先には、砂煙の中に小さな人影があった。

「なんだてめーは!ここで何してる!」

砂煙が晴れた。
「あ?」
男たちは、一様に首を傾げた。
「……」
その人影は、十二、三歳の少年だった。
色白で、髪は鮮やかに赤い。目つきは鋭く、三白眼、小さな口をきゅっと引き結んでいる。
砂漠に少年がいるーーーそれだけでも異様なことなのに、その少年は白い日傘を差し、白とブルーの水平服を着ていた。女物らしい丸みを帯びた傘のシルエット、風に揺れるブルーのリボン、濃いブルーのショートパンツから伸びた白い足は、少年らしい華奢さがある。砂漠に住む浮浪児とは思えない小綺麗な格好だった。それゆえにそれはとても異様だった。
この近くに人の住む都市はない。この武装した男たちが目指している都市が最も近い都市だが、ここから二百キロ以上ある。少年が車もなしに一人、荷物もなく立っているなどあり得ないことだった。

「おい、よく見ろ」

頭に包帯を巻いた男が、銃の先で少年を指して言った。
「この肌の質感……人間じゃねぇ、人造人間(セルロイド)だ」
「……ダッチワイフか」
「ショタコン専用のな」
人形と分かると、男たちは強張らせていた肩を下ろし、下卑た笑いを浮かべた。
「こいつはここで何してんだ?」
「俺が知るかよ」
「近寄って大丈夫か?」
「人を殺す機能はついてねぇ。武装もしてねぇ」
「おい、お前こいつ味見してみろよ、へへへ」
「尻に起爆スイッチあったらどうするよ」
「こいつは有機構造体だ。そんな仕掛できねぇよ」
「掛けるか?」
「おいお前、入れてやるからケツだせ」
眼帯をした無精髭の男が、下卑た笑いを浮かべ、少年に手を伸ばした。


「お前はもう死んでいる」


少年の無表情の中に浮いた赤い唇が開いた。青いリボンが風に揺れた。
「あ?何言って……」
男が口を開いて、それから閉じる前に、男の頭部は脳樟を砂漠に撒き散らしていた。
「へ?」
頭に包帯を巻いた男の頭部も弾け飛ぶ。慌てて車の運転席から飛び出してきた帽子の男も、右頭部がメットごとなくなった。
「狙撃(スナイプ)だ!伏せ…」
そう言いかけた男は、フードの中身の原型をなくして倒れ伏した。
四人が頭部を撒き散らしたところで、やっと銃撃は止まった。

「かずがおおいのですこしへらした。よくきけ。あたまをふきとばされたくなかったら、ぶそうかいじょしろ」

少年が書かれたせりふを読み上げるような調子で、淡々と制圧者のセリフを口にする。目の前の惨劇を見ても揺るがない少年の目は、ただ広い砂漠と青空を映している。
「くそっ、どこに隠れてやがる!」
車の陰に身を隠し、ニット帽の男があちこちを見回す。
「さがしたっておれをみつけるのはむりだ。おまえらみたいなばかなおとなにみつかるわけがない」
「黙れくそ人形!」
地面に伏せていた男が、口から泡を飛ばして飛び起きると、短銃を少年に向けた。しかしその腕は撃ち抜かれ、肘から先を無くしてしまう。短銃から発射された弾は、少年の頬を掠め、白い頬に血が滲んだ。
「腕ガッ」
次発は、腕を押さえる男の頭部を確実に吹き飛ばした。
「のこりはあとよにんだな。ぶそうかいじょしろ。ごびょうだけまってやる。ごう、よん、さん、に、いち」
「ま、待ってくれ、降伏する!殺さないでくれ!」
少年は口を閉じた。少年の前には、四人の大人が両手を上げて立っている。
「ふくをぜんぶぬいでひがしへはしれ。このばしょがおまえたちからみえなくなるまてはしれ」
「じょ、じょうだんじゃねぇ!こんな砂漠で裸で歩いたら……」
男の一人が、ぶるぶると震える声でそう言うが、それに対する答えは、銃声に削り取られた男の側頭部だった。


■■■


崩れかけたビルが乱立する廃墟を、水平服の少年が銃を何丁も抱えて歩いている。その背には、赤十字のマークの入った木箱を三つも背負っている。木箱を全て合わせれば、少年の背丈の二倍にもなる。
しかし少年は顔色一つ変えることなく、荒れた地面をのしのしと歩く。

「おいキッド、あんまり先歩くんじゃない。ルート外れたら地雷で吹き飛ぶぞ」

キッド、と呼ばれた少年は立ち止まり、後ろを振り向いた。キッドより五メートルほど後方に、銃を背負い、木箱を一つ抱えて息を切らしている黒髪の少年がいた。
「おいきっど、あんまりさきあるくんじゃない。るーとはずれたらじらいでふきとぶぞ」
キッドは無表情のまま繰り返した。
「もう繰り返さなくていい」
「もうくりかえさなくていい」
「ちっ、本当バカだなこいつ…」
「ちっ、ほんとばかだなこいつ」
「……これ以上繰り返したら、今日の分のミルクはなしだ」
「……」
やっと黒髪の少年がキッドに追い付いた。まだ歳は十四、五だろう。濃い隈が特徴的な少年だ。
二人は廃墟中央の一際高いビルに入っていく。明らかに動いていないエレベーターを無視し、階段を上る。
「銃は作業室に置け。食糧は備蓄庫だ」
最上階に着くと、少年は取れかけたドアを足で蹴り開け、抱えていた木箱を置いた。
少年が廊下に戻ると、キッドも同じように別の扉を足で蹴り開けると、中に銃を放り込んだ。奥でガチャガチャと散らばる音がする。
「バカ、丁寧に扱え!暴発したらどうする」
少年の声が聞こえていないのか無視しているのか、キッドは表情を変えないまま作業室を出て、少年が出てきた部屋に三つの木箱をどさどさと置いた。
「くそ、バカに武器を扱わせるのは無理か」
少年は爪を噛むと、自分の武器を背負ったまま、一番奥の部屋に入った。
そこには、簡易なベッドとブランケット、古ぼけた机、イスがあり、ガラスのない窓にはボロボロの布がカーテン代わりにかかっている。少年の自室なのだろう。
少年はガラスのない窓から廃墟を見下ろした。
(街の出入り口は東と北の二ヶ所。東に設置する予定の地雷は、爆発する確率はまだ三分の二だ。もっと精度を上げなくては。北はビルがほとんど崩れかけてる。いっそ爆破して道を塞ぐか……。とりあえずいつでも爆破できるよう爆弾の設置を明日行おう)
少年がこの廃墟に住み着いて一年になる。都市には、頭の悪い大人ばっかりだ。残ったわずかな水を奪い合って醜い争いを続けている。世紀末はまだ遠い。愛に生きる世紀末覇者も、山のフドウもまだいない。自分の身は自分で守らなくてはならない。
ギリリ、と爪を噛む。血が滲んだ。

「ロー、ミルク」

部屋に幼い声が響いた。ドアの前に立ったキッドが、水平服の裾を握り、じっと立っていた。
「ロー、ミルク、ミルク」
「うるさいぞキッド、明日の計画立ててるんだ。静かにしろ」
「みるくー!みるくー!キッドのミルクない!」
キッドが喚く。砂漠で獲物を待っている時も、目の前で人が死んでいるときも、いつも変わらない感情のない瞳が、ローを映している。
「あー!うるさいな!」
ローはがしがしと頭を掻くと、暗室からミルク瓶と平皿を出し、テーブルに乱暴に平皿を置き、ミルクを注いだ。
「みるく!」
キッドはすぐに皿に飛びつき、両手で皿を持ち、一気に飲み干した。ミルクが口から垂れている。
もう計画を立てる気もなくなった、と、ローはため息をついてベッドに転がった。
「俺はもう寝るから静かにしろよ」
皿まで舐めているキッドを一睨みし、ローは薄いブランケットにくるまる。
げふり、と一息ついたキッドは、舐め尽くした皿を置き、じっとローを見る。赤い、感情の浮かばないガラスのような瞳だ。キッドはベッドに近づくと、白いハイカットのスニーカーを脱ぎ捨てて、ローの横に潜り込んだ。
「……おい、何してんだ」
ローの頭を腕で抱き寄せ、青いリボンが下がる平らな胸に押し付けた。ぎゅっと頭を抱き締め、ローの髪に顔を埋める。
「ミルクくさい……離れろ」
キッドは無言のまま、ローの頭を抱き締める。ぴくりとも動かない。
「まさか人形のくせに一人じゃ寂しいなんて言うんじゃないだろうな」
「……」
「お前この間、俺の大事な漫画にミルク吐いただろ」
「……」
「……ミルク吐いたらただじゃおかないからな」
忌々しげに言うローの両腕は、いつのまにかキッドの胴に巻き付いていた。砂漠の夜は寒い。
ミルクのにおいに悪態つきながら、ローは静かに目を閉じた。広い廃墟と、それよりさらに広い砂漠の中で、一人と一体の寝息だけが唯一の音と温もりだった。





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