Show must go on!


不安の概念
2013/05/12 18:51 (0)

外に出たのは四日振りだった。
冷蔵庫の蓄えが底を尽きてきたので、その補充のための買い出しに出た。字書きという職業柄、外に出る用事がなければ何日でもこもっていられる。そのため、外出が数日振りだなんて、よくある話だ。

(出かけなければよかった)

数日振りの外に、良いものなんてなかった。
スーパーの袋を三つ抱え、家に戻る前に煙草を買おうと帰路から一本外れた。その道の先を歩いていたのは、おれの年下の恋人と、その友達らしき男女二人。
(出かけなければよかった)
おれは踵を返した。
憎々しい、腹立たしい、気持ち悪い。自分の胸のうちに生まれた感情に気づき、毒づいた。
(おれは嫉妬した。おれは僻んだ。おれは羨んだ)
今年十七になる恋人とおれは、十近く年が離れている。十七の恋人の回りにいるのは、みな十代の若者たちだ。彼の友人として、恋人としてよく似合う年頃の男女が彼の回りには溢れている。
彼の隣にいた女は、彼と並んでいても何ら不思議ではなかった。彼の隣にいた男は、彼と並んでいても何ら疑問ではなかった。彼の通う学校にはそんな男女が溢れているんだ。おれの立ち入れない空間に、おれより彼に似つかわしい人間が溢れている。
煙草のために外れた道を戻り、帰路を行く。最初からこの道だけを通っていれば、自分の醜い感情に気づかず済んだんだ。

「ローさん」

後ろから声をかけられ、思わず肩が揺れた。振り返れば、目を眇て笑うきっとがいた。
「家帰るんだろ?荷物持つ」
返事も聞かず右手の袋二つを奪ったキッドは、少し息が上がっていた。
「……友達は、いいのか」
嬉しい、と思う。おれに気づき、追いかけて来てくれたことに。だが、意固地な心のせいで、仏頂面は揺らがなかった。
「用事思い出した、って言って別れた」
袋を一つ取り返そうとしたおれの手をすり抜け、キッドは先に歩き出す。家はもう見えていた。
「キッド」
呼び掛けると、キッドは顔だけこちらに向け、間延びした返事を返した。
「セックスしたい」
キッドは歯をみせて笑った。
「おれも」



*
*
*



(ローさん、ろ、ローん、……っ、ろー、!ロー!)

セックスの時にだけ、キッドはおれを「ロー」と呼ぶ。普段は、誰に会話を聞かれても怪しまれないように、「さん」をつけている。多分、普段の「さん」付けの方が無理をしているんだろう。彼からすれば「ロー」と呼び捨てる方が自然体なのだと思う。だから、セックスの時、理性の箍が外れた時、取り繕う間もない本性で「ロー」と呼ぶんだ。上擦った必死な声で。何度も。
薄い布団の上でだるい体を休ませる。キッドは横で眠っている。だいぶ傾いてはいるが、まだ日が残っている時間だ。変な時間に眠っては、今晩よく寝付けないかもしれない。
おれたちのセックスは、バカみたいに何度も名を呼びあう。存在を確かめたいのか、快楽に自分を忘れて欲しくないのか、理由は分からないが、心理分析したところで出てくる答えはどれも胸くそ悪く情けないものだろう。
「……」
キッドの白い頬を指でなぞる。煙草を買えなかったせいで、手持ち無沙汰で口寂しかった。
薄明るい室内で見るキッドの寝顔はまだ幼かった。それはそうだ。まだ十七なのだから。普段眉のない顔で凶悪に笑っていたって、まだ十七なのだ。
「ーーー」
不意に先程の光景と、それに付随した三十路男の情けない感情を思い出し、喉奥が苦々しい。
分かってる。キッドはおれを愛してるし、キッドの回りにいる同世代の奴らは友達に過ぎない。分かってたって感情が渦巻くのは止まらない。

感情のまま、おれはキッドの手首に噛みついた。

肌の白いキッドの体のうち一際白い手首の内側は、青い血管も赤紫の血管もよく見える。
キッドが小さく笑う声が、頭の上から聴こえた。

「ひどくしたらいてぇよ」

手首を離すと、涎で濡れた手首にくっきりと歯形がついていた。
「キッド、俺にはお前だけだ」
おれの頭はキッドの両腕に抱えられ、白い胸板に押し付けられた。
「おれもローさんだけ」
「……お前の回りには、お前に似つかわしい年頃の奴等がいくらでもいるじゃねぇか」
「おれが好きなのはローさんだけだし、好かれたいのはローさんだけだけど」
「……分かってる」
「ならおれはもう言うことねぇし、それ以上言えることもねぇ」
キッドは布団を肩まで引き上げた。夕闇より先にあたりは暗くなる。
「黙って愛してればいいんだよ」





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