Show must go on!


休日
2013/05/01 09:40 (0)

カーテンを透ける光が部屋に薄明かりを満たす。朝だ。日の高さを見ると、まだ八時前後だろうか。
枕元では、目覚ましのセットされない時計が黙々と秒針を動かしていた。今日は休日だ。目覚まし時計も働く必要はない。
洗面所からはかすかに水音が聴こえる。まだ覚醒しない頭でぼんやりと虚空を見つめるローの恋人はすでに起きているようだ。

(幸せだ)

ローは先ほど開いたばかりの瞼をまたおろす。
目覚めても、起きなくていい。それはとても幸せなことだ。穏やかな甘い倦怠感が指の先まで沁みている。心地よすぎて動く気になれないーーー
このまま目を閉じていれば、目覚めているのか眠っているのか境目も分からないまま、幸せな二度寝に入るだろう。
「ーーー」
ローが体も意識もどろどろに溶けていきかけたとき、廊下に繋がるドアが開いた。
ドアを開けたのはローの恋人で同居人のキッドだった。まだワックスもスプレーもかかっていない髪の毛を白のヘアバンドで上げ、口に歯ブラシをくわえ、小脇に洗い上がりの洗濯物の入ったピンクのかごを抱えている。日も高くなってきたのに、いまだベッドで眠りにしがみつくローと違い、冷たい水で顔を洗ったキッドはすっかり目覚めた顔をしている。
キッドはシャコシャコと気持ちのいい音をたて歯を磨きながら、白くまのスリッパでフローリングをぺたぺた進む。キッドの視線の先にはベランダに出る窓がある。今日はいい洗濯日和だろう。
ベッドの脇を通りかかったキッドは、ふと足を止め、かごを右手に抱えたままローの寝ているベッドに膝をついた。

「おあよ」

くわえていた歯ブラシを左手で抜き、キッドは夢と現実の半分くらいのところにいるローにキスをした。
そうして何事もなかったように歯ブラシを口に戻し、カーテンを開け、窓を開け、ベランダに出ていった。

「……」
ローはぼんやりと目を開ける。
唇が濡れて気持ち悪かった。口の中にミントの香りが侵略してくる。
「……なにすんだてめー」
ローは泡のついた唇で呟いた。寝起きの声は掠れ、思った以上に声は出なかった。
さっきまでの頭から足の先まで満ちていた気だるさは一瞬で霧散した。眠っているような、起きているような、その真ん中にいる間のあの快感は、ほんの少しの身じろぎでだって消えてしまうんだ。
空になった洗濯かごを抱え、キッドがベランダから出てきた。口の回りに泡が増えている。

「ほぉっほぉほぉ起きろお。れーろいこうれ」

多分、「はやく起きろ。デート行こう」というようなことを言っている。ローの恨めしげな表情など気にもかけず、キッドはまたぺたぺたと洗面所に戻っていった。
「はやく起きねぇと映画始まっちまうぜ。みたいのあんだろ」
洗面所に引っ込んでからほんの十秒足らずでキッドはまたドアから顔を覗かせた。もう口に歯ブラシはない。代わりにきらきら光る透明な水滴が唇についている。
「……」
もう戻らない麻薬のような幸せを、ため息一つついてローはようやく諦めた。
「分かったよ。もっかいキスくれたら起きる」
なんの益も生まない気だるい幸せの代わりに、愛と未来に溢れた健全な幸せを恋人がくれるはずなのだから。


「やだよ。お前口の回り歯磨き粉ついてんじゃん」
「……………」





end




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