Show must go on!


エックハルトの功罪
2013/04/28 22:57 (0)

###


男が眠っている。
赤毛で色の白い男だ。
ベッドに眠る男は服は着ておらず、横向きに眠る男の脇腹が、魚の腹のように月明かりに滑って光っている。
その男の体にはぎらぎらと光る鱗が巻き付いていた。黒曜のように黒光りする鱗の大蛇だ。
蛇の胴体は、男の左足を一巻きし、股の間を這い出て、ウエストの上を越えて背中の方に落ちている。頭はというと、男の肩に乗って寛いでいた。マリリン・モンローは眠るときシャネルの香水だけを身につけた、なんてセクシーな逸話が語られているが、この男はモンローよりも危険でセクシーなものを身に纏って眠っているのだ。

俺はというと、部屋の真ん中に突っ立って、蛇を纏って眠る男をただ見ていた。
部屋は知ったものだし、眠る男についてもよく知っている。蛇がなんなのかは知らないが。だから、阿呆のように立っていなくても、男に声をかけるなり、共に眠るなり、部屋を出ていくなりすればいいのに、俺は足に根が生えたように立ち尽くしていた。

「かわいいだろ」

俺は驚いて肩を揺らした。
眠っていると思っていた男がいつのまにか目を開け、こちらを見ていた。
男は肩で微睡む蛇を一瞥して言った。
「こわくないのか」
そう尋ねると、男はまた蛇からこちらに視線を向け「いや」と口端を上げて否定した。
「こわくないね。こいつはおれのことを好いてるから、咬んだりする心配もない」
俺は、男がその蛇を信じきった目で見るのが面白くなかった。
「……なついてたって蛇だろ。断言できるのか」
「……咬むのか?」
男は不思議そうに聞いてきた。
「いや、知らないが……」
「咬むのか?」
男は繰り返す。その蛇が咬むかどうかは蛇次第であって、俺にわかるはずがないのに。まるで、俺が確実な答えを持っているような聞き方だ。
「知らねぇ」
「知らねぇはずないだろ。お前が知らないで誰が知るんだよ」
「……少なくとも俺じゃねぇよ」
「お前だよ。咬むのか?咬まねぇのか?」
男はもうこちらを見てはいない。ヘビの首根っこを掴み、キスをしていた。


###


目覚めるとそこはいつもの部屋で、いつものベッドで、いつも通りキッドが隣に眠っていた。
「夢か」
キッドはこちらに背を向けている。白く滑らかで広く、形よく筋肉のつく背は塑像のようだ。
俺はその背にしがみつき、安堵のため息をついた。
「……う、くる、し」
左手でキッドの肩を引き寄せ力いっぱい抱き締めたら、キッドが身じろぎし小さく呻いた。俺はキッドが目覚めたことが嬉しくて、呻き声を無視してさらに力を込めた。
「夢見た」
白く浮き出た頸骨に額を押し付けて震える息を吐く。
「お前の隣は俺じゃなくて、蛇がいた。でかい蛇だ」
熱い息にキッドの背筋がぴくりと動いた。
「そいつ、お前の全身に巻きついて、肩に頭乗せて寛いでやがった」
肩に頭を乗せて、背中を降りて、腰を乗り越えーーー俺は蛇の鱗が這っていた箇所をなぞるように左手で追っていく。肩、背、脇腹。キッドの背が震えている。腰骨から股の間に挟まれていたっけ。指先で下生えを擽り、中指と薬指の間にキッドの物を挟み込むと、むずかるように腿がぴたりと閉じられた。左手を股から抜き、蛇が巻きついていた左足をなぞり終える。
「夢じゃねぇよ」
左手が元のようにキッドの肩に戻ると、ほっとしたように息をついて、そう言った。
「夢だった」
「夢じゃねぇって」
現実であるはずもないあの情景をキッドは夢じゃないと言う。現にこうして蛇ではなく俺がキッドの横にいるのに。まさかこれも夢なんだろか。
「いつもそうして寝てるじゃねぇか」
キッドが呆れたように、ちょっと面倒臭そうに言う。
「……俺が、か?」
キッドの首筋に鼻を寄せ、息を吸い込む。キッドのにおいがする。夢ではないはずだ。だけどキッドは「お前がだよ」と夢みたいなことを言う。
「あれは蛇だった」
「そうだろうよ」
「……なんだよ、その言い方」
それじゃあーーー

「まるで俺が人じゃないみてぇじゃないか」

身を起こし、キッドの横顔を見下ろして見るが、眠いのか目は閉じていた。その尖った横顔に不安が煽られる。
「人じゃねぇだろ。寝惚けて人になってるだけだ」
「……俺は蛇じゃない。人だ」
「蛇だよ」
「人だ」
人だーーー不安に視線が揺れる。唇が空気を食む。人だ、人でなければ。
「人じゃなきゃお前といれない」
埃のように不安が降り積もる部屋に、俺の情けない声も加わる。

「……蛇でも俺といればいいだろう」

埃を払って、キッドの色素の薄い睫毛が持ち上がった。血が透ける瞳が一度だけ俺を見て、また瞼に隠れた。
俺はずるずるとベッドに潜り込み、波打つ頸骨にすり寄る。鼻の奥がつんとする。
「……じゃあ蛇でもいい。お前がそれでもいいって言うなら」
「だから蛇だって言ってんだろ。もう寝ろ。寝ぼけて咬みつくなよ」
「咬まねぇよ」
「ほら、ちゃんと分かってんじゃねぇか」
「なんか言ったか?」
「夢の続きだ」
二人はそれで口を閉じる。落ちるように眠りにつくと、今度は俺が蛇になる夢を見た。もう、不安はない。





蛇男のおはなし



prev | next


第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -