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【真の時代がる】

※御相手のジャンルがジャンルの為、グロテスクで猟奇的な表現、ホラーゲームや異形の怪物等、上記の設定を踏まえ、苦手な方や、耐性のない方は無理せずブラウザバックを推奨します。
※ある過去の出来事により人の命が消失する瞬間こそが人の最も美しい瞬間だと思い込み、その瞬間をカメラに収めて「作品」にしている(イカレサイコパスシリアルキラー)芸術家です。
※とっても可愛いくて美脚な怪物も登場します。





 思い切って長期の有給休暇を習得したのは入社してから数十年になるが初めての事だった。上司にはやっと今までため込んで来た有休を消化する気になったなと言われたが、まさか傷心旅行の為だとは、思わないだろう。
 有給休暇を申請した期間は贅沢に一週間。しかも長期の大型連休とぶつけたので実質幼い頃は当たり前にあった冬休みくらいの期間はある。
 傷心旅行とは大々的に言えないのであれば大人の冬休みとでも言えばいいだろうか。
 将来結婚を約束して交際していた年上の大人の男性との予期せぬ喧嘩からの別れ話、破局により海は今、失意のどん底にいた。
 将来有望な相手との未来を突然失い、途方に暮れていた海。なかなか多忙なこの仕事をしている間は多忙故に悲しみを忘れ、平気だと、気丈に振舞うことが出来た。
 しかし、いざ仕事を離れて現実に戻れば、1人彼との思い出が残る部屋に一人きりで、そんな日々を重ねる度にますます未来を悲観し、余計に落ち込んでは精神をすり減らしていた。

 人生は、ほんの少しの躓きにより、あっという間にそのまま坂道を転がる様に転落していく事もある。その通りだった。身なりをいつも彼の為に整えていたが、だんだん髪も化粧もおろそかになり、そして毎日海はこのままこの世界からいなくなり、いっそ消えてしまいたいと。そう、嘆くようになっていた。
 海は悲しみを引きずり、気付けばどんどん坂から転がり落ちるように順風満帆なこの人生から一気に暗黒の世界へと、転落していった。
 そんな中、ふと、彼の居ない1人の部屋の鏡に映る自分のあまりにもやつれ切ったその姿に驚いた。
 そして、決意する。このまま何時までもここで悲しみを引きずって居てはいけないと。一念発起し、ここは思い切って今まで使わずにいた有給休暇を使うべきだと。
 幸いにも今年から有給休暇を五日間消費する義務を与えられたことでここではないどこかへ行くべきだと、振られた恋人への未練を断ち切るには大きな変化が必要だと立ち上がった。

 見知らぬ土地へ行けばいい気分転換にもなり、そうして冷静になればなるほど、彼との別れを冷静に受け止められる自分が居て。
 将来を約束していた、誰よりも好きだった彼と別れた原因は仕事や私生活から生じるお互いのすれ違い。すれ違いによりどんどん開く溝。やがて歩み寄る努力をお互いに忘れ、初心を無くし、そして……あぁ、駄目だ、考えるのは止めよう。

 人間、死ぬ気になれば何でもできる。その言葉の通りに、海は悲しみを癒す為に行動を起こした。この世界の人生を自らの手で終わりにすることは残念ながらそんな勇気など無い。
 美しい建物や美味しい食事を目で見て、楽しんで癒されたいと思い選んだのはいつか大好きな彼と行きたいと思っていたイタリアへの傷心旅行。
 よく、旅に出たいのなら行き先だけ決めてひとまずチケットを手配してしまえと言うが……。その言葉通りに海は映画で見た情景を求めてイタリア行きを決めたのだった。

 その旅行先、イタリア語どころか英語さえも最終学歴の高校で習ったのが最後の彼女がたった一人、しかも丸腰の無防備な状態。あれだけ周囲が反対したその意味を、海はイタリアに来たことで理解した。
 女性一人での旅行は熟練者でないと相当の危険が伴うのだと言う事を、その洗礼をすぐに受ける事になる。その危険を海は身を持って知るのだった。
 日本人は若く見えると言うが、実年齢と外見年齢をまず疑われ、早速身分証明書の提示を求められたり、カメラで写真撮影をお願いすればそのカメラを持って行かれそうになり。
 陽気なイタリア人男性に母国語で絡まれたり、果てにはもうとっくに成人しているのに日本人は若く、そして幼く見えると言うが、子供と間違われたのだ。
 それから散々な目に遭い、運は尽きたのだろうか、まだ早いと思っていた厄が巡り巡って今来たのだろうか。飲食店で食事を楽しんでいた海は二本と同じ感覚でトイレに行くのに荷物を席に置いたままで席を外したのだ。

 そして、次に戻って来た時には手荷物どころか真夏の暑さから脱いで椅子に掛けていた日焼け防止効果のあるカーディガンも丸ごと盗まれてしまっていたのだった。
 財布どころかパスポート、携帯電話も。困り果てた海、これでは会計も出来ない、しかし、イタリア語を話せない海。頼りのガイドブックもイタリア語の本も全て盗まれてしまったバッグの中にある。
 このまま異国の地で泥棒として逮捕されてしまうのだろうか、こんなことになるなら……友人や職場の先輩たちがあんなに反対してくれたのに、自分は。ここで惨めに路頭に迷う運命を呪い、情けなくて涙が溢れてきた。

 イタリアの女性たちに比べたら小柄な海はまるで幼子が迷子で泣いているように見えたらしい。そう勘違いした店員に話しかけられても泣いてばかりで海は何も答えられない。
 語学に精通していた元恋人の事ばかりが脳裏を過ぎり、泣いてばかりの海。困り果てたそんな彼女の前に、突如、背後からふわりと、香水だろうか、かぐわしい香りが立ち込めたのだった。

「Scortese(失礼)」

 泣いていた海にそっと差し出されたのはまるで血のように赤い、真っ赤なイタリアのハイブランドのハンカチだった。振り返りながら彼女の背後から姿を見せたのは右目を前髪で隠し、スラリとして、だが引き締まった体躯に濃紺の落ち着いたスーツが良く似合う紳士的な男だった。

「È giapponese. Non riesco a parlare italiano.(彼女は日本人だ。どうやらイタリア語が話せないようだ。だから、ここは僕が支払うことにしよう)そんなに泣ないでくれ…せっかくの愛らしい顔が台無しになってしまうよ」
「え、あの、あなた……。日本語……話せるんですか……?」
「ああ、少しだがね。仕事柄、日本人とも仕事を共にしてね、自然と覚えたんだ」

 突如姿を現した見ず知らずの背が高く紳士的な風貌の彼に助けられたのが縁で海はそのまま一人食事をしていた彼のテーブルへそのまま招かれようやく本場のイタリアンにありついていた。
 お互いの自己紹介をしつつ、異国の地での出会いに海は胸をときめかせ、日本語が話せると言うだけで初対面の素性もよく知れぬ彼に心を開くのに時間はかからなかった。
 彼の名前はステファノ・ヴァレンテイーニ。クリムゾンシティというここではない国の都市だが、今回はたまたま仕事で生まれ故郷のイタリア・フィレンツェに滞在していたようだった。

 お互いの身の上話に花を咲かせながらお酒を交えた大人の会話は失った恋に嘆く海に夢を見せてくれた。
 全くの縁もゆかりもない土地でこうして紳士で素敵なイタリア人男性との語らいは、日頃の喧騒を忘れさせ、なによりも彼の存在はぽっかり空いた心の空虚を埋めてくれた。

 日本人男性にはない、女性を一番に考えたエスコートは全く嫌味を感じられない。甘いうっとりとした色気のある声、そして見つめる眼差しはどこか狂気を抑え込んだ蛇のように粘着質だ。
 しかし、海はそんな眼差しにさえも気付かない。まして、彼は失恋したばかりの海にとって、今も治らないその傷口にスッと当たり前のように染み込んで来た。
 紳士で素敵な年上の大人の男性は自分の境遇に嘆いてくれた甘い言葉をくれた。まして、別れた恋人も同じように小柄だが、スーツを着ていた。彼の風貌が別れた彼に、重なって見える。不器用な元恋人と懐かしさと安心感を抱いた。

 話を聞く中で彼は芸術家だそうで。毎年色んな作品を生み出しているらしく、イタリアでもアトリエがあり、其処で日々美しい作品が生まれるのだと、自らの職業を誇りに思い活動しているのだと海は彼の言葉を紡ぐ度溢れる美声とその形のいい唇に、うっとりと夢中で聞き入っていた。

 素敵な高級ブランドのスーツを颯爽と着こなし、組まれた長い脚は嫌味に感じない。青のスーツと赤のスカーフとのコントラストがどこか艶やかだった。そして浮かぶ優美な笑み、その姿は別れた彼を彷彿とさせた。一度目に着くと離れられない、とても……印象的だった。
 別れた彼も年上の大人の男性で素敵だったが、言葉よりも行動で愛を示してくれる人だった。
 だが、目の前に居る彼の紳士的な立ち振る舞いには一切の嫌味を感じないし、明らかな下心で近づいてきた今までのイタリア人たちとは違う。綺麗に磨かれた革靴を鳴らし、スムーズに自分をエスコートし、財布どころか今回の旅行の荷物全て盗まれた海。困り果てた自分を助けてくれた日本語も話せる紳士的なイタリア人の男に一瞬で心を奪われていた。

「日本人は年齢よりもかなり若く見えるとは聞いていたが、……君は僕とそんなに歳が離れていないと言うのは驚きだ」
「ええっ、ステファノさん! 私、そ、そんなに子供に見えたんですか……!! 私、こう見えて今年で29歳ですよ」
「本当か……!? しかし、全く、見えないね……本当に驚いた。君はいつまでも若々しい。それは本当に貴重なことだ、むしろ誇りにさえ思っていい、まぁ、その危なっかしい位の無防備な性格は、即刻正すべきだと、君は思わんかね?」

 さりげなく、しかし、決して嫌味ではない彼の洗練されたその立ち振る舞いに海はすっかり夢中になり、虜になっていた。
 彼の手袋をはめた大きな手が海の頬をそっと撫でて、気付けば先ほどまでつけていた片耳のピアスが外されていた。
 優美に微笑む姿も様になる、彼には赤がとてもよく似合うのだ。甘い声に洗練された紳士的な身のこなし、まして失恋で傷ついた心を抱えた身として、知らぬ土地で自分を救ってくれた彼に対し、こんな風に蕩ける様な甘い言葉を今まで受けた事が無い海は一瞬にして彼に心を奪われていた。
 失恋して弱り切った心には彼の言葉はまるで甘い毒、そして麻薬のように自分を抜け出せない場所まで一気に陥れる。

「そ、そんな風に褒められると照れますっ……。でも……私、この通り本当に日本語しか話せないし、まさか少し席を外した間に荷物そっくりそのまま盗まれるなんて思ってなくて、知らない土地で本当に困っていたので、助けて下さりありがとうございました。それに、こんなおいしい食事まで、私、あなたにはなんとお礼をしたら……いいのか」
「君のように可憐な女性を捨てるとは……その男の神経がどうかしていると思わないかね? 君は、実に素晴らしい女性だ……特に、その足は、本当に僕の作品にぜひしたいと思うのだが……そうだ、いい事を思いついたぞ」
「何でしょうか?」

 そして、彼が提案したのは。海はまだ彼の上辺しか知らない、だが、失恋で弱り切ったその心では、優しくしてくれた異性がこんなにも紳士的で、素敵すぎたから、気付けなかったのだ。その裏に押し隠せない明らかなその異常性を。

「一文無しの君に金銭の要求はしない、ただ、君にはぜひ僕の新しい作品になってもらいたいんだ」
「ええっ、私が、ステファノさんの作品に、ですか? そんな……! 私にはモデルなんて無理です……素材も全然よくないですし!」

 自分には無理だと、不安そうな表情を浮かべる海に対してステファノはそっとその肩に手を置いて彼女を見つめる。その彼の瞳の中に映る自分を見てステファノは微笑む。彼は彼女の顔よりも、小柄ながらにスラリと華奢な海の四肢が、とても気に入ったようだった。

「大丈夫。作品を作るのは僕だ。君はただ、僕に身を委ねる。それだけでいい。僕は美しいものが好きでね。君の手足……小柄なのに華奢でのびやかで、そして何よりも肌が白い……青々とした、この血脈が……っ、ああっ、僕はね、君のような美しい被写体を見ると、その美しい瞬間を一秒たりとも見逃さずに切り取って、そのまま作品にしなければ気が済まないんだよ。僕は芸術家だからね」

 まるで、この世界では荷物ごと盗まれて行き場の無い彼女に対して、男は有無を言わずに、イタリア産の名産であるワインなどを散々飲ませて口説き文句のような甘い言葉を浴びせた。
 失恋で弱り切った海は酒に酔わされ、そして思考も上手く回らず、記憶もあやふやな中、そのまま彼のアトリエにまるで瞬間移動でもしたかのように鎮座していた。
 本日の彼はいつにも増して上機嫌だった。饒舌に作品に対する自分の思いを口にし、
 海は興奮したように話し始めた彼の会話に静かに耳を傾けうん、うん、と耳を澄ませ黙って話を聞いていた。
 元々自分が話すよりも悪く言えば受け身の海が聞き上手なのもあるが、海が自分の作品に興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、厳重に保管している彼の最高傑作だと言う彫像の実物を、何と間近で見せてくれるというのだ。

 彼の作品が保管されている場所、すなわちそれは彼の聖域でもある場所に招き入れてもらえるなんてそれは本当に彼を知る人かが聞けばきわめて稀なことである。
 彼の作品はオブジェだったり、絵画だったり写真だったりと、とにかく幅広い。しかも、彼は芸術家になる前は戦場カメラマンだったそうだ。
 洗練された青のスーツがとてもよく似合うその着こなしのセンスといい、元々の多彩なる彼の絵心も美術のセンスもいまいちな海だが、生の芸術家の作品に触れる機会などめったにないと、彼の作品を生で見れる事に対して感動していた。

 彼が作品を他人にこうして自ら披露するのは、個展以外では全く無いという。そんな貴重な体験、彼の魂でもあるその作品たちを今日たまたま助けただけの自分に見せてくれるなんて。
 捨てる神あれば拾う神ありとはこの事だろうか。自分はかつて愛していた彼に振られたのに、目の前の彼は自分を選んでくれた。やはり自分はあのタイミングで「せめて国内にしておけ」と言う周囲の反対を押し切ってイタリアに来てよかったと、そう思った。

「気を付けてくれたまえ、足元が暗いかもしれないからね」
「あっ、ありがとうございます」

 広がる深紅のベルベットにつんのめる海の、ふらついたその足取りを支えながら歩くステファノのエスコートには下賤な下心などは感じられない。
 流れる様に嫌味の無い、ごく自然な動作。
 しかし、鉄格子先の作品の周囲はまるで蜘蛛の巣のように、その作品を「誰か」から守るかのように有刺鉄線に電気を張り巡らして、厳重に管理されているその中央に鎮座する彫像。
 それは例えるなら天使のようにも見えるが、ライトに照らされたそれはまるでバラバラに捌いた人体を継ぎ接ぎにして繋いで作り上げたお世辞にも美しいとは形容し難い、彫像だった。

「どうだい、美しいだろう……?」
 海は思わず口元を手で覆い、全ての言葉を無くした。いや、どう反応すればいいのか、言葉を探したのだ。
 まぁ随分と、リアルな質感だ。海は純粋にそう思った。酒に浮いた思考の中でその彫像はまるで、本物の人間、しかも明らかに女性の艶めかしい肉体を使って繋ぎ合わせて作り上げたような違和感さえ感じた。

 先程まで回廊に飾られた彼の作品が飾られたパネルを見る度に「すごい!」「素敵!」「赤のコントラストが素敵ですね」れっきとしたその作品を称賛する声が響いていたが、今は海のたどたどしくも彼を褒めたたえる声は無い。
 むしろ、海は身の危険さえ抱いた。自分を捨てた恋人とは血が紳士的で優しい物言い、さりげないエスコ―トに甘い言葉、と。好印象を抱いていた彼から迸る押し隠せない、狂気のような。物を感じた。

 彼にご馳走になったお酒のせいだろうか。思考が上手く回らない。ふらついた足取りで海は理由をつけてトイレに行く振りをして、この目の前の危険人物から逃げようと試みた。
 彼のおぞましい程、深紅に染まったその作品を見て、さすがにまずいと、お人好しで人の裏でどこか、夢見がちで、世間知らずな一面もある海でさえ、身の危険を感じたのだ。
 逃げようとしたのだ、しかし、彼の甘い言葉と、逃げようとしたその廊下の先で待ち構えていたのは。
「なに、これぇ……っ」
 頭は三脚カメラ、血まみれの女性の手と美しいトゥシューズを履いた脚。甲高い声で歌う様に徘徊する異形の怪物に捕まってしまったのだ。悲鳴を上げる彼女にその目の前のカメラが光る、その瞬間、
 「どこへ行こうと言うんだい?君は」
 まるで時が止まったかのように。スローモーションに流れる世界の中、いつの間にか自分は出口にいたはずなのに、気付けばシンクに染まるベッドルームの、深紅に映える真白なリネンの上に横たえられており、目の前で優美に微笑む男に組み敷かれていた。

 彼の持っていた先端にかけて鋭利な、まるで鉤爪のようなナイフがピタリと、自分の肌を冷たくなぞった。
 抵抗など、無意味なものだ。彼の持つカメラは、いや、抵抗する気力はもう海には残されていなかった。海はあっという間に真っ赤なビロードのシーツの波にさらわれてしまったのだ。

「もう逃がさないよ、君は僕の作品になるんだからね」

覚悟を決めた。ゾワゾワと肌が栗立つ中で、これは本当に、まずいのだと。



「っは……ああ……は……あん…ああっ」
「あぁ、本当に……最高だよ……君は」

 あれ?あれ?どうして、私はここに居るんだろう。服を全て脱がされ、繊細な総レースの下着もスルスルと器用な指先により外されて、何かを叩きつけるような濁音と共にあえやかで艶やかしい海の声が絶え間なく彼のベルベットの寝室の真っ白なシーツの上で絶えず反響していた。

「あっ、ぁ、ああぁ、気持ちいい、ああっ、んんっ〜気持ちいいです、っ」
「そうそう、素直にそうやって君は啼いていればいいんだ」

 彼の舌技に何度も何度も上り詰め、シーツは海の愛液でいつの間にか雨にでも降られたかのようにさらさらと濡れていた。ベッドに力なく突っ伏し腰を突き出し身悶える海は震える膝で何とかその快楽から逃れようとするも、彼の寵愛から逃れられる筈も無く。
 目の前の、戦場カメラマン時代に爆弾に巻き込まれ潰されてしまった右目だけを頑なに見せずに。隠されていない彼の左目に余すことなくその痴態を見つめられふと、思った。

 開いた華奢なその足の間から見える彼は満足げに口元に歪んだ笑みを携えていた。「っ、んっ、あっ、はっ、ステファ、ノ、さ…ん」
「あぁ、こんなに濡らして……顔も蕩けて……前に君を抱いた男が恋しくてたまらなかったのかい? 見てごらん、こうして僕が触れるだけで気持ちよくて仕方ないのか、どんどん溢れてくるよ。先ほどの実年齢よりも幼く見えると言った言葉は訂正しよう。君は、れっきとした女性だ」
「あっ、ああっ!んああっ」
「見たまえ、シーツがこんなにも濡れてるじゃないか……せっかく替えたばかりなのに、まったくいけない子だね」

 チュプチュプと、迸る愛液。しとどに濡れた海の元彼と別れて以来秘められたそこは今はむき出しで、彼の革手袋をした指先が剥き出しの柔らかなふくらみを揉み、伸ばされた彼の長い舌により絶え間なく水音を響かせていた。

 耳を塞ぎたくなるような粘着質な音を立て、海は全て剥かれて素肌と痴態さらけ出しているのに、それに反するように彼は服を着たままだ。
 という、何ともアンバランスな二人、そして彼の絶技に波打つ肢体がシーツを跳ねる度、たゆたゆと揺れる柔らかな胸を皮手袋をしたままの手が無遠慮にわし掴み、ぷっくりと色付いた淡い桜色の先端に唇を寄せれば、誰にも触れてもらえずにいたそこはたちまち彼の好きな深紅に染まる様に起立し、鮮やかな花のように咲き乱れるのだった。

 酒で火照る肌はうっすらと桜色、人肌とは違う彼の手袋越しの温度にさえ海には刺激となり、今まで元恋人とも何度も本気で愛し合い、それなりの経験は終えてきたが、体験したことのない悦楽と深い底なしの刺激に理性はとっくに失われていた。
 広いベッドで絡み合う2人に対しオブスキュラは嬉しそうに靴を鳴らし天上から降りて来て周囲をるんるんと何やら歌を歌いながら徘徊している。
 不気味な外見だと言うのに、何故かそんな彼女がかわいらしくも見えて。彼女もステファノが好きなのだと、交じり合う自分達を見て満足そうなステファノを見れて嬉しいのだと、よく伝わる。

「あう…んああん…ううう…っ」
「さぁ、あっちを向いて……オブスキュラに見てもらおう」
「んああっ、アァ、アアッ、ン、あっ、いやぁ、恥ずかしい……ああっ」

 ちゅ、ちゅ、とわざと、卑猥な音を立てて。海の鼓膜に卑猥な音楽が響き、それにさえビクビクと過敏に反応した。

「んっ、ふっ、むっ、」
「はぁ、つっ、んっ、君は、最高の作品になれる、僕が、そうしてあげるよ……君を捨てた男に見せつけてやれ、君にはその価値が、ある…惜しい事をしたな…だが、もう君は僕のものだ……んっ、むっ」

 息さえも許さぬキス。苦し気に呼吸を求め身じろぐ海の柔らかな後頭部の髪をくしゃりと掴まれて、オブスキュラがその姿を余すことなく見ている。ステファノの大事なカメラと骨と肉で作られた異形の怪物、それなのにどこか愛嬌さえ感じさせる、あえやかな女性の声を残して、そのグロテスクで異形な物なのに、異様に美しいその脚はコツコツと静かに足音を立てて、まるで混ざりたそうに交わる二人を見ていた。

「はァ、あ……んっ、」

 銀糸を伝い。そしてつう――と、糸を伝って離れた彼の形のいいひんやりとした唇が今度はそのまま自分の唇を甘く噛むと、口元に持って行った指先で皮手袋を引き抜き、そっとシーツに落とす。下腹部の敏感な突起をクリクリと弄り回し、残りの指は胎内へ。白く濁った愛液を纏う、彼に感じて淫らに、しとどに濡らしている何よりの証。

「口を開けるんだ、さぁ」
「んあ、ぁっ」
「さぁ、早く、僕を受け入れてくれ……そして心を開いて。僕の、美しい作品になるんだ」
「ああ…あぅぅ…んっ、んっ、きもち、いい〜ん、ああっ、んあーっ、ステファノしゃ、あっ、も、こわれる、っ、んんっ、ぅんっ」
「大丈夫、そう簡単に、人は壊れたりはしないさ」

 鈍い痛みと共に、彼に貫かれた熱に海は甘く仰け反りそれだけで感じてしまった。
 たった一突きで子宮の奥まで、突かれた衝撃で柔らかな胸が揺れる。しかし、不思議と痛くはない。たらりと、自分の口唇を咬んだそこからは深紅の血が溢れた。
 海の日本人離れした色白の肌に映える赤いコントラストが美しく、ステファノの眼前に映る。どこか狂気すらも孕んだ深い眼差しで、そのまま見下ろしている。どこまでも美しいと思った。薄明かりに照らされた生々しい海の肢体。人形のように、華奢で、だけど、柔らかい。弾力のある肉。唇から溢れた地さえも舐めとるように、離さない。

「あんっ、だ、だめぇ、あ、わ、たし、一緒にそこ、触られたらぁ、んぁ、だめぇ、ああん、おかしく、なっちゃうのっ」
「そうなのかい? だが……ここは凄く僕を締め付けてくる……」
「んん〜っ! ああっ、んんん」
「ううん、しかし、あまりにも濡らしすぎてないか? ほら、ほら」
「あ、んひぃ、ん、んう、んん」

 海の既にドロドロの蜜壺には根元まで彼自身が埋め込まれ、肉壁を広げるようにぐちゅぐちゅと音を立てながら掻き混ぜられる度に海はシーツの上で踊る様に揺れる。
 彼に幾度も揺さぶられ、気をやる暇も無い。彼は衣服を一切も脱いでいない。彼のスーツ越しの肩と、そして彼のアトリエによく似合う真っ赤なビロードのような天井。そして、オブスキュラが自分を見ている。
 両足を標本の蛙のように開いた脚を彼の厚みのある腰に回して、交じり合う自分達を。

「ああっ、んああっ、見ないでぇ、アアッ、ンンッ、オブスキュラ、ちゃん、見てるの、ぉっ、んっ、だめぇ〜っ」

 ぼんやりと眺め、惜しみなく注がれる彼からの寵愛に最初は戸惑っていた海も失恋の傷ついた心を彼に慰められ、甘い声に絆され、気付けば彼の作品が飾られた赤の空間で彼に幾度も貫かれ今まで感じた事無い快楽と、そして孤独の寂しさがものすごいスピードで埋められていくことに歓喜し、すでに快楽の虜となっている。

「はぁ、ああっ、んん〜、気持ちいい、ああっ、こんなの、だめ、ああっ」
「君を捨てた男なんて。気が狂ってるとしか思えない……見たまえ、こんなにも……美しい四肢だと言うのに」

 そうして覗き込む彼は一枚も服を脱いでいないと言うのに。彼の美しい芸術作品に囲まれながら、やがて聴こえてきたクラシックは彼の好きなセレナーデ。頼りになるのは赤い赤い照明だけ。まるでどす黒い血の色のようなランプが彼女の肢体を艶やかしく照らし、彩っていた。

「ううん……君の足、あぁ、……! 本当にきれいな脚だ……! 見ろ、この胸、柔らかく肌も白くて、ほんのり赤く染まって綺麗だな、その中身はどうなっているのか見たい……全部、見せるんだ!!」
「んぐっ! ンンンっ!!!」
「しーっ、静かに」

 思いきり海の子宮口へ叩きつけるような律動を繰り出し、彼が果てた瞬間、海も彼の突きに仰け反り、ぎゅうううっと胎内が激しく収縮し、ステファノは熱を海の中へと放出した。
 そのまま、ゆっくりゆっくり。腰を前後に振りたくりながら海に満たされて萎えた熱を一気に引き抜けば、それだけでも感じるのか海の唇から「あぅ、あぁん」と甘い声が漏れ、見た目は大人しくて清楚に見せかけておきながら実はとんでもない淫猥で、前の男に恐らく死ぬほどの快楽をさんざん植え付けられて捨てられて欲を持て余しているのだと思うと、そのギャップにさえステファノは満足そうに微笑んでいた。

 こんなにも淫らで、どれだけの快楽を植え付けられたのだろうか、ステファノはその男に猛烈に嫉妬した。
 こんなに美しい作品を穢した男を、ぶち殺してやりたいと思った。こんなに感じやすい敏感な肌をしているのに、それで捨てられたのならあまりにも哀れすぎる。
 ドロドロと溢れる海の愛液と自身のいつぶりに吐き出した白濁にはもうなんの興味も抱かない。
 こんな体液が混ざり合ったところで美しさなどとはかけ離れたものしか生まれない。
自分の作品でなければ、彼女は価値が無いのだと、自分がこの手に産み落としたいのは命ではなく生命の散り際の赤い赤い華。そうだ、自分は深紅の時代を迎えるのだ。

「海……君は、僕の最高の作品だ。僕の作品として……永遠にこの世界で、共に、生きよう」

 その時、ステファノは達して脱力したままぐったりと浅い呼吸を繰り返す海の首を片手で掴むとそのままゆっくりと、締め上げたのだ。

「ぁ、ん"ぐっ、んぐうううっ」
「ああ、そんなに騒がないでくれ」
「ん゛ん〜ううう゛ううっ!!!」

 息ができない!ギリギリと気道を締め付けられる圧迫感に海は目をかっぴらいてじたばたと、四肢を暴れさせるが、彼の力は芸術家でありながらあまりにも強い。
 達した余韻に浸る間もなく。海は突然気道を圧迫され、満たされ桜色に火照っていた身体が今はどんどん青白くなり首根はみるみるうちに紫色へ変色している。
 気付けば、ステファノはもう片方の手で年季の入ったカメラを取り出した。

「さぁ、最高の笑顔を見せてくれ」

 眩い光とともに照らされた海の顔は驚愕に目を見開いたまま硬直していた。まるで、時が止まったかのように。

「いい顔だ」

 戦場カメラマン時代の名残だろうか、護身術で覚えて身に付けていたのだろうか。変色した身体は彫像には、不向き。手にしたナイフで、海の胸の下からそのまま子宮へ向かって一気にナイフを突き立て、一気に真下へ引き裂いたのだ。
 切り裂かれた肌にナイフが走ったその瞬間、シーツにびっ!と赤い血が点々と飛び散り、それはステファノの顔を汚し、彼の顔はまるで作品の一部であるかのように深紅へ染まったのだ。
 海は絶頂の余韻に浸りながら首を絞められ、胸から下を切り開かれ、おびただしい鮮血をまるで真紅の薔薇のように迸らせ、目を見開いたまま、絶命し、動かなくなった。

「ううん……あぁ……本当に君はっ、最期まで美しい花を咲かせてくれたね。僕の最高傑作だよ。あぁ、そうだ、君を捨てた恋人に送り付けてやろうか。今は僕の美しい作品のその一部として幸せに暮らしている。と。フッフッフッ……はぁああ、ううっ、あっ」

 彼は目の前の海の死体に興奮すると、こと切れて動かない海の中にまた猛ぶった自身を扱きながら隆起させると、そのまま押し入り、熱を吐き出し続けた。
 そうだ。決して悲しくはない。いつか遅かれ早かれ人は死んでしまう、愛する者と永遠に添い遂げることは不可能だ。けれど、彼の作品なら。これからも作品として彼の傍で、半永久的にこのまま自分は踊り続けるのだろう。
「君も嬉しいかい? なぁ、僕の美しいオブスキュラ」
 もう失った恋を嘆くことは無いのだ。新しい仲間が加わり、オブスキュラは履いていたトゥシューズを鳴らして高らかな声で作者とその新作の登場に喜んでいた。

Fin.
【真の時代がる】

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