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「#幼馴染」のBL小説を読む
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【Part2】

 おかしい…。本社ビルを抜けた私を生暖かい風が一気にさらっていく。八月の夜って確か、私の記憶では少し肌寒くなるくらいの夜風がそよそよと吹き抜けて、それが肌に心地よくて、気持ちがいいはず。なのに…。あの少しずつ夏の匂いが変わってきて、少し切なさをはらんだ草の香りを感じながらもう戻れない子供時代の懐かしさを思い起こされて、切ない気持ちになって…。それはコンクリートジャングルのこの都会でも同じだと思ったのに、日中照らされた太陽の光をぐんぐん吸い込んだ熱を今も変わらず放出し続けているようにむしむししてこれが熱帯夜だと知る。呆然とする私に歩きながら主任が珍しく申し訳なさそうな声音で謝罪の言葉を口にした。

「すまねぇな、あっちに比べたら涼しいとかウソ教えて」
「え…っ?」
「よくよく考えりゃ分かる事だがあっちは海沿いだ。海風も吹くし、日本の南側でもこっちよりは幾らか涼しいんだよ。こっちは建物もデケェし人口も多い、コンクリートジャングルの照り返しもキツイしちゃんと考えてなかったな」
「あ、だ、大丈夫です…昼間よりは…夜はまだいくらか涼しいですし…」
「明日は帰るだけだ。もうここには長居しねぇから安心しろ」

 そっか、明日はもう帰るんだ。もう少しだけこうして二人で居たかったなぁ、とついつい寂しさからそう言いかけるのをグッと我慢して言いたい言葉も確かめたい事実も堪えて私はお酒で流し込んだ。いけないいけない、たった一晩だけのあの夜だけの関係なのに…。舞い上がって恋人みたいに…。疲れたからこのままホテルへ直帰…と思ったのに、主任は今日の会議でちゃんと言う事を聞いてたと、資料の出来も悪くないと、昼間とは打って変わった態度で私を褒めてくれた。そして、今日頑張ったご褒美にと私の田舎にもあるチェーン店の居酒屋じゃない、海鮮料理の美味しい本格的な居酒屋さんで食事をしている。私はハイボール、主任はビールを飲みながら。
 だけど、さっきまで蛇みたいに睨んで汗かきの私をからかっていた主任と今目の前の彼は本当に同一人物かと思えない態度の変化に混乱していた。もしかしてこの主任は主任の姿をしたエイリアン??気遣うような主任の言葉が恥ずかしくてお酒の力に頼ろうとハイボールを流し込んで誤魔化しながら浜焼きの網に乗ったまま主任が食べないで残したままのサザエさんをちゃっかり食べた。海の幸をお残しするなんて罰が当たる。

「早ぇな、もうこんな時間か。疲れただろ、そろそろ戻るぞ」
「はい、」

 そうして会計になり伝票を奪って急いでお財布を出そうとしたら、主任は「どうせまた限度額超えてんだろ」と、私が差し出したクレジットカードを引き抜いて私が届かないところまで持ち上げてしまい、その隙に自分のクレジットカードでささっと支払ってしまった。後ろのサインが筆記体でさすが帰国子女と思いつつ、いつもいつもご馳走になってばかりで何かしなきゃと思うけど何も思いつかない。

「酔い覚ましがてら少し夜風にあたりながら歩くぞ」

 タクシーですぐに帰るのかと思った私に、デートじゃないけれど主任はそう提案してくれて、私は思わずその場で飛び跳ねる勢いで頷いた。

「はい、どこまでもお供します…!」
「何だいきなり、てめぇは桃太郎の犬か」
「な、ッ、違います、犬じゃないですもん…」
「そうだな、お前はノロマの亀だな」
「のっ…」

 それにしても私を例える動物が亀だなんて…カメもかわいいけど私はのろまじゃない。と思うけど確かにリヴァイ班のみんな仕事早いもんね。それにしても例えるならもっとかわいい動物とかにして欲しい…。意識している男性にからかわれてすごく恥ずかしくなるけど、そうしたら主任が桃太郎ってことになるよね…?そんな怖い顔の桃太郎ならお供なしで一人で鬼退治出来そうだけど…。それよりもこの人が鬼じゃないかな。宿泊先のホテルまでは少し距離があるけど、通行人も居ない生ぬるい夜風が吹き抜ける整備された遊歩道を歩くのは昼間より不快指数は少なくて歩きやすい。

「お前の田舎にはねぇだろ」
「むっ、そうですね、ガードレールもない田んぼ道ですし…」

 そのまま主任と肩を並べて夜の道を歩く。だけど主任も私もそんなに言葉が上手じゃなくて、何をハンあすわけではないけど、無言の沈黙が気まずくて、何か話さなきゃと会話を探していたその時、私は視界の先に青く光るコンビニの光を見つけて思わず叫んだ。

「あっ、主任。アイス…!私、アイスが…食べたい、です…」
「あ?アイスだ?てめぇいくつのガキだ」
「うっ…あの、私がご馳走しますので…」

 見えてきたコンビニのブルーのストライプの明かりにとっさに叫んだ私の声に主任は突然なんだという顔をしている。無理もないよね、会話が見つからなくて食べ物で誤魔化そうとするなんて…。でも何となく思い出したんだ。小さい頃、お父さんと手を繋いで蛍を見に八月の夜に二人で歩きながらアイスを食べる帰り道が何故か重なった。良く女の子は自分の父親に似た人を好きになるというけど、主任の姿にどこかお父さんの面影を感じたのかもしれない…お父さん元気かな…。訝し気に眉を寄せた主任にぴしゃりとそう言われたけど、「私がご馳走する」という言葉に反応したのか知らないけど、主任はため息をつくと早足でコンビニに入っていった。

「え?主任?」

 ひったくるようにお店の青いカゴを持ち、お高そうなビジネスシューズを履いた主任が向かったのはお酒が並んだコーナーだった。コンビニのお酒は原価の値段で売られているからスーパーで買うより高いのに。私はたまのご褒美に食べるお高いアイスを手に主任の元に駆け寄ると主任はおつまみのコーナーに行ってしまう。主任は小柄でも足が長いから歩くのとても早いんですね、なんて言ったらぶっ殺されるから言わないでおこう…。

「しゅっ、主任、アイスは食べないんですか?」
「いらねぇ。それよりお前は何飲むんだ」
「へ?」
「まだ飲み足りねぇって顔してるぞ」
「え…それは…」

 指摘された言葉に思わず言葉に詰まる。確かにまだ生とハイボールくらいしか飲んでないけど…お酒は水分補給にならないから控えてたつもりだったの。でも、どうやら、主任はこの後ホテルでまた飲み直そうとしてるみたい。かごの中には主任のいつも飲んでるウイスキーの瓶がある。そっか、主任はアイスよりお酒なんだね。

「じゃ、じゃあ…これ…にします」

 私も主任と一緒に飲んでもいいってことなのかな??普通こう言う時女の子ならもっと可愛いお酒をチョイスするよね…私なりに考えて今更かもしれないけどアルコール3%の可愛いジュースみたいなお酒を主任に渡すと、主任は首を振りながら大きい缶の9%ハイボールを私に渡してきた。

「いいから遠慮せず飲んじまえ」

 幾つかリヴァイさんチョイスのお酒をかごに入れて、レジに向かう。今度こそリヴァイさんより先にクレジットカードを出そうとしたら逞しい肩に跳ねのけられてしまい結局また払えずじまいだった。

「あっ、主任!」
「部下に金出させる上司がどこに居んだよ」
「でも…」
「こういう時は黙って好きなもん飲めばいいだろ、俺はお前らの働きでその分の金貰ってんだからよ」

 ああでもないこうでもないという私に対して主任は上司らしいことを言って支払ってくれた。そういうと私が持とうとしていたお酒やアイスが入った袋を取り上げまた先に歩き出してしまった。

「あっ、主任、待ってくださいよ…きゃっ!」

 急いで追いかけるけど、主任は歩くペースが早くて着いていけない。ヒールの靴でよろけてバランスを崩し、思わず主任の腕にそのまましがみついてしまった。

「チッ、鈍くせぇヤツだな」
「す、すみません…」

 泣く子も黙る潔癖症である主任の腕にとっさにしがみついて怒られると思ったけど、主任は特に何も言わず、舌打ちしながらもしがみついた私を難なく抱き留めるようにその衝撃を全身で受け止めた。そしてそのまま私を引きずるように、ゆっくりとした歩調で歩き出した。

「早く食え。夜でも暑いからどんどん溶けてくぞ。またガキみてぇに服に垂らすなよ」
「そ、それは…分かってますもん…!」

 コンビニで買ったカップのアイスを食べながら一歩、また一歩今度はバランスを崩さないようにすたすたと歩く主任に足取りを合わせて。だけど、主任の腕にしがみつきながらアイスを食べるのはとても、すごく難しい。縋り付いていた腕から離れて自分の足取りで溶ける前に急いでぱくぱくとイチゴ味のアイスをスプーンですくって食べる私に合わせて主任は無言で歩く。心なしかさっきよりも足取りが遅く感じる。さっきまで早足だったのに私のために歩調をあわせてくれると思うとその不器用な優しさが今は嬉しかった。
 サラサラと風が吹いて、ぬるい風に主任の普段ワックスで整えられた髪が揺れる。その髪が夜の闇に艶めいてとても綺麗で。目が離せなくなる。あの夜の主任の落ちた髪は今以上にサラサラでキスとした時に顔に触れてくすぐったくて…まるで違う人みたいだった。あの日の事はよく覚えていない、酔っていたし、まるでジェットコースターに乗せられたみたいに一瞬で私を取り巻く世界が過ぎていったから。ただ、今まで感じた事のない衝撃だった。あの目がソファに押し付けた私を見つめると、それだけでたまらなくて、震えて火照った肌がますます暑くて、さっき、とっさにしがみついたのに主任はよろける事もなく私を抱きかかえてくれたその力強さが余計に切なさを加速させた。
 微妙な距離感がもどかしい、アイスを誤魔化しながらゆっくりゆっくり食べた。会社の人なのに、さっきまでさんざん私の事をディスった人なのに…このままホテルに着かなければいつまでもアイスが残ったままだったらいいのかな。なんて思う私が居た。

「風呂に入ったら俺の部屋に来い、変なやつに着いてくなよ」
「子供じゃないんですから…!大丈夫ですよ、」

 また次もこうして出張があるなら…。なんて淡い期待を抱いたまま時は無常にも中途半端に残した食べかけのアイスのように中途半端なまま今夜泊まるホテルに着いてしまった。エレベーターで別れ際にそう言った主任は私よりも上の階にそのまま行ってしまった。

 あとはそれぞれ休むと思ってたのに、まさかお部屋に呼ばれるとは思わなくて、主任はただ飲み直しだって言ってるのに…。どうしても期待に高鳴る胸を抑えることが出来ない。主任はどんな気持ちで私をあなたの部屋に誘ったんですか。喉元まで過ぎる言葉は溜息に消えていく。

 部屋に戻って、浴槽に溜めっぱなしのままだったお湯をまた抜いて組み直す気にはなれなくて、私はあの夜のことを期待しないようにとシャワーを浴びて、置いてあったホテルのバスローブ…を着ようと思って立ち止まる。ううん、エレベーターに乗るし、主任の前だから一応きちんとした服装のままで行こう。と思って透けない白の下着に明日着る予定だった白シャツにパンツスーツと言う色気も何も無い服を着てお財布と鍵とスマホを持って自分の部屋を後にした。



「主任?着きました!」

 部屋に到着し、主任がいる部屋をノックしつつ主任に一応電話を掛けると暫くしてからドアが開かれ、部屋に招かれる。上階の主任のお部屋はどんな感じなのかなぁと、楽しみにしていた私の視界に飛び込んで来たのは…。

「思ったより早ぇな。待ってろ」
「ひっ!」

 何と言う事か、主任は全身ずぶ濡れで普段綺麗にセットされている髪がシャワーで濡れて肌に張り付いてまるで別人のようだった。シャワーの途中だったのか濡れたままの素肌にバスローブを羽織りあろうことかそのまま出て来たから…。宛がわれた主任のデラックスダブルの部屋の豪華さよりも私は主任のその姿に驚いて硬直することしか出来なかった。

「髪だけ乾かさせろ」
「あっ、ど、どうぞ…」

 私一応部下なのに…あんな姿で顔を出すなんて。どうしよう嫌でも思い出して意識してしまう。バクバクと高鳴る胸にまたじっとりと肌を嫌な汗が伝っていた。

「今日も一日、お疲れさまでした」

 不特定多数の人が触ってる缶に口をつけて飲むのは汚い。と、言われて、ホテルの備え付けのグラスに注ぎ直し、リヴァイ主任が自分で作ったウィスキーのロックが入ったお酒と私のハイボールを打ち付け乾杯をした。

 私がもう少しだけ主任と一緒に歩きたくて、わざと残したさっきの食べかけのアイスもあると差し出されそれを黙って受け取り口に運ぶと少し用意したおつまみも食べつつ。主任と無言でお酒を飲んでいた。沈黙を誤魔化しながら、私は向かいのテーブルに座る主任を何気なく見ると、主任は自分の腕をグルグルと回して肩を揉んでいた。

「主任、肩痛いんですか?」
「最近資料作りでデスクワークばかりだったからな」
「どれどれ…」

 確かにこの短期間で何回も出張に引っ張り出されて疲れているよね。幾ら屈強な主任でも結構いいお歳だもんね…そう思いつつ私は実家に住んでいた頃に仕事で疲れたお父さんの肩や腰をマッサージしてあげていたことを思い出し、少しでも楽になればと、自然な流れで思わずその疲れた肩に手を乗せた瞬間、その筋肉で盛り上がっている上腕二頭筋から背筋にかけてのその硬さにたまらず驚き触れていた手を離してしまった。見た目からではわからない、あの日の夜も死んじゃいそうなくらいに恥ずかしくて、ダウンライトの下で私を組み敷いた主任の鍛えられた身体を直視できなかったけど、そのまま上から圧し掛かられた時に感じたあの重みは今も生々しく覚えている。

「主任、すごい硬いです…鍛えてるんですね」
「そりゃそうだろ、ぜい肉だらけのたるんだ腹の上司なんか誰が尊敬できる。俺ももう若くねぇからな」
「そ、そうですけどそんなに鍛えて誰と戦うんですか?」
「いつも戦ってるだろ、社会と」

 少しでもお世話になっている主任の疲れを癒せれば。触れた主任の肩は、まるで鋼みたいに硬くて、驚きが隠せなかった。お父さんはこんなにムキムキじゃないし。毎日仕事の合間にせっせとジムで鍛えてるとは聞いてたけど、ただ筋肉が付いているんじゃなくて、ボディビルダーではなくて何と言うかアスリートみたいな綺麗な筋肉だなと思った。こんなに筋肉が硬いなら力ずくでコリを揉み解すのは揉み返しが来てしまうからまずは手のひら全体で優しくすりすりと擦りながら凝り固まった筋肉を温めてほぐしていく。

「あぁ、ノロマの癖に上手いな」
「ふふ、こうしてよくお父さんの身体も、こうしてマッサージしていたので慣れてるんです…お父さんも肉体労働だったので」
「ああ、そう言う事か」

 温まってきたところでゆっくりゆっくり肩を揉みながら背中も押してあげると主任は満足そうに椅子に凭れながらグラスに入ったウィスキーを飲みリラックスして私に身を委ねてくれている。

「おっとりのお前にそんな特技があるなんてな。仕事中にマッサージしてもらえばマシになったかもしれねぇな」
「ふふ、いいですよ。主任にはお世話になってますので、特別です」

 特別お金はいらないですよ。と、冗談でそう言ったつもりだった。主任に褒めて貰えたのが嬉しくて。主任の肩を揉みながらお酒が入ったのもあって二人で他愛もない話をした。私は高卒、主任は大卒なこと、父子家庭の私に母子家庭の主任。お父さんが居ない代わりにおじさんが身の回りの面倒を見てくれたこと。悪いことは大体おじさんが聞いてもいないのにべらべら教えてくれたこと。イサベルさんとファーランさんとペトラさんとは幼なじみで、それから、それから。気を良くした私は主任を大きなベッドにうつ伏せで寝そべってもらって、その横に膝をついて、細いのに筋肉質で屈強な腰をグリグリと親指の付け根でグッ、グッ、と逆三角形の背中から細い腰までリズミカルに、なぞる様に指圧した。最初は主任もいきなりなんだと言っていたけど、私のマッサージが気持ちいいのか息を漏らしながらされるがまま枕に顔を突っ伏していた。お風呂上がりのワックスで整えられていない前髪を下ろした主任のサラサラの髪がライトの明かりで艷めく。

「主任?もう大丈夫ですか?」

 それからしばらくして。腰を終えてそのままバスローブの裾から覗く筋肉質な足を拳でトントン叩いていた時、てっきりそのまま海式マッサージで寝てしまったのかと思っていた主任が無言で髪を揺らして起き上がった。まるで、「もう大丈夫だ」とでも言いたげで…。振り返り、問いかけた私の頭にぽんと手を置くと静かに私に告げた。

「ああ、もう十分だ。お前はよくやった、ありがとうな」

 いつも怖い顔をしている主任が見せた普段とは違うその穏やかな表情に思わず魅入ってしまう私が居た。主任の灰色の鋭い眼光は夜になるとまるで田舎の夜空みたいに澄んで見えるような。そんな気がした。

「っ…」

 むくりと起き上がった拍子に肌蹴たバスローブからしっかりした鎖骨と逞しい胸板が見えて、その胸板にあの夜のことを思い出して思わず俯いてしまう。俯くと伸びていた筋肉質な足が見えて。小柄なのに、細身に見えるのに、でも服を脱ぐとその身体は男らしくて、ゴツゴツした筋肉で覆われて筋張った逞しいその身体はれっきとした男の人なんだと、私に教えている。あの身体に私は抱かれたんだと思うと、昨晩の1人で自分で慰めて欲を散らした余韻が下半身を痺れさせてきく。

「なぁ、お前も疲れてるだろ、」
「え?」

 そう言って、主任は大きすぎるベッドの上で今度は私に手招きする。普段から上司の指示に従うように、私は招かれるままそっとベッドに腰かける。と、主任は私の背後にくるりと周り、今度は私の肩に触れた。もしかしてさっきのマッサージのお礼かな?血管の浮いた手、それなのにしなやかな指先、逞しい腕力からは想像出来ない位の優しい力加減でゆっくりゆっくりと、私もそれなりにカチコチに強ばっていた肩をやわやわと揉み始めたので、大人しく主任の手つきに身を委ねた。

「ん…気持ち、いいです」
「そうか、」
「はい、とても…安心します」

 私の上司だけど…決して性的ではないその手つきの優しさや温かさからにじみ出る主任の優しい人柄が伝わってくる。今意識している人だからこそ溢れてくるものなのかは分からないけれど、今こうしてマッサージをしながら私に触れている主任の手つきに安心して、そのまま主任に身を委ねて私はまた溺れそのまま身を委ねたくなる。あの夜の時みたいに、どこまでもどこまでも泳いでも泳いでも主任の腕の中から逃れられない…深い深い海の底に沈むだけ。

「もっと、して…」

 それは、マッサージの事で。ううん、違う。主任はただ私の肩を揉んでいるだけなのに…何も触られていないのに下半身…正確に言うと子宮の奥がじくじくと切なく疼いてさっきから、全身が熱い。9%のお酒のせいかもしれない。でも、この疼きをどうにもすることが出来ない、昨晩もあんなに自分で自分を慰めても熱が抜けなくて、この熱の出所は…主任の息を飲むような音が確かに聞こえた、私からは見えない所で主任は口元に弧を描いてほくそ笑んでていた事を知らない。まるでまんまと罠にはまった私をあざ笑っている様に。

「そうか…」
「え、…あの、」

 主任が返事をした言葉はそれだけだった。そうして、いつも以上に無言の主任に不安になり我慢できずに振り向いた私の目の前には主任の整った男前の顔があった。

「…海、欲しいのか」

 その問いかけに、欲を孕んだ主任の鋭い瞳の中に映る私の顔はきっとみっともない位に溺れている。よく見れば見るほど男の人なのに人形みたいに長いまつ毛、寄せられた眉間の皺、隈。無精髭もシミもない陶器のような肌。玲瓏な美貌にぼんやり見惚れている私の半開きの口に、首を傾け、ウイスキーの香りが残る主任の薄い唇が重なったのは自然な流れだった。

「んッ…むっ、ぁぅ、ん、」

 主任、潔癖症の人はこんなキスなんかしない。私、こんなキス、知らない…誰も教えてくれなかった。恥ずかしいのに抗えない。逃げ回る私の小さな口の中の舌を厚ぼったい舌が捕らえて、チロチロと歯列の裏を執拗になぞってくる。飲み込み切れなかったどちらのものか分からない銀糸がつぅ…と私の顎を伝って、上気した思考さえも奪うようなキスを送り込まれてそのまま広いベッドに押し倒され、主任の筋肉質で重い身体に組み敷かれ髪を撫でまわされながら離れた。

「は、ん、っ、んんっ、」
「ああ…エロい顔しやがって…ガキみてぇに世話が焼けるのに…一丁前に女みてぇな顔して誘って…」

 誘ってる、私が?私がこうなるくらいまで意識させたのは…主任なのに。もし、例えこれが一時の夏の夢でも…この野性的な暴力じみた熱から経験も浅く社会的立場も平社員で未熟な私では、逃れることが出来るわけなんかない。私より大人で成熟した酸いも甘いも知り尽くしている三十路の主任の危うげな色気に酔わされ、堪らず擦り合わせた下半身からトロリと、愛液が溢れた気がした。

「リヴァイさん…」

 それは私に対して?それとも、この関係が?
 分からない、お互いのこの関係を決定づける直接的な言葉もないままに今度は私から主任に唇を重ねた。

「抱いて、」
「っ…お前は、本当に…」
「いいの…」

 いつか終わる恋なら、ロマンスじゃなくてもいいから。せめて幻じゃないんだと、教えて。

To be continue…
2020.04.09
【Part2】

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