Going Under | ナノ
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

【remember xmas】

 ため息と共に空へ消える白い息。住み慣れた杜王町から離れたここは東京の灰色の空。あの戦いでの出来事がM嘘のように。今はとても穏やかな日々で。
 そして、思い返すのは杜王町を飛び出すように別れた時の胸の痛み、そして心残り。毎週月曜日に発売される雑誌を眺めてはレジに並ぶ。表紙で変わらぬ異彩を放つ大人気連載「ピンクダークの少年」
 作者は相変わらず漫画を書き続ける人生を送っているのだろうか。作者の名前は岸辺露伴。
 言わずと知れた杜王町が生んだ天才漫画家。漫画を書くためだけに生まれ、漫画のために生きて、そして死んでゆくのだろうか。思いを馳せてもあの日々は二度と還らない。

 そう言えばと思考を戻すと、今日は偶然にも彼と別れた日だった。それは寒い日の師走。
 何もかもが初めての恋、多感な年頃の彼女にとって、彼はとても大人に見えて、知らない世界をたくさん見せてくれた彼に恋い焦がれて夢中になっていた。
 クリスマスに浮足立つ街中は煌めいていて、忙しないこの冷たい街の住人たちも、心なしか朗らかな笑みが浮かんでいる。

 しかし、思い出すのはふたりで見上げたS市のケヤキ並木のイルミネーションカラー。
 恋人がその光を見れば別れるというジンクスもある中で、自分たちは違うと心から信じた無垢で、それも今では懐かしい思い出。
 彼と離れ、月日だけは過ぎ去り、そして彼と同年代になりわかったこと。
 彼はそんなに大人でもなく、自分と何ら変わらない、彼も未熟なまだ恋を始めたばかりだったことを今更知るなんて。
 飲み会でざわめく偶然見つけた居酒屋。たまには飲むのもいいかもと、ひとり落ち着いた雰囲気の居酒屋のカウンターに腰掛けると、すぐに温かいおしぼりを受け取った。
 適当に生ビールやモツ煮を頼むと、まだ覚えたばかりのビールを煽り、ため息をつく。
 とにかく師走は長い正月休みもあり本当に忙しいのだ。今日も朝から晩までクタクタに走り回りジャンプを買ったらすでに深夜を跨いでいて。
 思いもしないだろう。この表紙を飾っていた大人気作家と付き合っていた過去がこんな自分にあったことを。
 逃げるように杜王町から、彼から離れ、東京に就職してもうあれから3年も経ったのだ。あの戦い、彼がかつて暮らした東京に今度は自分がいるという皮肉。
 それなりの出会いもあって。しかし、それは決して満たされることはなく、長続きすることも無く、そして、結局独りに置き去りにされる。寂しさから求める愛など偽りでしかなく、本物など存在しないものを。

「すみません、梅酒ロック追加で」

 何故か今夜は飲まずにはいられなかった。仕事の疲れやストレスもあり、まして、一人の部屋に帰りたくなかった。
 気がつけば、いつの間にか飲んでいた空のグラスはどんどん増えて、まだ覚えたばかりの酒に加減を忘れ、ちゃんぽんした結果、すっかり酔いが回っていた。中途半端になっていたモツ煮を口に含み、テーブルに突っ伏すと暖房の効いた快適な居酒屋で眠り込んでいた。

「ん……」

 いつの間に眠り込んでいたのだろう。突っ伏していた腕のしびれを感じ、不意に目を覚ますと朧気な思考の中で確かに見た気がした。別れた恋人の姿を。その特徴的な彼の髪型に思わず海は息を呑みこんで瞬きを繰り返す。
 気がついたかとでも言わんばかりの相変わらずの表情は変わらず、しかし、久方ぶりの表情は嘗てより大人びていた。内面はさておき。

「何だよ。起きてるんじゃあないか」
「え…、ど、どうして…?夢?」
「夢なわけあるか。おいおいおい僕を忘れたなんて言わせないからな」

 変わらない口調、懐かしい声音。気だるげな瞳には紛れもなく…天才漫画家岸辺露伴先生が居るのだから。
 ウイスキーの入ったグラス片手に食べかけのモツ煮を食べながら酔っ払った彼女の隣に鎮座する姿にあっけにとられる。
 どうして?何で?これは夢?幻?
 なんで杜王町に居るはずの彼がここにいるのだろう。頭に疑問符を浮かべるも思考が追いつかないでいる。

「君はどうして僕が東京にいるのか知りたそうにしているから教えてあげよう。取材さ、」
「そうだったんですね…相変わらずリアリティを求めてるんですね」
「当たり前じゃあないか。ふん、君こそなんなんだ。成人式も帰ってこないで。杜王町の事なんかもう忘れたみたいだな。東京で毎晩こんなふうに飲んだくれてるなんて知らなかったよ」
「そんな! 違います……っ、今日はたまたま疲れていたから……」
「ふーん…どうだろうね」

 意地悪で俺様なところは相変わらず。この言動にいつも振り回されてきたのだ。
 しかし、今はあんなにも恋い焦がれていた彼がこうして同じ東京にいること。クリスマスというタイミングで彼との再会を果たしたことが内心嬉しくて、久方ぶりの彼は変わらずに居てくれて、嬉しく感じていた。

「露伴……先生は、相変わらずお忙しそうですね……」
「まぁそうだね。君こそ杜王町に戻ってこれないくらい忙しいんだろう?」
「え、ええ……まぁ……」
「歯科衛生士なんて杜王町なら幾らでも募集してるし、働き口なんて無限にあるのに」

 進路のことで彼と口論になり、若さ故にまだ未熟な彼女は彼に辛く当たってしまった。傷つけた…彼の自尊心を。その場にいても立っても居られず逃げ出した高校生の頃の私。しかし、あれからやはり時がすべてを癒やすのは本当のこと。あの出来事は既に過去と言わんばかりで酒を飲み飲みお互い大人になり、皮肉や嫌味もなく、ようやくまともな会話が出来るようになった気がした。

「何だよ。しっかりしろよ。やだねぇ、酒臭くなるまで飲むなんて」
「何でですか? 私、別に酔ってないですから……っ」

 久方ぶりの元恋人との思いがけぬ再会に高揚し、普段以上に限界を忘れて飲みすぎたせいですっかり酔ってしまったのだ。酒もあり、浮足立つ足取り、電車は既に終電は出発してしまっている。会計のときも財布を出した手を遮り露伴は勝手に会計を済ませてしまった。

 ▼

「あ、すみません、ごちそうになってしまって……」
「別に構いやしないよ。久々に会えたし、元気そうで安心したよ。元恋人だろうが女性と飲んだときぐらいご馳走してやらないとな」
「…っ」

 自宅まではタクシーでいつも帰ることにしているが、時折見せる優しげな露伴の瞳にかつて彼に夢中で、恋をしていた時のことを思い返して、心が揺らいだ。

「先生は…変わらないですね」
「君だって、化粧は濃くなったと思うけど、中身は変わらないよな」
「そ、うですかね…」
「東京はごちゃごちゃして好きじゃないのに、君は平気で暮らしてて、杜王町にも、戻ってこないよな」
「っ…」
「なぁ、酔ってないんだよな。本当は。なら話してもいいよな」

 腕を掴まれ、かつての恋人に、引き寄せられる。瞳を見開く彼女の視界いっぱいに飛び込んできた女性のようなきれいな露伴の表情はあまりにも艶めいていて、

「杜王町に戻りたくないのはあの事件のせいか?吉良吉影が残した傷が……今も君を苦しめているのなら……」
「あいつ、は、あんなやつは、関係ないです……」
「じゃあ僕のことが原因か?」
「いいえ、違いますっ……」
「違わないだろう。なーにが露伴先生だ。わざとらしいんだよ、ムカつくなぁ」
「ごめんなさい」
「謝るなよ。君は何一つ悪いこと何もしてないだろ、そうかいそうかい、君は急にいなくなって、東京で働いてすっかり浮かれて僕のことなんてすっかり無かったことにして暮らしてたんだな」
「なっ、違いますっ……! そんなわけ、そんなわけないじゃないですか……私がどんなに先生を好きだったか、先生が、よくわかってるんじゃないんですか!?」
「ああッ!分かってるに決まってるさッ!何なんだよ!急にいなくなりやがって!!」
「せんせぇ」

 素直じゃない彼の思わず口をついた本音に思わず黙り込む。お互いの間に吹いた木枯らしに酒で酔っていた思考がだんだん冷えてゆくようだった。

 掴まれた腕だけがやけに温かく、そして、ふたりは言葉なく見つめ合うと消灯したイルミネーションの残されたS市にある似たようなケヤキ並木の下で。

「…何で泣くんだよ。そんなに僕が嫌いか」
「っ…嫌いになるわけないじゃないですかっ…!」
「ふん、今更何を。もう3年前の話じゃあないか。急にいなくなりやがって僕だって君にムカついてムカついてたまらなかったよ。会ったらなんて言ってやろうか考えてた。仕事で仕方なく東京まで取材がてら足を伸ばせば偶然にも君を見かけて、けど」

 そして、ふわりと触れた手に残る感触。

「実際に……君を前にしたら言葉なんて出てきやしなかったよ」
「先生…」
「僕はこのまま宿泊してるホテルに帰るよ。明日にはこんな落ち着かない街から離れるつもりだ」
「え…」
「僕の部屋に来るか? 君のアパートよりは広いよ」

 露伴の言葉と、綺麗な瞳に見つめられてたちまち魔法にかかる。そうだ、この男の目に逆らえないことはよくわかっていた。初めて恋をした大切な人であることは永遠に変わらない。
 久方ぶりの再会に、もう無理やり離れて無理やり蓋をした、あの事件のことも、戦いの日々も、もう、彼を前にして、忘れたフリなど出来やしなかった。

 ▼

「あ…っ…んん…」

 最上階のスイートルーム。さすが売れっ子漫画家、用意されている部屋もかなり高級だ。しかし、部屋を眺める間もなく電気もない暗がりの中で露伴に唇を奪われていた。
 何度も何度も、離れていた時間を埋め尽くすくらい。深く激しい熱情にくらくらと酔いしれ、久方ぶりの心地よさに膝から崩れ落ちた彼女をいとも簡単に抱きかかえてしまった。

「ちゃんと食ってないだろう?前より痩せたんじゃないか」

 キングサイズの豪華なベッドにふわりと運ばれる姫君を愛でるように、しかし、その手は妖しく這い回り、なし崩しに押し倒されてしまえばもう、逆らう術はない。

「だ、ダメです…私、」
「何だ?今更やめてとでも言うのか?部屋に来た時点で、合意したことになるんだぜ」
「で、でも」
「もう黙れよ。そんな物欲しそうな目で」
「きゃっ…」
「セックスするのは久しぶりか? それとも」
「…っ…!そんなの、な、かったです…だから…」

 真っ赤な顔でうつむく彼女を見れば一目瞭然だった。そんなのわかりきっている。スタンドを使わなくても彼女の思うことは手に取るように、なんでもわかる。
 彼女と愛し合っていた期間は短かったのかもしれない、しかし、それでも過ごした時間は濃密で、とても優しい愛に満ちていた。
 彼女の前では飾らずに在ることが出来た。彼女も強がりながらもどんな時でも彼女は無理をしてでも身体を張り、自分のためにあらゆる愛を工夫して、すべてをぶつけてくれた。貪欲に愛し合った。他では補うことなど不可能。互いに同じ考えだった。厚ぼったい露伴の口唇が好きで、交わすキスは甘くて、優しくて、普段の乱暴でわがままな彼からは信じがたいほど丹念な愛し方は今も記憶の中にあった。
 彼とこうして見つめ合う、それだけで分かり合える。暗闇に視界が慣れてくると明るみになる露伴の表情は凛々しくも艷やかだ。

 人間も動物であり、本能がある。キスをすれば舌を絡ませ、指先と指先は互いの肌を行き交い這い回る。恋の仕方も、キスの仕方も、それ以上も、無垢な彼女に教えてくれたのは露伴だった。ただ、愛し方を教えてくれても、忘れ方までは教えてはくれなかった。熱は今も燻り続け、キスを交わしながらも衣服を脱がせることは忘れない。

「あっ…待って…くださ…っ」
「もう喋るなよ…海」

 あっという間に着ていたワンピースのジッパーを手慣れた手つきで下げられキャミソールと下着姿になると、下から胸を持ち上げられるように優しく大きな手のひらで掴まれた。
 手のひらに収まる手頃なサイズの胸は成人して少しは成長したのだろうか。好き勝手に両手に掴まれると落ち着きながらもどこか早急な手つきは3年前の面影のない黒いフリルの下着を簡単に外してしまった。

「かわいいな」
「えっ?」

 彼女らしからぬ柔らかな胸を包む黒い下着。素直ではない彼の口からは思わず耳を疑うような言葉が飛び出す。少し高めの声はずっと記憶に閉じ込めた夢の中で焦がれていたままで。
 互いに憎み合って離れた関係ではないからこそ、そう囁かれてしまえば忽ち彼の腕の中に閉じ込められてしまう。
 彼の動きは相変わらず無駄がなく、と言うか彼女を抱くのも手慣れている。あっという間に一糸纏わぬ姿にされればもう逆らう術はない。
 露わになった両胸の頂に露伴の唇が降りてゆく。彼と別れてからも誰とも肌を重ねていない真っ白できめ細やかな肌の美しさをより視界に写し込もうと露伴はベッドのランプを灯した。

「きゃっ…! 見、見ないでください…」
「今更恥ずかしがるなよ、何回見たと思ってるんだい。君の身体で知らない部分はない。けどまぁ…あの時よりも…成長したんじゃあないか」

 それが彼女の羞恥を掻き立てるとしても、露伴には興奮材料でしかない。互いに久方ぶりの行為に夢中になった。

「っ…いった…」

 その言葉に露伴の表情は和らいだ。何故ならば、頑なに閉ざされたそこは彼女の心そのもの。この離れていた期間、それでも彼女の身体は自分を覚えたままだと言うこと。

「東京は無駄に出会いがあると思っていたが…君はどうなんだい?」
「…しっ、知らないです…」
「素直になれよ、嘘つきだな」

 じいいっと、露伴に見抜かれ思わず瞳を閉じる彼女に露伴は全てを見抜いていた。

「…ごめんなさい…露伴先生のこと、忘れたくて…他の男の人と、デートしたこともありました、でも、やっぱり、忘れられなくて…」
「僕だって同じだった…僕の家どころか、杜王町からも居なくなってしまった君を忘れようとしたんだぜ。なぁ、君は覚えてるかい」
「えっ…」
「初めて僕に抱かれたときのことさ。処女だった君は、ものすごい痛がって僕の顎を蹴っ飛ばしたね。不安がって、なかなか君を抱けなかった、けど、やっと君を抱けたときは本当に嬉しかったんだよ」
「…忘れるわけ無いでしょう…私だって…あんなに痛い思いしたのも、露伴じゃなかったらきっと、きっとできなかったです」
「じゃあ、初めてのときのように優しくしないとな。また顎でも蹴られたら」
「えっ…あっ…んんっ…」

 露わになった両胸を優しく手のひらで包むように持ち上げると、桜色に染まった頂きを指先で弄び、恥ずかしそうに顔をそむける彼女が愛おしくて唇を重ねて甘い香りのするアルコールで潤う口内や歯列を舌でなぞればゾクゾクと身震いをする。

「久しぶりなんだろう?それなのに、感度が良すぎるんじゃあないか」

 今まで、彼女の体にさんざん自分を刻み込んだのだ。思い出させてあげなければいけないと、露伴は彼女をくまなく愛撫し、そこは駄目と甘く啼いた彼女の両足の間に手を伸ばす、下着の上からでもわかるほどそこは濡れていた。ニタリと微笑み、胎内を傷つけないよう細心の注意を払いながらも突っ込んだ。

「あ、だめです! だめですっ……いやぁっ」
「よく、1年間セックスしないと処女に戻ると言うけれど…あながち間違ってないと思わないかい?なら、君の処女をもう一度、もらうよ」
「っ…」

 本当は既に興奮しており、内心平静を装いながらも指で慣らさずに一気に自身を貫いたら彼女はどう思うだろうか…しかし、彼女ももう待てないと露伴の背中にしがみついて耳元で囁いた。

「っ…いい、ですよ」
「私の初めて、露伴だけに……あげたでしょ」
「呼べよ、名前でもっと呼んでくれ」
「っ、露伴」
「悪い、やっぱり優しくなんてしてやれない」

 しかし、謝るより先に彼女の悲鳴にも似た嬌声が響くだけ。露伴はいつの間にか避妊具をつけた自身を慣らしもせずに一気に彼女の中へぐっと押し込んだ。久方ぶりの行為に痛みを感じる前に、こわばる身体を抱き締められ、思わず息をつまらせた。
 メリメリと裂けるかもしれない程窮屈に窄まった胎内は自分以外の男を受け入れていないと言葉以上の説得力で露伴を締め付けた。
 貫かれる衝動に背をそらし思い切り悲鳴を上げた彼女の仰け反り見えた喉元にキスをして、構わず思いのままに律動を続ければ耳をふさぎたくなるような粘着質な音、たまらず仰け反り、消えいりそうな悲鳴を上げた。

「はぁっ、狭いな」
「あっ、ああっ……も、もっ、だめぇ……!」
「気の済むまで、思い出せよ」
「あ……! んぁっ! ああっ……だめぇ、だめなのぉ……っ」
「はぁ……っ何がだよ……っ?」
「イク、なら、露伴と、いっしょが、いい……っ」

 露伴、露伴、いつも唇を尖らせ、素直ではない彼女が唯一素直に自分を見せられるところ。
 普段のツンツンした態度よりもこっちの彼女の方がクセになる。普段とは違う、甘えたな声で叫び、潤んだ大きな瞳を瞬き、それでも意識を飛ばさないように背中に縋り付いてくる小さな彼女の甘くないソプラノボイスにどうしようもなく乱され、愛しいと感じた。

「海っ、」

 露伴も久方ぶりの行為もあり、がむしゃらに律動を早めると同じく久しぶりの彼女へ気遣いも忘れ、両足を肩に担ぐとより深く彼女の奥へと侵食する。

「あぁっ! あっ! あっ……ろは……んんっ、露伴……っ!」

 圧倒的な質量に体位を変え、好きなように彼女は露伴に声がカラカラに枯れるまで、露伴が果てるまで、空が明らむまで抱かれ続けたのだった。

 ▼

「やぁ、起きたか?」
「あ、私」

 酒が入っていたのもあり、露伴が満足する前に気を失ってしまったらしい。久方ぶりのセックスに疲弊したのはお互いだった。お互いに貪りあった証として裸でベッドに横たわり露伴は眠る彼女の頭をずっと撫でていたらしい。

「忘れるわけ、ないじゃないですか」
「じゃあどうして僕から離れたんだよ」
「それは…露伴先生に、私はふさわしくないと思ったからです」
「なんだって?」
「私は子供だし、だから、露伴につりあいたくて…でも、無理する事、やめたら、素直になったら…後悔しました。だから、露伴に恥じない彼女でいられるように、ひとりでもやっていけるような仕事を選んだの。歯科衛生士なんて、まさにピッタリですよ」
「けど、そういう職場は基本的に妊娠したら産休なんてもらえないじゃあないか」
「だって、私、ひとりで生きていくって」
「そうはいかないよ。僕だって、気持ちがいいだけで君を抱いたんじゃあないんだからな。
 なぁ、帰ってこいよ。海」
「えっ……??」

 杜王町へ、あの町へ。露伴はさらりと彼女の小さな頭を一撫でし、さも当たり前のように告げた。突き刺さる様な露伴からの視線に耐えきれずに見つめられて思わず黙り込む。答えはもう決まっている筈だ。寒空の海風がきっと今は吹き荒れているあの町の情景。忘れるはずがない、大好きな町を守るために戦った日々のことも忘れていない。
 本当は待っていたのだ、いつまでも帰ってこない素直じゃない自分を、しびれを切らして迎えに来てくれることを。
 きっと、平和になった次の夏の杜王町には、露伴の家の前で庭の花に水やりをする彼女が見られるだろう。

 Fin.
2019.09.27
【remember xmas】

prev |next
[back to top]