─04─
それは過去の記憶。海との出会いは初めてじゃない。男の記憶にはしっかり刻まれていた。彼女がそれを思い出したのは2人があの激しい雨の日に身体を重ねた日からしばらく経って、またお互いを探るように肌を重ねた頃だった。
「まさか、覚えてなかったとはな……」
「すみません……だって、その、あの時は緊張してて話した時の顔なんて覚えてないですよっ、でも、すごく顔の怖い人の隣だって思ってましたので……」
「オイ、」
「ひっ!! ごめんなさいっ!!」
さんざん歳を重ねたいい大人が獣のように海を抱いたあとの浴室で。男は行為の後にそのままだと眠れないからと、健気に海が潔癖症の自分の寝室を汚したくないと身体を清める為にお風呂を貸してくださいと浴室に向かった海をそのまま1人で入らせるわけもなく。
恥ずかしがる海にお構い無しにいきなり煌々とした浴室に同じく裸のリヴァイが現れた時は海は大きな瞳が落っこちそうな勢いで驚いていた。父親としかお風呂に入ったことがない生娘のような海。男に不慣れな海の初心さが、ロリコンではないのに男にはいい歳して幼げな海が何よりの興奮材料となった。
男の容赦ない激しい行為もすっかり参ってしまい、足腰もフラフラまるで生まれたての小鹿のように男の腕の中浴槽でぐったりしていた。
見た目は大人しそうなのに、口を開けばしっかりとした一本の大きな筋の通った性格で、何かとああ言えばこう言うタイプの彼女の沈黙。酔ったのもあるし、些かやりすぎたと男は多少の反省はしているが煽った海が悪いと知らぬ顔。広いバスタブに海を膝の間に抱いて尚も問いかけた。やはり彼女が男に抱いた最初の印象は怖い人、しかし、そう言っていた海。しかし、そんな彼女も今は自分の腕の中でちょこんと大人しくしている。
「今はどうなんだ」
「今、は、……その、リヴァイさん、のことは」
「すまねぇ、からかった」
「も、もうっ! 分かってるくせに、いじめないでくださいよ……っ」
真っ赤な顔で恥ずかしがる海。どうして、こんなにもこの自分より小さな生き物、海は胸が苦しくなるほど愛おしいのか。
どうしてこんなに海を抱きしめたくなるのか。
「なぁ、海よ」
「えっ!? あの!」
「いいだろ、もう一回、ヤル元気も有り余ってそうだし、な」
結局、目で訴えてきた男にその後も風呂で海はさんざん抱かれてしまったのだった。
「気持ちいいのか?」
「っ……んっ、あっ!」
「おら、声出せよ。ここには、俺しかいねぇんだからよ」
「あ……っ、んっ、んんっ」
「声なら、我慢すんな、そのうち悲鳴しか出せないように開発してやるからな」
年甲斐もなくセックスに溺れ、思春期のガキか、発情期の獣か?柔らかな肢体と向かい合わせになり海と繋がりあいながら彼女の色白の揺れる肢体を眺め、このきめ細やかな肌も、柔らかに揺れる濡れた長い髪も、くびれたウエストも、本人の控えめな性格を表した形のいい小ぶりな胸も、華奢な肢体も・・・ただこの瞬間が永遠に続けとばかりに。そう思っていた。
今なら海へのその愛おしさの意味もわかる。失ってから気が付くなんてとんだ間抜けだ。さっさと口にすればよかったのに。しかし、もう手遅れだ。もう季節はすっかり冬。風呂に入っても1人の広い浴槽はいつまでも身体を温めちゃくれない。失われたあの夏は、時間はもう還らない。あの日が最後だったのだと、あの日を境に海はすっかり態度を変えて、そして、あっという間に消えてしまった。
どれだけ言い訳をして、自分のずるさを責めても胸が痛むだけだった。もし、やり直せるのなら今度こそ一生をかけて償いたい。それだけだ。
▼
遡る記憶。あれはこの会社に入社したばかりの時のこと。同じ系列の新人社員を全国から東京に集めたオリエンテーションが開催されるということで男はわざわざ福岡から新幹線での長い道のりを向かった。ずっと新幹線で尻も痛いし、何よりも新幹線独特の匂いに酷く疲れた。
気だるげな三白眼の瞳をさらに不快に歪めてどっかり座り込んでいた。もちろんそんな男の隣に喜んで座る人間など居ない。
スーツを着こなし、刈り上げワックスで整えた黒髪に元ヤンあがりの三白眼を除けば見た目は確かに端麗な容姿をしているのに。
「あの〜……」
「あ?」
「ひっ……!」
大規模な新入社員のオリエンテーション会場には全国から今年の春この大企業へ入社する未来の若い芽たちが続々と集まっている。しかし、自分の席の隣は未だに空席。そんな時。声をかけてきた震えた甘くないソプラノボイスに顔をあげればそこに居たのは幼い顔立ちの黒髪の少女だった。着られてしまったような不慣れなスーツを着ていなければまだ学生にも見える。
「すみません……どこ探しても座る席がなくて……ここ、空いてますか?」
「……ああ、」
「ありがとうございますっ」
声をかけてきた少女の首から下がるネームプレート。そこには「海」と、書かれている。どうやら彼女は大卒枠で入社した訳では無いらしい。自分よりまたあどけない、高卒枠だった。
「あの、私、海と申します」
「……リヴァイ、リヴァイ・アッカーマンだ」
男に怯えている瞳、しかし海は怯えながらも声をかけてきて。それがきっかけとなって。その後のオリエンテーションは隣の席同士となった2人は色んなゲームのようなテストをしながらお互いを知るのだった。
「お前、パッと見まだ高校生なったばかりでも通じるな」
「むっ! 酷いですねアッカーマンさん。確かに、就職用に黒く染めてからはそれは周りにもよく言われますし……顔、幼いの気にしてるのに」
くるくる変わる海の無防備な表情から目が離せなくなっていたことに気づいた時には男は彼女に心を奪われていたのだと知る。別れたあとに悔やんだ。もっと聞いておけばよかったと。よく喋るはずなのに、話しかけ、いろんな質問を問いかけてきたのは海だけだった。知るのは名前だけ、しかし、まさか髪の色も瞳の色も変えて自分の元に戻ってくるとは思わなくて。
エルヴィンに話をさりげなく聞き、そして、出向としてやってきた海。あのもつ鍋屋での再会。限度額を最低にしてカードで支払えなくなって困っていたなんて、本当に彼女らしいと思えた。
▼
過去の回想と共に、どれだけ自分にとって彼女の存在が尊いもので今も忘れられずに居るのか改めて思い知らされるだけだった。
「なんだ。ハンジ、何泣いてやがる」
「うっ、うっ、なんて健気な……いい子なんだよ〜! なんでそんな純粋で優しそうな子がリヴァイの毒牙にハマるとは……むしろその子と私が付き合えばかいけつするんじゃない!? 嫁にする! あっ、でもそうしたらリヴァイと穴「バカ野郎。てめぇ女だろ、どこの穴だ」
「ええ〜? リヴァイったら、知らないの? 女同士だってちゃんとセックス出来るんだよ?」
「クソメガネ……相変わらずお前とは話にならねぇな。俺は帰るぞ」
「あっ待ってよリヴァイ〜」
チラチラと。雪が降り始めた灰色の暗い空の下を男は思い出を噛み締めるように歩き出した。まるで今の自分は思い出に縋り生きる屍のようだと自嘲した。
「ああ、久しぶりだな。大丈夫か? ああ、その件だ。ケニーから話は聞いただろ? 俺がそっちに向かい手続きとかも済ましとくからお前は気にするな。飯は食えてるのか? ……ああ、よろしく頼む」
リヴァイはミカサとの電話を終え、静かに思いに耽った。何か言いたげなミカサの声音。海の地元にとって自分は戦犯者扱いだろう。
しかし、心根の優しい海はきっと自分を悪者にしたりはしていないのだろう。唯一それはわかる。
そうだ、彼女の地元に行くことになるとは、思いもしなかった。豪雪地帯の海の生まれ故郷。海が綺麗で漁港もある海に面した田舎。アッカーマン家の本家の人間として。
もうすぐ会えるのだ、あんなにも切望した海に。期待と不安、しかし願うのならばどうかもう一度、自分に笑いかけてほしい。許されるなら、今度こそは正当な恋人として交際を申し込むのだと、彼女がどれだけ苦しみ、そして病んでいったのか知るのは彼女の安否、それだけだった。
To be continue…2018.09.24
2021.01.08加筆修正
prev / next
[
読んだよ/
back to top]