THE LAST BALLAD | ナノ
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「#学園」のBL小説を読む
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#75 パラダイス・ロスト

 万事休すだ。誰もが絶望的な状況だと諦めた。その中でリヴァイはこちらに向かってきた人影がどんどんこちらへ近づくほどに暗闇に慣れた視界に見えてきた深く被った雨具の中から見えたその面影に敵の気配ではない懐かしい気配を覚えて思わず疑問符を口にした。

「ん?」

 間の抜けた彼ら叱らぬ声、目を潜めるリヴァイにウミも何かあったのかと絶望に暮れ地面に伏せていた顔を恐る恐る上げると、草むらから姿を見せたのは何と憲兵団のローブを脱ぎ捨てマルロとヒッチを引き連れたハンジだった。

「ハンジ……マルロ……ヒッチ……」

 エルヴィンに知らせなければと急ぎ飛び出していった二人はなんと生きていたと言うのか。よかった、本当に…。絶体絶命の自分達に忍び寄っていた兵士の正体は危険因子である自分達を逮捕しようと執拗に着け狙う憲兵。ではなく、ハンジと合流しここまで案内してきたマルロ、ヒッチだった。

「オイ、」

 安堵からウミはむくりと這いつくばっていた地面から立ち上がると不安げにしがみついていたリヴァイの腕から離れ、たまらず駆け出しそのままタックルする勢いでハンジに抱き着いたのだ。

「よかった、本当に……ハンジ……ハンジ!!」

 くるくるとその場で回りつつ難なくウミを受け止めたハンジも嬉しそうにウミの無事を確かめ、彼女を抱き上げ安堵の笑顔を見せた。

「ウミ……良かったよ、本当に…」
「ハンジ、ハンジ……もう! 勝手にエルヴィンに知らせに居なくなるし、心配したんだからね……」
「本当にごめん、あの時は緊急事態でさ……許してよ」
「駄目っ、許しません……っ!」
「ははは、相変わらずウミは怒ると怖いなぁ」
「ハンジに言われたくないです……! 調査兵団で一番怒ると怖いのはハンジだよ? テーブルが何台あってもね、足りません……!」
「ごめんって。みんなも無事だね、あれ?ニファとケイジとアーベルは??」

 自分達を追い詰めていた憲兵ではなく親しい仲間の姿に一気に張りつめていたリヴァイ班達の気持ちを脱力させてくれた。しかし、二人の姿が無事だからこそ、二人は自分達に信じて託した同じ班の部下である三人が居ない事に疑問符を抱いた。

「え、っと……」

 お互いの再会を喜ぶ中でハンジは一番に駆け寄る優秀な三人の姿が無いことに対して聡いハンジはその言葉を探すウミの相変わらず素直で顔に出やすいウミの下手な演技に即座に悟った。嘘をつけない性格の彼女の反応がわかりやすくもあり時に残酷でもある。

「ウミ……良かった……無事だったね、もう変なことは何もされてないね……」
「うん。うん……平気、私たちは……リヴァイが居てくれたから……でも、だけど……あっ、ハンジ! その手、どうしたの? 腫れてるよ??」
「あぁ! これ?? 大丈夫だよ、ちょっとね、ムカつく奴を殴り飛ばしてやったんだよ」
「えっ!? ハンジ!! あなた、なんて無茶したのっ……!」
「ウミこそいつも無茶してるじゃない、汚いおっさんの慰み者になったり!本当にあの時の痛々しいウミの姿にはぶん殴りたくなったよ」
「そ、それは……」
「オイ、いつまで抱き合ってる、早くこいつから離れろ。クソメガネ」
「はいはい、本当に嫉妬深いねぇ、旦那さんは」
「ハッ、ハンジ……!」

 旦那さんだと大声でいうものだからウミは羞恥から顔を赤く染めうろたえている。それが尚更初々しくもあり、からかいがあると言うと言うものだが。何ともからかうようなハンジの態度にリヴァイのこめかみにはピクリと青筋が浮かぶ。
 ハンジとの再会を喜びながらもウミはニファ達を中央憲兵の対人立体機動部隊達に急襲されて死亡したと言う残酷な事実を口にすることが出来ずに黙り込んでしまう……。
 ニファもケイジもアーベルもみんな突然大型経口に頭を撃ち抜かれて誰が誰か見分けもつかない顔で死んだのだ。
 この残酷な事実を口にしたらハンジもモブリットも傷つくし深い失念を抱く、だが、ハンジもモブリットも幾多も仲間達との別れを繰り返してきたのだ…自分達はあまりにも失いすぎてきた。心は疲弊しても絶望しても、自分達はそんなに弱くはない。しかし、目は口ほどに物を言うと言うが、ハンジ班の三人の末路の悲惨さに今にも泣きそうなウミのその顔にリヴァイも居た堪れない。
 自分たちのために部下を快く託してくれたハンジの気持ちを思うと尚更だ。ただでさえ旧リヴァイ班、そして、ウォール・ローゼ南区でのミケやミケが率いる班たちの壊滅もまだ記憶に新しいと言うのに。

「ウミ、そんな顔しなくてもいいから。まず再会を喜ぶ前に積もる話がたくさんあるんだ。いいかい、エルゲルヒェンさん」
「あ?」

 暗号であるリヴァイの事をエルゲルヒェンだと呼び、訝し気にリヴァイは眉を寄せるも再会を噛み締めながらこの場に似つかわしくない明るい笑顔で一枚の紙切れを手渡された。古い羊皮紙を開いてみると、それは有名なベルク社の新聞の記事だった。大きく号外と書かれている。

「まぁ、読んでみてよ」

 ハンジから受け取った紙切れを開いて静かに書かれた記事の内容を追いかけ黙読するリヴァイ。黙ってその様子を見届けていた新兵達だったが、その内容がどうしても気になり小柄な彼を囲むようにと輪を作るようにその記事を覗き込み内容を追いかけた。小柄なリヴァイをあっという間に取り囲んだ十代半ばなのに既に心身ともに今も成長している新兵達のせいで一人取り残された小柄なウミは何とかその隙間からその記事を読もうとジャンプしているが何も見えない。

「来い、」
「あ、ごめん、なさい……!」

 そんなウミを見かねたリヴァイが途中で腕を引き新兵達の後ろから自分の隣に彼女を招いた。もう半分の記事を持たせ、そして半分ずつ持ちながら静かにその記事に目を配らせる。
 静かにリヴァイ達の読み上げている記事は今街で配られている号外の原本。それはハンジたちの決死の努力と知識、尽力で生き残りのリーブス商会の跡を継ぎ、現会長となったフレーゲルを何とか見つけ、自分達と対人立体機動部隊ががストヘス区で戦った時に隠ぺいされた真実を突き詰めようとしたベルク社に掛け合い完成した中央憲兵や王政の真実を民衆やこの壁内の人類に示し暴いた号外だった。
 号外記事を読み終えたリヴァイ班一同にハンジは笑みを浮かべて凛とした声で告げる。それは今まで必死に逃げ回り、その血を染め、足掻き続けてきたリヴァイ班達に希望をもたらすものだった。

「クーデターは成功。王都も行政区もザックレー総統が仮押さえ中だ。今の所貴族達の反乱は起きてない」
「でも、リーブス会長の件は…?」
「あれが濡れ衣だって証言は取れたからね。息子のフレーゲルが亡きリーブスに代わり奮闘してくれてるよ」

 フレーゲルの無事を知り安堵するウミが弾んだように声を出した。

「フレーゲル!? ああ、よかった……無事だったんだね……っ、よかった、山から逃げられたんだ!!」
「前リーブス会長が殺された時、その場にいたウミが命懸けでフレーゲルを逃がしてくれたからだよ。本当にウミがあの時無茶しなかったらどうなっていたか……もし、あの時にウミもフレーゲルも口封じに殺されていたらこの記事も完成には至らなかった。それに描かれてる通り、調査兵団達が冤罪だって事や、王政側の圧力。フリッツ王が偽物であることまでばっちりだ。君達についても正当防衛って事でつまり……我々は自由の身だ……」

 ハンジが告げた言葉と記事を見比べながらこの世の終わりのような顔で強ばっていたリヴァイ班たちの表情がみるみるうちに綻んでいく…。
 それぞれがお互いの顔を見合わせて…不安と絶望に淀んでいた表情、そしてようやく無実だと証明されてその事実に安堵したリヴァイを除く若き一同は一斉に高らかに歓声の声を上げたのだ!

「やったああああああああああああ!!!!」

 ハンジからの一報にたまらず飛び上がり思い思いに喜びを全身で体現し、歓喜するリヴァイ班達。あらん限りの力で叫んだ喜びの声は森中に反響した。
 両手でガッツポーズを作り勝利を噛み締めるジャン、ハイキックする勢いで高らかに上空へ飛び跳ねるコニー、ミカサの肩に腕を回して拳を高らかに天に突き上げるサシャに顎を掴まれ、喜びどころか息も危ういミカサも嬉しそうにまるでまだ幼い少女の頃に戻った時のような優しい笑みを浮かべている。いつも知的なアルミンでさえも溜まりに溜まったフラストレーションから解き放たれ、両手でがっちりとガッツポーズをした。

「お前らのお陰だ!」
「ありがとうございますううう!!」

 割れんばかりの歓喜と安堵から膝からそのまま地面に崩れ落ちるウミ。リヴァイだけがその輪の中心で号外を眺めたまま突っ立っている。喜びの声はそのままマルロとヒッチにも伝染し、マルロもジャンとガッチリ腕を組み泣きべそ顔のサシャがそのままヒッチに飛びついている。その歓喜の中に加わって、全員で声にならない喜びを分かち合っているのを呆然と髭の憲兵は眺めていた。

「そんな……バカな……」

 まさか自分達が逆に囚われるなんて。今まで信じて沈黙を守り続けていた現状が根底から覆されたのだ。歓喜する部下たちを横目にリヴァイはハンジにどうやってこの絶望的な状況をひっくり返したのかまだ半信半疑で居る。

「リヴァイ……リヴァイ……!」
「オイ、いきなり引っ付くな」
「よかった……よかったよおおお……!」

 自分に飛びついて縋りついてきた華奢な肩が震えている。ここまで共に戦い、そして自分を信じてついてきてくれた最愛の少女だった。いきなり背後から抱きつかれ、普通の人間ならぐらつく所だが、重量感のある鍛え抜かれたリヴァイの身体はビクともしない。
 ウミを冷静に受け止めながらリヴァイは目の前で抑えきれない涙を流す愛しい彼女をただ抱き締めながらその涙を拭ってやる。

「まだ喜ぶには早ぇよ」
「うん、うん、でも……!」
「ね、犯罪者じゃあウミを幸せに出来ないもんね」
「ハンジ……!」

 親友の晴れ姿を誰よりも楽しみにしているハンジが二人をからかうようにそう言うが、まだ口に出来ずにいる内に秘めたアッカーマンという2人を妨げる血がそれを許さない。ウミは恥ずかしそうに顔を赤くしながらも片隅では常にその事ばかりが脳内を占め、そして現状を見ても尚リヴァイは決して歓喜することなく綻ぶ事もない。

「そうじゃねぇよ……」

 リヴァイの表情は今も晴れないまま。当たり前だ、リヴァイ班を率いる身として指揮官として喜ぶ部下をねぎらうにはまだすべてが終わってはいないのだ。
 現にエレンとヒストリアは今も見つかっていない、そしてその行方も依然不明のまま。そして、幼い頃より彼がおかれた環境は劣悪で、不正性で、そして常に死と隣り合わせの絶望的な状況下でガリガリの身体にナイフを手に、時には奪い食いつないで生きてきたのだ。そんな彼にとって明日をも知れぬ世界で安堵する日など無い。絶望的な状況下で不可能に見えたクーデターは何故成功したのか。どんな犠牲を払ったと言うのか。

「とんだ大博打だったな。」
「ああ……、」
「お前ら一体……どんな手を使った?」
「変えたのは私達じゃないよ。でも……エルヴィン達だけじゃない、」

 その言葉にハンジの脳裏にはこれまでに世界を変えるために行動を起こした勇気ある者たちの存在があった事を伝える。誰もがこの革命の名もなき英雄たちだと。
 例え今まで信じていた中央政府、王政に背くとしても、いつ来るか分からないウォール展開ローゼとシーナによる人間同士の抗争から自分達の家族を巨人から守る為、偽りなき真実を公表する決意をしたロイとピュレとの会話。ここまで抗い逃げ続けて戦い抜いたリヴァイ班、調査兵団を追い詰める立場から真実を求め行動を起こし協力を申し出てくれたマルロとヒッチ。
 そして、リヴァイの心意気に感激し、中央政府を裏切り全面的に調査兵団を信じて共に手を取ってくれたリーブス親子。そして王政クーデターの作戦に対して全面的に調査兵団に協力し時には役者となり王政に反乱を起こしたピクシスとザックレー、そして今までの迷いを捨てた家族のために立ち上がったナイル。
 そう、一人一人は小さくても、小さな力が集まりそしてそれは大きなうねりとなってこの世界の王政を討ち滅ぼしたのだ。誰一人が欠けてもきっとこの現状は変わらなかっただろう。

「一人一人の選択が。この世界を変えたんだ……」

 ハンジのその言葉にはこれまでの苦労がありありと浮かんでいた。今まで堪えてきた涙を抑える事が出来ず、はらはらと流れていくウミの涙。人前だと言うのに安堵から涙を流し続けるウミが堪えられないくらいにその喜びに打ち震えているのだと知る。
 しかし、本当なら同じくここにいるべきはずだった筈の三人の姿がないことを未だ受け止めきれないハンジへウミの代わりに入団当初からの付き合いであるハンジにリヴァイが静かに告げた。

「ハンジ。お前から預かった3人を死なせてしまったな…。すまない。それから、中央憲兵の一部、その親玉辺りとエレン、ヒストリアはまだ別の場所にいる。早いとこ見つけねぇとこの革命も頓挫しちまう……」

 そう告げ、喜ぶわの中から外れてつかつかと歩み向かうは中央憲兵の親玉の元。再び訪れる拷問の再会を知らせるように恐ろしい顔つきに戻り迫るリヴァイに髭の憲兵は怯えたように顔を寄せる。エレンとヒストリアが見つかるまでたとえこの手を幾らでも汚す覚悟は出来ている。
 例えもう二度とウミと笑い合えなくても、この壁の人類が殺し合う未来になれば共に生きていくことも出来なくなる、そんなの嫌だ、それなら自らの手を汚し続けても自分は構わない。不安そうなウミを横目にハンジがもうその手を血に染めなくていい、と、遮るように懐からあるものを取り出した。

「待って、リヴァイ。もう拷問は終わりだ。エレンとヒストリアの居場所だが…それなら手掛かりがある」

 ハンジがこの混乱の中肌身離さずに大切に持っていたのは逮捕される直前にエルヴィンから託されたレイス卿の報告書と、ある一冊の分厚い本だった。

「確証を持つまでには至らないが、どうやらこれに賭けるしか無さそうだね。この戦いはここで終わりにしよう」

 そして、ハンジはエルヴィンに告げたある仮説をリヴァイ達にも告げたのだった。

「エレンが食われる……!?」

 皆を集めて作戦会議を行う中でハンジが告げたのは衝撃の事実だった。

「ああ。エレンが思い出した会話の内容はこうだ」
――「私を恨んでいるか?」
――「どうだろ、よく分からない……君も人なんか食べたくなかっただろうし。いったいどれだけ壁の外をさ迷っていたんだ?」
――「60年ぐらいだ……もうずっと、終わらない悪夢を見ているようだったよ」

「そこから推測するに。ユミルは壁の外をうろつく巨人の一人で。ベルトルトやライナーアニの仲間を喰ったんだと思う。当然、巨人は人を食べても人には戻らない。しかし、ライナー達の仲間なら…それは巨人化の能力を有した人間だろう。つまりは、巨人がその能力を持つ人間を食べると人間に戻り、さらに相手の能力を手に入れるんだ。先日の戦いで、ライナーは逃げたエレンに巨人を投げつけたと聞いたよ」
「はい、そうです。エレンを奪還し、壁に返ろうとしていた僕たちに向かってライナーは突然エレンが叫んだことで標的を変えて襲ってきた巨人たちを投げて寄越してきて……」
「それはもしかして、巨人を操れるというエレンの「叫び」の力を他の巨人にエレンを喰わせて他の人間に移そうとしたんじゃないか?だとすればエレンは器であって、交換可能な存在なんだ。つまり――……もし王政が巨人を持っていれば、エレンはそいつに食われるだろう」

 未だに囚われたままのエレンが食われてしまう。その衝撃の事実に誰よりもショックを受けたのはエレンを守る事を信条としているミカサだ。黙って聞いていたミカサの女神開かれ、単独でもエレン救出へ向かおうとするミカサの肩を掴んでリヴァイがこちらへ振り向かせて制止した。
 エレンの事になると普段は何を考えているのかわからない陰鬱な美少女だと思っていたミカサはたちどころに豹変する。そんなミカサを止められるのは今この中で彼女の力に適うのはリヴァイだけだ。

「ミカサ。お前はいちいち取り乱すんじゃねぇ。まずは落ち着け。お前がそうやって取り乱したところでヤツらがエレンを返してくれるわけじゃねぇ。とにかく……そのロッド・レイスとやらの領地を目指す。すぐに出発の準備をしろ」
「「はっ!」」
「ライナー達の会話や行動からの推察にすぎないが、それがエレンから「巨人の力」を得る手段なのかもしれないんだ。続きは道中で話そう」



 馬を走らせ、小規模ながら隊列を組んでレイス卿領地へと向かう。マルロとヒッチが松明を手に先導して走っている。乗り込んだ荷台の中でハンジが手渡したのはレイス卿領地に潜入していた兵士の報告書だった。

「ハンジさん、二人の居場所の手掛かりって…」
「うん。これから話す。エルヴィンから託されたレイス卿領地の調査報告書がこれだ。本作戦の概要通りエレンとヒストリアがレイス家の手に渡るのなら、その行き先はレイス卿の領地と予想するのが普通だろうから…農民に扮した調査兵によってレイス卿領地の潜入調査を行っていたんだ。中身はほとんど5年前、レイス家を襲ったある事件についてだ」

 憲兵団により保護されていたタヴァサに跨り、リヴァイと並走して走るウミも馬車でミカサとアルミンに離し始めた会話の内容に耳を傾けながら馬を走らせた。そこでハンジはレイス家にまつわる話をし始めた。

「レイス家は5人もの子宝に恵まれていた。余り余って領主が使用人との間にもう一人隠し子を作ってしまうほどだ」

 それは恐らくヒストリアの事だろう。そうして彼女は母親からも領主の父親からもやっかまれ危うくその命を摘み取られてしまうところだった。あの大きな目は父親譲りなのだろう。男児は母親に、女児は父親に顔が似るとよく言われている。ウミもその通りに母親よりは温厚そうな父親によく似ていた。

「まぁ……それ自体は珍しい話でもないし、それ以外の所では領地の主としての評判は悪くなかった。特に長女のフリーダは飾らない性格で誰からも好かれ、よく農地まで赴いては領民の労をねぎらって回った。領民が皆口を揃えて彼女はこの領地の自慢だったと語ったほどだ。しかし――5年前、ウォール・マリアが破壊された日の夜悲劇は起きた。世間の混乱に乗じた盗賊の襲撃によって村にある唯一の礼拝堂が襲撃を受け焼かれた挙げ句全壊したのだと。いつの間に忍び寄られていたのか、村の誰も気付かなかった。そしてその夜礼拝堂では悪いことに、ウォール・マリアの惨事を受けたレイス家が一家全員で祈りを捧げていた。そして一家の主であるロッド・レイスを除く一族全員が盗賊に惨殺されてしまったんだと。そして、それはヒストリアの母親が中央憲兵に殺される数日前の出来事。つまりロッド・レイスは家族を失った直後にヒストリアに接触を図った。この辺りに連中がヒストリアを求める理由があるのだろう」
「血縁関係か……その血にタネか仕掛けがあるってのか?」
「今はそこまでは分からない。それより、私が気になったのは礼拝堂が全壊したところにある」

 その言葉に誰もが首を傾げる。全壊した礼拝堂には何があると言うのか。

「と、言うのもその礼拝堂は木造ではなく大半が石造りの頑丈なものなんだ。まぁ、石造りの建物でも確かに火を受ければ脆くもなるだろうが。たまたま盗賊が攻城兵器を持ち合わせていたとしてだ。なぜただの盗っ人が建物なんか破壊する必要がある?本当に盗賊の仕業であれば取るもん取ってさっさと逃げるべきだろ?そしてその盗賊を見たのはロッド・レイスただ一人。その後、また彼は自らの資産ですぐにその礼拝堂を建て直したんだって……なぜだろう?」
「それって……もしかして……」

 考えたくもない話だが、ウミは表情を歪める。

「そうだ。もはやここに巨人の存在が無かったという方が不思議なくらいだ。これが私の早合点だとしても、こんだけ怪しければ十分、我々がここに向かう価値はあるはずだ!」
「……わかった。その礼拝堂を目指すぞ」
「了解!!」
「夜が明ける頃にはレイス家の領地に兵団が送りこまれるはずだ。それまでレイスは待ってはくれないだろう……。私達が急がないと。エレンが食われるかもしれない……」

 エレンが食われてしまう、それはこの壁を塞ぐ手立てがなくなると言う事か。もしこのクーデターが成功したとしてもエレンの力を失えばすべての努力が無駄となる。誰もが早急に向かわねばとこの事態を重く捉え、一度は崩れかけたリヴァイ班は気持ちを一致団結して礼拝堂へ馬を走らせた。

 しかし、それによってまた新たな疑問符が浮かぶ。アルミンは一人荷馬車に揺られながらエレンが巨人と化したあの日の全てが変化した時、エレンが巨人の力を受け継いだそもそもの起因を考えていた。

「(巨人になれる人間を巨人が食べることによってその能力が継承される…。もしそれが本当だとしたら……エレンはいつどうやって巨人になり……「誰」を食べて能力を得たんだろう……)」

 荷馬車を走らせ皆に背中を向けるアルミンの自問自答は誰に聞かれる事もなく静かに消えていく…。ウミはそんなアルミンを見て何かを思う様に唇を噛み締め、静かに遠くを見ていた。エレンはいつ巨人の力を継承したのだろうか。あの時、解散式の夜の事。思い出そうとしたあの時、頭を抱えて気を失ったエレンの姿、その時にはもうその力に目覚めていたのだろうか…。最後に許しを請うかのように口を動かしたウミ。あの時の事実をとても口には出来なかった。

「(アルミン……ごめん、私は言えない、とてもじゃないけれどあの場で見聞きしたことは……)」

 エレンに小さく謝罪した時のように小さな唇が微かに動いた。そう、約束したのだ。あの事実を口にする事は無いように、あの出来事は夢の見せた嘘だと、言い聞かせるように…。

 レイス卿領地に向かい馬を走らせながらどれだけの時間が経過したのだろう。夜明けは遠く、雲の隙間から覗いた月が一同の顔を照らす。道の途中でレイス卿領地の礼拝堂への道のりを聞くヒッチとマルロ。
 念のためにかつて追われている身で待機する中でリヴァイは荷馬車に全員を集め、間違いなく今後自分達の障害となり脅威となるあの男の話を始めた。自分だけが知る、あの男の持つ技術を引き継いだ者として。知りうる限りの情報全てを差し出すように。

「分かったか? 切り裂きケニーだ。奴がいればそれが一番の障害になる。脅威の度合いで言えば……敵に俺がいると思え、イヤ……あの武器がある分俺よりも厄介だ」

 その言葉に誰もが絶望し、青ざめた。人類最強と言われるリヴァイ以上に厄介な人間ならば自分達が束になっても果たして勝ち目などあるのかと、もしこちらにミカサとリヴァイと呼ばれる調査兵団の二強が居たとしても…。サシャが諦めたように肩を落とす。

「じゃあ……無理ですよ私達じゃ……」
「兵団との合流を待つってのは……「絶対ダメ」

 しかし、コニーはミカサに睨みつけられた瞬間に突然気が変わったかのように手の平を返す。まるで蛇に睨まれた蛙だ。これまでの戦闘でミカサの恐ろしさを思い知ったからだろうか。

「そう! 絶対ダメだっ! 朝まで待ってたらエレンが食われちゃうかも、だからな!」
「でも……兵長の話を聞く限り、弱点が無いってわけでもないと思うな……」
「本当か、アルミン?」
「うん、……訓練は積んでても実戦経験は昨日が初なら、なおさらだ」
「……しかし、一緒に暮らしていてそれしか切り裂きケニーの情報が無いってどういうことだよ……リヴァイ?」
「悪いな……奴のフルネームを知ったのも昨日が初めてだ。ケニー・アッカーマンて名前らしいが……お前らの親戚だったりしてな」

「アッカーマン」そのファミリーネームとそのルーツを持つウミとミカサの2人にに向かって尋ねるリヴァイ。確かにミカサはアッカーマン姓であるし、ウミ自身も隠されていたが最近判明した。父の姓はジオラルド、そして母の姓が…アッカーマン。ミカサは今まで隠していたわけではないが秘めていた両親の事情について静かに語り始めた。

「生前の両親の話では……父の姓・アッカーマン家は都市部で迫害を受けていたと聞きました」

 アッカーマン家は迫害されていた。だからこそ自分の母も…ウミがリヴァイがハンジがそれを察知した。ミカサはなおも言葉を続ける。

「東洋人である母の一族は人種の違いからか、街に居場所を失いお互い壁の端の山奥に追い詰められた者同士が出会って夫婦となったのです。なぜアッカーマン家が迫害されていたのかはわかりません。母のような人種的な差異が父にあったようには見えませんでしたし……」

 疑問符を抱くミカサ、その事実を知る前に父親は強盗に殺されてしまった。そんなミカサにリヴァイはある質問を投げかけた。

「ミカサ。お前……ある時突然、力に目覚めたような感覚を経験したことがあるか」

 リヴァイの言葉にミカサは子供の頃の今も消せない痛烈な過去であるあの悪夢の惨劇をを思い出していた。エレンの呼ぶ声「戦え」その言葉に呼応するかのように、脳内を駆け抜けた電気信号が大きく全身を張り巡った。あの瞬間、自分はあの日から全てをコントロールし、支配することが出来たあの日の事をミカサは迷わず答えた。

「……あります」
「ケニー・アッカーマンにも、その瞬間があったそうだ。ある時……ある瞬間に、突然バカみてぇな力が体中から湧いてきて…何をどうすればいいかわかるんだ……その瞬間が 俺にもあった」

 それはリヴァイがまだ幼少の頃だった。この日の光さえも届かない地下街で生き抜く術を与えられた。あの時からリヴァイにもミカサと同じように脳内を駆け巡る声によって全てを支配し、そして生き延びてきた。ケニー・アッカーマンはミカサが力に目覚めた時のようにリヴァイにも既に生き抜く術を施したのだ。
 しかし、ウミには全く見当つかない、ミカサもリヴァイにもそのような瞬間があるのに自分にはない。ミカサは襲ってきた強盗をナイフで一撃で撃退したらしい、確かにミカサは喧嘩も負けなしだったし訓練兵時代の時から誰よりも群を抜いてしなやかな体躯に恵まれ繰り出す技術はアニをも凌ぎ、全てにおいて成績優秀だった。アッカーマンの血の恩恵だと言うのなら、なら同じアッカーマンなのにどうして自分は。困惑するウミにリヴァイが言葉を投げかける。

「ウミ、お前はどうだ」
「私……は……。っ……うぅん、わからない……。私は自分の姓が、お母さんががアッカーマンだった事も、最近知ったばかりだから……でも、私はリヴァイやミカサとは違うから多分違う」

 落ち込んだように自分にはそんな瞬間など無かったと告げるウミにミカサがフォローを入れた。

「私の父がどうだったのか、結局は聞けません。でしたが……でも、ウミはまだ力に目覚めていないだけなんだと思いま「私とリヴァイとミカサは…血の繋がった親戚という事でしょう?」
「え??」

 その言葉と共にウミは力なくその場にうなだれるしか無かった。ずっとケニーと再会した時から抱えていた不安は的中したのだ。
 今リヴァイの言葉で確信した。例え力に目覚めない異端者だとしても自分の身体に流れる血は間違いなくミカサとリヴァイと同じ、リヴァイも理解していた。
 ウミは間違いなく力に目覚めているはずだ、自分と出会った当時のウミは誘拐されて地下街に堕とされた。
 端金で淫売宿に売られ、犯されかけた瞬間、彼女は覚醒した。自分と同じその血の本能を彼女自身はあの悪魔のような母親から引き継いでいる。本人は恐らく気付かぬうちにその血の力を抑え込んでいるのだ。それをどうやったのかは知らないが、ウミは自覚していないが。
 リヴァイには確信があった、自分は見たのだから。彼女の手で殺された娼館の醜い男が無様に転がり死んでいるのを。ウミはなおも続けたその顔つきがあまりにも悲痛でこのまま彼女は壊れてしまいそうな程にその表情は苦し気だ。

「ケニーは言っていた、あなたは、リヴァイ・アッカーマン…だと。あなたとケニーはきっと……ケニー・アッカーマンはあなたのお父さん。そして、私は……ミナミ・アッカーマンとケニー・アッカーマンの娘……」
「ウミ? 突然どうしたの??」
「いきなり何を言い出すかと思えばまさか! そんなわけないだろう!?」

 突然告げられた事実にリヴァイは思わず口を開いた。すかさずハンジとミカサからは否定の言葉が飛んでくるも、ウミは凛とした表情を崩さないまま、ケニー・アッカーマンとの再会から抱いていた違和感が確信に変わった瞬間、ハンジとミカサの言葉も聞き入れないと、全てをぴしゃりと撥ね退けなおも続けた。

「私たちは、出会ってはいけなかった……最初から!! おかしいと思ったの、どうしてリヴァイにこんなに惹かれたのか、年上の少し危険な人に憧れたのかも、最初は思った、これは恋なんかじゃない、私が好きなのはエルヴィン。でも……私はあの日から、どんどんどんどん、自分でもおかしくなるくらいにリヴァイの事しか考えられなくなっていった……リヴァイを取り巻くすべてを全部、全部奪って、そうして私だけを見て欲しくて…これが濃い何だと言い聞かせた、でもそれは違かった。間違いだった。私たちの間を流れる血がそうさせたのね、同じ血の人間は無意識のうちに惹かれ合うって物語でも言うじゃない…私たちの出会いも、それから、今も……私を抱いてくれた、あの夜の事も!! 全部が間違いだったのよ、そうでしょう、リヴァイ」

 自分の母親は正しかった。同じ血族同士の結婚など、まして子供を作るなど、同じ血が流れる一族ならなおのこと。その遺伝子が問題なのだと。ウミの母親が死んだ今になってやっとわかるなんて。
 リヴァイはその言葉に否定する事もなく、しかし、肯定するわけでもなくただ静かに瞳を閉じた。
 抱いていた疑問が確信に変わった。中央憲兵も自分達がどういう理由があるかは知らないが、アッカーマンの血の所為だと言うのならば。ウミの母親は最初から理解していたのだろうか、そして仕向けたのだろうか。自分達の間に宿った小さな命を、それは世に出てはいけない命だから淘汰したのだろうか。
 同じ血が流れる者同士の間に生まれる子供の血が濃ければ濃い程に危険因子となる。まるで引き寄せあうかのように本能が呼び合い、そして出会う。
――近親婚は禁忌だ。
 心のどこかで理解していた、まるで残酷な現実に耳を塞ぐように。世界は残酷だと、知っていたのに。

「ねぇ、私たち、どうして……何のなんのための出会い……だったんだろうね……?」

 ウミは大粒の涙を流し、ずっと抱えていた思いの丈を全て目の前のリヴァイにぶつけた。リヴァイは何も答えない、ただ、真っすぐに目の前の澄んだウミの瞳の奥を見つめていた。

To be continue…

2020.03.26
2020.04.23 加筆修正
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