THE LAST BALLAD | ナノ
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#72 壁内人類全面革命

 トロスト区。そこでは中央憲兵に追われて街中を逃げ回るも、その体系ではロクに走ることが出来ないままどんどん袋小路へ追い詰められたフレーゲルの姿があった。生き証人としてディモ・リーブス殺害の事実を知る彼は証拠抹消の為に囚われれば恐らく即座にその命を摘み取られるだろう。何処までも奴らはフレーゲルと追い詰めとうとう彼は逃げ場を失った。廃墟の集合住宅の前で向けられた銃はこんな今にも消えそうな自分の命を容易く奪う筈だ。

「ヒッ!」
「馬鹿だねまったく……こんな廃墟に逃げ込むなんて……」

 銃を構えた中央憲兵が3名が息を切らしてフレーゲルをとうとう追い詰めたと詰め寄る。絶体絶命のピンチだ。

「でも……助かったよフレーゲル・リーブス。今までどこにいやがった?」
「……チクショウ……ハァ……」
「まぁ……何にせよ本当に助かったよ……。お前をあの現場から逃がしちまったと気付いた時……俺はもうおしまいかとうあああああああん〜!!! あああああああああ!!」

 すると、あとの時逃げ延びたフレーゲルを取り逃した失態によりあわや明日をも知れぬ身となっていた憲兵が突然フレーゲルの前で膝をつき安堵のあまり大声で泣き喚いたのだ。これが今この我部を取り巻く現状かと思うとフレーゲルの背筋は寒くもないのに震えた。

「うぅ……殺されるかと……思ったよぉ……。へへ……じゃあな、フレーゲル。ありがとな」

 そうして泣きわめいた後、はその目に涙を浮かべたまま嬉しそうに微笑みながら何のためらいもなくあの時の目撃者である彼へと銃口を向ける憲兵にフレーゲルがもう駄目だと思いつつ両手を突き出しパニックに陥る。

「いッ!! あッ……!? ……?……あ!?」

 しかし、フレーゲルはどうしたことか何やら上を見上げながら言葉を絞り出した。

「し……質問!! どうして親父は殺されたんだ!? お前ら中央憲兵の手によって!?」
「は? そんなこと聞いてどうする? 俺達はお前の死体に用があるだけなんだよ」
「し……死ぬ前に知りたいんだ!! 親父は何をして、あんな目に遭ったのかを!! 頼むから教えてくれ!!」
「ん? 知らなかったのか? 奴は俺らを裏切って調査兵団の側に付いたのだよ」
「う、裏切ったって!? 調査兵団から人を攫うように中央憲兵が依頼したのか!?」
「そうだが……俺達とは別の隊だがな。何にも教えてもらえなかったんだなぁ、ボンクラ息子はな〜んにも……」
「……!! その依頼……断っていたら?」
「そりゃあ、ある程度の情報を知っちまったことだし……命は無かっただろうな。しくじっても同じだが。その結果がこれだ……まったく下請けを雇うのは楽だが使えん、結局余計に手間取っただけだ。馬鹿は親譲りらしい、リーブスは家族だけ連れて北にでも逃げてりゃよかったんだ。従業員やこの街に固執してなきゃなぁ……」
「あ……あんたなんかにゃわかんねぇよ……」

 父親を馬鹿な道具と罵倒され、怯え惑っていたフレーゲルの表情が次第に怯えから怒りへと変わっていく…。

「んん?」
「知った風な口利きやがって……親父は俺に教えてくれたよ。商人は嗅覚が、人を見る目が大事だってな。俺は嗅ぎ分けた。親父たちの無念を晴らせる人たちを……信頼した人達を俺は選んだ」
「どうしたんだフレーゲル!? 最期は豚らしくピーピー泣けよ!!」
「お前らはもう用済みだ!! 上を見ろ!! マヌケ!!」

 中央憲兵に向かって高らかに叫んだ。今までの彼はもういない、今彼はリーブス商会を背負う男として父親の無念を晴らす為に。孝行する時にはもう標となる父親は居ない。
 そんな父の背中を見て育ち、そして今知る。自分が見て来た親父の背中を…。人差し指を突き立てたフレーゲルの言葉と同時に頭上から立体機動装置でガスを蒸かして急襲するハンジとモブリットの姿があった。そう、フレーゲルが上を見たのは合図、そしてこの真実を中央憲兵自ら吐かせるためだったのだ。
 モブリットとハンジによりフレーゲルを撃ちぬこうとしていた後の憲兵2人が派手に吹っ飛び、そのまま蹴り倒されると、着地すると同時に銃口を向けた憲兵にハンジが雄叫びを上げながら右腕で勢いよく殴りかかる。

「うああああああ」

 慌てた憲兵が襲い来るハンジに向かって慌てて発砲するが接近戦に銃は弱い。本当に危うく顔面が吹っ飛ぶ寸前の所で何とか飛んできた弾丸を避けつつ、そのまま勢いよく殴りつけたのだ!そこには信頼する自分の部下の三人を殺された怒りも含まれていた。

「いッ、てええええええええええ!!」
「分隊長!! ワイルドすぎます!!」
「やったぞ!! 聞いたかみんな!?」
「な…?? 調査……兵団……な……ぜ??」

 ハンジとモブリットに殴られ地面に横たわった憲兵がふと上空を見上げてみるとただの廃墟と思われた建物には大勢のトロスト区で今も生きる、住民が見下ろしていた。
 二度の巨人の襲撃に遭ったトロスト区の破壊された建物を直すことも出来ず厳しい冬を超えられるかも分からない場所で生きながらえ貧困に苦しむ彼らは静かに憲兵達に告げた。

「廃墟に見えたか!?」
「あんたから見りゃそうだろうが悪いな……。俺らトロスト区の住民はあの時、巨人に襲撃を受けてこうなっちまった所にもまだ住んでんだよ」
「今までの会話、全部聞いてたぜ」
「中央憲兵が俺達の命を救ってくれた会長らを殺したこと、調査兵団がリーブス商会を守ろうとしたこと」
「そして……リーブス会長が俺らの街を……俺らの生活を守ろうとして体を張ってたこと」
「そのすべて……ここにいる全員が証人だ」
「……そ……それが何になる!? お前ら弱者共が束になって騒いだ所でせいぜい3日程度流布する噂話ができるぐらいだろうがよ! 何が事実かを決めるのは王政だ!! お前らこそ俺にこんなことをしてタダで済むと思うなよ!? こんな寂れた街の住人なんぞ多少消えた所で誰も気にするもんか!! お前らはもうおしまいだ!! ぐッ!?」

 巨人に責められ朽ちていく街、その住人たちの声は誰にも届かないと、住民たちにそう喚き散らす憲兵の言葉を思いきりそのその憲兵の頭の上に座り込んで黙らせるフレーゲルの姿があった。そこには先ほどまでの泣きながら逃げ回っていたディモに甘えていた若造の姿は何処にもない。凛々しい顔つきと貫禄さえ感じさせる体躯で憲兵の言葉を黙らせフレーゲルは告げた。

「みんな……安心してくれ。この街はリーブス商会が守る! 今日からフレーゲル・リーブス……俺がリーブス商会会長だ! ……だから、よろしく……お願い……します……」

 最期は消え入りそうな声で、そう告げたフレーゲルの姿に誰もがあたたかい拍手を送る住民たちの姿があった。頼もしい跡継ぎの誕生、新しいリーブス商会の誕生に誰もが明るい歓迎ムードに包まれる。
 うれし泣きするリーブス商会の部下、微笑ましい表情で見守るハンジとモブリット

「よろしく頼むぜ会長!」
「声小せぇぞ!」

 かつてトロスト区で商会の財産を優先し住民の避難の遅れを招いたリーブス、しかし、あの後子のトロスト区にとどまり、最初は拒絶されながらも貧困にあえぐ住人たちに歩み寄り、破綻寸前のこの街の住民を支援し続けたことから次第に住民達も彼に心を開きそして強い信頼関係を手にしたのだ。

「就任おめでとう」

 そんな彼を助けそして支援したハンジも嬉しそうにフレーゲルの頭を撫でてやるのだった。

「じゃ、憲兵を頼んだよ」
「おう」

 もうこの後は彼に任せて大丈夫だ。逃げ惑い不安そうに自分の説得にも怯えて耳を貸そうとしなかったフレーゲルはこの短期間で父親の死を乗り越えそして自ら勇気を出して真実を手にした。
 今は頼もしく感じるその背中を見やる。そして残された役割を果たすべく、自分達の団長を助け出す為に、その場を後にハンジ達がモブリットと共に向かった先には昨晩侵入して説得をしたベルク社の二人が潜み、先ほどの一部始終を全て聞いていたらしく複雑な面持ちでいる。
 まで中央憲兵の言われるがままに隠ぺい工作し、嘘の記事を住民に伝え続けてきた、自分達の家族を、生活を守る為に。しかし、目の当たりにした中央憲兵の真実はあまりにも許しがたいものだった。

「どうでしたか? あの中央憲兵が言う通りこのままでは事実は広まらない。世間に訴えることができるのはあなた達だけです」
「やってやりましょうロイさん!!僕達の手で中央憲兵の犯罪を白日の下に晒し!! 調査兵団の無実の罪を晴らしてやりましょう!!」
「ダメだ……」
「ロイさん!! こんなことが許されていいんですか!?」
「ダメに決まっているだろう!! だがやってみろ……我が社の仲間の命が無いぞ!! 私とお前の家族も同じ目に遭うんだ!! 実際にそうなった! かつて壁の下の地面を掘って行方不明になった坑夫がいた!! その事件を追及した仲間も皆忽然と消えてしまった!! それがこの壁の現実だ!! 我々は王に生かしてもらっているんだよ……わかるだろ?なぁ……ハンジさん、あんたら調査兵団の為にこの世界の為に私を脅し私に会社を裏切らせ記事を作りますか? あなたに私の家族を殺す権利があるのですか?」

 ロイの真摯な訴えにハンジは言葉に詰まる。今まで彼らが新聞を出せたのは、この世界の全ての実権を握る王政に従ってきたから、真実を報道しないよう隠ぺいした偽りの新聞でこの壁内人類の情報を操作してきたから。
 しかし、それに反発し、目を覚ませと上司に迫ったのは若きピュレだった。

「まだ分からないんですか!? 王政の連中は民衆を救う気がまったくないんですよ!? 今度巨人に襲撃されたらもう何も残りませんよ!? 会社も! 家族も!!」

 二度あることは三度ある。この世界の終わりを迎える日が明日かもしれない、いつまた奴らが壁を破壊してこの世界を混乱に陥れるかわからない。
 そうなれば今度こそ本当に終わりだ、リヴァイの思い描く明日も隣にいる人間が変わらずに隣に居るか、保証の出来ない未来がやってくる。

「ロイさん! 早速この証言をもとに告発文を作り、全国民に知らせましょう! 号外として広めるんです! やりましょう! この世界は、今こそ変わるときなんだ!!」「ピュレ……だが……「その前に真実を書きましょうよ!!」」

 真実を知りその為に今こそこの世界を壊すべく奔走する者達が居る。若さゆえに、そして若いからこそこの壁の世界はおかしいのだと、異を唱えた者達は皆そうして目を積まれ粛清されてきた、仮初の楽園が今変わろうとしている、たとえこの世界からすれば小さな世界の出来事だとしても…その言葉は張りつめていた古い考えと絶対的に王政への忠誠の名のもとに今回もいつもと同じ架空の記事をでっち上げようとしていた時に訪れた変革、ロイは静かに先ほど目の当たりにした党に腐りきった王政の現実を見て、静かに決意した。今、壁内は小さな力が集まって今、大きな変化の時を迎えようとしていた。



 冤罪として偽りの罪を擦り付けられた調査兵団・団長の面影はもう今の彼にはどこにもない、これが今まで兵士たちをけしかけ巨人は蔓延る地獄へ導いた者の末路。咎人は全ての責任を負い手枷を繋がれ、不自由な状態で中央憲兵にさんざん痛めつけられていた。しかし、それでも尚も彼を救おうと奮戦する信頼する部下の姿がある限り自らが諦めることは無い。決めるのは、委ねたのは…そうして全てを天命に託したその澄んだ青い目が曇ることは無いのだ。

「……何ってザマだ。この間……俺に偉そうに説教たれといて……。王への謁見が決まったぞ。そこで調査兵団の解体とお前の処分が下される流れだ」
「ナイルか……」

 地下牢で左手首だけを感情な鎖に繋がれ、中央憲兵の手によりさんざん拷問を受けた様子のエルヴィンが力なく座り込んでいた。普段整えている金色の髪型は崩れ、体格のいい憲兵にしこたま殴られたのだろう。白馬に跨り、兵達を地獄へ率いて駆ける自由を求め進撃する調査兵団・団長としていつもその威厳を保っていた彼の端正な顔立ちの面影も何処にもない。
 見るも無残なくらいにボコボコに殴られたいつも涼しい彼の顔面は血まみれだった。咳き込む度に腫れた口元に浮かび流れる血が痛々しい。囚われの身である彼に歩み寄るのはかつての同期で同じ調査兵を志願したナイルだった。
 そんな彼へエルヴィンはふとこの場に似つかわしくない問いかけをした。

「お前の家は……どこだ? ……ストヘス区だったか?」
「……? は!?」
「答えろよ……マリーは……お前の家族は……元気に暮らしているのか?」
「……元気に暮らしている……子供達もマリーも……最近は帰れていないが…場所はウォール・ローゼ東区……ストヘス区とは離れている……」
「……そうか」
「……何なんだこの質問は」
「ピクシス司令に……あることを委ねた。もし……その時が来ればだが……。その時、俺はただ見ている、選ぶのはお前だ。そして……彼らだ――」

 殴られボロボロでもエルヴィンのその強い意志を秘めたその目ははるか先を見据えてゆっくりとナイルを見ていた。



 この壁の世界を何百年も守られてきた事実に手を伸ばす危険な芽は先に摘むのだ。王政側の権力者の大臣たちは昼間から上等なワインを手にこれから玉座の間へ謁見の予定である今回の事の一件から処刑が執行される予定であるエルヴィンから求めた情報が得られないことに対して怒りを露わにしていた。

「それで、エルヴィンからは何も出なかったのだな」
「ああ、ニックがウォール教の司祭だった説は知らなかった。ヒストリア・レイスは本人の自己申告、その一点張りだ」
「ぬけぬけと……」
「まぁ、良い。奴は既に籠の中の鳥だ。死を待つだけのな、」

 今壁内で起きている騒動など全く関係ないと言わんばかりに全てを今まで隠蔽してきて自分達を守ってきた腐りきった王政関係者の人間たちは優雅に酒を楽しんでいると、ドアの向こうからノックの音が聞こえた。姿を見せた憲兵が敬礼をし、ぼろぼろの状態で縄に繋がれた今日の裁判で審議を争う相手が到着した報告だった。

「失礼します、エルヴィン・スミスが到着しました」
「わかった。すぐに行く。奴を死刑に死さえすればすべては元通り。これまでと同じように壁の秘密は守られ壁内の平和も守られる。永遠にな……」

 これから王座の前でもうほぼほぼ確定している告げられるは最期の宣告、しかし歩むエルヴィンの目に迷いは無い、すでにもう覚悟を決め、澄んだ瞳を瞬かせていた。

「すごい数の馬車だな、王都で一体何が?」
「知らないのか? 今城の中に全兵団の幹部が集結して調査兵団の解体を進めているんだよ」
「あれは?」
「その団長を吊るすための処刑台だな。今頃城で裁判してるよ、最後のな」

 華やかな王都は馬車が城へ向かって駆けていくのを見つめていた。その城ではいよいよ連行され、鎖と枷で拘束されたエルヴィンが最期の言葉を迫られ最後の時を迎えていた。玉座の前で王に跪いて最後の審判を聞く中でエルヴィンは静かに消えゆく自分の夢のかけらの中に存在する兵団の解体について厳しい意見を述べていた。

――「調査兵団を失うということは、人類の矛を失うことを意味します。迫り来る敵から身を守るのは盾ではなく、脅威を排除する矛です。例えば今この瞬間 ウォール・ローゼが破られたとします。ウォール・ローゼの住民を再びウォール・シーナへ避難させることになりますが、先日の避難で消費した食糧は現在どこにもありません。そしてそれは周知の事実 ウォール・ローゼの住民は巨人の脅威とは別の生存競争を強いられることとなるのです。つまり今この瞬間 ウォール・ローゼが破られるということは ウォール・ローゼとウォール・シーナに二分した人類による……内戦の開始を意味します。よしんば壁が破られないにせよ、すでに食糧不足はウォール・ローゼで慢性化しています。ウォール・シーナの壁を破るのは巨人ではなく、ウォール・ローゼの住民である可能性はゼロではありません……ウォール・マリア奪還。行き詰まった人類の未来を切り開くにはそれしかありません」
「それで? その問題……その為に調査兵団が健在ならば解決すると言いたいのか?」
「相手の懐に真っ先に飛び込むのは我々調査兵団の役目。引き下がるのみでは何の解決にもなりません。それともこの状況を打破する…何かしらの秘策があるのでしょうか?」
「エルヴィン…、君の主張はわかった。中央憲兵の尋問に耐えてなおその姿勢を貫いておるのだからな。しかし、君はどうも理解していないようだが今ここにいるのは壁内の未来を話し合うためではないし、殺人という単純な罪を犯したせいでもない。「人類憲章第六条、個々の利益を優先し、人類の存続を脅かすべからず」
 これに対する重大違反だ」
「そうだ! 再三に渡るエレン・イェーガーの引き渡し拒否、これは十分に人類憲章に抵触する」
「エレンはウォール・マリア奪還には必要な存在です!」
「それを決めるのは調査兵団ではない! エレン・イェーガーは未知の力を秘めた巨人だ! 壁の内側に奥のはそれ相応のリスクを伴う、それを一兵団の団長に管理させる方がおかしいだろう?」
「だが、君は自分の考えを露出した。そして、誘拐を装いエレン・イェーガーを隠匿したのだ。かかわったディモ・リーブス率いる商会の口を封じてな。これはもはや反逆だ。今や君こそが、人類の脅威となっているのだよ」

 エルヴィンが望む調査兵団の存続そして調査兵団の必要性をどれだけ告げてもその意志は真っ向から否定され、そして裁判は彼の犯した罪を述べているのをナイルが憲兵の代表として招集されエルヴィンを見つめる中で先ほどのやり取りを脳裏で張り巡らせていた。

「調査兵団は王政に敵対していない。調査兵団の解体は不当かつ人類の損害であると」
「それがここ数日間の君の主張だ。だが、この数日間外では色々あった。昨日、君の腹心であろうリヴァイがストヘス区で憲兵を複数殺害し逃走した。今も出頭を拒み、対話の代わりに刃を振るうというわけだ。この壁の民の代弁者である私の意見を言わせてもらえばそれはこの壁の平和に対する挑戦に他ならない」
「君の口とは違い彼らの刃は正直に語ったよ。我々王政に対する敵対感情をね。そのような組織の存在を人類が容認する理由など、この壁の中のどこにも無い」

 エルヴィンは今も抵抗を続け戦っているリヴァイの話を聞かされまだ調査兵団は必死に足掻いている事を知る。そんな彼を見た三兵団を束ねるザックレーと同じ文様を団服に刻んだ上層部の男が静かにピクシスへ目線を投げかけた。

「……ピクシス司令」
「む?」
「駐屯兵団と調査兵団は前線で命を張る者同士親密な関係を築いておったようだが……よもや……その志まで共に築いているのではあるまいな?」

 強かに殴られた顔をして床に座り込んだままの状態で耳を傾けるエルヴィンに視線を向けるピクシス。この前二人で対話した時の対等な状態から打って変わって今は厳しい眼差しがエルヴィンを見ていた。

「我々が調査兵団に同調すると思われるのは心外ですな。有り得ませぬな、人同士の殺し合いなど愚かな話はない……この狭い人の世に一度火を放てば燃え尽くすまでそう時間は掛からんでしょう……先のトロスト区防衛線においてはそう兵士に言い聞かせ…大いに死んでもらったものです、調査兵団がその火種となるなら今のうちに消すべきでしょう。何より……巨人が壁を破って来た際、人があまり残っとらんようじゃ……巨人に呆れられてしまいましょうぞ」

 その言葉には皮肉もはらんでいる。酒が無くともユーモアセンスのある言いまわしが得意なピクシスの言葉に対してたまらずに笑い声をあげる上層部の男はこの場に似つかわしくない高笑いを上げた。玉座の王は一言も話さないままずっとその様子を傍観しているが、彼が無能な偽りの王であると知るエルヴィンとピクシスは静かにその様子を見ていた。真の王家であるロッド・レイスはエレンとヒストリアを連れ果たしてどこに消えたのだろう。

「失礼な物言いであったな。ピクシス司令、それだけは避けたいものだ。よろしい、では協議に入る。陛下、よろしいですな?」

 相変わらずぼんやりしているのか威厳を崩さぬようにしているのか、念のために王を立てながらそう尋ねる。そして、もうこの話は終わりだと、最初から決まり切っている判決を言い渡されるエルヴィンは何もしゃべらないまま静かに最後の審判を待っている。そんな彼にナイルは気が気でない、心の中でエルヴィンへ叫ぶ!

「(エルヴィン……! このまま終わらせるつもりか……!?)」
「では、陛下の名の元に貴様へ判決を言い渡す。エルヴィン・スミス。人類憲章第六条に違反ありと認め、死刑に処す。これは即時執行されるものである。連れて行け」
「(これでいいのか…? エルヴィン! お前は、これで……!)」

 エルヴィンとピクシスが互いの思考を探るように視線を合わせる中でピクシスは冷静な表情を崩さずとも思う内容は同じ、このまま彼は処刑台へ連行されてしまうと言うのか。半ば焦りすら抱いていた。

「(いかんぞ……エルヴィン……)」

 ピクシスの脳裏には数日前にまだ殴られて顔面も傷ひとつない威厳あるままだったエルヴィンの姿、そんな彼の部屋でひそやかにかわした話の内容がありありと浮かんでいた。
 そのエルヴィンの表情はうかがえない。されるがまま鎖で拘束された両腕を持ち上げている。

 ナイルとピクシス、三つの兵団の内一つの兵団が解体される危機下の中連行されていいくエルヴィンの心境はなぜか穏やかだった。

「(これでよかったのだろう……この人類を救うのが……我々であるとは限らないのだから……人事は尽くした)」
「処刑台に連れて行け」
「(あとは――)」

 エルヴィンが抵抗をしないのは天命を願うから。鎖に繋がれたエルヴィンの腕を掴んで立ち上がらせる憲兵にもう死刑が執行されてしまう中、同期であり親友の死が迫るエルヴィンを気がかりな様子で伺うナイルだったが、エルヴィンはもう自分が出来る事は舌と、ベストは尽くしたのだと、立ち上がると同時に何やら今まで見せた事もないような不敵な笑みを浮かべるエルヴィンを目撃した。
 もう最後の救いも希望もない、このまま死の待つ断頭台へと連れて行かれる。彼の為に用意された断頭台は彼の死を待ちそして調査兵団は濡れ衣を着せられたままこの壁の世界から消される。そして始まるのは人類同士の生き残りをかけた殺し合い、混沌とした時代の始まり。
 その瞬間だった。突如大きな音を立てて両扉を跳ねのけるように押し開けたのはピクシスの腹心の部下であるアンカ・ラインベルガーだった。アンカは大きく息を吸うと、普段何時も落ち着いている彼女らしからぬ声量でとんでもない事実を告げた。

「ウォール・ローゼが…突破されました!!」
「な!?」

 信じがたい残酷な事実が突然舞い込み、ナイルが思わず疑惑の声を上げた。それは突然の事だった。あの時エレンの叫びの力で巨人に囲まれて以来行方知れずのまま逃げ延びたのか生きてるのかもわからないままだったライナー達が再び巨人の姿に変えて再びエレンを奪い去りに壁を履かして襲いかかって来たのだ!

「突如出現した「超大型巨人」及び「鎧の巨人」によってカラネス区の扉は二つとも破壊されました!! 現在、東区より避難する住民が押し寄せて来ています!!」
「な!!」

 普段落ち着いているアンカの顔色も悪い。大声で告げた衝撃な発言に今までエルヴィンの処遇でざわめいていた玉座の間はすぐにパニックに陥る。そうこうしている間にマリアだけではなくローゼまでもが…。どよめく緊迫した状況の中で先ほどの不敵な笑みから今は最初からすべてを見越していたかのように、冷静にアンカの話に耳を傾け全てを受け止めたような表情のエルヴィンに視線を向けるナイル。

「(エルヴィン……お前――)」

 その表情は冷静な調査兵団・団長のエルヴィン・スミスと同じ強く揺るぎない決意を秘めていた。この世界を、変えるための。ナイルはあの時牢屋で会話したエルヴィンの発言の意味を思い出していた。
 アンカの声にすかさず動いたのは駐屯兵団の司令官でもあり南部の壁の防衛の役割を担うピクシスだ。

「大至急避難経路を確保せよ!! 駐屯兵団前線部隊は全兵力を東区に集結させ、住民をウォール・シーナに誘導せよ! 皆急げ! それぞれの持ち場へ!! 住民の避難が最優先じゃ!!」
「はっ!!」
「ダメだ!!」

 急いで住民たちを避難させなければ、しかし、その声に待ったをかけたのは何と…王都でも権力のある大臣だった。彼が下した判断は先ほどエルヴィンが危惧したとおりだった。その一喝は住民救助へ動き出そうとした兵士達を一瞬にして引き留めた。

「ウォール・シーナの扉をすべて閉鎖せよ!! 避難民を何人たりとも入れてはならんぞ!!」
「……なっ……そ、それは!! ウォール・ローゼの住民を……人類の半数を見殺しにするとのご判断でしょうか!?」
「先ほどその者が言った通り…内戦が始まるだけだ!! 中央政府が機能しなくなる恐れがある。その可能性があることが重大なのだ!! 我々は最上位の意志決定機関であるぞ!! わざわざ領土と食糧争いの敵を増やすことはあるまい!! 貴様らはさっさと動かぬか!!」

 なんと、大臣が告げたのは自分達が優雅に暮らすこの内地を守るべくウォール・ローゼを見捨てるという信じ難い判断だった。それは内地に住むもの以外すべて巨人に食い殺されろと言う末路を歩めと言う事なのか。
 東区には先ほどエルヴィンに話したナイルの家族も残しているのに。あまりにも非情すぎる王政からの判断に愕然とするナイルたち。同じ壁内に住む人類だと言うのに見捨てると言う、これが現状の王政か。
 エルヴィンはまえるで全てを悟っていたかのように瞼を閉じた。

To be continue…

2019.03.19
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