「おい、あの女、武器を捨てたぞ。どうする??」
「いや、ダメだ、無抵抗でも調査兵団の人間は全員殺せとの隊長からの命令だ!俺たちの仲間もリヴァイに殺された!身ぐるみ剥がして見せしめにしてやろう」
隊長、それはケニーの事か、ウミは静かに歩み寄ると大人しくしろと男が無抵抗のウミに銃を向けたまま思案しているその時、ウミは向けられた口径を見つめてそして……。
「引っかかった」
先程までの泣きそうな顔から一瞬にして鋭く冷たい氷のような眼差しでウミがいきなり足元に転がした立体機動装置の剣を足で器用に拾い上げるとそのまま半回転して後ろから遠心力たっぷりに力を籠め対人制圧部隊の間を剣で一閃したのだ。
「な……」
突然のウミからの攻撃に驚いた顔のまま命が消えた。同じ血を流す者の手によって。
リヴァイが仕留めたように、自分も覚悟を決めてその刃を、巨人殺しの凶器を同じ人間の血に染めた。スパンと肉を裂いた感触。返り血がウミの頬を伝う。それは生温かく、さっきまで人間だったことを証明していた。
血を流して屋根の上をそのまま滑り落ちていく兵士を見つめるウミは昨晩の優しい面影は微塵も感じられない。
「目の前で死んでいくのをただ黙って見ている……そんな残酷な現実、この世に許されていいはずがない」
これが元調査兵団分隊長の貫禄か。地下街を生き抜いた女の覚悟か、くるりと向き直ると突然の出来事に驚いて硬直しているもう一人の兵士の胸ぐらを掴むと屋根の上を引きずりながら、勢いよく煙突に投げ飛ばして冷たい抑揚のない声で静かに問いかけた。
「動かないで……」
其処には普段のウミの優しさは微塵も感じられない。複雑な感情が入り乱れ激しい怒りと憎悪に満ちていた…。
「(リヴァイ……勝手に決めて勝手に一人で行ってしまった……私はそんなにあなたにとって足手まといな存在なの? そうじゃない……そんなの、認めない、私はそれでも調査兵団の人間よ、ブランクはあるけど、元分隊長の実力をあなたも知らない……)
聞きたいことがあるの。そもそも、私たち調査兵団を殺せと指示をしたのは誰?」
「それは……」
「答えないならさっき下に落ちていったヤツと同じようになるけど……」
「や、めろ……ぐえっ!」
「それとも一本ずつ指を削ぎ落して……巨人の餌にしてあげる……? あなたたちは突然何の告知もなく巨人と戦ってきた同じ志を持つ私たちの仲間を殺したのよね」
何が正義で何が悪か、もうそんなことを気遣う余裕などない。今自分の命の危機なのだ。悲願はまだ果たされていない。こんな訳も分からない状態で殺されるなんてそんなの冗談じゃない、ごめんだ。
兵士の腕を掴んで屋根に押し付け、剣を手のひらの付近に突き立てる。まるで、吐かないのならこのまま一本ずつ指を削いでいくと言わんばかりに。
屋根に押し付けた腕の上に跨り全体重をかけて重みを与えながらウミは確認を取る。敵を知るにはまず敵から、殺す前にちゃんとした確証が欲しい。
「いいから答えて。その為にあなただけ致命傷は与えなかったんだから。私たちの仲間を殺した復讐をするから、私たちを抹消しようとするその存在を教えて、」
「っ……もう手遅れだ、お前らはこの世界にとって害なんだよ。そんな奴らは一人残らず抹殺される」
「質問の答えになっていない……指が無いとその装置も使えないようになるけど……」
「うわああああ! 待て待て待て! 止せ! 頼む、俺にはまだもうすぐ女房が子供を――「それは残念だと思います。エレンとヒストリアを私たちから引き離して中央はあの子たち二人をどうするつもりなの? どちらが欠けても駄目で、どっちも必要なんでしょう?」
「っ……それは……俺達は下っ端でお前ら調査兵団を壊滅させる事しか指示されてねぇ! だが、隊長には大きな夢がある、この世界で生きてきた事を証明する、アッカーマン隊長のその夢に生きる意味もなく生きてきた俺達は感銘を受けたんだよ……一緒に……」
「夢? そんな一個人の夢の為なら同じ壁の中の人間を殺してもいいって言うの!? 私たちが巨人殺しの達人集団で立体機動装置を使う事に長けているからあなた達はその対抗組織なんでしょう??」
「何をぬけぬけと! あんたらも俺達の仲間を殺した! 何なんだあの男は……大人しく巨人に殺されてりゃあいいのに、悪魔め! アンタら皆巨人に食われちまえばよかったんだ」
「ごちゃごちゃうるさい! これはクーデター! ガキの遊びなんかじゃない、この世界を根底から変えるくらいなら……私にも譲れない夢がある、故郷を取り戻して母親をお墓に埋めたい、あんたの一人の命を摘み取ることくらい……これ以上人間同士が領地を奪い合って殺し合う未来が来ない為ならあんたたちを……皆、巨人に食われず、志半ばで訳も分からないまま殺された仲間達の無念の分まで……」
互いの正義の名のもとに殺し合う。対巨人の武器を持つ自分達に対人間の武器が迫る。
「ガキの分際で俺を脅してもお前なんか恐ろしくもなんともねぇ……隊長に適う人間なんかいねぇんだよ、やれるもんならやってみろ!」
「そう……それなら……やってやるわよ」
その言葉に頭に血が上り、ウミはまず押さえつけていた手を踏んづけて人差し指を切り落とした。
「ぐああああ!!! ちくしょう!やりやがったな……いてぇよぉ!! お前らは一人残らず隊長に殺されんだよ、もう精鋭もほとんどいねぇお前らに未来なんか、あるワケねぇだろうが、あんたらは必ず障害になる、あんたらを壊滅させる、それが俺達の誇る対人立体機動部隊だ!」
向こうも自分達同じいや、それ以上の性能を持ち改良された立体機動装置を用いて一人残らず追い詰めるつもりだ。ウミがその男に全体重をかけて無理やりのしかかって圧迫していた拘束から逃れるように起き上がるとウミの顔面目掛けて銃口を向けてきたのだ。
「ああああ!」
しかし、先ほど近くでまじまじと対人立体機動装置の仕組みを確認したウミがそれを見越して剣を振り抜くとそのまま振り抜く。
「(もう、この手は、)」
ウミは覚悟を決めた。彼らは自分達を滅する、殺されてしまえばもう未来も過去もない世界がぽっかりと今にも飲み込もうと口を開けている、そして未だ十代の彼らもこのままでは。鈍く光る白刃を振りかざし、巨人を殺すための道具で生き血の通う人間を、後ろから勢いよく突き刺したのだ。
「ぐううううっっ!! あああーアッカーマン、隊長…!!」
いつも削ぐ刃が人体を貫通することなど知らない。ウミの刃が人体の腹を難なく貫いた対巨人用の武器から溢れる鮮血。蒸発することのない人間の血液、血なまぐさい匂いが周囲を染めていく。ウミの手により貫かれた腹部から大量の血を流しながら、対人制圧部隊の男はケニーの名を呼びそのまま屋根の上から転がり落ちやがて声も聞こえなくなり絶命した。
「(っ……ううっ……)」
思わずこみ上げる吐き気、自分のこの手で人の命を奪ったのだ。巨人ではない人間の命を、地下街にいた時以来の人間の命をこの手で奪った感触。しかし、これは自ら課した事。ケニーの野望、それがどんなものか、エレンの力がこの世界をひっくり返す大きな力、王政はそれを求めている。一体何の為に、それならばどうしてエレンがその力を手にしているのだろう。ならば何故ヒストリアも必要なのだろう。
ウミは刃に付着した血を上下に振り払うと自分の足元で絶命した対人制圧部隊の人間を見渡しそして離れた。
「生まれる子供の顔を見せてあげられなくて……ごめんなさい、」
それは誰に向けての物か、ウミはそっと静かに口にしていた。相容れぬ存在として対立しそして自分達の目的を邪魔する者達を排除する。今自分達がやるかやられるかの瀬戸際の中で。
リヴァイは言った、守る為なら自らやられる前に全部やるのだと。そして自分も剣を抜いた、未来の為に。しかし、もとよりこんな血まみれの手で子供など抱き締める資格など無い、例えこの正義を貫いたとして、戦い続けた先にこの世界が変わったとして、だけど自分達が同じ人間同士で殺し合う現実など見つめたくない。
今までもそうやって通過儀礼を通じて自分達は命を繋いできた。しかし、通過儀礼で片付けるにはあまりにも……人を殺すと言う重みが人の命を奪うと言うその現実がウミを責めたてる。
「ぅ……こんな、こんなところで私は止まっていられないの…やるしかない、もう、やるしか……」
「人が人を殺める」それがたとえどんな状態でも、どんな事実があろうとも許される事ではない、しかし、お互いの正義がある。王政にこの世界はもう託せない。決意を新たにその場を立ち去るウミがその場から飛び去る音を聞いたたまたまストヘス区に居たナイルが不思議そうにその音がした方向を見ていた。
▼
一方、リヴァイとウミが去った後の酒場の入り口の静まり返った広場では仰向けのまま倒れて動かないケニーの姿があった。
「アッカーマン隊長。やっと死んだんですか?」
しかし、そのケニーの顔は黒いハットが乗っておりその男の表情が見えない。そんな彼の元に歩み寄る金髪の髪を纏め、スラリとした体躯のケニーと行動を共にしていた副官のトラウテ・カーフェンが歩み寄ると、ケニーは軽口を叩く彼女に冗談じゃねぇとゆっくり起き上がった。会話の中で冷静に判断し、自分に迷いなくライフルを向けたリヴァイの弾丸はとっさにウミを突き飛ばし椅子を盾にした事で急所への直撃は免れることが出来たようだ。
「……バカ野郎……死人がどうやって返事するってんだよ。イテテ……。やられたぜ… そういや酒場何なんかは護身目的に銃の所持が認められてたな、久しぶりの再会でも、俺がウミを盾にしねぇと舐められたのか、いやぁ、どチビなりに成長してたらしい。こりゃ簡単じゃねぇぞ」
「……よかったですね」
「あぁ?いいわけねぇだろ。こんなところでまさかチビガキに出くわすとは…俺の夢が遠退いちまうだろうが」
ぼやきながら帽子をかぶり直してケニーは忌々しげにつぶやくが、その表情は懐かしい死にかけの少年との再会を心なしか喜んでいるようにも見えた。
▼
リヴァイとウミが襲撃を受け奮戦する中で待機していたアルミン達にもその街を巻き込んだ激しい戦いの轟音が耳のいいサシャに届いていた。
「はっ、銃声です!!」
「は?」
「ほら!! 何発も鳴ってますよ!!」
「やっぱなんかあったのか……」
「多分あった」
元々対人相手への戦いに備えていたミカサは冷静にサシャの慌てふためいたような声に静かにそう答えると一人戦う覚悟を決める。
「多分……兵長達が見つかったんだ。言われた通りの作戦に変えよう」
アルミンにより作戦の確認がそれぞれ行われる。まさかこんなにも早く敵が襲って来るとは、誰もが緊迫した表情で作戦に動き出す。
「兵長達は立体起動で壁を越えてくる、全員分の馬を用意して僕たち4人が待機。荷馬車は霊柩馬車の追跡を担当する、全員が合流するまでは目標を補足すること。(しかし……見つかってしまったのか。だとすればもう尾行ではなくなる。このやり方じゃあどこまでエレン達を追えるかわからない)」
馬を走らせながらも霊柩馬車を荷馬車で追跡するアルミンの表情は暗い。ミカサとコニー、ジャンとサシャに分かれそれぞれが持ち場に着く中でサシャは聞こえた銃声がどんどんこちらに近づいてきていることに気付いた。
「えぇぇ?? 銃声が近付いて来ていますよ!」
「はぁ? 銃声が近付く? 銃を撃ちながら立体起動で追えるわけねぇだろ」
「でも……」
「ましてや憲兵があの兵長らの化け物じみた動きについていけるわけが……」
サシャがそう叫ぶもジャンはそんなわけないと頑なに信じようとしない、リヴァイ達は精鋭だ。幾ら何でも銃を持った憲兵が立体機動装置もなしに近づいて来る。そんな技術があるなんて聞いたことはない。
「来た! 霊柩馬車!」
ミカサとコニーの前に現れたのは壁門を通過して走り行く霊柩馬車。間違いない、あの中にエレンとヒストリアが。示された作戦にアルミンが緊張した面持ちで承認に成りすましながら荷馬車で建物を挟んで並走して追いかけ。ミカサ達も乗っていた馬に跨ったその時だった。なんと、霊柩馬車に続き門を抜けてやって来た血まみれの姿で必死に逃走するリヴァイと、それを追撃する中央憲兵の調査兵団に対抗できる組織として秘密裏に結成した対人制圧部隊。自分達よりも性能のいい立体起動装置で俊敏な動きで姿を現したのだ。
「兵長!?」
「何だありゃ!? 立体起動装置なのか!? 銃を持ってるみてぇだが……まさか!?」
突然の出来事に戸惑うジャン達に構わずに対人立体機動を装備した兵士達がリヴァイに散弾を撃ったのだ。しかし、それを見切り瞬時に敵の散弾を横に体勢を傾けて寸でのところで何とか避け、そのままリヴァイは自分のアンカーを敵の脇腹に向かって発射し、そのまま身体に突き刺したのだ。
「ぐあああ!!!!!!!」
巨人殺しさえまだ不慣れなまだ新兵になりたてのジャンの目の前で繰り広げられる命のやり取り、ギュイイイインとそのまま腹部に突き刺したワイヤーを巻き取ると、リヴァイは何のためらいもなく立ち向かい、そのまま引き寄せた兵士の胴体を容赦なく真っ二つに切断して駆け抜けた。
「殺した……」
「え、でも他の3人は!? それにウミは????」
血まみれのリヴァイの姿に誰もが言葉を失う中、そのサシャの問いかけに誰も答えない。前々から知らされていながらもどこか覚悟や、そんな事あるわけないと、信じていたかった。しかし、突如として始まった人間同士の戦い。その中で何の迷いも躊躇いもなく襲い掛かってきた敵の命を奪い散らして作戦を続行するリヴァイが血の付いた刃を立てミカサ達に合図を送る。そこにウミの姿は無い、まさか…いやな予感が脳裏を支配する。
「合図だ!」
「左に行こう」
馬を走らせながらリヴァイの合図を受け、馬を走らせるミカサ達を確認するとリヴァイは、アルミンが走らせる荷馬車へと降り立った。
「え? 兵長!?」
「アルミン、馬車を追うぞ!!!」
「はい!」
「いいか? 奴らは対人の戦闘に慣れてる。もう3人やられた。俺達の行動は筒抜けだ、奴等はエレンとヒストリアを餌に残存する俺達を全員この場で殺すのが目的だ。同じように三人やられてウミも負傷して動けない、」
アルミンが走らせる荷馬車の背後に着くミカサたちは馬を並走したまま黙ってその話に耳を傾けていたが、あまりにも取り巻く現状の残酷さに先程まで会話していたニファ達が殺された事にショックを受けている。落ち着かせるように激闘に息を切らしリヴァイの的確な指示に従う。
「アルミン、お前は左側から最短で平地を目指せ」
「はい!」
「サシャとコニーは馬を牽引しろ」
「「はい!」」
「ジャン、お前はアルミンの馬車に乗れ、荷台から銃で応戦しろ」
「……了解!」
「ミカサは俺と立体起動で逃走の支援だ、」
「エレンとヒストリアはどうするつもりですか?」
しかし、リヴァイの指示にミカサは暫し黙り込むと静かに重い口を開きそう問いかけた。リヴァイは静かにミカサに応える。
「他の手を探すしかねぇだろ。それも俺達がこの場を生き延びることが出来たらの話だ。敵を殺せる時は殺せ。わかったか?」
「……了解、」
かつて、エレンと共に両親を殺し平凡な少女から戦いの中に引き込まれ人を殺めた経験のミカサだけが静かにそう答える。しかし、誰もが突然人を殺せと言われてはい分かりましたと言えるような気持ちなどまだ覚悟など持ち合わせていない。突然の人を殺めると言う目の前の現実に躊躇いの表情を浮かべながらジャンは返事をすることが出来ないまま戦いは熾烈さを増していく。
「兵長! 来ました! 右前方より複数! 曲がります!」
「アルミン、ジャン、馬車に移れ! 他は援護だ!」
アルミンが走らせる荷馬車を追撃する対人立体機動部隊がとうとう追いついた。この馬車を奪われれば終わりだ。超大型口径の散弾を構える敵兵にリヴァイがすかさず刃を射出して投げつければそれは相手の頭を貫通し、落下していく。また人が死んだ、同じ壁内で暮らす兵士が…未だ若い少年少女らはショックを受けている。リヴァイの命令に反発するジャンがその光景を見て呆然とする中でアルミンが顔面蒼白して銃を構えるジャンを見て心配を募らせる。
「クソッ……また人が死んだ! 何でこんなことに……!」
「ジャン……」
ミカサとリヴァイが追い付かれる前に追跡者たちを何とか振り払うも数が多く、まして向こうの性能のいい立体機動装置に翻弄される中で一人の女兵士がガスを噴射してリヴァイとミカサの鉄壁の合間を掻い潜りアルミンが走らせる荷馬車に接近してきたのだ。
「ッ!!」
「クソッ!! 回り込まれる!!」
荷馬車へ回り込んできた敵兵がアルミンに銃を向けてきた。
「あ!?」
撃たれるー!しかし、追い付いたミカサがそのまま長い脚を生かして女敵兵を荷台に蹴り落としたのだ。
「ミカサ!!」
「うお!!」
ミカサに突如顔面を蹴り飛ばされ落ちてきた女兵士に驚きつつジャンが悲痛な声で銃を向ける、その銃は人の命を奪う道具、しかし、構えたジャンの声も手もカタカタと震え、その瞳はこの状況にすっかり震え上がっている。
「ッ……!!!」
「動くな!!」
顔面から流れる鼻血を垂らして荷台に倒れ込んだ女兵に銃を向けるジャンだが、その手は震えている。とてもじゃないが本気で撃とうとする様子が見えない。
「ジャン!?」
倒れ込んだ女性兵士はジャンに銃を向けられているのにも関わらずジャンに振り返りながらそのまま起き上がろうとしている。
「動くなっつってんだろ!!」
ジャンが叫んだ瞬間、カキン!という音と共に女兵士が双銃を振りかざしてジャンが手にしていた銃を払いのけたのだ。
「うぉ!?」
そのまま馬車から落下していく銃、逆に追い詰められたジャンは形勢逆転だと女性兵士に散弾を突きつけられ、向けられた銃口に竦んでそのばに倒れ込んでしまった。
「ジャン!!」
ミカサが助けに向かうも間に合わない、撃たれる。
「止めて!!」
その時、上空から風を纏い姿を見せたのは同じく敵兵の返り血で赤く染まったウミの姿だった。
「ウミ!? (チッ、てめぇがなんでここに…何で逃げなかった…!)」
リヴァイはまさかとは思ったが、やはりそうだった。あの時、危機的な状況で二人とも生き延びるのは不可能だと、わざとウミを巻き込まない為に自ら囮として敵たちの目線が全て自分に注がれるように、その為に逃がしたのに。
ジャンを庇うように、彼の前で両手を広げたウミがアルミンの視界に飛び込んでくる。それはまるでトロスト区でエレン達と共に駐屯兵団に囲まれ砲弾を受けた時と全く同じ状況とダブって見えた。アルミンは震えながら拳を握り締める。
――「言ったでしょう? ……あなたたち三人は、死んでも守る。って、」
また、彼女に守られるのか。グルグルと終わりなき葛藤が渦を巻く。必死にここまで逃げ延びたのに、この手は届かない、ウミが殺される。
リヴァイの脳裏に今までの光景がよみがえる。地下で生きていくには身体を売るしかなかった美しい母。自分を育てながら、身体を売り、サンゴの抵抗力の落ちた身体で性病を感染(うつ)されて、どんどん日増しに眠るように死に白骨化しかけた美しい母の変わり果てた姿。
奇行種に無残にも食いちぎられて転がったイザベルの生首、上半身だけの姿になり果てたファーランの変わり果てた死体。
女型の巨人に壊滅された旧リヴァイ班、そして、ウミを突如失い失望していた自分に何かと絡んで来たクライスが肉片と化した。ウミも、そうなってしまうのか、自分を、置いていくのか。
「ウミ……!!!」
リヴァイが大声でウミの名前を叫んだ瞬間、無情にもその銃声は鳴り響き、パタパタと、まるで雨のように血の雫が飛んだ。
▼
森の奥、今にも突風が吹いたら壊れてしまいそうな寂れた厩舎の外ではアルミンが泣きながら木に腕を支えて木陰で嘔吐していた。そんなアルミンに見張りをしていたミカサが心配そうに駆け寄りその背中を支える。
そう、あの時、銃口を向けたのは。
――「ジャン!!」
銃口を向けられたジャンを助けるために屋根から転がり落ちるように馬車へ飛び出して庇ったのはウミだった。何故、彼女はいつもそうやっていとも簡単に自らの身を犠牲にしようとするのだろう。
単なる命知らずなのか、それとも、もうこれ以上仲間を目の前で死なせなしないと言う決意なのか?それともクリスタレンズと同じ、いい子のまま死にたいからなのか。
両手を広げ、もう誰も死なせやしない、その銃撃からジャンを守る為に躊躇いもなく身を差し出したその姿にかつてトロスト区攻防戦で自分達を砲弾から守ろうとした姿と重なる。護身用の小銃を発砲したのは、アルミンだった。
アルミンの撃った銃弾は寸分の狂いもなく女兵士のこめかみを貫いた。
突然の銃撃、調査兵団のまだ若い参謀が向けた弾丸に撃ちぬかれ何が起きたかわからぬままに馬車から落ちていく身体。その光景に唖然とするジャン、ウミ、そして対人立体起動隊の人間達。
「マズイ! アルミン、ジャン、ウミ!」
リヴァイが背後から迫る別の対人立体機動部隊のメンバーが荷馬車を狙い撃つのを見てすかさず叫んだ。
即座にリヴァイがウミを、ミカサがアルミン、サシャがジャンを抱きかかえて急ぎ荷馬車から離脱した瞬間、さっきまで3人の居た荷馬車に散弾が命中した。
「オイ、何で戻って来た」
「こっちのセリフだよ!勝手に置き去りにして……! 私はそんなに弱くない……死ぬまで一緒って約束したじゃない……」
何処か悔しさを押し隠せないウミ。エレンとヒストリアを乗せた馬車はそのまま門を抜け行って遠くまで行ってしまった。エレンが連れていかれる!置いて逝かれる不安、恐怖にミカサが追いかけようとしたが、向こうから散弾が放たれた。寸前のところで何とか避けたが、追い掛けようとしたのを片手で押さえつけて止めたのはリヴァイだった。
ミカサの腕力で何とか追いかけようとするが、もうこれ以上の後追いは危険だとリヴァイはいったんエレンとヒストリアを諦める事を決断するしかなかった。
この男の細身に見えるその体のどこにそんな力があるのか。ミカサが押してもそれ以上の腕力で上半身を押さえつけられる。
重量のあるミカサがどんなに動いて抵抗しても、リヴァイの腕力の方が上手だ。彼の腕の力ではびくともしない。
「駄目だ!一度引く!!」
「っ、ううっ……エレーン!!!!」
この門の先でさらに待ち伏せされている。もう自分達の行動は全てお見通しなのだ。グググ……と、リヴァイに剣で押さえつけられ、例え怪力のミカサでも人類最強の力には及ばず、その場にはミカサの悲痛な叫びが静かに反響するのだった。そのまま門の向こうへ去って行ってしまったエレンとヒストリア。自分達調査兵団は成す術もなく自分達は無様に街を脱出して敗走する道しかなかったのだった。
▼
随分長い間揺られていた気がする……。深い暗闇から突如差し込む明りの眩しさの中でエレンはゆっくり目を覚ました。ずっと閉じ込められたままだったエレンの棺の蓋が音を立て開けられると、其処に居たのは長身痩躯の帽子をかぶった先ほど自分達をさらった中央憲兵の男ケニーだった。
「ようエレン。長旅ご苦労さん」
低い声が労いの言葉を述べる。どうやらあれからだいぶ時間が経過したようだ。ストヘス区の宿屋に運ばれて、そして…再び。なら、ここはレイス卿の領地だろうか。みんなはどうなったのだろう、リーブス商会の者達はみんな殺されてしまった…。不安に思うエレンは自分達を攫った目の前の男を驚愕の眼差しで見つめながらゆっくりと起き上る。その隣の棺の中から出てきたのはヒストリア。自分と同じように両腕を拘束され、口には猿轡をはめたヒストリアを起こす中年の小柄な男が居る。
「(ヒストリア? あれは……)」
エレンの目前には記憶を失う前にニファが全員に提示した指示書内に描かれていた。今回の革命の最重要人物であるヒストリアの実父にしてこの壁の最高権力者である真の王家、ロッド・レイスの姿を確認できた。この壁を真に統治する王でありながら思った以上に小太りで小柄だと思った。
「(ロッド・レイス こいつか……オレ達の邪魔をする奴は……人類の敵……ヒストリアの話を聞く限りこいつは……クソ野郎で間違いねぇ)」
あの悪夢の日、世界の憎しみを込めて実の娘さえも手にかけようとした、男の存在にエレンは並々ならぬ憎悪を抱く。ヒストリアの猿ぐつわを外しながらロッド・レイスは静かに実の娘であり、この数年間偽りの名前で生きてきた自らの生まれたことすべてを否定され虐げられてきた愛しい娘を大きく両手を広げて包むように抱き締めた。
「ヒストリア……今まですまなかった」
ヒストリアを抱きしめるロッドが告げた思いもよらぬ言葉とその抱擁にヒストリアは呆然としている。
「今までのことを許しておくれ……。お前を守るために。ああするしかなかったんだ」
「お、父さん……」
「いつだってお前の事を思っていたよ。こうやって抱き締める事をずっと夢見ていたんだ。お前こそ、王家の血をひく者だからだ」
「私……が……?」
「そうだよ、ヒストリア。私たちレイス家こそが、本当の王家なんだ。そして、お前こそが人類を救うことのできる唯一の存在なんだよ……。さあ行こう、ヒストリア。すべてが始まった場所へ……」
そして、実父に差し伸べられた手を拒まない娘はいない。父に導かれるように示されたその場所は……。
孤独に生きてきたヒストリアは今までの事は自分を守る為の父親の隠された真の愛情だったのだと、自分は生まれてきてはダメな人間じゃなかったのだと、その身に刻み込むと自然とその頬を伝ったのは月明かりにきらめく透明な雫だった。
2020.03.16
2020.03.25加筆修正
prev |next
[back to top]