THE LAST BALLAD | ナノ
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

#67 幸せを運ぶ風

――「起きろよ、ウミ! 本当に姉貴っていつも寝るの好きだよな、」

 これは懐かしい記憶の断片。その中で今も悲しい夢の続きをひとり見つめていた。確かに聞こえた声は今もウミが逢いたい。そう思う者達の声にひどく似ていた。

「イザベル?」

 確かに聞こえたんだ、愛らしい無邪気な彼女の声が、聞こえた声に思い馳せ辿る。しかし、愛らしい緋色の髪を二つに結んで笑っていた彼女はもうどこにもいない。物言わぬ変わり果てた生首だけとなったのだ。

「クライス??? どうして死んでしまったの、」

 ふと気づけば上背のある細身の肉体に鮮やかなダークレッドの髪が揺れた。同じ似たような髪色をしていた。そうして普段から嗅ぎなれたタバコの香り。自分が妊娠しても彼は煙草を吸い続けていた。

「ペトラちゃん……」
――「お願いですよ、まだこっちに来ないで下さいね、ウミさん。どうか兵長を守ってあげてください、私たちの分まで、お願いします」

 答えなき問いかけそれに微笑んだのは彼女だった。そうして、微笑むのは同じ色素の父親。
こうして夢の中でなら触れられる。しかし、今一番欲しい言葉をくれる存在はそのまますり抜けて。そうしてまた去っていってしまう。必死に手を伸ばし、大きな声で叫んでも、もう二度と届かない場所に。

――「そちらの楽園はあなたたちを迎えてくれましたか?」

 これは夢の断片に近かった。深い微睡の中で揺れているようだった。また、もし、会えるのなら聞きたかった。みんな志半ばでついえた命だったから。
 自分だけが幸せになってもいいの? 問いかけるもう一人の自分(私)
 


 先立った仲間達の犠牲の上に成り立つ「生」があるのなら。
 これまで仲間達が己の身を捧げてきた心臓の分まで自分達は何としても生き抜いてその捧げた翼の行く末を見届ける役割を担っている。
 背負ったこの翼を散らしてしまうわけにはいかない。
 命ある限り最後の一人になるまで戦い抜くのだと。

 調査兵団は何としてもウォール・マリアを奪還しなければならない。
 その果て、エレンの生家のあるシガンシナ区へ辿り着くためには今の王政が実権を握る壁の国を変えなければならない。

 しかし、やっと中央憲兵のサネスらにレイス家が真の王家だとようやく判明しそれを利用してヒストリアを真の壁の王とするとクーデターを開始した際にリーブス会長が寝返っていたことが中央憲兵にバレたことでリーブス会長を殺害したのは調査兵団であると偽りの罪を擦り付けられ、その責任を問われエルヴィンが逮捕されてしまったのだ。

 自分たちは一転してお尋ね者として追われる立場となってしまった。
 こうなってしまっては調査兵団の立場は危ぶまれ、壁外調査どころかまともに行動できなくなってしまった。
 このままいずれ見つかるのは時間の問題、もし見つかれば自分達はただでは済まないだろう。調査兵団は解体され、自分達は処刑され、壁の事実も壁の外で待つ夢も永遠に失われることになる。

 そんな中、ウミは追っ手に腹を撃ち抜かれながらも何とか生き証人となったディモリーブスを自分を探しに来たリヴァイと合流を果たすことが出来た。
 傷を癒し、ここで息を潜め夜明けを待っている。

 今自分達を取り巻いている現状はまるで夢の断片に近かった。自分は今も深い微睡の中で揺れているようだった。
 今もじくじく痛む傷口を手当してくれたリヴァイが腹に留まっていた弾丸を引き抜いてくれた。

 しかし、まだ痛む傷、そしていつ追っ手が自分たちの隠れている山小屋を見つけるか分からないのに呑気に寝てなどいられない。

 ゆっくりとウミが目を覚ます。その空間は無言に切り取られた世界だった。
 よく見れば無意識に泣いていたのか、頬が微かに濡れている。
 激しさを増してゆく雨足はもう既に遠ざかっているように感じられた。

「っ……さむい……」

 雨に濡れ、すっかり冷えてしまったウミの身体は暖炉の薪とくるまれた毛布だけが頼りだった。束の間の平穏が許されたこの空間はとても静かで。
 巨人に殺される恐怖と隣り合わせの人生。しかし、どうしたことか。今は同じ人間同士で争い、そして殺されるかもしれないと言う恐怖がこの先に待つ未来に暗い影を落としていた。

「え? リヴァイ……どこ?」

 これはまるで悲しい夢の続きのようで。本当に誰も自分の前からいなくなってしまったのかもしれないと言う錯覚を抱き、たまらず不安になった。
 外で降りやまない雨のように、その涙でずぶ濡れの頬を拭い、不安げに周囲を見渡すが、暖炉の前で乾かしている服は自分の服だけで、ウミは彼の温度をまるで感じられないベッド。するりと抜け出し、先ほど弾丸を抜いた腹部は包帯できつく縛り固定しただけで完治とはいかないが動くには支障が無い。今この状況で医者など呼べない。
 腹部を抑えながらも素肌に毛布をくるみ、さっきまで確かに一緒に抱き合って温もりを分かちあっていた男を探した。
 今自分たちを取り巻く残酷な現実から唯一隔離されたような空間、束の間の安らぎの空間の中で彼だけが、居ない。

「リヴァイ……?」

 ウミは温もりを求めるようにつがいを探した。この安らぎに満ちた世界は女神がくれた贈り物だろうか。こうして居ると、ずっと二人でこの場所で静かに暮らしていたような、そんな気さえする。
 この山小屋に入る際にリヴァイが蹴り壊したドアを開けば、そのドアの前で座り込む綺麗な刈り上げ頭が見えた。

 かたん、と背後から聞こえた音にリヴァイは即座に振り向く。今にも射殺せそうな獰猛な目付きをして。

「リヴァイ、私だよ、」
「――びっくりするじゃねぇか」
「ごめん、急に……」

 そこに居たのは濡れた服を乾かす為に裸体に毛布を素肌にくるんだだけ、という。
 あまりにも頼りないウミの姿だった。

「ウミ、まだ動けねぇだろ。休んでろ」
「っ……」

 突然縋り付くように逞しい腕に抱きついてきた小さな身体を抱きしめてくれた温もりに安堵し彼の胸に顔をうずめながらウミはしとげに吐息を漏らした。

「目が覚めたら、あなたが居ないから……どこかに……行っちゃったのかも、中央憲兵に捕まって殺されてしまったのかって、思った……」
「ウミ……」
「よかった、リヴァイ……よかったよ、」
「……馬鹿か、お前を置いて俺がどこに行くんだよ」
「……楽園」

 ぼそりとそう呟いた言葉に面食らってリヴァイは突然のウミの言葉にまた変な夢でも見たのかと冷静に突っ込む。

「あ?? ついにボケたのかてめぇ。腹に刺さった弾(タマ)抜いた瞬間失神しやがって。ウミ……お前、何泣いてやがる……」
「だって……私の大切な人は、みんな……死んでしまうから……いつか、リヴァイも……殺されるかもしれない……あなたも……きっと、いつか連れて行かれちゃう……私とか関わった人はみんな、死んでしまう……!」

 もう戦いたくない。
 戦い続けることを定められているとしても、調査兵団に居る限り人類と巨人との戦いは終わらない。
 しかし、今は人間と戦うことを強いられる事になり、巨人の正体は人間だと判明し、戦う限り終わらない命の奪い合いにウミの心は追い詰められ、悲鳴をあげていた。

 生を貪ることで安堵するように、心の平穏を取り戻すように。
 大切な人を喪う事が怖いのだと、ふるふると肩を震わせるウミの不安が男にも伝わる。
 ウミが目を覚ますまで、このまま寝かせてやるつもりだったが、同じベッドに自分が居ない事で不安に襲われ追いかけてきたのだろう。

 リヴァイはため息をつくと見張りを中断してウミを軽々と片腕に抱えてまた山小屋へと戻った。

「腹は……もう痛くねぇか」
「うん……痛くないよ、リヴァイに初めて、抱かれて、女にしてもらったあの時よりも……痛くない」
「オイ、いきなり何でそんな昔の話を……」
「あのね。思い出したの」
「あ?」

 寄り添い合い、肌を重ね合わせる事でしか安心を得ることが出来ない。
 ウミが懐かしむように遠くを見るような眼がそう告げる。
 ウミの触れた髪は今は短く、共に地下街で愛を深めて寄り添ったあの頃を髣髴(ほうふつ)とさせる。
 痛みに耐え、泣きながらそれでも自分が確かに抱いたのは紛れもなく目の前の昔よりずっと大人びた女性へと成長したウミ。
 しかし、ウミのその言葉は、今は自分にとってあまり聞き捨てならない言葉だったような気がしたが。

「霧が濃いな……雨も……止まない……女神様が私たちのこと、少しだけ隠してくれたのかな……? この世界は、私とリヴァイだけ……今は、少しだけでも、それを望んでもいいって、事かな……」
「……そうだな」

 こんな時に弱音を吐いている場合ではない。しっかりしろ、震える足を奮い立たせ、元人間かもしれない巨人たちや本当の生身の人間とこの先戦わねば生きられないのなら、戦うしかない。

 しかし、目の前の彼が優しく抱きしめてくれるから。ついつい甘えてしまい、そして叶いもしない願い事を口にしてしまう。
 本当に自分は強くなどない。リヴァイのように自分は甘さを捨てられない。非情に徹し強くならなければ……しかし心の底から、演技でも自分はヒストリアの胸ぐらを掴んで凄めるほどの悪役を演じることが出来ない。
 でも、彼もその表情からは読み取れなくても心根は優しい彼も迷い、悩み、葛藤を抱えていることは理解している。
 彼は完全無欠の英雄などではない、人類最強と言われても彼の手で守りきれるものには限界がある、この世界に息をするならなおさらだ。
 示しをつけるべく兵士としての厳しい表情をずっとしていた彼も突然もたらされた安息の中で静かにウミの求めるように伸ばしてきた手を取り、武骨でその硬い皮膚の感触が包んでくれた。
 無言で見つめ合うとウミはリヴァイの顔が眼前に迫っていたことに気付いた。

「リヴァイ……」

 この先を言葉にしなくても彼が何を自分に言いたいのかわかる。
 彼に言葉は時に乱暴で言語力が拙くても行動で溢れる愛をぶつけてきてくれた。もし、この瞬間が、最後に2人が笑うのを見る瞬間なら。

「ウミ、」

 リヴァイの声が聞こえる。しっかり聞き逃さないようにちゃんと耳に焼き付けておきたい。叶わないからこそ、現実が辛いものだからこそ、人はこうして夢の世界で安らぎを求めるのだろうか、思いがけず与えられた二人だけの時間。

 まるで嵐の前の静けさのような穏やかさの中で2人は見つめ合いただ寄り添いその生を感じ合っていた。

 兵士ではあるが、いざこうして服を脱いでしまえば、ウミも年相応の兵士である以前に普通に暮らす住民たちのように愛する人との結婚やその先を夢見ている。ごく普通の女性だと認識させられる。
 出来るならもうその身体に白い肌に傷を増やして欲しくない、巨人の返り血ではなく、普通の女性として生きて欲しい。

 彼女は誰よりも窮地の際に有能な兵士ではあるが、だが、本当は置いて逝かれる事を誰よりも恐れ怯えて震えている、地下街で出会ったあの日のままの少女なのだと。

 だからこそ、不安に擦り寄る自分よりも小さな彼女を守らねばならないと尚更噛み締める。
 迫りくる現実が辛ければ辛いものだからこそ本来はどこかいい歳をしてもまだ少女のようなあどけなさで夢みがちな思考を持つウミの言葉は張りつめた男の眉間の皺を少しだけやわらげてくれる。血なまぐさい地下を生きてきた自分には不釣り合いだとしても、それでも手放せないのだ。

 二人が肌と肌を重ねれば、束の間の横たわる過酷な現実を忘れさせてくれた。
 それと同時にとてつもない焦燥感に駆られる。

「お前は……この先の事を考えると怖いか」
「うん……そう、だね…もし、この先の戦いで……人を殺さずに済むのなら……出来ることなら……っ」
「ウミ…」
「今も、奇行種に食われかけたエルヴィンを助けるためとは言え、それでもあの人の右腕を切り落とした生々しい感触が忘れられない。あれ(立体機動装置)で人と戦うって、どんな気持ちになるんだろう、この手がまた人の命を奪うのかと思うと……さんざんこれまで殺してきた巨人が本当は人間かもしれないと、知って、その事実が本当だとしたら……怖くて、じゃあ私は今までたくさんの人を……」

 リヴァイは静かにその肢体を強く引き寄せた。
 エルヴィンの右腕を切断したことが今もウミの中ではトラウマなのだろう。ウミは寒さからではない恐怖で震えていた。

「もっと、強くなりたい……リヴァイみたいに……」
「俺は強くなんかねぇよ……。女型からエレンを守り抜こうとした部下の命も、大事な仲間の命も何一つこの手に守れなかった、今もこうして隠れている。ただの男だ」
「リヴァイ……」
「この世界は力が強さだと、俺に説いた人間が言う通り、力なんざあったとして、ろくでもねぇな。俺は、あの環境で生き抜くために自らに強いた。殺すことを。いや、戦わなきゃ殺されその後に待つのは生き地獄だ。こうしてお前に出会う事もなかっただろう。他人の命を奪うのが怖くない人間ならこの世に存在しねぇ。居るとすれば、それは人間じゃねぇ……。だから俺は、もしお前との日々が潰えるなら、それを壊そうとする人間が居るのなら俺は俺自身の為に殺す。人間を捨てる」
「……わた、しも、だよ」
「ウミ……悪かった……。お前の見守ってきたあいつらにも、今後俺と同じように手を汚させることをこれから強いる事になるかもしれない。だが、こんな訳も分からねぇ状態で殺されるのはごめんだ。……自分でもわからなくなる、お前の前でこうしている俺と、調査兵団の俺、何が正しいのか、何が間違いなのか、それが異なるから俺達は今こうして逃げ回っている、」

 リヴァイは震える唇でそっとウミに触れる。この身体に流れる本能、血が持つ獣じみた理性を奪いそのまま目の前のウミに飲み込まれてしまいそうで……。
 実際に自分は理性を失いウミを抱いた。
 本能を凌駕する屈強な理性で抑え込んでも。いざ、戦いとなれば自身は誰よりも先に武器を取り、そして、自分達の存在を脅かす者達を排除する、漂う血の匂いがその本能を駆り立てる。否定することは出来ない、そしてやはり自分は狩られるならば狩る側の人間なのだと知る。
 獲物が逃げれば追い詰め、その喉元に刃を振る、甚振る相手に見せる本能のままにウミを自身のモノにした過去。

「俺は、いつも思うことがある。今度こそ永遠にいつかお前を失う未来が来るのなら……お前をこの手で壊したいと、時々思う、」
「リヴァイ……」
「俺はお前を傷つけることしか出来ない人間だ、それでもお前はこんな俺を受け入れて許してくれるのか、」
「許すも何も……私はありのままのあなたが好き、だよ。あなたに命を救われたあの日から、今も、ずっと……この気持ちは変わらない」

 痛みと先ほどまで宛もなく逃げ回り疲弊して力なくベッドに横たわり身を休ませるウミの肢体をリヴァイは背後から抱き締め、頬を寄せる。
 リヴァイの足の間にウミのしなやかな足が絡みついた。相変わらず子供みたいに温かいその温度はリヴァイの冷えた肌や張りつめた心を癒すも、それと同時に子供じみた言動で甘えて来るのに、触れる身体は紛れも無く成熟した女性と同じ。
 兵士としての凛とした顔は今なはい。見た目や内面から醸し出される儚さやあどけなさそして、触れてみればたちまち崩れる彼女の女としての本性、それがまるで麻薬のように依存し離れられなくさせる。
 5年前何も言わずに姿を消した彼女、あの恐怖は今もトラウマとして刻まれているからこそ、彼女を自分の腕の中に閉じ込めておきたくなるのだ。

 リヴァイはウミが吐露する不安を感じ取る様に。繊細な手つきでウミに触れる。
 言葉数少なく、だが言葉以上に求めあう身体が答えを知っている。
 触れ合えばそこから広がる言葉以上の想いが彼の寡黙な目から伝わる、だから。
 お互いに触れあえば、それを皮切りに無言で肌を重ねることに何ら問題はない、今にもこの嵐のような喧騒に掻き消えてしまいそうに儚げな時間の中で、二人はただ無心でお互い安心故に求め合う自分達を隠す環境は十分だった。

「ウミ……」
「リヴァイ……っ、いいよ、お願い、リヴァイ、を感じ……たいの、」

 見つめ合い、どちらからともなく先程まで寝かせていたベッドにウミとともにシーツの波間へ。
 いつ死ぬか分からない儚い世界だ。
 明日をもしれぬ二人は無我夢中でお互いの唇を貪るようなキスを交わしていた。

 どちらが上か下かわからない程、離れてはまた口腔内へ吸い込まれる。彼の貪るような口付けは舌の根が乾く猶予さえも与えない。
 慈しむように髪に触れた先から漏れる声が彼を求める、彼も自分の声がどんな意味を持ち漏れて耳に響くのかを知っている。
 お互いが本能のままに求め合おうとしている。

 無言で懇願するように自分に擦り寄る存在を愛し気に抱き締めていた。しかし、ウミはリヴァイに擦り寄りながらある違和感に気が付くのだった。

「リヴァイ、」
「何だ、」
「その……服を、」
「あ?」
「どうして、リヴァイは脱がないの?」

 暖炉の温度は感じてはいるし、ここに辿り着いた時よりは乾いては居るが、このままでは風邪を引いてしまうと、最もらしい事を言いつつ、ウミは自分だけが裸なのが不満だと遠回しに告げる。
 リヴァイはそんな彼女の問いかけなど知らないと言いたげに、彼女の裸体に巻きついていただけの掛布を一気に取り去って本当に
 裸にひん剥いてしまった。

「っ、あっ、ちょっと……急にっ……!」
「今更だな。何も恥ずかしがることはねぇだろうが、」
「っ、そういう問題じゃないの、っ、これじゃあ、私ばかり、不平等じゃない、っ」

 嫌だ、恥ずかしい。自分は裸でいるのに、どうしてあなたは服を脱いでくれないの?と目で訴えるウミは雨の夜の不慣れな視界の中で、若干目が慣れて浮かび上がる目の前の男が一切服を脱いでいないと言うのに、自分だけが一糸まとわぬ姿でいる事に対して文句をいう。

 行為の際、お互いにいつもは裸で抱き合い、恥ずかしいと思うウミの気持ちさえあっという間にこの目の前の男は奪っていくというのに。
 そしてめくるめく言葉にするのも躊躇われるような快楽を彼は落としていくのだ。
 今は自分だけが何も身にまとってないからこそ、湧き上がる羞恥に思わず彼に背中を向けてしまう。

「もし途中で追っ手が来たらどうする、お前の一番恥ずかしいと思う状況で殺されて悲惨な末路を迎える事になるぞ」
「っ、それは……嫌、っ」
「なら俺は直ぐに対処できるように服は脱がない。お前だけこのままだ、いいな。お前を抱くのに俺が服を着ようが着てまいが、どっちにしろ同じことだ、構わねぇだろ?」
「それじゃあ……私が、リヴァイを抱けないじゃない……」
「あ……?」

 しかし、この行為の途中で自分たちを血眼で探す憲兵たちに襲われたら確かに困る。お互いに裸で戦うなどあまりにも無防備だし、マヌケだと告げるが。
 彼が自分を抱くんじゃない、自分も彼を抱くのだと甘えたように擦り寄ればリヴァイはいつも抱いていた女からの不意打ちに面食らって一瞬黙り込んだ。

「リヴァイ?」

 しかし、言葉が拙い男はウミの言葉を理解したが、何と伝えればいいのか思い浮かばず、ひとまず開いた口が塞がらない状況へ陥る。

 突然目の前の恋しい女に告げられて男として嬉しくない筈がないが、あまりにも突然すぎる言葉にどうしたらいいのか分からない。

 だが、もう一度開いた口を閉じて黙り込んでウミを言葉の通りに抱く事にした。

「あっ、そんなに……見ない、で……」
「大丈夫だ、暗くてよく見えねぇ、」
「つぅ……っ、」

 ――本当に見えていないの?
 とでも言いたげに疑い深いウミは的確に暗闇の中でも自分の敏感な部分を探り当てのしかかる重みに声を上げたくなるほどに、覆い被さる男の身体をたまらず抱き寄せていた。

「暗闇なのに、あっ、どうして、分かるの……」
「見えなくても、散々明るい所で見せ合ってきたじゃねぇか……」
「っ、」

 寝転がる事で脂肪で出来た柔らかな胸は平らに流れ、それを掬う様に掌で遊ばせて。肌と肌で温もりを感じ合うからこそ生きていると、実感する事が出来る。
 触れた部分から安心する、そして心地いいのだと、こんなことが出来るのは特別である彼が相手だからこそ、なのに。

「っ、はっ、あっ……」

 両手でムニムニと自由自在に形を変える部位に彼はすっかり夢中だ。
 大きくも無く小さくも無い、本当に自分の手のひらにおさまるサイズ、その初めは柔らかかった先端が触れられたことで硬さを帯びてむくりと起立し、その先端は暗闇の中でも想像するに容易く赤く色づき、触れてくれと言わんばかりに主張している。

 お互いに纏うものも無く裸で抱き合いたいと思うのは自分だけなのだろうか。
 あんなに痛くて恥ずかしくてたまらない、願うならもう二度と。とさえ思った行為を幾度も繰り返して、それでやっと彼と素肌同士でありのままの姿で何もかもとっぱらって愛し合うから満たされるし幸せな気持ちになれるからこそ、すでに下肢の間はしとどに潤っているにと思う。

 彼の左胸に耳を当てれば、本当に彼は目の前に居て、今こうして心臓の鼓動をどんどん高鳴らせる彼の音を聞きながら身を委ね始めていた。

「っ、んっ……」
「お前は、何もかもとっぱらって裸のままが一番綺麗だ、」
「っ……そんな、事、ないったら……」
「兵団を離れて筋肉が削げて柔らかい部分が増えて、こっちの方がずっといい、」
「っ、でも、鍛えなきゃ、兵士なのに……戦えない、」
「お前は、兵士としてもう十分活躍している、そんなに無理しなくてもいい、お前の代わりに俺が飛べばいい、お前は、俺の傍でこうして居てくれるだけで」
「っ、あっ、」

「綺麗」だと、普段そんな甘い言葉など滅多に口にしたりしないのに。彼もよほど追い詰められて居るのだろう。
 本当は誰よりも優しいが故にこの先に待つ自分たちへの過酷な道。
 生きるか死ぬかの世界、非情に徹する事が出来るが、内心思い悩む事もあるだろう。

 臆病な自分たちはお互いに目の前に横たわる過酷なこの現状、取り巻く現実に今はただ、目を背けた。
 表情も感情の変化が乏しいこの男は突然不意打ちのように甘い言葉を耳元で囁いて、そして自分が真っ赤になって俯くのをわかってて顎を掴んで顔をあげさせて。

 そして――……呼吸さえ奪うような口付けが全てをさらった。
 もう何も考えられなくなればいい、今の間だけ、生きてることを感じたいのだと。



「ねぇ……リヴァイ……私達(調査兵団)ってさ、……これから、どうなるの?」
「大丈夫だ。そう、言ってやりてぇが……もう、明日どうなるかこればかりは俺にもわからねぇ…」
「そう、だよね……私たち指名手配されてるんだもんね……。でも、それにしても似てないね……この手配書のリヴァイ。ふふっ、これじゃあただのおじさんだよ」
「そうか、また傷口に酒でもぶっかけられてぇのか」
「そ、それは……ごっ、ごめ……ん……なさい。遠慮します」

 確かに迫る身の危険、揃いの指輪と愛の言葉を並べ永遠を確かに誓い合った筈の2人、だけど、今はもう明日をも知れぬ身になりこの先どうなるのか、その未来は暗礁に乗り上げて全くその先は見えず、リヴァイさえも自分の明日がどうなっているのか保証も出来ないし想像もつかない、わからない。

「この先、俺が殺されるか、お前が死ぬか……どっちだろうな」

 抵抗も出来ぬまま死ぬのだけは何としても避けるつもりだ、しかし、その場合この手は再び赤い血に染まる事になる。

「分からない……もしかしたら二人同時かもしれないし……でも、それでも……今は、あったかい……」

 リヴァイの広い胸に頭を傾けるウミ。そうすると、狭いシングルベッドで身を寄せ合う2人の腰や足もくっつくことになる。互いに触れている箇所だけはこの澄んだ冷たい空気の中でもじんわりとあたたかかった。暖炉でゆらゆらと揺らめく炎の様に、2人の心もじんわり温まり、そして優しいオレンジの光が暗闇の中で均一な光を放っていた。

「私たち、生きてるね。もし、願いが叶うなら……こうしてリヴァイと静かに過ごしたいな……リヴァイのお嫁さんになりたい……それで子供も欲しい。三人!」
「三人もガキが居たらうるさくて仕方ねぇな、まさかエレン、アルミン、ミカサとかつけんじゃねぇぞ」
「ふふ、しないよ…私、巨人とか、調査兵団の未来とか、お互いの出生とかも、ね。何もかも忘れてここで暮らしたい…ただ、それだけが願いなのに……」

 ぽたり、リヴァイの胸に落ちる熱く潤すそれはウミが流した涙だった。先程までの緊迫した空気から今こうして愛する彼と共に暖炉の火を見つめ、生まれたままの姿で身を寄せ合う一時の安堵感、その温もりの所為か。うとうとと微睡む意識を邪魔するものは無く、ウミはリヴァイの胸に顔を埋め涙を流し、瞼を閉じた。

「今度はエルヴィンの右腕を切り落としたように、人の命を奪うのね。私たちの未来が危ないから……」

 今まで幾度も殺し染めてきた巨人の血ではない、今度は同じ人間の血でこの手を汚すのだ。
 今まで地下でそうして暮らして生きてきた、しかし、今はもう自身は日の当たる場所で息をしている。
 しかし、その心はまた深く地の底に沈んでいた。

「お前と約束したな……もうこの手を血に染めたり殺しはしねぇ、と。だがな……今この現状を見てわかっただろ、もう手段や法を選んでる場合じゃねぇことくらい……やられる前にやらねぇなら俺達の明日は二度と訪れない、」
「うん……」
「俺は……このまま訳の分からねぇままこんな狭い壁の中で殺される気はねぇ。ならば俺は誰よりも先に剣を取るつもりだ。やられる前にやる。この手でもう一度奪う」

 リヴァイはそっとウミをベッドに組み敷くとそのまま弾痕に力を込めないように跨り余すことなくその肢体を見つめた。硬い胸板に押しつぶされた柔らかな心臓の鼓動、そして体温を確かめる。
 恵みの雨は周囲からこの小屋を深い霧で隠していた。頼りないランプのオレンジの光の中でお互いの肌を通じて生を感じた。
 今絶望的な状況でも確かにお互いは今も生きている、その心臓はしっかりとその鼓動を刻んでいる。
 お互いに何も身に纏っていない肌と肌を重ねリヴァイはそっと切り落として短くなったウミの柔らかな髪を撫でた。

「俺は……お前を今度こそ失わねぇためならもう一度この手を血に染めることくらいなんとも思わねぇ。俺達の邪魔をするならたとえ相手が誰だろうが殺す。だが、俺一人ではそれは成しえねぇことだ。お前や新兵にもこの手を汚させちまう事を強要するようになるが、……それでも、俺は何としても生き延びる、だからお前も何としても生き延びろ、」
「……はい」
「それに、お前が俺と離れている間の事なら、もう、隠す必要はねぇ」
「え……」

 その言葉にウミはなぜ彼がその事を知っているのか戸惑いの声を上げた。

「反抗期の塊のエレンとガキの癖にやたらと利口なアルミンと俺に一番近い戦力を持つミカサをたった一人でよくここまで育てた。あの三人は今のこのヤバい状況の調査兵団には欠かせない人間だ。
 五年間、お前が俺と離れている間、あの三人の面倒を見るのにどれだけ必死だったか、口にしなくても分かる」
「ああ…やっぱり、知っていたのね」
「お前は分かりやすい」
「サネスでしょう? 私の仕事相手だった」
「お前、まさか……」
「あ、違うよ……その、身体までは許していないから」
「当たり前だろ、俺以外の男に抱かれるのを俺は許した覚えはねぇからな」
「そ、そんな真顔で言わなくても……」
「俺は大真面目だ」

 ウミは観念したように瞳を閉じて唇を噛み締めていた。中央憲兵に頼まれた裏の仕事。口封じとして与えられた莫大な報酬。まるでそれは「狗」のような中央憲兵の従順な番犬。自分の存在は、ウォール・マリアの天使などではない。

「そう、あれは4年前……ウォール・マリア奪還作戦が失敗した後の時、生き残った私たちは王政府が口減らしで今回の作戦を思いついたことを知らされた、ううん、思い知らされたの。口封じの代わりに人類の活動領域に帰還することを許された。中央憲兵に言われ頼まれたの。酒場で壁の事について、王の事を話す人間が居たら全て事細かに知らせろ。と、その代わり悪いようにはしない、報酬は弾むし、悪いようにしないお、調査兵団を辞めた私に帰る家も、家族さえ亡くした私にはもう守る者がまだ幼いエレンとミカサとアルミンしかいないのを全部見越したかのように中央憲兵達は私に近づいてきた。「副業」をするのに夜の酒場はちょうどうってつけだった。お酒の力って嫌だよね……人ってお酒を飲むと浮かれて言わなくていい余計な事まで口走る……私、お酒で人格が変わる人、本当に嫌い。酒場のお客さんたちはウォール・マリアで済む場所を失った人が多くて、みんな現実から逃げるようにお酒を飲んで、へらへらと口走っていた。言わなくてもいいことまで、みんな……。そして、少しずつ顔見知りが消えていた…次の日から謎の失踪を遂げた。私のせいで……みんな無残な姿になって死んでいた、ある時は事故に、ある時は通り魔、連続殺人の犯人の手によって……子供が生まれたばかりだと話していた壁の秘密を知ったと話していた父親の事も報告した」

 しとしと、先ほどよりも雨足が遠のいたのか静かな雨がガラスの窓を打ち付け、匂い経つ雨の香りは部屋にも充満していた。
 ウミはもう隠すことを止め自身が生き延びるため、荒れた開拓地でひもじい生活を送る彼らにせめて安らげる家を与えたかった。
 巨人の襲撃で傷ついた彼らを、親を亡くした彼らにせめてもの安らぎを与えたかった。しかし、何も持たないただの自分ではこの手を汚す事しか思い浮かばなかった。女として自らの身体を売りに出すのだけは、誰かの情婦になる事も、どうしても出来なかった。
 もう終わった関係、だけど親やリヴァイに誇れる自分で居たかった。

「あなたの子供を死なせた私はもうあなたの隣に居る資格は無い、もう二度と会わないつもりでいたのに……ウォール・マリア奪還作戦で生き残った時、あなたの事だけを、思っていた。この作戦に主要の精鋭は居ないからあなたがここにいないことは分かっていたけど、……命が助かると……人は欲深い生き物だね……トロスト区の酒場に居れば少しでもあなたを身近に感じられた。身体を討った方が金になる、気位のいい貴族の情婦にでもなれば一生食い物には困らない、言われた事もあった。だけど、身体を売る事は出来なかった……それで、中央憲兵の手下になったの、」

 ウミは瞳を潤ませながら窓からうっすら見えた空に涙を光らせていた。
 リヴァイはもう何も言わずに静かにウミを抱き締めすべて理解したと、受け入れるようにミカサが口にしていたウミの苦しみをただ受け入れたのだった。
 そんな彼女にもうこれ以上、酷な話をすることは出来なかった。
 腹の中に宿っていた確かな命がまさか人為的に奪われたと知ったら、きっともうウミは今度こそ生きる希望を無くしてしまう。

「私……リヴァイだけの為に生きたかった……だけど、消えないの……もう、あの時お腹の中から出ていってしまった……」
「ウミ……」
「私のせいで、死んでしまった……私、の、赤ちゃん……」

 言葉に詰まらせながらリヴァイは静かにウミを抱き寄せていた。
 そしてその痛みによりもう二度とこの手に我が子を抱く未来も、その身体に命が宿ることも無いのだ。

「お前は……この先も誓うか」
「え?」
「答えろ」

 そんな彼女に自分との未来の為に生きていて欲しいと願うのは、愛している存在のどんな形でも生きていて欲しいと願うのは自身のただの願望なのだろうか……。
 「子供なら、また、作ればいい」そんな簡単な問題じゃない。そんな気休め、もう二度と失われたこの命は還らないのに。
 だからこそ、せめて、自分は最期の時までその傍で見守る、そんな存在で居たい。もし、許されるのなら。リヴァイはそう告げると静かにウミの手を取り口づけ静かに囁くように誓約を口にした。

――「私、リヴァイはウミを生涯の妻とし、健やかなるときも病める時も、老いても、もし死が二人を分かつとしても、あなただけを一生愛し続ける事を誓います。誰よりも大切にしていきます」
「リヴァイ……」
「お前は」
「へ??」
「言え、」

 歯が浮くようなセリフを述べたリヴァイにウミは感涙で今にも泣きそうだった。それは自分が憧れて何度も何度も口にしていた結婚式の誓約の言葉だったからだ。
 聞き流していた、そう思っていた彼からの言葉にウミは涙ながらに答えた。

「わ、私……ウミは……あなたを、リヴァイを生涯の夫とし、健やかなるときも病める時も、老いても、死がふたりを分かち、それでも、一生貴方だけを信じ、あなたについて行きます。あなたを誰よりも愛しています……」
「これで俺達は夫婦だ、誰にも文句は言わせねぇ。ウミ。感想はどうだ」
「っ……嬉しい……私、今まで生きてきた中で……こんなに幸せなこと、ない」
「まだだ、まだこれからも幸せにしてやる……約束する。このクーデーターが成功したら、ウォール・マリアを奪還したら……必ずお前と式を挙げる。そしてお前と二人きりの空間も用意する。約束だ、」
「リヴァイ……」
「ガキも三人、お前が望むだけ、望め、そんで、産みたいなら産めばいい……だが、死なねぇのは確実だぞ。俺だけ残されても、子守は出来ねぇぞ、」
「うん……リヴァイ……」

 口にすればするだけ悲しい約束に聞こえるのは、悲壮感が溢れるのはこの先の未来が決して明るいものではないから…いつか来る、この世界が終わる日、それは遠い未来だと思っていた。
 巨人に殺されるつもりはなかった、ウォール・マリア奪還作戦が成功したらウミと穏やかに暮らして決して大きくはない小さな家でもいい、家族を築いてこうして夜は寄り添い合いながらいつまでもいつまでも暖炉の火を見つめていたい…。
 しかし、その願いは無情にも残酷に現実を知らせる。明日の命さえも知れぬ身となった自分たち。終わらない逃避行。
 自分とウミ、どちらが先に死ぬのだろうか。このまま壁の中を逃げ回り続け、いつか逃げ場をなくして追い詰められて殺されるのだけは嫌だと男は抗う道をゆく。それが例え屍の道だとしても。

「俺の命も奪われねぇように、そしてお前も、誰にも殺させやしねぇ…もし、お前が誰かに命を奪われるなら……俺が」
「リヴァイ……うん、そうだね。じゃあ、ううん……」
「何だ」
「私は、わからない。人類最強のあなたが、もしこの先、大けがをしたり、重傷を受けたり、殺される未来なんて、とてもじゃないけど想像出来ない」
「俺だって人間だ、調査兵団に居る以上、いや、生きてる限り人間は死に向かって生きてんだ。死なねぇ保証なんかこの世界にあると思うか?」

 応急処置で処置したウミの傷口をそっと撫でて男は決意した。抱き合うこの空間だけが確かに存在していた。叶いもしない願いを抱いてしまう。もし、この世界に本当に自分たち二人だけの世界になったら、そしたら、二人静かにこの世界の終わりを夢見ても許されるのだろうか。
 この手はもう既に血に染まっている。今までマトモに生きてこれなかった自分が人の親になどなれるものか。まやかしの幸せは要らない。
 今2人だけのこの世界には二人を引き離す現実も悲しい過去も見えない未来も無い、今と言う空間だけが存在している。今遮るものは居ないと信じて。

「お前が死ぬのなら……殺されるのならその時は俺も同じだ、」
「リヴァイ……」
「お前を残して死ぬのも、お前が居ない世界で生きる未来がもしあるのなら、俺は……せめてお前の腕の中で死なせてくれ」
「リヴァイ」
「俺もお前が誰かに殺されるのなら俺の手で……せめて……」
「うん、いいよ……もし、死ぬのなら、リヴァイと一緒に死にたい。訳も分からないまま他人に殺されるよりリヴァイに殺されたい。その為に生き延びないと、だよね……」
「あぁ、そうだ。ウミ、愛している…たとえこの世界がいつか終わるその日まで俺は、最後までお前だけだ……お前だけを、思っている……」

 この手から今までどれだけの命が…自分の目の前で失われてきたのだろう。この手から……お前を失って、そして1人で生きて行くには……この世界は寂しすぎるのだ。
 リヴァイは誰にも言えない本心を吐露した。
 人類最強の男が漏らした弱音、心を許した女だからこそ、深く抱き合い眠りに落ちたウミは寝息を立てて静かに安らかな夢を見る。そんなウミを抱き締め、リヴァイは独りごちた。

「あの時は、お前に身を任せすぎた、優しくしてやりたかったのに……乱暴にして悪かった」
「いい、もう過ぎたことだ」
「てめぇ、寝たふりとはいい度胸じゃねぇか……起きてやがったのか」
「どこかの怖いお顔の兵士長様の真似だよ」
「は、似てねぇな全然」
「あ、少し笑った、うん、いいよ、今の顔の方が……私は好き、優しいあなたらしい、」

 もう昨晩のような感情のはけ口のような外の天候のような荒々しい自身の獣の本能は何処にも居ない。ただ満ちていく思いは静かにウミの身体を貫いて行った。

 今度はウミが、恥ずかしいと身悶えていた少女が今では女の顔をさらけ出してリヴァイの上に跨り淫らに腰を振り続けている。その妖艶さに、じわじわと包帯から血が滲んでいても、構わず求めてくる姿に焦がれる程夢中になっていた。
お互いに上になり下になり、まるで競い合うかのように、見張りを続け精神を研ぎ澄ませ射ている仲での行為は余計に感度を加速させていた。

 愛を叫び果てるウミは自分の中を奔流する彼の熱に身悶えていた。
 2人は無心で現実から逃れるように激しく求めあった。舌を絡ませ深く深い部分で繋がりあって。

 体位を変えて、何度も、何度も。
 虚しさを、現実を、忘れるように。互いに過激な行為に発散した。
 その際も二人が固く繋いだ手は決して離さなかった。

 雨が止むとふたりは乾いた服を着直して最後に抱き締め合った。必ず生きて、戻るのだ。未来がこの先どうなろうが、一緒に静かに暮らそう。叶わない指切りだけを交わし、微笑み合う2人は次第に厳しい顔つきの兵士の顔へと戻っていったのだった。

To be continue…

2020.02.23
2022.01.09 加筆修正
 ファイナルシーズン「断罪」放映。
 +
 BALLAD連載三年目記念に寄せて。
prevnext
[back to top]