THE LAST BALLAD | ナノ
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「#寸止め」のBL小説を読む
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#65 リヴァイ・アッカーマン

 嫌がるヒストリアをこの国の女王様になれと力ずくで従わせようとする上官であるリヴァイに対して、新兵達は憧れた完全無欠の英雄からこんな非力な少女にもお構いなく暴力で従わせる暴漢なのだと言う誤解にも似た悪印象を抱き始めていた。もうこれ以上彼の暴挙についていけない。とさえ、思うようになり始めていた。
 そんな彼が口にした作戦、このクーデーターの最終的な目的・ヒストリアを女王に即位させること。それが今回、エルヴィン団長が提案した調査兵団が唯一助かる道。切り札としてリーブス商会と結託したのは調査兵団にとっては大きな前進だった。クーデーターの果てにウォール・マリア奪還作戦という本来の調査兵団が成さねばならない目的が待っている。
 リーブス商会を経由してエレンとヒストリアを敢えて中央第一憲兵に差し出す作戦は既に見抜かれていた。そしてその裏切りの報復として見せしめに殺されたリーブス。その男とは。

「ここに居たのは3人で全員のようです」
「ああリーブス……かわいそうに、調査兵団に殺されちまったな」
「はい、かわいそうですよね」
「道中は対人立体起動装置を装備しろ」
「了解です」

 そのやり取りを聞きながらウミはフレーゲルが言葉を発しないように窒息死しない程度に口元をその手で覆いながら耳を傾け、先ほど見た光景に先程からガクガクと生まれたての仔馬のように足の震えが止まらずにいた。自分の母親の姓である「アッカーマン」と呼ばれた男、そして、確かにそのアッカーマンと呼ばれた男が口にした。「リヴァイ・アッカーマン」という名前。紛れもなくそれはただのリヴァイである彼の事を指していた。
 どういうことだ?彼は地下街で娼婦と客の間に生まれ落ちた、ただのリヴァイだったのではないのか?
 自身もミカサも同じ姓を持つ。
それなら彼は……自分と同じ血が流れている人間と言う事になる、だからこそ、母は頑なに自分と彼との関係を咎めたのだろうか…。まさか、彼は自分と同じ…。
 いや、そんなわけなど無い、じゃああの男はどうしてリヴァイと同じ目をしている?それに、なぜ自分の母親と抱き合っていたのだ??自分はあの男と母親の間に生まれた子供なのか??それともリヴァイが??まさか自分達は血がつながっているのかもしれないと言う驚愕の事実がグルグルと脳裏を支配する。隠された真実が露見されていく事に震えながらもケニーは彼女の気付かないところでニタリとほくそ笑んだ。

「(対人立体機動装置……ですって!?)」
「あんな武力持った集団を放っておくのは考えもんだったが、ようやく俺ら対人制圧部隊の本領が発揮されるな」

 何だそれは。聞いた事が無い、「対人制圧部隊」だと??調査兵団入団前は中央憲兵に長く所属していた母親。
 自身の過去を決して語らなかったし、父親に聞いてもはぐらかされていた。エレンミカサアルミンを突然一人で面倒を見る事になり、金欲しさに中央憲兵の元で「副業」をしていた時でさえ知らなかった。
 ウミはこの数分間の間に起きた衝撃的な出来事に呆然と立ち尽くす中で、木から身を乗り出したままリヴァイ・アッカーマンという名前に動揺し、逃げるタイミングを完全に失った。そして、草むらに倒れ込んだリーブスがちゃんと死んでいるか、確認した時、たまたまこちらに目を向けていた長身の男の鋭い目と目が合ってしまったのだ。

「あ……?」
「(……しまった!!)」

 リヴァイを彷彿とさせるあの鋭い瞳は確実にこちらを見ていた。そして、ウミを射貫いたその目が目ざとく気の影から様子を窺うこちらを見つけた瞬間、ニタリと弓のように弧を描く。

「(見つかった……もう駄目だ、もう殺される。本当に……これで終わりか)」

 もう手遅れだとしても急いでこの場を離れなければ…。立体機動装置を装備しているとはいえ自分一人ではあの集団に勝てる算段など思いつかず、突然の襲撃に足がすくんでしまいそうになる。それに、この男を置いて逃げるわけにはいかない。

「(リヴァイ……あああもう駄目だ、私もフレーゲルも、殺される……! みんなこいつらに!!!)」

 何とかしてこの危機的状況を早くあの人へ、リヴァイに知らせなければ…。両目を塞がれ、猿轡をはめられたエレンとヒストリアが抱きかかえられて待機していた霊柩馬車の中へと連行されていく。死体にカモフラージュしてどうやら目的の人物であるロッドレイスのところまで護送するつもりか棺に押し込んで。
 しかし、この状況をどう乗り越えればいいのだ。今、ここで唯一武装しているのは自分だけ。鞘から引き抜き手にした超硬質スチールの冷たくしなる刃の間隔を確かめ思案する。
 短い時間の中で一度に多くの事を考えなければならない、現役時代から離れたとはいえこの短期間で多くの戦闘を経験してきた。否が応でも自身の身体の危機反応が過敏に動き出す。
 今こうしてこの腕の中に居るのは戦闘経験など皆無の鍛え抜かれた兵士ではない、民間人と大差ないフレーゲルしかいない。まずはこの場を離れるしかない、向こうが自分一人で乗り越えるしかいない。たとえその対人立体機動装置がどのようなものかわからなくても。
 自分達の武器は対巨人用に作られている。
 それとは真逆、対人間用に作られているあの武器、秘密裏に中央はそんなものを開発していたのか。自分達の武器がいつまでも進化しない理由がここに来て判明した。

「アッカーマン隊長?」
「どうやら目撃者がいたらしい……うっかりしてたなぁ……あの優男……手塩に掛けて育てた娘をこっちの世界に引き込んじまって。あいつはお前には普通に生きて欲しいと願っていたのになぁ……ウミよ」

 茂みを踏みしめこちらに歩み寄ってくる男の影にウミは震えた。地下街を生き延びてきたが今まで感じたことのないひやりとした殺気が肌を伝う、マズイー…。

「なぁ……出て来いよウミ。いたいけな女にはこの世界は危ねぇから巻き込まれねぇように見逃してやろうと思ったのに、残念だ。あいつの頼み通り、お前だけは殺したくなかった……あいつは俺の大事な恩人だからな……巻き込まねぇように事が済むまで閉じ込めておくつもりが、お前のせいで状況が変わっちまった、」

 低く、地を這うような声で長身男の手がこちらに向かって伸びる。ああ、もう万事休すだ。
 観念したようにウミは唇を噛み締め、覚悟を決めた。そして口元を覆っていたフレーゲルにこのままここで隠れていろと目で訴える。

「(おい!! あんた! 本当にこのまま殺されちまうぞ!?)」
「(だからと言ってもうこのまま隠れていられないでしょう。向こうに完全に気が付かれた、このまま大人しくここに居て。私が、時間を稼ぐ。だからあなたは逃げて。あなたまで私は守り切れない。隙を見て逃げて……)」

 まさか今自身の父親を殺した人間に自ら殺されに行くのか!?そう言いたげなフレーゲルを目で必死に黙らせながらウミは手で合図すると決意を込めて静かに木の影から歩み出て両手を上げたまま抵抗の意志が無いことを示しながら。

「わ、私は……たまたまここを通りかかってだけです……」
「ウミ……オイオイオイ、そういう嘘は良くねぇよ……嘘はダメだってあの優男に教えられなかったのか??」
「(駄目か、バレてる)優男……私の、父親ですか?? あなたは私のお父さんをご存じなんですか?」
「そりゃあ……深い仲だからな……お前こそ、俺の事を忘れてる筈ねぇだろ……何度も何度もお前の家に通ってたんだからな? それにこの前の事も忘れてねぇよな……?」
「っ……覚えてますよ、ケニーおじさん。ですよね……」
「……色気もクソもねぇただのチビ女だったのに、本当に見ねぇ間にすっかり見違えたな…。あいつには似てねぇが、それでも、なかなかいい女になったな、……さては、男でも出来たか?」
「えぇ……最上級のいい男がいますけど。それよりも……どうしてこの前私を馬車でさらおうとしたの??」
「あァ??? いい女が一人で居たから天気もいいしデートでもしようかと思ったんだよ、そしたら驚いた、お前なんだからよ、」

「ケニーおじさん」と親し気にそう告げたウミにニヤリと笑うケニー。
対峙しあう2人、お互いに笑顔で昔の懐かしい会話をしているのにお互いの放つ雰囲気は張りつめている。
 まさか、彼女はその男と知り合いなのか??フレーゲルが両手で口元を覆いながらしゃがみ込み震えながらも這いつくばるように進む2人の会話に耳を傾ける。
 あれは忘れもしない、父が亡き後、一家の大黒柱である稼ぎ頭を失い両足を亡くした母に調査兵を辞めた自分。そんな自分達が路頭に迷うことなく変わらずシガンシナのあの地で暮らしていけたのはこの目の前の彼のお陰なのだから。
 母と自分だけになってしまった苦しい生活の中で、ウミは人目を忍んで彼が来てくれて居たことをしっかり覚えている。彼の援助があったからこそ、生きながらえたのだ。シガンシナ区、ウォール・マリアが超大型巨人の襲来を受けるあの日までは…。

「シガンシナ区は陥落して、食い扶持減らしのウォール・マリア奪還作戦で死んだとされていたお前が生きて調査兵団に居るなんて思いもしなかったぜ……悪運が強いのは親譲りってか??」
「……さっき、彼の事をリヴァイ・アッカーマンだって言ってたけれど……彼はあなたの何なの??」
「何だ? あのドチビと知り合いだってのか? オイオイオイ……勘弁してくれよ。それよりも自分のこれからの心配でもしとけよ。あのガキが俺にとってどういう存在かだなんて聞かなくても分かるだろ、ガキじゃねぇんだからよ……それに、知ったところでもうお前を生かす理由はねぇよ…お前に見られちゃ困るんだ。せめて両親の傍に埋めてやるから安心してこの世界にお別れしようぜ……」
「……そう、ですね」

 リーブスの血が付着した鋭利なナイフが自身に迫る中でウミはフェイントをかけるとマントをケニーに向かって投げた。
 その瞬間、立体機動装置を展開し一気に上空の木へと飛び上がり何とかその凶刃から逃れることが出来た。

「タヴァサ! 来て! 逃げるよ!」

 大声で叫んだ彼女の指笛に反応したのはここに車で乗ってきた相棒である白い毛並みの美しい彼女。彼女はケニー達へ突進する勢いで近づくと、ウミはタヴァサに急ぎ飛び乗り、先ほどの会話の隙を見てフレーゲルが逃げたことを確認すると自身もこの危機的状況を彼へ知らせるべく急ぎ駆け出した。しかし、それはここでの敗北を認める事になる。

「そうだ! 俺から逃げられるもんなら逃げろ! ウミ! そんで俺が地の果てまで追い詰めてやるからな! ひやっほぉおっ、そうやって逃げ続けろぉ!」
「(ごめん、エレン、ヒストリア…待ってて、態勢を整えたら必ずリヴァイ班皆で助けに向かうから……!!)」

 自分達のクーデーターの大事な要、重要人物であるエレンとヒストリア、二人の救助を諦めて。
 この選択が後に取り返しのつかない後悔、失態になると言うのに。いや、この状況では無理だ、今は助けられない。自分の命すらも危ういのだ。ウミは急ぎタヴァサの腹を蹴って急ぎ逃げ出す。

「あの女を追いかけて始末しろ、」
「了解です! 副隊長!」

 白いフードを被った女の言葉に動き出すほかの部隊たち。先程話していた「対人制圧部隊」を率いているようだった。追っ手に見つかり捕まれば自身は殺される。まして調査兵団の人間となればただ殺されるだけでは済まない。壮絶な拷問が待っているだろう、まして、自身は壁外の人間の男から生まれた娘、簡単には殺されない。

「隊長……あの女は何者ですか、」
「ん? ああ、お前に話してなかったか? あいつのガキだ、ミナミ・アッカーマンの。お前も新兵の時に指導受けたじゃねぇか……」
「ああ、そういえば、居ましたね。王に仕える身でありながら男を追いかけ調査兵団へ流れた…それよりも、何故わざと逃がしたんです」
「あ? 何のことだ??」
「あの瞬間に頭を撃ちぬいていれば……本当はあの女を殺す気なんかさらさらないですよね?」

 そうしてケニーの傍に居た白いフードを被った鉄仮面のような女トラウテ・カーフェンはその表情を崩さぬままケニーの良くわからないまま対人立体機動装置でならすぐその頭を撃ちぬけたはずなのにそうしなかったウミへの疑問を口にするのだった。
 青ざめた表情で死の間際の絶望か、しかし、それ以上に先程見せたウミが怯えていたのは自分が口に出した「リヴァイ・アッカーマン」という名前だった。同じ調査兵団で彼の副官となったウミ。そして自身とウミの母親との関係、
 ケニーは血の巡りがそうさせるのかと、この再会を今は望んではいないと言う中で。

「まぁまぁ落ち着けって……ここでただ殺しても……楽しめねぇからな……見せしめならもうコイツで十分だ」

 既に逃げた相手を今更追いかけて殺しても既に手遅れだ、いや、自分は殺す気なんかない。まして、彼女を殺すことなど出来やしない。あの女が今も自身の脳裏に浮かんでは消えないのだから。

「仕方ねぇか、俺達は逃れられねぇ。嫌でも呼び合い、この身体に流れる忌々しいあの血がどんなに遠くに居ても引き寄せあうんだからな。そうだろう、ミナミ」

 自分達と歩んだ同じ道をあの二人もこれから辿るのだろうか、と。ウミが投げたマントを拾い上げケニーはどうせなら逃げるところまで逃げろと、ただ漠然と願った。かつて唯一愛した女の涙を脳裏に描きながら。



 トロスト区・調査兵団トロスト区支部。静まり返った午前の兵団支部はハンジが現れたことで一時騒然としていた。

「エルヴィンはいるか!? いたな! エレンが巨人についての重大な情報を思い出した!! それが……! 大変なんだ! この作戦を考え直した方がいい!」

 エレンが朝急いで書き記したメモを手に潜伏先から飛び出し馬を走らせながら向かった先はニファに今作戦の概要を伝えたエルヴィンの元だった。入れ違いでエレンから知らされた衝撃的な事実を知らせに急ぎ走ってきたのか息を切らし今にも倒れ込みそうだ。

「エレンが……ユミルとベルトルトの会話を思い出したみたいなんだけど、これが事実だとしたら飛びそうだ!! 頭が!!」
「落ち着いてください、分隊長!」

 まくしたてるようにそう口走ったハンジは足元がおぼつかないのかそのまま足を滑らせて派手に尻もちをついてしまった。そんな疲労困憊の中、自身に知らせに来たハンジに隻腕での日常生活に慣れてきたエルヴィンはそっとコップに注いだ水を差し出して「まずは落ち着け」と、水を促した。与えられたその水を勢いよく飲み干すハンジ。その姿を横目にエルヴィンは冷静さを崩さぬままハンジに問いかけた。

「結論から聞こう。問題は何だ?」
「……レイスはエレンを食う気だ」
「……詳しく聞かせろ」
「失礼するよ、」

 案内したテーブルに向かい合うハンジとエルヴィンの間に流れる空気はとても重い。エレンが記憶を頼りにベルトルトとユミルの会話を書き留めたその殴り書きのメモをエルヴィンが確認する傍らでハンジは昨晩から飲まず食わずで睡眠不足もありパンをむしゃむしゃと食べながらそのメモを読むエルヴィンを見ていた。

「エレンが思い出した会話の内容はこうだ
――「私を恨んでいるか?」
「どうだろう。よく……わからない」
「君も人なんか食べたくなかっただろうし……」
 そこから推測するに……ユミルは壁の外をうろつく巨人の一人で、ベルトルトやライナー……アニの仲間を食べたんだと思う」
「エレンの記憶ではユミルのこの言葉が最初か?」
「そう……エレンが覚えているのは「私を恨んでいるか?」からだ。当然、巨人は人を食べても人には戻らない。しかし、ライナー達の仲間なら……それは巨人化の能力を有した人間だ。つまりは、「巨人がその能力を持つ人間を食べると、人間に戻り」さらに「相手の能力を手に入れるんだ」正確には食った相手の「巨人化をコントロールする力」を手に入れるんだ。先日のエレンをライナー達から奪い返した時の報告書を思い出したんだ。ライナーは逃げたエレンに巨人を投げつけたらしいじゃないか……巨人を操れるというエレンを他の巨人に食べさせようとしたんじゃないか?だとすればエレンは器であって、交換可能な存在なんだ。つまり、もし王政が「叫び」の力を利用したいのならあの反抗期の化身のようなエレンにその能力を入れておくわけがないよ。出来るなら……もっと都合のいい誰かにその能力を移すはずだ。王政がもし本当に巨人を持っていれば……エレンはそいつに食われるだろう。と、思ったんだけど……どうする……この作戦は最悪……王政も唯一無二の存在であるエレンには手出しできないと踏んで組まれてる。エレンを失えばウォール・マリア奪還の計画も何もあったもんじゃない…今ならリーブス商会の協力があるから奪還しやすいはず……」

 ハンジの話を聞きながエルヴィンはゆっくりと立ち上がると机上の報告書を手にハンジにそれを見せた。

「それで……レイス家の調査は?」
「出来る限り調べておいた。これがレイス卿領地潜入班の報告書だ。ちなみにウォール教だが……やはりニック司祭が残した情報以上のものは望めそうにない。だが、この調査では生前に彼が言った「強固な誓約制度」との関連性を感じる。君の言うその話とも、何か関係してる気がしてならない」

 食べていたパンを置き、その封筒から出てきた分厚い報告書を広げるハンジ。エルヴィンが静かに疑問符を口にする。

「壁の巨人の謎を守るための「強固な誓約制度」というものがもし血族による信頼関係を根拠にしているのであれば正式な婚姻手続きも無くレイス家との信頼関係が皆無などころか取り巻きに命を奪われかけた妾の子、ヒストリア・レイス。その子がなぜ未だに謎の継承権を持つ者とされエレンと同様に王政から身柄を狙われているのか?」
「あぁ……おかしな話だ」
「これを読めば謎が解けるっての?」

 ハンジがその書類を読もうとしたその瞬間、

「エルヴィン団長!」
「どうした」
「中央憲兵が団長に出頭を命じてます。組織殺人の容疑だと騒いでます…それも街のド真ん中で……」
「……殺……人……?」

 まるでこうなることを最初から見越したかのような表情のエルヴィンがその言葉を聞くなり調査兵団のシンボルである団着を掴んで着用した。

「敵もただ手をこまねいているばかりではないようだ。ハンジ、お前は今すぐここから離れろ」
「は……!? どうするつもりなの!? リヴァイ班は!?」
「リヴァイ班の事はリヴァイが判断する。お前もだハンジ、お前も自分の判断に従って動け。俺は調査兵団の表の顔を通す。敵が仕掛けてくれば予定通りとは行かないさ、お前は自分の判断に従って臨機応変に対応しろ。何より…次の調査兵団・団長はハンジ・ゾエ。お前だ。調査兵団を任せたぞ、」

 調査兵団すべての罪を背負う覚悟を決めたかのように。扉を開けてその後に続くエルヴィンにハンジが投げかける。

「エルヴィン!ピクシス司令との交渉は?」
「……決裂した。司令には頼るな」

 その言葉を残してエルヴィンは連行されていく。呆然と残されたハンジは状況が理解出来ぬままただこれから起きる出来事が調査兵団にとって本当の戦いが幕開けしたのだと、そう思い知るのだった。

「オイ……来たぞ…エルヴィン団長だ」

 出頭命令を受けてトロスト区の広場へエルヴィンが姿を見せるなり街の住人たちが彼を見てひそひそと話を始めた。

「エルヴィン・スミス。彼が誰だかわかるな?」

 そうして連れてこられた広場に横たわる人物の変わり果てた姿。その彼の足元には首元を鋭利な刃物で綺麗に切られて絶命したリーブスの青白い顔した物言わぬ遺体が横たわっており、その傍らにはリーブスの妻と娘が涙を流し家族の死に胸を痛めていた。

「リーブス商会の会長、ディモ・リーブス氏だ」
「2日前にここでエレン・イェーガーがリーブスの部下たちに襲われ、連れ去られたのを多くの市民が目撃している。しかし、それは王政からのエレン引き渡し命令を回避するため調査兵団がリーブス商会を使って企てた狂言だった。そして、調査兵団は用済みになったリーブス会長を口封じのため殺害、実行犯は現在エレンを連れて逃亡中と思われる。全員鋭利な刃物で喉を掻っ切られていた。訓練を受けた者の仕業だと考えられるがエルヴィン?何か知ってることはあるか?」
「知っているのは今調査兵団が彼らを殺したと疑われているということだ。余計な言い回しをする必要は無いからその根拠を教えてくれ「エレンが持つ巨人化の力を私物化する事と同義。その行為は人類憲章第六条に抵触する。当然内容は知っているな?」
「個々の利益を優先し、人類の存続を脅かした罪、だろう」
「その通り。ではここに、同法への重大な違反を認め、よって全調査兵団の身柄を拘束する。調査兵団は直ちに活動を停止。まぁ……我々の推測が間違っているならそれでいい。全団員が揃って無実を証明すればいい。命を捧げて守るべき民衆の命を兵士が奪うことなどあってはならないからな。さぁ、乗れエルヴィン。調査兵団は現在我々の管理下にある」

 馬車の扉が開かれ、エルヴィンに出頭を命じる憲兵の言葉を受け、静かにリーブスの遺体に近寄るエルヴィンに未だに成果のない調査兵団を疎む住人たちが口々に彼へ暴言を浴びせた。
 リーブスを殺害した真犯人であるケニー達の手によって見事その濡れ衣は調査兵団へと向けられることになったのだ。彼らを犯罪者集団に仕立て上げた挙句、調査兵団の活動停止を否が応でも命じた真の黒幕。

「ヤツらがやったに違いねぇ」
「このご時世にろくに働きもしねぇで……」
「巨人の小僧とコソコソ何かやってたんだ」
「何にせよ穀潰しが消えてくれんなら良かったぜ。憲兵もやっとこの変人集団を潰せるな」

 冷ややかな住民の罵声を背に受けながら馬車に乗り込もうとしたエルヴィンはいったん止まる。

「少しいいか、」

 憲兵にそう告げ、歩き出すとエルヴィンが隻腕とは思えない颯爽とした足取りで向かい、無言でリーブス会長の遺体の横に跪つくと、その傍ですすり泣いていた母娘が一斉に彼に噛みつくように睨みつけてきた。

「……主人に近付くな……悪党め!!」
「リーブス商会は5年前の混乱からこの街で商会を立て直した。それは兵団との癒着など、法を犯すスレスレの汚い手ばかりを使ってやったことだ。先のトロスト区襲撃時、リーブス氏は財産を持ち出すため避難の遅れを招いた」
「だ、だから!? 殺して当然だって言うの!?」
「しかし……トロスト区が破綻寸前まで追い詰められたこの状況下では……行く当てのない人々を支援し復興を目指した。5年前すべてを失い苦境に立たされた自分と重ね合わせたのかもしれない……だが……何者かの手によってその思いは潰えた。この無念……私が必ず……」

 強い決意をその瞳に宿したエルヴィンの言葉に先程まで彼を睨んでいた母娘は静まり返っていた。弁明も濡れ衣でも叫ばず臆さずエルヴィンはあくまで調査兵団の表の顔を貫くべく馬車に乗り、エルヴィンが連行されていくのを見届ける住民達の姿があった。
 その隙を見て路地裏を行く二つの影、辛くも逃れたハンジとモブリットだった。エルヴィンを遠巻きに見つめ、彼は馬車に乗せられ、連行されていく。馬車に揺られながらエルヴィンは過去の幼い父とのやり取りを思い返していた。

――その日は歴史を学びました。人類がこの壁に追い詰められていく経緯について……誰もが教わることです。
 この壁に人類が逃げ込んだ際、それまでの歴史を記すような物は何一つ残すことができなかった。
 人類の大半は失われ住み処は僅かにしか無くなったが、争いの絶えなかった時代と決別できた。我々はこの壁の中で理想の世界を手にしたのだと。
 しかし、私はあることを疑問に思い、父に質問をしました。父は私の質問にはまともに答えずそのまま授業を終了しました。しかし……家に帰った後で、父は私の質問に答えたのです。王政が配布する歴史書には、数多くの謎と矛盾が存在すると。
 その後に続く父の話は、子供ながらに突拍子もないと感じました。なぜ父がこの話を教室で話さなかったのかを察せられぬほど……私が街の子供達に父の話をして、その詳細を憲兵に尋ねられた日、父は家には帰って来ず……遠く離れた街で事故に遭って死にました。私の密告により、父は王政に殺されたのです。
 今から107年前、この壁に逃げ込んだ当時の人類は王によって統治しやすいように記憶を改竄された。それが父の仮説です」
「ほう……。そんなことでも起きない限りはこの壁の中の社会は成立しえんからか?」
「はい。それが父の仮説です。そして私はついに……、父の仮説を裏付けるような奇跡を目の当たりにしました。エレンが巨人を操ったのです。女型の巨人にも似たようなことができましたし、巨人の力を操る人間の中には叫び声などを上げて不特定多数の巨人の意識を同時に操ることのできる者がいるようです。そして、ラガコ村で判明した事実によれば……人間と巨人は生物的に無関係ではない、その「叫び」の影響を受けるのは巨人に限ることではないかもしれない。さらに、我々に対する王政の干渉が過激化したのはエレンが巨人達を操ったという現象が王政に伝わって以降です。つまり─…王政が欲しているものは厳密に言えばエレンの「叫び」の力ではないかと思われます」
「……うむ……すると……話が変ってくるのう……。当初の王政はエレンを殺すことを目的のようにして審議所で争った。ワシらは人類の希望を殺してはならんと抵抗したものじゃが……その実……王政がエレンの能力を欲しておるのはその「叫び」が巨人から人類を守る手段であるからではないのか?」
「ヤツらとて他に逃げ場は無く、同じ運命を共にしておる…目的が同じならば我々が争う理由はそもそも無いのだ。むしろ、我々には無い知識を持つ彼らにエレンを託すという手もあるのではないか?」
「ええ……私も5日前までは同じ希望を持っていました。王都で総統局に召集される前までは……。子供の頃からずっと考えていました。なぜ父は真実に近付いただけで死ななければならなかったか、王政の役人にも彼らなりの正義があるはずだと。しかし、彼らについてわかったことは一つ、彼らが守りたいものは人類ではなく彼らの庭つきの家と地位だけ。むしろ、自分達の権利が脅かされるのならばその相手が巨人でなく父の死に正当性は微塵も無かった。父は……人の持つ欲と愚かな息子によって殺されたのです。王政からすれば……この世界は死んでも構わない人間の数が多すぎる。だからこそ、我々は王政にエレンを託してはなりません」



「ハンジ分隊長、どうしますか、これから……」

 逮捕から逃れられたハンジとモブリットは連行されていくエルヴィンの馬車を悔し気に見ていた。次期団長はお前だ、辞令はなくとも直々にエルヴィンに全てを託されたハンジはモブリットを連れて動き出した。
 今まで苦楽を共にしてきたかけがえのない友でもあるエルヴィンに託された命を果たす為に。ウミが逃がした唯一の一般市民でありこの濡れ衣事件の真相を知る生き証人であり会長亡き今、次期リーブス商会の頭となるフレーゲルを無事に保護し、抵抗を続ける。

「……親父」

 一部始終を物陰から伺う者が居た。それは先ほどウミが囮になったことで命からがら逃げてきたフレーゲルの姿だった。そしてそんな彼の上空から姿を現したのは。

「んんんんん〜!!!!」

 立体機動装置でフレーゲルの頭上から忍び寄りその口元を覆うとそのまま上空へと持ち上げられる巨体をさらったのは命からがら支部から逃げ出すことに成功したハンジの姿だった。急ぎ屋根上へ連れ去ると、ハンジは静かにフレーゲルに向き直った。

「リーブス会長のご子息だね? 名前は……」
「……フレーゲル」
「よろしくフレーゲル。私はハンジ・ゾエ。早速だけど、お父さんの死の真相を知ってるって事だね? 何があったか教えてくれ」
「俺がしょんべん行ってる間に……親父も……ダンもジムも殺された……。中央憲兵の奴らに……黒いコートに帽子をかぶったでっけぇ、細くて長身の男が……親父を……」
「エレンとヒストリアは?」
「連れて行かれたよ……」
「でも、君が生きててよかった。この真実を明らかにしよう」
「どうやって!? あんた号外見てないのか!? 調査兵がやったと憲兵の奴らが言えば調査兵がやったんだよ!! 俺の証言なんか意味がねぇんだ!! 俺が現場にいた事情を知らねぇ商会の奴らが憲兵に言うだろうから……憲兵は俺を殺り損ねたことに気付いて消しに来る……もう俺の居場所はどこにもない……この狭ぇ壁の中を逃げ回るしか……俺の人生は…クソ!!」
「まぁ……そうかも……。だけど……私ならそんな人生は嫌だね。こうは思わないかフレーゲル。一生天敵に脅えてネズミのようにコソコソ生きてくぐらいなら、命を投げ打ってでもその天敵に一矢報いてやろうとは――「思わねぇよ! 誰もがあんたらみたいな死生観で生きてるわけじゃないんだ、何もあんたにけなされるような筋合いはねぇよ……あの女も俺を逃がす為に簡単に囮になった、そんな命がいくつあっても足りねぇような状況……なんか一度も体験してねぇのに」
「……お父さんや仲間を殺した奴らがのうのうと生きてても! あんたは気にせず生きていけるっていうのか!? 商会や家族に!! 真実を教えてあげたくないのか!?」
「はぁ!? そりゃあんたらの都合だろ!?」
「当たり前だ!! お前も自分の都合を通してみろ!!」
「ひッ!!」

 ガッとフレーゲルの襟を掴んだハンジがまくし立てその迫力に圧倒され半べそのフレーゲル、しかし聊か声のボリュームが大きかったようだ。

「誰だ……!? 屋根の上で騒いでる奴は!?」
「さぁ、ついてきてもらうよフレーゲル」
「い、いやだ…もうあんた達は負けたんだ!! 敗者なんだよ」

ハンジに凄まれ半泣きのフレーゲルにハンジが言い返した。

「何言ってんの? 調査兵団は未だ負けたことしかないんだよ?」

To be continue…

2020.02.14

 カーフェンの誕生日バレンタインなんですね
 おめでとうございます。

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