THE LAST BALLAD | ナノ
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#43 次は誰が死ぬのか

 トロスト区。
 一人残されたリヴァイはニックの監視と共にただ静かに調査兵団の帰還を待ち続けた。
 手にした揃いの指輪を転がしながら。一度は失われ、そして信じた約束。振り向いた彼女の笑顔を悲しみに染めないと誓った。願いが果たされることをただ望んだ。
 どんな姿でも良い、お願いだと、もう一度のこの腕の中に…帰ってきてくれ。と。
 ただ願うことしか出来ない自分が酷くもどかしかった。
 いつも思う、一度失った存在、一度目があるならまた二度目もあり、そして彼女を今度こそ永遠に失うのではないのかと。
 戦いに溺れてそうして振り払おうとした。失うことが怖くてただ重ね合うことで、こうして無理矢理目の前の彼女との距離をどうにか埋めた。
 愛を知ることは孤独を知るのだと、愛の果てに待つものを誰も教えてくれなかった。
 違う人間同士だから愛し合えるのもまた事実だが、どうして愛とはこんなに寂しいのだろうか。痛い位に改めて互いが違う個体同士なのだと痛感させられるばかりで。常に孤独だった頃、たったひとつの守る者が無かったあの頃は失う者もなかったから強くいられたのだ。
 しかし、一度失った愛を手放すことはもうできなかった。

 ▼

「展開せよ! 索敵陣形を取れ!!」

 エルヴィンが声を張り上げバッ、と左手をかざし、憲兵団と調査兵団の混戦部隊はいよいよエレン奪還に向け巨大樹の森を目指して馬を走らせた。五時間という大幅な時間ロスを取り戻すべくウォール・マリア内エレンをさらった裏切り者への追跡は続く。
 長距離索敵陣形が展開され、それぞれが並んで突き進むことになる。索敵陣形どころか巨人が行き交う壁外も初めての憲兵団達は緊張と壁内で安全に暮らす為に憲兵団を志願したのにまさか壁外に飛び出すなんて思いもしなかっただろう。その表情には不安がうかがえる。
 ウォール・マリアが陥落した時でさえ犠牲になったのは壁外調査から戻った調査兵団でもなく居合わせた駐屯兵団だったのに。
 その中で生き残ったハンネスはエレンの事になると正気を保てず暴走するミカサが心配だと同じ班になった。ハンネスにとっても巨人が活動する領域で戦うのは初めての事、しかし、ハンネスは迷わず危険な選択をした。エレンの為に、あの時救えなかった恩人の家族の息子を今度こそ。臆する心を叱咤して。
 右翼後方を走る初列索敵班が巨人と遭遇し、次々と赤の煙弾が撃ち上げられながら最短ルートで進んでいくエルヴィンが率いる次列中央へと伝わりエルヴィンが指示を出す。

「三時の方向に巨人。煙弾を!!」
「右翼後方で信煙弾確認」
「進路は変えず、右翼のみ一旦中央に合流させてやり過ごせ。タイムリミットは日没までだ。極力、最短ルートを維持せよ!!」
「了解です!」

 エルヴィンの的確な指示に合図を送り作戦通りに巨大樹の森を目指し走り続ける中で、ミカサ達はその後方をで馬を駆けていた。しかし、ここでもミカサはエレンを早く助けたい一心で隊列よりも飛び出し、我先に何が起きるかわからない危険な壁外を突っ走っており、同じ陣形のハンネスの呼ぶ声も聞こえていないほど頭の中はエレンの事ででいっぱいでわき目もふらずに馬を走らせている。

「ミカサ! ミカサ!!」
「はっ……!」
「おい! ミカサ!! 少し力抜け。さっきから先行しがちだぞ。陣形が乱れるじゃねぇか……」

 ハンネスが追い付き何とかミカサを呼び止めればミカサはようやく一点集中してエレンの事でいっぱいだった思考を再び現実に戻し、我に返ったようだった。

「エレンが心配な気持ちは分かるがな…。だが言ったろう、エレンは大人しく捕まってるようなヤツじゃねぇって、違うか?」
「ハンネスさん……私……」
「大丈夫だ、安心しろ。あいつらウミがどんだけ恐ろしいかわかっちゃいねぇ。ウミが居るし、何よりエレンは絶対諦めねぇ。だから俺達も焦らず、その代わり絶対に行くんだよ。あの時みてぇにな……」
「……っ、うん……」

 エレンがくれた大切なマフラー、強く握り締めて涙を浮かべながら…彼がくれたあの時の優しさを思い出して。ミカサは間近に迫ってきた巨大樹の森で捕らわれたエレンへ思いを馳せた。
 どうかこの地平線に日が沈む前に。この先がエレンに繋がることを信じてー…。

 ▼

 同時刻、ウォール・マリアに点在する巨大樹の森の中で目を覚ましたエレンは自分の現状の把握にまず時間がかかった。
 自分はここまで連れてこられた。ライナーとの戦いであと一歩のところで敗北したのだと理解した。
 目に映る衝撃的な光景にただ、ただ、どうすることも出来ずにいた。
 ウミはまるで人質だと言わんばかりに2人の後ろで未だに気を失ったまま。自身の両肘の先は欠損し手が使えなければどうすることも出来ない。巨人化の後遺症で全身酷く怠くてたまらないし、装備していた立体機動装置も奪われてしまっている。

「な、何だ!? 腕が……! それに、何でウミまで」
「エレン、見ろよ……私もこの通りだ。お互い今日は辛い日だな」

 その向かいの大木の枝の上でらライナーとベルトルトがその様子を高みの見物とでも言わんばかりに眺めている。その隣では先に目を覚ましていたユミルも先程よりは回復はしたが欠損した右腕と右足の先は無く、エレンと同じ状態でとてもまともに動けそうもなかった。

「……ユミル……何で……オレの腕がねぇんだ!?」
「そりゃあすまん。俺がやったんだ。何せ急いでいたからな……。慌ててうなじに噛みついたら……お前の両腕をないがしろにしちまったんだ」
「そうか……オレは、負けたのか……」

 あの時、訓練ではなく本気の命を賭けた取っ組み合い。皮肉にもアニに教わった技術でライナーを鎧の巨人の本体から引きずり出せそうだったのに。ベルトルトが蒸気を放ち爆発したことで鎧も硬質化の能力もないエレンはその衝撃に耐えきれずにそのまま食われた。5年前の因縁の相手に、母の仇、故郷を奪った相手に自分は敗北したのだ。

「(チクショウ……よりによって何でウミを……汚ぇ手使いやがって……!!)」

 落ち込んだようにガクリと肩を下ろし、そうしてライナーとベルトルトの後ろで両腕を後ろ手に縛られて更に気にぐるぐる巻きにされた状態のウミを見て置かれた現状は思っていた以上に最悪なのだと改めて痛感させられた。
 ウミとエレンとライナーとベルトルト。何と言う事か。最初に出会い話をしたあの瞬間から因縁の役者たちは最初から舞台に揃っていたのだ。
 3人は睨み合い、かつては三年間苦楽を共にし時には笑い合い時には支え合い、時には誰もが寝静まった世界で夜な夜な抜け出して自分達しか知らない場所で…。

 みんなより年上のライナーは兄貴的存在であった。ベルトルトは優しい声でいつも色んな知識を教えてくれた。
 みんなの頼りになるライナー、三年間苦楽を共にした同期同士、仲間だった彼らは今は故郷を奪い、そして母親が死ぬ因果を作った原因。エレンを死に急ぎ野郎に変えた全ての諸悪の根源である。
 憎しみを募らせるエレンだが、ユミルはそんな3人の様子を静かに伺っている。
 すかさずエレンが腕を噛み巨人化しようとするが、それを遮ったのはユミルだった。

「エレン!! やめろ!!」

 肘の先に噛みつこうとしてエレンの手を引いて先に目を覚ましていたユミルが今置かれたこの状況が如何に最悪で絶望的なのかエレンに諭した。

「まぁ待てよエレン。よく周りを見てみろ。ここはウォール・マリア内にある巨大樹の森だ。壁からだいぶ離れた所にあるらしい。当然、巨人さん方の敷地内なわけだ。見ろよ、あれも奇行種って言うんだろうか?くつろいでるように見えるが…目だけはしっかりこっちを見ているな。ほら、見ろよ。下には細かいのが多い。これも十分脅威だ。あっちにはでかいのもいるぞ。見てるだけで近付いてこない。繊細なんだろうな…きっと。そんでヤツらだ。せこいヤツらめ。二人だけ立体起動装置を着けてやがる。ベルトルさんのはウミの、そんでライナーのはお前が着けてたヤツだよ。闇雲に今ここで巨人化しちまうのは得策とは思えない。もし、お前が少しでも妙な真似して逆らえば迷わずお前の大好きなウミはあの巨人共の群れの中にドボンだ。わかるだろ? いくら巨人の力があったとしても暴れてる余裕は無いんだって」
「いや。そもそも今お前らは巨人になれん。そんな都合のいい代物じゃねぇのさ。体力は限られている。今はお前らの体を修復するので手一杯のようだ」
「馬鹿か……誰がてめぇの言葉なんか信用するか、ウミを解放しろよ、」
「それは困る。用が済むまで意識のない状態のままでいて欲しいくらいだ。あの時俺を殺そうとした危険人物を野放しには出来ない。立体機動装置を奪ってもあんなに強いんじゃな」
「当たり前だろ!! ウミは元調査兵団の分隊長だぞ? 立体機動装置があればお前らなんか即座に殺されるぞ」

 冷静にそうエレンにアドバイスをするライナーの表情は冷たく、微動だにしない。頼れる兄貴のイメージはもうことごとく破壊された。彼に裏切られたも当然のエレンは怒りを露わに彼らを見上げるように睨みつけ吐き捨てた。

「……まぁ……巨人の力について私も詳しく知ってるわけじゃないからな。その辺の仕組みはあんたらと違ってよう知らん。なぁライナー、エレンが目を覚ましたら話すって言ってたろ? あんた達はこれから私らをどうするつもりなんだ?」
「俺達の故郷に来てもらう、大人しくしろって言って従うわけがないことぐらいわかってる。だが、もし、従わないなら……エレンにとって悪い話じゃないだろう」
「何、だと……お前ら、そのためだけにウミを巻き込みやがったのかよ」
「お前は素直についてくるタイプじゃないからな。ウミにも確認したいことがある。だが用が済めば殺さないでやってもいい。だが…ユミルの言う通りここは巨人の巣窟だ。ここで今俺らが殺し合ったって弱った所を他の巨人に食われるだけだ。つまり巨人が動かなくなる夜まで俺達はここにいるしかねぇのさ。俺らがお前らを連れ去るにしろ、夜まで待つしかない」
「「鎧の巨人」」のまま走って「故郷」に帰らずこんな所に立ち寄った理由は何だ? 疲れたから休憩してんのか?」
「……お前の想像に任せる」

 ユミルとライナーのやり取りを聞きながらエレンは頭の中で思考を張り巡らせていた。縛られ気を失ったままのウミ。刃物でもない限りあの拘束を解くのは困難だし、肝心の立体機動装置を奪われてはあの木に飛んで助け出す事も出来ない。幾ら手練れのウミでも翼が無ければどうすることも出来ない。脱出は困難だろう。

「(考えろ……ウミは戦力外だ。今は無理でも後から助けるとして、スキを見て巨人化しここから走り去るのはそんなに難しいことじゃないように思える……だが……そもそもオレはまともに巨人化できるのか?ライナーができないと言うように……もしくはライナーでさえここで休まざるを得ないえない現状を鑑みるに下手に体力の無い巨人を生み出せば他の巨人にやられちまうってことか……? その前に、ウミだ。まさか俺のせいで巻き込まれて連れてこられて人質にされちまったのか……? せめてウミに意識があれば……。しっかし、こいつら本当に馬鹿だな、よりにもよってウミを連れて来ちまうなんて……あいつにはリヴァイ兵長が付いてるんだぞ?お前らもうおしまいだな……)」
「単純に夜になるのを待ってるって事か」
「それもあるが……」
「(いや、そもそも夜にならなくたって、俺等の身体が治りきるのを奴らが待ってる筈が無い、俺等が無力なうちに手を打つはずだ。このままじゃ何もできねぇ…このままじゃ……あの後、皆どうなった…? 調査兵団は……!? まさか…こっちに向かってねぇよな?そんなことしたら…皆無事じゃすまないぞ……)」
「つーかあの城の巨人は夜なのに平気で動いてたぞ?ここの巨人はどうだ?」
「ここの巨人は夜には動けない。そんなことお前ならわかってるんだろうユミル」

 ウトガルド城で自分達に襲ってきた巨人達の話を始めたユミル。しかし、ライナーはあの時ユミルと食糧庫での密会の時に既に彼女がこの壁の中の人間ではないのだと正体を見抜いていたのでぴしゃりと言い捨てられた。エレンはそもそもなぜユミルが巨人化で来たのか、いつから巨人化能力を有していたのかと疑問符を抱く。同期な筈なのにユミルの事をよく知らなかった。いつもクリスタとべったりでろくに会話さえした記憶もないのだから…。

「(そういやユミルは……なぜ巨人になれる……? オレと同じで何も知らないってわけでもなさそうだが……味方なのか? こいつの目的もよくわからない……元々よくわからないヤツではあったが……決めたぞ。とにかく情報を集める……まずできるだけこいつらから情報を引き出して。この状況を切り抜ける……そのためにも今は……感情を噛み殺せ……身体を修復しろ」

 全ての因縁の相手に対し怒りが止まらない。
 この五年間故郷を奪った二体の巨人を駆逐することばかり考えていたのだから。
 しかし、その復讐の相手がまさか巨人殺しの足掛かりの為に調査兵団への登竜門である訓練兵団を志し、その中で共にした同期がその正体だったなんて。
 しかもその同期の中に巨人化能力を有している人間がこんなにいたなんて。

 ウミを人質に取られた挙句敗北した屈辱も相まって怒りで全身が震えて止まらない。しかし、ここでグッと堪えなければ……。
 亡き母との幼い頃の叱咤が脳裏を駆け巡る。物心つく前からいつも悪ガキたちと喧嘩ばかりしていた自分。どんなに体格差があっても逃げる事だけは男として絶対にしたくないと。無謀を承知でいつも喧嘩に弱くいつも苛められていたアルミンを守っていた。喧嘩が強くなれば一人前になれば、ウミが褒めてくれると信じていた。ウミに誇れる一人前の男になりたかった。
 しかし、結局はいつもボコボコにやられてミカサに助けられてばかりで帰るころにはいつもボロボロで、ミカサに守られてばかりのそんな自分を母はよく叱咤していた。

 ――「エレン……どんなに相手が悪くても憎らしくてもね。突っかかりや良いってもんじゃないんだよ!! あんたは男だろ? たまには堪えてミカサとウミを守ってみせな」

 グッと歯を食いしばるエレン。今はこうするしかないとひたすら言い聞かせていた。

「(ウミ――……!)」

 しかし、ライナーとベルトルトはユミルと会話していて背後のウミが目を覚ましたことに気が付いていない。ようやく永い眠りから目を覚ましたウミ。自分がぐるぐる巻きに大木に固定されている事を知ると驚いたように大きな目を見開きこの現状を把握しようときょろきょろ周囲を見渡して、そしてライナーとベルトルト越しに対峙するエレンとユミルに気が付き、口を開こうとするが…。

「(…嘘だろ!? ウミ、まさか声が……出ねぇのか??)」

 その口からは乾いた呼吸音が響くだけだった。苦し気に必死に首を振る姿が痛々しい。ユミルと違い生身の人間のウミはベルトルトの超高温の口の中に放り込まれた事によって受けたダメージは深刻だ。
 何よりも「髪は女の命」だと口うるさくミカサの髪をせっせとブラッシングしていたウミが自分自身も大切に伸ばしていた髪が完全に焼け焦げて肩上までチリチリに焼けてしまっている。
 どれだけ邪魔でも頑なに切ろうとしなかった、その理由がリヴァイとの約束だったなんて。離れていた間も彼を一途に思いずっとそうやって大切にしていたのだ。
 伸ばし続けていた5年間の思が一瞬で灰となり失われてしまった。

 ウミは自分が思う以上に全身に酷いダメージを負っているのだと痛感させられ力なく項垂れるしかなかった。
 声を出そうにも情けない事に口を開いて思いきり呼吸をするだけでも苦しくて痛くて咽そうになる。これではとても会話など出来ない。
 普段当たり前に出ていた声が出ないと言う得体の知れない恐怖にウミの顔が青ざめていく。
 時には歌を奏で、時には叱咤し、そしていつも優しく宥めてくれたあの声が失われたウミのショックは計り知れない。

 ウミは焦ったように周囲を見渡し下に目を向ければ真下には大小さまざまな巨人の姿が自分に手を伸ばしている。ここから落とされたら地面に激突する前にあの巨大な口の中だろう。
 上半身は縄でぐるぐる巻きにされ両手首は向かい合わせに組まされ胸のところで固定されているが逃げないだろうとタカをくくったのか下半身は自由に動かせるようだ。随分舐められたものだ。幾多もの死線をくぐり抜けてきて今のウミがあると言うのに。

 ウミが今目覚めた事がこの2人に気が付かれたらどうなるかわからない。エレンが大丈夫かと目配せすればウミは「最悪だと、」それでもエレンを安心させるように、大切に伸ばしてきた髪も奪われて、本当は辛いくせに相変わらず気丈な性格が小さく微笑んだ。
 そして、ウミは自由に動かせる両足をいきなり手首付近までゆっくり持ち上げたのだ。そして何の変哲もないブーツの隙間から滑り出てきたのは護身用の簡易的な折り畳み式のサバイバルナイフだった。

 ――「おとうさん、これは?」
「女の子が兵士になるってのはな……欲望に餓えた狼の群れの中に飛び込むようなもんだ。まして俺達はいつ死ぬか分からねぇ身。壁外調査の前の日はみんな思い思いに過ごす。そんで、最後にあわよくば女を…そういう不届きな輩も居るからな。お父さんがいない時にウミが悪いオオカミに襲われて、もしどうしようもねぇ時はこれを使って切り抜けろ。泣き寝入りしたくねぇのなら一応覚えておくんだぞ。
 え?お父さんも女の人を襲ったか!? オイイ!? お父さんはそんなことしねぇって!! お母さんに殺される……!!」

 今は亡き父親の教えの通り何かあった時の為にと、刃物だけは持ち歩いていたのだ。幾度か役に立っていたナイフだったがまさかこんな時にも役に立つなんて。

 ウミはナイフを拘束された手首に何とか持ち拘束された手首の縄をギコギコと切り始めた。逃げないと高をくくっていたのか拘束も甘い。これなら…。
 それを目ざとく見つけたユミル。
 クリスタを通してユミルとも親しくしていたウミだが、別にそのウミに対してユミルは何の感情も抱いていなかった。が、ただ、ウミが元調査兵団分隊長だと知り、万が一何かの為には使える存在だとは思っていた。実際にウミの活躍を目にしたわけではないが、元調査兵団分隊長の称号はぜひ自分が逃れられるためなら有効活用したい。
 ウミがリヴァイに会いたいように、自分も会いたいのだ。
 たった一人の自分を受け入れてくれた、たった一人の女神に。

 しかし、女神に会うためには今自分はどちらについていけば得策なのか。まだ分からず、今はあくまで中立を貫いている状態だ。ベルトルトの熱い口内の中に放り込まれていたせいで喉が渇いたと水を求めた。

「ライナー。水は無いのか? どうにかしないとこのまま干からびて死ぬぞ?」
「確かにそりゃ死活問題だが……この状況じゃ手に入れるのは無理だ」
「……仰る通り。状況はクソッタレだな。まったく……」

 飲まず食わずで昨日から休みなく駆けずり回ってすっかり疲労困憊状態の一同。昨日の朝から南区に巨人が発生した騒動のせいで今こうしてここで休憩を余儀なくされ巨人が活動を留める夜まで動けずにいる。
 まして、さっきの交戦も含め今の体力ではエレン達を連れて行くのはライナーとベルトルトも体力的に限界なのだ。

「……そういや、昨日の午前からだったか。巨人が湧いてからずっと働きづめじゃねぇか。ろくに飲まず食わずで……何よりも寝てねぇ。まぁ幸い壁は壊されてなかったんだからひとまずは休ませてもらいてぇもんだ。昇格の話はその後でいい……」
「……! ライナー?」

 黙り込んでいたベルトルトが突然南区の巨人の話や昇格など、自分達はもう調査兵団の人間ではないと言うのに、戦士だった男は兵士になり的外れな話を始めたのだ。
 同郷の仲間の異変、うすうす気が付いていたがこれで確信した。ベルトルトは確かめるようにライナーの名前を呼んだ。
 誰もが不審そうにひきつった表情でライナーを見ている。ウミも思わず手にしたナイフを落としかけた。
 この壁の破壊をもくろみやってきた戦士。故郷を奪われたエレン達が今にもライナーに掴みかかろうとしているのにいきなり突拍子もない話をし始めてこの目の前の破壊者はどうしたと言うのか。

「イヤ……俺達はそんくらいの働きはしたと思うぞ……。あの訳のわからねぇ状況下でよく動けたもんだよ。兵士としてそれなりの評価と待遇があっても…いいと思うんだがなぁ……」
「ライナーさんよ……何を言ってんだあんた……?」
「ん? 何だよ。別に今すぐ隊長に昇格させろなんて言ってないだろ?」
「そう……ではなくてだな、」
「あぁ、そういや……お前らあの大砲どっから持ってきたんだよ? あの時は本当に助かったぜ。そんでもってあの後のクリスタなんだが……ありゃどう見ても俺に気があるんだよな?実はクリスタはいつも俺に対して特別優しいんだ「おい……!! てめぇ……ふざけてんのか?」
「何……怒ってんだよエレン? 俺が……何かマズイこと言ったか?」

 さっきまで緊迫した雰囲気だったのに突然の的外れなライナーの会話に怒りを抑え込んでこれからの事に知恵を絞っていたエレンもこれには我慢できずにとうとう怒りを爆発させた。
 しかし、ライナーは何故エレンが起こっているのかわからないと、エレンのただならぬ剣幕に両手を挙げ、怯えている。まさか本当に無自覚なのか?

「殺されてぇんなら普通にそう言え!!」
「待てよエレン、ありゃどう見ても普通じゃねぇよ。そうだろベルトルさん? 何か知ってんならいい加減……黙ってないで何とかしてやれよ」
「……は?」

 誰もが唖然としていた。ようやく露わになった彼の本当の姿。
 ライナーは生まれた時からずっとこの壁の中で暮らす人類は悪魔の末裔だと教え込まれて生きてきた。しかし、五年前、壁を破壊してこの壁の世界の住人に紛れ込んで来たあ日から始まっていた。
 共に訓練兵団としてこの壁の世界で暮らす仲間と共に過ごすにつれ、芽生えた仲間意識。そして、あの時自分達が行った行為で故郷を追われたエレン達の存在。クリスタに抱いた淡い恋心、この壁の人間は悪魔でも下等な民族でもない、自分達と全く同じ人間だと言う事を知り、そして仲間が出来た。しかし、それは今まで自分を偽り続けていた
 ライナーに新たな人格を与えたのだ。戦士としての自分から仲間思いの頼りになる兵士のライナーへ。
 故郷に帰るために必要な「始祖巨人奪還作戦」という大きな任務の中で自分達が起こしたトロスト区奪還作戦。自分達の正体を知ったマルコを口封じのために始末した。
 彼はとっくに心因性の異常をきたしていた。その片鱗は見えていたのに、臆病なベルトルトは気付きながらも気のせいであってほしいと願い続けながら静かに彼に告げた。

「……ライナー……君は、兵士じゃないだろ。僕らは……「戦士」なんだから……」
「あぁ……はっ、はっ、」
 ――「うわぁあ……やめろおおおおおお!
 アニ!? やめてくれよ!? 何で!? 何で!? 何で!? 何でだよ!? アニ!? あああああああああああうあああああぁぁ!!!!!!」
「オイ……何で……マルコが……喰われてる……」

 ライナーの脳裏に今も生々しくよみがえるマルコの断末魔の悲鳴。
 聡明だった故に自分達の正体に気付いてしまったマルコ。彼に知られてしまった、いやもう最初から後戻りはできなかったのだ。この壁を破壊した時点で相容れるべきではなかったのだ。そう、マルコを口封じのために殺したのは自分達。
 アニの涙、地獄のような光景だった。そうして自分な仲間の死から逃げるように現実から目を背けた。そして自分でも自分がわからなくなるほどにどんどん精神は蝕まれていった。
 三年間苦楽を共にして芽生えた仲間意識。ベルトルトに指摘され、自分がおかしなことを言っていたことに気が付くとライナーは青ざめた表情のままようやく思考を本来の戦士の自分へと戻した。明らかに彼の精神に異常をきたしていることは怒りに今にも爆発しそうなエレンでもすぐに判断出来たが、罪の意識に苦しむなど。この世界を破滅へと導いたくせに良心の呵責に苦しむなど、その破滅の為に肉親を奪われたエレンからすればふざけるなと思いきり気が済むでぶん殴りたいだろう。

「……そう……だったな……、」
「はぁ……何だそりゃ?」
「何となくだが……わかった気がするぞ……。おかしいと思ったよ。壁を破壊した奴が命懸けでコニーを助けたりなんてな。自分が矛盾したことやってんのに無自覚だったんだよ。何でそんなことになったのか知らんが……おそらく、本来は壁の破壊を目的とする戦士だったが。兵士を演じて生活するうちにどちらが本来の自分かわからなくなった……。いや……もしくは罪の意識に耐えられず。心の均衡を保つため無意識に自分は壁を守る兵士の一人だと逃避し……そう、思い込むようになったんだ」
「その結果、心が分裂し記憶の改竄。話が噛み合わなくなることが多々あったって様子だな。ベルトルさんの呆れ顔を見るに……すげぇな、お前の実直すぎる性格じゃあそうなっても―――「黙れ!! 口を閉じろ……」
「悪かったよ。詮索が過ぎたよな」

 ユミルが冷静にライナーの今の心理状況を分析すれば兵士から戦士に移り変わったライナーが痛いところを突かれて黙れとその怒りを静かに露わにしていた。相変わらず人の神経を逆なでするようなユミルのその口を今の戦士に戻った彼ならばその腕力で捻りつぶしかねない。彼の気迫に圧倒されるがまだ10代の子供の気迫なんぞウミからすれば臆することではない。まして自分が首謀者でありながら良心の呵責に苦しむなんて…反発するように怒りをむき出しにしたのはエレンだった。

「……ふざけんじゃねぇよ。何で被害者面してんだお前は……? あの日どういうつもりでオレ達の話を聞いてたんだ……なぁ……? ベルトルト……お前だよ……腰巾着野郎。オレは話したよな? お前らの目の前で、オレの母さんが巨人に食われた時の話を……したよな? お前が蹴り破った扉の破片がオレの家に直撃したから、母さんは逃げられなかったんだって……知ってるだろ? 話したもんな? どう思った? あの時……どう思ったんだ?」
「……あの時は……気の毒だと……思ったよ、」

 ベルトルトは大きな図体に見合わず膝を抱えたまま相変わらず無表情のまま静かにエレンの問いかけに応えた。努めて冷静に、しかし、両腕から蒸気を放ちながら蒼白な表情でエレンはその言葉に容赦なく噛みついた。

「あぁ……そうか……。お前らな……お前らは……兵士でも戦士でもねぇよ……ただの人殺しだ。何の罪もない人達を大勢殺した大量殺人鬼だ!!」
「んなこたわかってんだよ!! お前にわざわざ教えてもらわなくたってな!!」
「じゃあ一丁前に人らしく悩んだりしてんじゃねぇよ!! もう人間じゃねぇんだぞお前らは!! この世界を地獄に変えたのはお前らなんだぞ!! わかってんのか人殺しが!!」
「その人殺しに……何を求めてんだよお前は!? 反省してほしいのか!? 謝ってほしいのか!? それでお前は満足かよ!! もうお前が知る俺らはいねぇんだぞ!? 泣き喚いて気が済むならそのまま喚き続けてろ!!」

 吐き捨てる様なライナーの言葉を耳にエレンは静かに呟いてうすら笑いを浮かべた。
 もうこの目の前の男はかつて励ましてくれた頼れる兄貴分ではない。

「そうだな……オレがまだ……甘かったんだ。オレは……、頑張るしかねぇ。頑張って、お前らが……できるだけ苦しんで死ぬように努力するよ」

 その言葉を耳にしたユミルはそうではないと、目先の事だけを見据えたエレンの言葉に首を横に振った。

「……そうじゃねぇだろ……」

 ユミルはこの壁の世界に未来が無いことをすでにその片鱗を知りつつあった。待ち受ける敵は、あまりにも強大で、そして果てが無いことを。

To be continue…

2019.11.04
2021.02.07加筆修正
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