THE LAST BALLAD | ナノ
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#40 並ぶ影が交わることはもうない

 調査兵団の主力部隊の活躍により巨人の撃退と壁の重要な秘密を知る貴重な存在であるクリスタ・レンズ改め、ヒストリア・レイスの保護に成功した。
 壁の中の最大の謎を知るその人物の名があまりにも身近で、こんなに傍にいるなんて……。
 しかし、この戦いは未だ序章、そのすぐ後に。アニ以上に大きな衝撃をもたらすことになる事を今この時、誰も知らない。

 荒れ地と化したウトガルド城は輝ける朝日から一転してこの先を暗示するような、失われ犠牲になったナナバ達を悼むかのような曇天から静かに雨が降り注いでいた。
 巨人の襲撃に晒された104期生含む精鋭を集めたミケ班が全滅し、危機に瀕していた中でユミルが突如として巨人化しその窮地を救った。まさか、彼女までもアニと同じ壁の破壊をもくろむ敵対勢力だったというのか?巨人化能力を隠していたなんて……。

「ユミルの奴は一体どういう状態なんですか?」
「右側の手足が食いちぎられ、内臓はスクランブルエッグにされちまったようだ……普通なら死んでるってよ」
「……普通なら。か、」

 ケイジに問いかけ帰ってきた答えをエレンは反芻した。生き長らえているのは彼女が巨人化出能力の恩恵。ユミルは通常の人間ではない、ずっと巨人化できることをずっと、ずっと、エレンが巨人化出来ることが発覚してからも、女型の巨人の正体に意識が傾いており、その中で沈黙していたのだ。
 満身創痍のユミルが調査兵団のマントにくるまれ担架に固定されて、壁上へと慎重に吊り上げられてゆく。ユミルの外傷は見るからに悲惨。巨人に食い尽くされ、ほぼ半身が欠け、ひどい状態でありウトガルド城での戦いが如何に過酷な状況だったのかを知らしめている。
 普通の人間ならば即死の状態で、生きているのが奇跡なくらいの酷い外傷をその身に受けながらも一命をとりとめている彼女が普通の人間ではないのだと、見て明らかだった。
 ウミはまさかユミルが巨人になれるなんて知らなかった。いや、まったく気が付かなかった。訓練兵時代から共に過ごしてきたアニ、エレン、次々と巨人としてその真の姿を明かしていく今年の訓練兵団上がりの104期生はどうなっているの?と。誰を責めるわけでもないがもう誰も信じられなくなりそうだった。この世界の全員が本当は巨人なんじゃないかと、そんな錯覚さえ抱かせる。
 調査兵団に身を置きながら巨人の事なんて本当は何も知らない、ただ何故だと疑問さえも抱く間もなく奴らは容赦なく襲い掛かってきた。だからひたむきに戦い続けてきた。いつか絶えるものだと信じて。
 そして、この3年間ずっと一緒に居たのに、ずっと面倒を見ていたのに全く巨人の片鱗にさえ、人類に仇なす存在だった事さえ気が付かなかった。アニが時折死んだような表情で疲れ切っていたのもきっと巨人化の能力を行使して夜な夜な暗躍していたからだと何故気が付かなかったのか。
 雪山の訓練で遭難しかけたユミルたちが助かったのもきっとそのお陰なのに…。
 しかし、それにしてもこのタイミングでどうして今みんな巨人化能力を明らかにしたのか。
 安全を確保しながらリフトで次々と壁上へ持ち上げられる中、壁にへばりついて必死にライナーが左手で登ろうとするもコニーを庇い、右腕を負傷したままクリスタ改めヒストリアの処理で利き手を吊り上げられた状態であり上手く登れない。大きな手が必死にしがみついているのを見たエレンがすかさず手を差し伸べてやった。

「ライナー。掴まれ」
「おう」

 ガッチリ掴まれたエレンとライナーの手と手を見つめながらウミは未だにぼんやりしていた。遠くに見えたライナーの横顔、そうして抱いた疑惑。5年前のあの日に面影は重なった。自分が対峙したのはそう、ライナーのガタイのような鎧のような鋼鉄の巨人だったな、と。

「ひでぇ怪我だな、大丈夫か?」
「ああ、本当に最悪だったよ……クリスタがスカートの裾で応急処置してくれたんだが、折れちまってるだろうな」

 雨に打たれたままの状態で。そして、疑惑の目はライナーとベルトルトにも向けられる。出発前に話した通りならば…。
 ウミは一人、背中を向けて雲行きが怪しくなる空を見上げていた。雨に打たれ頬を伝う雫が横のおくれ毛を伝いそしてリヴァイがくれた指輪にぱたりと落ちた。

 3年前、最初に会話した時のライナーとベルトルトとのやり取りは今も鮮明に覚えている。夜な夜な抜け出しみんなで湖を見に行ったのだ。
 本当に彼ら二人は頼りになるし、どちらも気兼ねなく話しかけてくれて、自分に故郷を取り戻せるといいなと言ってくれてそして……。
 いや、とにかく彼は親しみが持てた、本当にいい子だったから、きっと大丈夫だと、アニの単独だと、根拠もなく彼らはハンジがあの時言っていた疑惑とは全く無関係だと信じていた。どうか…何の疑いもなく、もしこの先2人を事情聴取するために捕らえたとしても。ライナーとベルトルトが全くアニと関わりのないことだけを、ただ願っていた。

「ハンジ分隊長! どうか……! 信じて下さい! 本当なんです! ユミルは私達を助けるために正体を現して巨人と戦いました! 自分の命も顧みない行動が示すものは我々同士に対する忠誠です!これまでの彼女の判断がとても罪深いのも事実です。人類にとって最も重要な情報を、ずっと黙っていました」

 その片隅では、凛とした声が響いていた。今回救援部隊の保護目的だったクリスタ改め、ヒストリアがハンジに懸命にユミルを何とか救えないか、彼女が今まで巨人化能力者であることを黙っていたことでユミルが罰せられてしまうことだけは避けられないか、ハンジに必死に今までのユミルの思いを打ち明けていた。今まで巨人化できることを黙っていたユミルに下される処分を想像して。エレンと同じ目にユミルも遭うのではないか。彼女が巨人化能力を隠していたとして、だからと言ってそれが人類への裏切る為の物では無いことを必死に弁明していた。ユミルは自分たちを救うために身を散らして果敢に単身巨人へ戦いを挑んだのだ。その為には仕方がなかった。ユミルが居なければ彼らは助からなかった筈だから。

「(――……ヒストリア・レイス)」

 レイス家。クライスが今はその爵位を持っているアルフォード家と同じくウォール・シーナに領地を持つ貴族。出会った時から確かに彼女には普通の凡人とはまた違うどこか気品すら感じさせる雰囲気があった。クリスター…、いや、ヒストリアの馬にさえ愛されるその佇まいは彼女に流れる高貴な血がそうさせていたのだろうか。
 しかし、なぜ真実の名前を隠して104期生の、しかも1番死に近い調査兵団なんか に……。
 彼女の本当の名前(ヒストリア)。真に隠されたこの壁の世界の真実を知る少女。なぜ彼女はレイス家から外れ、そして今まで名を隠してここに居たのか。それは簡単にわかる事だ。彼女は正式にレイス家の人間ではないのだ。妾の子として、その存在は隠蔽され亡き者として名前すら名乗ることも許されずに今まで生きてきて自分の居場所などなく過ごしていたのだろう。そんな彼女の心を救ったのはユミルだった。リヴァイに救われた自分のように、ヒストリアにとってユミルは大きな存在だったのだ。

「おそらく……それまでは自分の身を案じていたのでしょうが……しかし、彼女は変わりました! ユミルは我々人類の味方です!ユミルをよく知る私に言わせれば彼女は見た目よりずっと単純なんです!」
「そうか……もちろん彼女とは友好的な関係を築きたいよ。これまでがどうあれ、彼女の持つ情報は我々人類の宝だ…仲良くしたい。ただね……、彼女自身は単純でも、この世界の状況は複雑すぎるみたいなんだよね。本名は……ヒストリア・レイスって言うんだって?」
「……はい。そうです」
「レイスってあの貴族家の?」
「はい、」
「……そう。よろしくね、ヒストリア」
「は、はい……」

 青い瞳を輝かせ懸命にユミルを守るために声を張り上げるクリスタ改めてヒストリアのユミルへの思い。そっとその肩に手をやるハンジの表情は深刻そうで、未だその脳内は状況の整理に追われているようだった。ミケが引き連れていた精鋭達は尽くやられてしまった。恐らくミケ自身も…しかし、それにしても今は別の疑いに目を向けるべきだ。ヒストリアとは後々ゆっくり話しをするにして…。今は。

「ユミルはどう?」

 担架でユミルを運んでいたモブリットとニファ達の元に向かうと、ヒストリアは迷わずそのユミルの傷ついた顔に触れ優しく撫でていた。一同は静かにユミルから立ち上る蒸気と、その光景を黙って見ている。

「依然、昏睡したままですね。出血が止まって傷口から蒸気のようなものが出ていますが……」
「そうか。とりあえず……、トロスト区まで運んでまともな医療を受けてもらわないとね。二ファ、君に任せたよ」
「了解です」

 ヒストリアと共にユミルをニファ達に託し、モブリットを引き連れて歩き出すハンジは色んな情報が錯綜しているが、そもそも一晩馬を走らせて来た本来の目的に戻るのだった。

「……さて……我々は……穴を塞ぎに来たんだったな」

 壁上を吹き抜ける風に揺られながらウミの髪を風が駆け抜けながらリフトからあげられたベルトルトに手を伸ばした。

「イッテテ……」
「大丈夫かライナー?」
「大丈夫じゃねぇな。巨人に腕を噛み砕かれたんだ。本当に……まいった……もうダメかと」
「ベルトルトは無事か?」
「ああ、僕は大丈夫、」

 立体機動装置でアルミンが壁を上ってきたのを引っ張りあげながらエレンは12時間前に交わしたハンジとのやり取りを念頭に置いて、あくまで普段通りにいつものように同期に接するように満身創痍の疲れ切ったライナーとベルトルトにに話しかけた。どうか

「ベルトルトは無事か……お前ほど強くても……そうなっちまうんだな……」
「何言ってんだ……!? こんなのもう2回目だぞ、なぁ?アルミン!」
「え?」
「一度は巨人の手の中にすっぽり収まっちまったこともあるんだ!」
「あぁ……あの時……」
「既にもう2回も死にかけた。このペースじゃあの世まであっという間だ。自分で選んだ道だが、兵士をやるってのはどうも……体より先に心が削られるみてぇだ……まぁ……壁を塞がねぇことにはしんどいだのと言ってる暇もねぇか。あぁ、お前ら二人の故郷も遠退いちまうばかりだからな。何とか、ここで踏み止まらねぇと」
「ああ、そうだよ、ライナー」

 突然エレンの言葉に口調を荒げるライナー。そして、「故郷」と、エレンが口にしたそのワードに結び付いたもの。あの時見つけた獣の巨人、そして――……ベルトルトが突如として大きく両手を広げ、ライナーに嬉しそうに呼びかける。エレン達を置き去りにいったい何の話をしているのか、しかし、ベルトルトのその表情は嬉しそうだ。そう、目的は果たしたのだ。苦節してきたこの数年間探し求めた答えが、

「故郷だ! 帰ろう! もう帰れるじゃないか。今まで苦労してきたことに比べれば後少しのことだよ、」
「そうか! 後もう一息の所まで来ているんだったな、」
「は!? 何言ってんだお前ら!?」

 その近くでミカサがコニーを引きずり上げているのを見てウミが駆け寄りコニーをミカサと一緒に引き上げる。別にウミが手伝わなくてもコニーなど片手で持ち上げることくらいミカサなら余裕な筈だがそれでもウミにとって立派な兵士となったミカサは今も守るべき対象の少女のまま。

「助かったぜミカサ、」
「怪我はない?」
「本当に無事でよかったよ……」
「俺は大丈夫だけどライナーが俺を庇って腕噛まれて……ユミルは見ての通りだけどな。ウミ……ごめん……ナナバさんやゲルガーさん、みんな俺たちの為に……巨人に食われちまったんだ」
「そう……探したけど見つからないのは……そういう事なんだね、」

 心配そうに駆け寄ってきたウミにすぐ謝罪して頭を垂れるコニーに首を横に振り、ウミは先ほどまで悲壮に溢れていた表情をすぐに切り替え変わらない笑みを浮かべていた。
 仲間が死ぬのは調査兵団に居て何回も経験してきたはずなのに……今も悲壮を引きずり続ける自分に嫌気がさした。もうハンジは気持ちを切り替え、今は分隊長としてこの場の指揮を任され凛とした表情で的確に指示を与えているのに。
 今こうして自分が調査兵団に身を置く以上、仲間の死をいちいち嘆いていては進めない。悲しみを切り捨て兵士たるもの割り切らなければならない。頭では理解しているのに進めないのは、まだこの5年間一般人として過ごしてきたから兵士としての心が未だ追いついていないからなのだろうか。しかし、ナナバとゲルガー達までやられるなんて…最後には燃料もガスも尽き果て力なく巨人に食われたらしい。

「兵士である以上はいつか……来るかもしれないその時をナナバ達が迎えただけ。仕方がないことだから……でも、クライスとミケさ……分隊長は?」
「それが、俺達にも分らねぇんだ……奇行種を食い止めるために俺達の代わりに囮になって、それきりで」
「そっか、そうなんだね」
「でも、まさかユミルまで巨人だったなんて…いったい」
「サシャ、」

 言いかけたサシャの言葉を遮るミカサ、今はそれを考えている場合ではないと諭すように。はっきりした声でこの現場の指揮を執るハンジがみんなに呼びかけていた。

「みんないいかい? ユミルの件はひとまず後だ。それからコニー。あんたの村には後で調査班を送る手配をするから。今はとにかく、壁の修復作戦に集中してくれ。いいね。」
「はい!」
「しかし、現場はもっと巨人だらけだと思っていたんだが……ん?」
「ハンネスさん、」
「駐屯兵団先遣隊だ。穴の位置を知らせにきたんだ」

 ミカサが見つけたのは同郷の今は立派な隊長へと昇格して活躍するハンネスの姿だった。ハンジの言葉に馴染みのハンネスの姿に駆け寄って行くウミ。立体機動装置で壁を登って来るハンネスの手を掴みながらハンネスは一番危険な穴の特定を急いで夜通し調査したのだが、得られなかった情報を手に調べ終え帰還する中で調査兵団達に驚愕の事実を告げたのだ。

「穴がどこにも無い、」
「え?」
「夜通し探し回ったが、少なくともトロスト区からクロルバ区の間の壁に異常は無い」
「何だって!?」
「クロルバ区の兵とかち合って引き返してきたのさ。道中で巨人とも出くわさなかったが」
「でも、巨人は実際に壁の内側に出てるんだよ?」
「ちゃんと見たのかハンネスさん!? まだ酒が残ってんじゃねぇのか!?」
「飲むかよ!! っていうか、お前らは何でこんな所にいるんだ?」

 酒はもうあの時5年前の悪夢を境に完全にやめたハンネスの言葉に黙り込む一同。その沈黙を巻き上がるような強い風が吹き抜ける。その拍子に長く揺れていたウミの髪が解け、上空に炎のように踊りながら舞い上がった。

「ウミ、髪が……」
「本当だね。あっ、どうしてこのタイミングで」
「新しいの、買わないと……」

 昨夜から幾度も明け暮れた激しい戦闘でも解けなかった髪が。
 何故こんなタイミングで解けるのか。腰までゆったりとした長い長い髪が揺れる。そもそも元から調査兵団として舞い戻った時から休みなく幾多も積み重なる激しい巨人との戦闘で壊れかけていたのかもしれない。
 慌てて纏めるが、束ねた髪を留めていたピン自体がすっかり壊れてしまっているようだった。新しいのを買い替えるタイミング的にトロスト区に戻るのは賛成だ。ハンジも静かにため息をついた。

「壁に穴が無いのなら仕方ない。一旦、トロスト区で待機しよう。エルヴィン達待機組も移動しているならそこに居る筈だ」

 駐屯兵団の情報が正しければ今は壁の穴が無い以上はどうすることも出来ない。それに、今この状況で巨人自体もあれから姿も見せていないのだから。ひとまず後からエルミハ区を発ったエルヴィン達が待機するトロスト区へと戻ることになった。
 一昨日出発したばかりのトロスト区に再び帰る。
 その間に、いろんなことが起こりすぎて一度情報を整理したいと、頭を抱えながら歩き出したハンジ達に続いてぞろぞろと壁上を進む調査兵団達。

「とにかく、お前らもまだ壁が破壊されてないことがわかるまでは気を抜くなよ。俺達は先に戻るぞ」
「ハンネスさんも、気を付けてね」
「ああ、ウミ、お前は……戦うって決めたんだな」

 もう二度と、この背に翼は背負わないと決めたのに。それでも再び戦場へと舞い戻ってきたウミ。静かに、そしてゆっくりと決意を秘めた瞳が頷き、ハンネスを見ていた。愛する人と共に在る事。そしてそのために一度は屈した脅威と自ら戦う事を。

「調査兵団に戻ったからにはもう元分隊長の実力取り戻してんだろ? 念には念をな、とにかく気を付けろよ、」
「ハンネスさん!? まさか、そんなことないよ、私まだまだブランクだらけだよ、」
「本当かぁ? 泣く子も黙る死神分隊長の復活って。この前の壁外調査にお前の姿があったって噂でもちきりだ」

 やはり、そう簡単に5年離れていても「死神」は消えてはくれないのか。そうだ、憲兵団は死とは無縁。自分を知る者達は内地には恐らく生き残っている。この前捕縛された時と言い昨日の事と言い、憲兵団に嫌って程知れ渡っているだろう。聞き飽きたあだ名に瞳を伏せるとハンネスは続けさまに言葉を続ける。

「「見た目は天使のように自由に空を舞う、けど「巨人たちに死をもたらす死神」ってな。ウォール・マリアの天使の名前の通りにウォール・マリアを取り戻してくれるんだろう?」
「うん。もちろんだよ。必ず故郷に帰りましょう、」
「ああ。とにかく、後はお前らに頼んだぞ、エレン達もウミの言う事ちゃんと聞いとけよ。ブランクはあっても先輩なんだからな」
「わかってるって、」

 ハンネスの優しい言葉に胸を打たれ黙り込んだウミの頭をハンネスが置いて笑う。壁工事団と言っていた頃が本当に懐かしい。その愛称が仲間達を死地へ追いやり、導く悪い意味ではなく、巨人たちに絶対の死をもたらす良い意味だと言うことを幼い頃から抱いていたウミは改めて理解するのだった。

「3人は私に任せて。と言いたいところだけど……もう、私が居なくても3人は立派な調査兵団には欠かせないメンバーだよ」
「ウミ」

 守るべき対象だった3人といつのまにか並んでこうして共に巨人相手に戦うなんて。5年前から大きく変化しつつある関係、そしてこれからも変わり続けていくのだろう。調査兵団の一員として。アルミンの知恵とミカサの強さ、エレンの巨人化能力3人はもう欠かせない存在になっている。
 親代わりのウミにそう言われて3人も嬉しそうだ。
 私服姿でふわりと微笑んでいればただのウミは本当に一般人にしか見えないが、団服を纏い、有事となれば彼女はれっきとした兵士であり巨人の返り血まみれの猛者なのだとその傷だらけの手が物語っている。
 幼い頃から父親の手ほどきを受け、ずっとおもちゃ代わりに立体機動装置を操り空を飛んでいたウミの手は豆ひとつない。もう皮膚の一部として硬くなっている。ハンネスは再び巨人と死の最前線に舞い戻ったウミがある「決意」を秘めて刃となりここに居るのだと言うことを察していた。

「そうか、お前ずっと三人の面倒ばかり見てきたもんな……そんで、ようやくお前は自分の幸せを、見つけたんだな」
「はい、」
「天国のお前の両親も喜んでるだろうな。ま、お前の両親の代わりに落ち着いたら相手の事とかも詳しく聞かせてくれよ?一杯くらいおごるし、ご祝儀くらい渡してぇからな」
「ハンネスさんったら……でも、ありがとう」

 そして大事に嵌められたウミの左手の薬指の指輪に気が付いたハンネスはウミの笑顔が変化した理由を理解しつつ、彼女からそのうち明るい報告が聞けることを楽しみに去っていく。
 そうして5年前のあの時、泣きそうな顔で瓦礫に押しつぶされ安否不明の母親よりも命を託されたカルラの為に戦おうとハンネスの立体機動装置を貸してほしいと手を伸ばしていたウミがあの混乱で亡くした大切な家族を、故郷を奪われたあの時は非力なままだったウミがこうして今調査兵団として立派に活躍していることを知り安堵するのだった。
 人類の危機的こんな状況だが、どうかウミにはハンネスが望むように兵士として、女性として、幸せを手にすることを願っていた。
 しかし、その前に……この謎をいち早く究明する必要がある。
 時間は待ってはくれない。早く巨人出現の原因を探さなければならない。自分が愛する彼と共に今度こそ幸せになるのなら、今のこの疑惑と最悪の日となる前に、仲間達の死を悼み、そしてこの現状に終息を打つために。

「どういうことだろう……。この5年間になかったことが、こんなに一度に起こるなんて」
「異常が無いって」
「ほんとにこの世界はどうしちゃったんでしょうかねぇ」

 ハンネスの言葉を聞き、それならばウトガルドに発生した巨人たちはどこから来たというのか。謎に包まれる一同を置き去りに突如後ろからエレンとウミを呼び止めてきたのは。

「エレン、あぁ、ウミもちょっといいか?話があるんだが」
「何だよ…?」
「私も?どうしたの?改まって…」
「俺達は5年前…壁を破壊して人類への攻撃を始めた」
「は??」

 話しかけてきたのは。突然の告白、ウミの唇が震え、そして言葉を発することも出来ずにカクカクとわなないた。言葉に詰まって何も話せなくなってしまったのだ。
 そして、先ほどのハンネスの言葉に幸せをかみしめていたウミがトロスト区奪還作戦の時にクライスと交わしたやり取りと、そして昨晩ハンジが告げた浮かび上がった疑惑と仮説そして。

「俺が「鎧の巨人で」こいつが「超大型巨人」ってやつだ」
「え!?」
「は…? 何言ってんだお前」
「何を言っているんだ……!? ライナー、」

 ポンとライナーがベルトルトの肩を持つと、日常会話でもしているのかと言わんばかりの口調であっさりと、疑惑の2人に慎重に事実確認をしなければとウミが思っていた矢先、この壁の世界の安寧を破壊したと、この壁の中に潜む諜報員たちは自らその正体を明かしてエレンとウミにそう告げたのだ。

 ――「ウミ、秘密だからな、お父さんとウミだけの」
「うん、お父さん、」
「お父さんは壁の外に宝物を隠してるんだ、それは――」

 あまりにもいきなりすぎてウミは言葉に詰まった。目の前の彼はいきなり何を言うのかと。だって3年間も一緒に居たのに。まったくそんな兆しさえ見せずに、そして何より…。

「ライナー…? (故郷を……取り戻せるといいなって……言ってくれたじゃない、俺達も、協力してくれるって)」
「俺達の目的は、「この人類すべてに消えてもらうこと」だったんだ。だが。そうする必要は無くなった。エレン、お前が俺達と一緒に来てくれるなら、俺達はもう壁を壊したりしなくていいんだ。わかるだろ?」
「……は!? イヤ待て!全然わかんねぇぞ!?」
「だから、俺達と一緒に来てくれって言ってんだよ、」

 ライナーは死に瀕して恐らく意識が混在しているんだと。それは単なる言葉の綾だと。そして、見ればベルトルトも慌てふためいている。
 突然何を言い出すんだ!と、彼の肩を掴んで。わたわた慌てふためくベルトルトの静止も聞かずに淡々と、さも当たり前のようにごくごく自然に、まるで天気の話をするかのように日常的に自分達の本当の正体を、エレン達がそもそも故郷を失うきっかけとなった戦犯なのだと、あっさり告げる。
 面食らって黙り込むウミ。そしてその一歩先でその会話を耳にしたエレンを守ることを信条とするミカサも3年間共にしてきたライナーの突然の何の前触れもなく口にした告白を青ざめた様子でその会話に耳を傾けていた。
 まさか敵が自ら本性を明かすなんて。
 この5年間自分達が故郷を奪われた自分達が死ぬよりも過酷な運命に投じていたことも、そのためだけにエレンはこの3年間を憎しみを糧にこれまで過ごしてきた。巨人への深い深い憎しみを抱きながら。同期なら隣でそれをずっと目の当たりにしてきたのに。

To be continue…

2019.10.18
2021.02.03加筆修正
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