THE LAST BALLAD | ナノ
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「#お仕置き」のBL小説を読む
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#60 違つ道

「今回の配給で備蓄が六割を切ってしまった。少し国民の機嫌を取りすぎたのではないですかなぁ?レイス卿」
「必要だ。ここでもう一度王家の忠臣力を上げておかなければ。それよりも、力とその器だ。急がなければならない。」
「憲兵団は失敗したようだな」
「すぐに戻って探索を続けます」
「いや、もうすぐ手に入るだろう…。アレが動いている。」

 ミットラスでは王座に腰かけた偽りの玉座で頬杖をついた王が静かに上流階級の人間共のその話に耳を傾けている。無能な王の代わりに指示を出したのはレイス卿と呼ばれた小柄な男だった。今この世界は変わらなければならない。人類にとっても大きな危機を迎えている。
 男が示した快刀、それは。そしてヒストリアと同じ姓を持つ父親は娘を血眼になって探していた。

――エレンが朧げな記憶の中で見た美しい黒髪の女性が金髪のヒストリアと牧場で並んで本を読んでいた。彼女に文字の読み書きを教えてくれたのはエレンが記憶の狭間で鏡越しにこちらを見つめていたその黒髪の女性だった。

「すごいよヒストリア!! もうこんなに読めるようになるなんて」
「だって、おねぇちゃんが教えてくれるから」
「あ、だめだよ鼻水垂らしてちゃ。ヒストリアはもうちょっと女の子らしくしないと!はい、かんで」

 本を読んでいたヒストリアの可愛らしい顔には似つかわしくない鼻水がぶら下がっている。それを見た黒髪の女性はすぐさま取り出したハンカチを鼻にあててやると、ヒストリアは勢いよくそのハンカチに鼻水を吹き出した。

「ふんんんんん」

 ズビーという激しい音を立ててヒストリアはお言葉に甘えて勢いよく鼻をかむ。その勢いにその女性は満足そうだ。

「おう。出た出た。はい、よくできました」
「ねぇ?」
「ん?」
「「女の子らしく」って何?」
「そーだね……女の子らしくっていうのはこの子みたいな女の子のことかな」

 女性は一緒に読んでいた本に描かれた悪魔にリンゴを差し出す金髪の長い髪をした少女を指差し、優しく微笑んでいた。

「ヒストリアもこの子が好きでしょ?」
「うん!」
「いつも他の人を思いやっている優しい子だからね。ヒストリアもこの子みたいになってね。この世界は辛くて厳しいことばかりだから……みんなから愛される人になって助け合いながら生きていかなきゃいけないんだよ」
「……うん。じゃあ私、おねぇちゃんみたいになりたい」
「え!?」

 その言葉が後のクリスタ・レンズの人格を作り上げていた事を知らず。純真無垢なヒストリアのその言葉に頬を赤らめながら女性は耳を疑うも、尚もヒストリアが言葉を続ける。

「私……大きくなったらおねぇちゃんみたいになれるかなぁ?」
「……いいよ!!」
「わ!?」
「いいよいいよ、ヒストリアはそのままでいいよ!!」

 自分になりたいと微笑んでくれるヒストリアがいじらしくて小さな彼女がとてもかわいくて。
 女性はキュンキュンとそのまま懐をギュッと鷲掴みにされた気分だった。そんな彼女の思いがけない言葉に嬉しさを押し隠せない。しかし、こうして二人で過ごす時間は日に日に限られていく。
 許されざる面会の中で女性はもう頃間とヒストリアへ告げた。

「ごめんねヒストリア。もう時間になっちゃった。今日も私のことは忘れてね。また会う日まで」

 呆然とするヒストリアへ、コツンと額を当てる女性に幼少のヒストリアは一体何を、そう思った瞬間。

「え?」

 女性がヒストリアに向き直り、互いの額と額を重ね合わせた瞬間驚くべき現象が起きた。ヒストリアの脳内をまるで電流のようなものが流れ一気に全身を駆け抜けていく。そうして、気付いた時には女性は静かに柵を乗り越えてスタスタとその場を去って行く後ろ姿だけだった。
 やがて、その本が風にあおられページをどんどん捲っていく…。

「あれ?あの女の人……だれ……?」

 それは幼い彼女の遠い記憶。彼女は果たして何だったのか、自分にとってどんな存在だったのだろう。まるで深い深い記憶の海の底の中でヒストリアは揺らめいていた。夢でも現実でもない、狭間の世界にいるような、そんな気持ちになった。


「あ!?」
「え?どうした?」

 待機していた2人は何もすることが無く、気づけばお互い眠ってしまっていた。そうしてそのまま窓際のテーブルに突っ伏してうたた寝していたヒストリアは揺蕩う意識を再び現実に戻していた。
 ヒストリアのその素っ頓狂な声にムクッとベッドから起き上がるエレン。
 夢から覚めるもまだ二人は夢ごこちだ。

「何も……寝てただけ……ああ、だめだ……何か大事な夢を見てた気がするのに……もう絶対思い出せない」
「あぁ、オレもそれよくあるぞ。……けど、もうこんな時間か……日が沈みそうだ……。兵長がいれば何とかなると思いたいけど……相手は本当にリーブス商会なんだろうか、なぁ?」

 夢から覚めたヒストリアは夢から覚醒したショックで夢で見た記憶の断片を失ってしまった。再び闇に沈む記憶を辿る中でぼんやりと無表情のままエレンの大きな瞳を見つめると、エレンはバツが悪そうに眉を寄せた。
 どうやらその大きな青い瞳が自分を責めているように感じたのだろうか。

「悪かったよ……硬質化できなくて。こうやって遠回りしなくちゃいけなくなっちまって……」
「……何で私に謝るの?」
「え?ユミルを……早く助けたいんだろ?」

 ベルトルトとライナーを助けるために壁外に残って、それ以降行方不明の生死不明のユミルを一刻も早く救いに今すぐ壁の外に行こうと、しきりに1週間前の彼女はそう言っていた。しかし、ヒストリアはそれは違うと静かに俯く。

「助ける……助けるっていうのは……もう違う気がしてる。エレンの言う通り、ユミルはあの時に自分の生き方を自分で選んだ。もう私が何かする権利は無いし私は必要無い……。私に今あるのは……よくわからない出生の事情と、私なんかに務まるとは思えない大きな役割だけ」
「じゃあ、お前……どうしたいんだ?」
「……わからない」

 今まで彼女はクリスタ・レンズとして、いい子のふりして笑っていた。そんな中で突然舞い降りた本当の名前、そして今までの自分は偽りだったのだと、見抜いたのはいつもそばに居てくれた大切だった彼女。
 彼女は自分に助けを請い、そして――……お互いに気まずい空気が流れて、そのまま沈黙するエレンとヒストリア。2人はまだお互い王政に狙われその中で唯一の理解者であるはずだ。

「いいね。エレンやみんなも辛いことだろうけど……やりたいことがはっきりしていて。でも……私は、支えであったユミルがいなくなって自分が何者なのか……何をしたいのかわからなくなった」
「ユミルを助けたいんじゃなかったのか?」
「でも、あの時は許せないし、助けたいとも思ったけど……今は……違う気がしてる。
ユミルは自分の生き方を自分で選んだの。もう私が何かする権利はないし、必要もない」
「何か……やっとまともに話したな」
「え?」
「あの山小屋にいた時……自分の事は話したけどそれ以外にこりともしないし……話にも乗ってこないしさ」
「面倒くさくて。ごめん、もうみんなに優しくていい子のクリスタはいないの。クリスタならきっと私の代わりを引き受けてくれたウミの、みんなの心配をしてただろうね。でもヒストリア・レイスは親からも誰からも愛されたことがなくて…それどころか生まれたことを望まれなかった子で……それもこの世界じゃ特に珍しくもない話で都の地下とかではよくあること……」
「いや……、なんかその方がいいんじゃね?」
「え?」
「他はどうか知らねぇけどオレは以前のお前が結構苦手だった。前はいつも無理して顔を作ってる感じがして…不自然で正直気持ち悪かったよ」
「……そう」
「……でも、今のお前は別に普通だ。ただの馬鹿正直で普通の奴だ。まぁ、ユミルの事はまた考えればいい、オレもあいつには色々……」

 その時、エレンの脳裏であの巨大樹の森でライナーに寄って気絶させられそうになったその間際、耳にしたユミルとベルトルトの会話を…。




 リーブス商会の物資が保管してある倉庫の周囲にはすすり泣くウミの声が反響していた。
 男は満足したように、にんまり三日月のような笑みを浮かべウミの身に着けていたその下着をずり下げると、露わになった淡く色づいた胸の先をもてあそび始めたのだ。
 引き裂けたブラウスから飛んだボタンが地面にカラカラと虚しく転がる。
 身に着けていたレースの下着から覗いた真っ白な胸とその頂きを丸出しにされ、普段気丈なウミだがあまりの恐怖に全身の悪寒が止まらずガタガタと震えていた。

「いやっ、やめて――……っ!」

 それだけは、どうかやめてくれ!ただならぬウミの聞いた事もない悲鳴にジャンは我慢出来ずに目を見開いてしまった。
 そうしてジャンの視界に飛び込んできた光景はあまりにも酷かった。ジャンは思わず凝視してしまう。上半身のシャツをほとんど引き裂かれ、大の男がウミに覆いかぶさってその身体を味わっている。

「(ジャン……ダメ、こんな私を見ないで……――!)」

 男によって椅子ごと組み敷かれ、捲れ上がったロングスカートから剥き出しの太腿、上半身のシャツは引き抜かれ、真白な肌がむき出しになって所々吸い付いた痕が生々しく男の唾液で濡れている状態。
 愛した男以外の人間に触れられ嫌悪感でいっぱいなのに身体は敏感に反応して心と体がバラバラに引き裂かれそうだ。

「ん――! んん!」

 こんな姿、ジャンに見られたくないと顔を背けようとするのに、恐怖で硬直して完全に動けない。這いずり回る手が胸を揉み先端を遊ぶ。しかし、口唇だけは何としても奪われたくはない。

「(リヴァイ兵長……まだかよ! 早くしろ!)」

 ジャンが心の中で何度も何度もリヴァイを呼ぶと、なんと男はウミの顎を掴むと今にもこのシチュエーションに興奮した男が口を開けてウミの唇にその汚い口唇を重ねようとしてきたのだ!

 もうダメだ――!! ウミが迫る顔にぎゅっと瞳を閉じて涙を流したその時だった。

「さぁ……お嬢ちゃんの可愛い声をもっと……「そうか、そんなに聞きてぇのなら聞かせてやろうか。どうしようもねぇ悪趣味な汚ぇ声をよ、」
「へ?」
「てめぇの声だよ、クソ野郎」

 突然ウミに跨り馬乗りになって一心不乱にその身体をくまなく貪っていた変態男はふと背後から聞こえた地を這うような低いその声に振り向く前に宙を飛び、すっかり気を失っている。
 今、この一瞬の間に一体何が起きたのか、仰向けのまま動けずに呆然としたまま涙を流していたウミの視界に飛び込んで来たのは自分を蹂躙していた男を倉庫の遥か彼方まで蹴飛ばし、きれいに刈り上げられた黒髪の男の後頭部だった。

「ウミ、大丈夫……!?」
「……、っ……、」
「ミカサ!」
「しっかりして……もう大丈夫だから……」

 仰向けになったまま恐怖で硬直していたウミを椅子ごと抱き起こしながらリヴァイの後から登場した赤いマフラーを靡かせたミカサが問いかける。
 ジャンも嬉しそうに密かに思いを寄せる彼女の助けを喜んだ。
 黒曜石のような瞳はエレンに成りすましたジャンを通り抜け、今まで彼女が男に襲われているのを見てきたミカサは恐怖におびえているウミの元へ駆け寄る。
 最期まで犯されなかったにせよ、その首筋には見せしめのような赤い刻印がくっきりと刻まれており、それは痛々しい位に色白の肌を染めていた。

「ありがとう、ミカサ……ごめんね……みっともないところ、見せて」
「っ……!」

 それでも窓から様子を窺っていた自分に気付いたウミ。あまりにも痛々しいその姿にミカサはたまらずウミの身体を強く抱き締め、リヴァイが蹴飛ばした汚らわしい男を鋭い目つきで睨みつけていた。
 しかし、殺すわけにはいかない、相手は一般人であり、商会の人間の階級は調査兵団よりも上だ。まだ確証も無いのに殺して罪を重ねるわけにはいかない。

「ウミ、ごめんね……遅くなって……」

 抱き締めていた小さなウミの身体は寒さではなく恐怖で震え、カチカチと歯が鳴っている。
 嫌だ、助けてくれと、何度も止めてくれと懇願して泣いたのだろう。しかし、虚しくも彼女の消え入りそうなその声は届かなかった。
 伝った涙の跡には土がついており、今まで自分達が来る間にどれだけ彼女が涙を流して怖い思いをしていたのか見て取れた。
 あまりにも痛々しいその姿。自分達にはこんな怖い思いを誰にも、男のアルミンにさえもさせたくないと自らヒストリアに成り済ましたせいで酷い目に遭った。
 ミカサは強く彼女を抱き締めると、ウミも過去のトラウマに支配され声を殺してはらはらと彼の前でだけ泣かないようにしていたこらえきれない涙が止めどなく溢れた。

「オイ、ウミ。見張りはこいつで最後か? ここの商会のボスはまだ戻ってきてねぇか……」
「リヴァイ兵長……待ってください……! ウミはまだ……」

 しかし、戻って来たリヴァイはそんなウミを見ても顔色一つ変えない。
 愛する女が他の男の暴力の元に晒されたと言うのにそれくらいの事では全く動じないと言うのだろうか、それとも彼はもうとっくに心が死んでいるのだろうか。
 全身くまなく上から下まで傷ついたウミを眺めると、男としてではなくあくまで兵士長としての態度を頑なに貫いた。
 仮にも恋人同士で、最愛の彼女がもし間に合わなければそのまま未遂で済んだが本当に犯されていたかもしれないのに……。
 ジャンは本当にリヴァイがウミを思っているのか、わからなくなり、そして咎めるようにそう口にしてしまった。

「オイ、ウミ。てめぇの耳は腐ってやがるのか、見張りを確認してなかったわけじゃねぇだろうな??」
「兵長、今ウミはどう見てもそんな事答えられるような状況では…」
「こうなる事は最初から分かっていたはずだ。それを理解して引き受けたお前も見て来た筈だ。地下街で……そうだろ、ウミ」
「……は、い」
「敵は何人だ」
「倉庫内にはあの男しかいませんでした……」
「確かだな」
「……はい、」

 ウミの剥き出しの肩を掴みミカサの腕の中から乱暴に引き離しながらリヴァイは顔色一つ変えず、抑揚のない声がそう問いかけウミは恐怖に震える身体を抑え込んで彼の問いかけに答えた。
 部下への気遣いも微塵も感じられない辛らつなその言葉に唖然とするミカサとジャン。
 恋人なら、愛しているのなら今すぐ震えるウミを抱き締めることくらいしてやれば……ウミも震えながらリヴァイに返事を返すもその声は涙交じりで見ていて悲痛なほどに痛ましい。

「せっかくの服が台無しじゃねぇか……。よくもやりやがったな悪趣味な変態野郎が」

 それは彼なりの悪態だった。誰にも見せないその本心は目の前のウミの姿を見て怒りが今にも爆発しそうで暴走しそうな本能を強靭な精神力が抑えてくれている状態だと言う事を知らない。
 ウミが変装に着ていたブラウスのボタンは全て弾け飛び、あちこちに転がっている。
 投げ捨てられるように地面に落ちていたシャツを手にし、リヴァイは汚い物でも見るかのように地面の土を払うと、すぐにウミの剥き出しの上半身に羽織らせるようにかけてやった。

「チッ……、」

 よく見ればウミの綺麗な鎖骨から身に着けていた下着もずり下げられ、柔らかな胸の谷間が覗いている。人形のように白いその肌には生々しい程鮮やかな赤い華をつけられていて、その肌が濡れているのは紛れもなくその柔らかな胸を見てそして口づけたのだろう。
 あられもないウミを一瞬見て、リヴァイは再び弱点にでも命中したのか気絶したままの男に近づくと、足蹴にしながら縄でぐるぐる巻きに縛り上げ、再び倉庫の隅に蹴り飛ばし、その靴の先をまるで動物の糞でも踏んだかのように地面になすりつけた。

「ここはどうやらトロスト区でも有数の物資を所持しているリーブス商会の倉庫らしい……こいつらが黒かどうか、エレンとヒストリアを攫おうとしたココのボスがまだ来てねぇから確かめるにも確かめられねぇ……。もうしばらくそのままの状態で待機しろ。その隙をついて俺達が仕掛ける。お前らは捕まってると見せかけて今お前らを拘束してるその縄を使って奴らを拘束しろ」
「そんな……まだ、待機なんですか?せめてウミだけでも作戦から外しましょう……こんな酷い目に遭ったのに!」

 エレンの姿をしたジャンがそう呟き、ミカサがウミを庇う。しかし、リヴァイは冷たい声であくまで平静を装う。
 こんなことで作戦を途中放棄することは許さない、非情でも異常者でも自分は調査兵団を脅かす存在を消し、そして突き止める。
 仲間達の命がかかっている。まして、ウミがこれくらいの事で作戦を実行できないのなら。

「オイ、お前ら。今が未だ作戦の途中だと言う事を忘れちゃいねぇだろうな……? せっかくここまで来た作戦を今更パァにするつもりか?まだお前らを連れ去ろうと企てた張本人が来てねぇだろうが」
「ですが、」
「ウミ、この程度の事で何ガキみてぇに何時まで泣いてやがる。お前、これが初めてじゃねぇだろ」
「っ……」
「なんてことを!! リヴァイ兵長、これ以上ウミを責めないでください……! 誰だって、こんなことされたら……」

 どんな敵が相手だとしてもこっちには人類最強のリヴァイと100年に一人の逸材のミカサが味方についている。2人の救援でようやく助かった、そう思ったのに。
 この目の前の男は愛する女がこんなひどい目に遭い、さらに無残にも生々しい華を刻みつけられて恐怖に泣いていると言うのに。
 ジャンは思わず自分の拘束を緩めながらも作戦続行を命じる目の前の人類最強に声を荒らげて抗議していた。
 リヴァイは男に組み敷かれあわやの大惨事となる中でウミへなおも作戦の続行を知らせる非情な宣告をした。
 この男は異常だ、ミカサは非難するかのように彼を睨みウミを抱き締める。
 ウミはリヴァイの仮にも上官である男のその言葉にはらはらと流していた涙を止めて目を覚ましたように硬直する。

「いいか、まだ待機だ。何度も言わせるな」
「……はい、」
「ウミ……。ですが、今度またウミが同じ目に遭ったら……」
「そうか。お前がここで任務を投げ出すと言うのなら代わりにアルミンにヒストリアの変装をさせ「いいえ。私は出来ます。最後までやらせて下さいリヴァイ兵長」

 軽々と椅子ごとウミを持ち上げ、再び元の体制に戻し、リヴァイはウミを拘束していた縄を緩めると破り開かれていた胸元のシャツを無理やり閉じて離れる。
 思いやりも優しさも、微塵も感じられないリヴァイからの言葉にジャンは絶句した。
 先程、彼女が味わった屈辱をまた味会わせるだけだは無く、この任務の続行を拒むのなら今度はまた別の誰かを差し出すと言ってのける。

「……分かったなら……お前らもさっさと持ち場に着け。ジャン、お前もだ。新兵同士仲良くするのはいいが、くれぐれもしくじるんじゃねぇぞ。与えられた務めを果たせ」
「了解……しました……」
「それと、ミカサ。お前はコニーとサシャとアルミンに待機を続けろと伝えろ。念のために言っておくことがある。アルミン達にも伝えろ。これからは巨人ではなく人間との戦いになると…、お前らも改めて覚悟を決めておけ」

 身近で蹂躙されていたウミの声をずっと聞かされていたジャン。目の前の彼女はあまりにも痛々しく、これ以上の任務続行は不可能だと、見るからに明らかなのに。
 それでも涙を流さず、感情など殺してしまえ。そして変装を続けろと兵士長として命令した。

 顔色一つ変えずに男は真顔で告げた。そうだ、これは任務だ。そしてそれを受け入れたのは自分自身。
 彼の役に立ちたい、それだけの思い。他の誰にもこんな思いをさせないために自分が名乗りを上げたのではないか。ウミは涙に汚れた頬を肩で拭うと必死に歯を食いしばって堪えた。

「分かりました……兵長の命令に従います」
「ウミ!」
「2人とも。ありがとう。でも、あなた達じゃなくて本当によかった。私は大丈夫!! そう、大丈夫だよ」
「けど……」
「あなた達は兵士でしょう。私たちはまだ任務が残ってる、任務に戻りなさい。さぁ!」

 ウミは忽ち兵士としての顔に戻っていた。しかも、未だこんなにまだ10代の若い少年少女達に心配をかけるなんて……上官としてあるまじき行為だ。
 上官同士が恋仲で慣れ合うのを見せつけられる側の立場にでもなって見ろ。
 今の自分達はあくまで兵士であり、今はこうして無事を確かめて抱き合っている場合じゃない。
 未だ作戦は続いている、それに、リヴァイはそれでも兵士長との顔を崩さずに勤めている。
 まして彼らに庇ってもらうなど言語道断。頻りに大丈夫だと、口にしてそれは言霊のように染み込んでいく。
 過去のトラウマに心を乱されかけていたがウミは作戦の本質を思い出し再び気丈にも泣いていた顔を隠すように静かに前を向いた。

「行くぞ、お前たちが上官に逆らおうとしたのは今回は咎めねぇが…エレンとヒストリアを失えば俺達(調査兵団)は終わりだ、その事は常に忘れんじゃねぇぞ……」

 リヴァイの静かなる指示が飛ぶ。ミカサもジャンも口にしないが顔は明らかに自分に対して不服そうだ。
 上官にこれ以上逆らうのは時間の無駄で、何よりも明らかに一番の被害者の大丈夫ではないウミが大丈夫だと気丈に振舞う姿を見て、何の被害も受けていない自分達がいつまでもここで揉めていても埒が明かないし、無意味だ。

「了解、」
「はい……」

 リヴァイの言葉にミカサはその場を離脱し、待機していた3人を呼びに屋根の上に飛んでいく。親玉が来るのを待機し、リヴァイもその場から離れ身を潜めて制圧戦に備える。
 ジャンだけが目の前で涙を堪え、俯くウミの表情を黙って見つめてリヴァイの背中を睨むのだった。
 リヴァイの握った拳が並々ならぬ怒りで震えていることに、誰も気付く筈もない。彼が置かれた立場、その背に伸しかかる責任は誰よりも重く、多くの仲間が死に、今頼りなのは、残されたのは未だ経験も年齢も若い命たち。
 自分とは違う、若くまだ未来の大きな可能性がある彼らの命を背負っているからだと言う事は知る事もなく――。
 


 それから小一時間が経過した後、ウミは着衣の乱れはあるが、ようやく普段の兵士としての落ち着きを取り戻しつつあるようで、先ほどまで止まらなかった身体の震えがようやく止まったようだった。
 しかし、幾ら未遂だとは乾いた涙の跡は消えない。身体を執拗にまさぐられ犯されかけた恐怖も消える事はない。
 それでも戦わねばならない。生きている限り自らで抗い続けるのだ。故郷を取り戻す為にはこんな所でいちいち傷つき立ち止まってはいられない。
 その商会の倉庫の近くに馬車が止まり、中から小太りの厳つい顔つきの男がぞろぞろと部下を引き連れてやって来た。

「本当にエレンとクリスタで間違いないんだろうな?」
「はい、特徴は一致しています」
「変装してないか調べたか?」
「……それはまだです」
「……馬鹿野郎、またしくじる気か?」
「……申し訳ありません」

 エレンとクリスタに成りすましたジャンとウミを拘束している倉庫の中にようやく姿を現したのはあの時、一か月前にトロスト区奪還作戦の際に荷馬車で門を塞ぎ、住民の避難を遅らせた張本人ディモ・リーブス会長が姿を見せた。
 ぞろぞろと屈強な男達が群れを成して入ってくる足音を聞き付け、ウミとジャンは静かに反撃の時を待っていた。

「ヤツらへの報告はまだ待てよ。俺達にはもう次はねぇんだ…。
「ん……? 見張りは……?」

 見張りは既にリヴァイとミカサによって制圧されている。リーブス会長が椅子に向かい合わせに座っているエレンとヒストリアに成りすましたジャンとウミの顔を見比べながら本当に自分達が大きな見返りの仕事として与えられたターゲットの二人なのかどうかを確認しようとした。
 ウミにとっては二度目の対面である。
 忘れるはずもない、あの時民間人の自分は彼の荷物が門を塞ぎ民間人の避難が大幅に遅らせ、奇行種に危うく食われるところだったのだから。
 しかし、ジャンとウミは着の身着のままで座っており本当に自分達が助かるために必要な二人なのかを確かめるべくとんでもないことを言い放ったのだ。
 この男は見覚えがある。ウミは涙が渇いた睫毛を瞬かせて前を見据えた。先程の弱気で悲痛な顔つきのウミはもう居ない。
 元の兵士としてのウミの顔つきに戻っていた。

「オイオイ……こういうもんはなぁ……一旦は身ぐるみ剥がした所から始めるもんだろうが……」

 上等な靴を鳴らして歩いていたリーブスが腕まくりをして2人に迫ったその時、

「は!?」

 ただならぬ殺気。
 物陰に潜んでいたミカサに気付いたリーブスが彼女を見るのと同時にミカサは斜めに飛んだ。
 長く、しなやかな足から膝を突き出し、後ろを歩いていた屈強なリーブスの部下の顎をめがけて強烈な膝蹴りを食らわせたのだ。
 ゴッ!!と鈍い音を立ててどうと派手に大の字に倒れた男。その方向に気を取られた隙に暗闇から姿を見せたのはリヴァイだった。
 今度はリヴァイが自分より何倍も上背のある大男の胸ぐらと襟を掴んで筋肉の重みで下から食らいつくと、そのまま投げ飛ばす勢いで持ち前の腕力で地面に叩きつけたのだった。
 たった二人。あっという間にリーブスの部下を倒していくミカサとリヴァイ。

「何だ!?」

 風のように倒された男たちを見て戦慄するリーブスと一緒に居た頼りなさそうな小太りの若者が懐から取り出した拳銃で調査兵団の戦力の要である二人に応戦しかけた時、捕まっていたジャンとウミが互いに顔を見合わせて弾け飛んだように椅子を蹴って立ち上がり緩く拘束されていた縄を手に立ち上がり走り出した。
 走り出しながらウミはそのままの勢いでロングスカートという動きづらい格好にもかかわらず拳銃を手にした若造を遠心力を込めた後ろ足で思いきり蹴り飛ばすとそのまま地面に叩き落としたのだ。

「ぐえっ!!」

 まさに蝶のように舞い、蜂のように突き刺す。先ほどまでの乱暴されて震えていた彼女は迅速に兵士としての本来の自分を取り戻していた。
 巨人と戦う時と全く同じ戦闘スタイルで制圧戦に臨む。蹴り飛ばした銃はその勢いでリヴァイの足元に飛んだ。

「フレーゲル!!」
「会長……動くと息子の頭が飛ぶぞ」

 気付いた時にはフレーゲルと呼ばれたリーブス会長の息子が先程まで手にしていた銃は拾い上げたリヴァイの手に在り、その銃口は寸分の狂い無く、息子フレーゲルの顎にゴリゴリと突きつけられていたのだった。

「くッ……」
「観念しなさい。調査兵団は銃が扱えないと思わない方がいいよ、リーブス会長」
「何で……俺の名前を……」
「私はあなたを知っている。忘れたとは言わせない…トロスト区の住民の避難を遅らせた元凶……」

 ミカサが冷たい声でリーブス会長にそう吐き捨てながら先程までの泣き腫らした瞳を擦りながら静かに自分を貪る男達から離れる。
 一瞬、なぜこの調査兵団の女が自分の名前を知ってるのかと思ったが、かつてトロスト区に超大型巨人が出現したあの時、自分の荷物が道を塞いだ時に対面した長い髪を揺らした冷たい眼差しをした女が過ぎる。
 しかし、今のウミは金色のカツラを被り、愛らしいヒストリアに成りすましているために、まさか彼女があの時ミカサと共に自分達に抗議したウミだと、分かる筈もない。
 抵抗を止めた会長に向かってトロスト区奪還作戦の時に対峙したミカサが真下から食らいつくように男顔負けの腕力でタックルしてそのまま地面へ伏せると、会長はそのまま地面に仰向けに倒れ込み、たったこれだけの人数で瞬く間にリーブス商会の人間全員を制圧したのだった。
 壁外で地獄のような死地を駆ける彼らと武装しただけの商会の人間の戦力が調査兵団の精鋭たちに適う筈が無い。

「大人しくしろよ……!」
「クソッ……!」

 ウミとジャンは縄を手に地面に伏せていた男たちを拘束していた。

「急げ!!」

 早くしろとリヴァイの怒号が飛ぶ、しかし器用に束ねたジャンをよそにウミはもたもたしながら何度も何度も大男をぐるぐる巻きにしている。
 渾身の力で男を縛る縄を強く縛るウミだが、これまで幾度もその身を危険にさらされ縛られ慣れてはいるのに逆に相手を縛るのは相変わらず苦手のようだ。
 こういうのは力任せにするものではない。縛るにはコツが必要なのだ。

「貸せ! お前は相変わらず縛るのが下手糞だな…逃げられるぞ」
「ごめん、なさい……! だって……正規の訓練受けてないんだもん。仕方ないでしょ……!?」
「口答えとはいい度胸だな……それに、俺も訓練兵団卒じゃねぇが……」
「そ、それは……」

 先程の小太りの男を蹴り飛ばした時は父親顔負けで勢いが良かったのに。敵を拘束する方法までは父親の手ほどきは受けなかったらしい。しかも結び目がリボン結びである。明らかにおかしいのが見て取れる。
 しかし、先程の蹴りで吹っ切れたのか、気持ちの切り替えは出来たようだ。もう震えは止まったようだった。

「コニー、本当に3人で全部なの!?」
「あぁ、全部だ!! 近くには誰もいねぇ!!」

 ひょっこり天窓から顔をのぞかせたのはコニーだった。上空から見渡して気を探っていたようだ。サシャも弓矢を番えて待機していた。
 ミカサがコニーと話しているその隙に取り押さえられていたリーブスがミカサへ懐から取り出した銃を向けたのだ。

「ミカサ!」

 ウミの声にリーブスが銃を取りだした手首を掴んで引きはがしたミカサ、そして、銃を取り出す一部始終を見逃さなかったサシャはかつて森の故郷で愛用していた狩猟で使っていた矢を本格的に自身の武器にしたのか、放った弓矢は見事にミカサの手をぎりぎりですり抜け、銃を貫通してそのまま地面に串刺しになっていた。
 何とかなったが、もし一歩でも手元が狂っていたら、危うくミカサの手をサシャの矢が貫通していたかもしれない。
 そう、思うとゾッとする。ジャンは慌てながらサシャに叫んだ。

「オ……オイ!! 芋女てめぇ、ミカサに当たったらどうすんだ!!」
「ミカサが獲物から目を離すのがいけないんですよ!」

 ミカサの手によって離れた銃が完全に壊れたのを見届けコニーは安堵した。どうやら誰も死なずに済んだようだった。

「まぁ……何とか……うまくいったな……」

 無事に現場を抑え、犯人をあぶり出すことに成功し、それぞれが安堵する中で、次々拘束されてゆくリーブス商会の従業員達を運び出して倉庫に並べると、リヴァイはリーブス会長の前に立つ。その時、

「ああ……知らなかったよ……君って本当はもうとっくに成人していた大人の女なんだね……なのに兵士なんだね……勿体ないなぁ……君くらいのレベルならもっと、いい仕事……あるだろうに……」
「っ……!」

 その傍ら、猿轡を締め直そうと近づいたアルミン越しに佇むウミを見て男はニタァ……と微笑んでいる。
 蔑むようなその言葉にウミは嫌悪感を抱かずにはいられない。地下に落とされた自分の浅ましい過去をまるで引き寄せられているように。そして、静かに傍らで木箱に凭れてニヤニヤしたままウミを辱めた男をリヴァイはそれは酷く冷めた瞳で見つめていた。
 すうっと背筋も凍るような冷たい双眼は初めて彼との出会いをウミに呼び起こさせた。
 愛など知らない、明日死ぬかもわからない命。這いつくばりながら足掻き続けていた彼との出会いを……。

To be continue…

 2020.01.16
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