THE LAST BALLAD | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

#28 悲劇への遊戯

 撤退の合図を行い、持ってきた荷馬車も莫大な資産を投げ打って技術局の開発した大掛かりな特定目標拘束兵器もすべて捨てて急いで馬で移動しているエルヴィン達。森を駆けながらハンジは不思議そうにエルヴィンに問いかけた。

「エルヴィン……どうしてリヴァイに補給させたの? 時間が無いのに……」
「女型は食われた。だが、君は中身が喰われるのを見たか?俺は見てない」
「まさか……」
「ああ……以前君が言っていた推論通り巨人化を解いた後もある程度動けるタイプだとすれば。そして、あらかじめ立体起動装置をつけていたとしたら……女型の中に居た奴は今、我々と同じ制服を着た…我々兵士の中に、紛れ込んでいる。
「超大型巨人」が消えた時、中身は立体機動装置をあらかじめ装備していたかのように蒸気に紛れて素早く逃げることが出来た、今回も同じことが言えるとは思わないか?」
「でも、それは……エレンが巨人から出た時の状況を考えるとできそうもないって結論づけたはずでは? 装備は破損して戦闘服さえなくなってたし。何よりエレン本人が自力で立つことさえできないほど憔悴していた」
「女型の巨人は叫び声で巨人を引き寄せる能力を持っていた。我々はそれを予想できずに作戦は失敗した。「巨人の力」に練度があるとしたら、その力において初心者のエレンを基準に考えるのは間違いだった。あの敵を出し抜くには発想を飛躍させる必要がある――……」

 馬を駆けながら、エルヴィンは今回の作戦の失敗を踏まえて敵の方が多くの切り札のカードを何枚も所持していた事、更に多くの仲間たちを冷静に殺し、巨人に対して精鋭である実力ばかりをそろえた調査兵団で取り囲んでも難なくその包囲網をかいくぐって姿を消した事、何もかもを用意周到に準備していたのだと、まんまと策に引っかかったと、冷静に今回の失敗を口にしていた。
 エルヴィンの冷静だが悔しさをにじませた言葉に耳を傾けながらハンジはリヴァイ片時も離れないために自身の班に呼び寄せたはずの小さな柔らかな髪の女が居ないことに気が付いた。まさか、彼女も本作戦に選ばれていたのにリヴァイは彼女をリヴァイ班の方に託してきたというのだろうか。

「そういえば、ウミは? 姿が見えなかったけど」
「リヴァイに頼んだそうだ、自分を置いていってくれと…」
「そうだったんだね、だよね……リヴァイが自ら置いていくわけないよね、ウミが居なくなったこの5年間他の女にも目もくれないくらいにあんなにウミが大好きなんだから」
「自ら残る選択をした彼女の読み通りかもしれないな……」

 もう離れない、再会を果たしたリヴァイは自身に申し出てきた。今後のウミはハンジ班ではなく自分の隣に置きたい、だからリヴァイ班に欠かせない戦力として、自分がウミを鍛え上げるからハンジにウミをよこせと。普段信じた仲間の選択を尊重し、私情を口にしない男がウミが絡むと話が変わる。一度離れたからこそもう二度と離れたくない、しかし、ウミを自分の思うままに支配したいわけではない、彼女の意見も尊重してあげたい、その葛藤の中でこの5年間大切に守ってきたエレンを近くで守りたいと思う気持ちをどうしても無視できなかった。だから、補充をさせたのだ。

「え?」
「本作戦で……敵は我々よりも多くの切り札を用意していた。もしかしたら彼女は初めからそのことを理解して、自分の手で親代わりとして今まで守ってきたエレンを守るために…自らその切り札のカードになった。のかもしれない、」
「ウミの意思でリヴァイ班のメンバーとエレンを守るために残ったって言うの? けど、まだあの子は復帰して1カ月ばかりだよ? いくらあの子の母親が化け物並みに強くてもミケやあのリヴァイですらもどうすることも出来なかった女型の巨人を仕留められるとは思わない」
「そうだな……リヴァイ班の行動はリヴァイの判断に任せていたが……敢えてウミを連れてこなかったのか……確かに復帰したばかりのウミをまだ死なせるわけにはいかない。リヴァイが間に合えば、いいがな。もしかしたら彼女は知ってしまったのかもしれない、女型の巨人の正体を」
「ウミを死なせたくないのは私も同じだよ、みんなウミが好きなんだから、エルヴィンも、そうでしょう??」
「そうだな。ウミとは、ウミがまだまだ子供の頃からの付き合いだ、彼が連れてきたんだ、花のようにかわいい笑顔の幼い少女をな。だから再会した時は驚いた。いつからだろうな。あんな風に優しく微笑むようになるとは」
「そうだね。本当に守る者が出来た者が出来る表情ってことなのかな」

 ハンジは遠くの方でエレンを守りながら奔走するリヴァイ班の事を、優しいウミの笑顔を思い浮かべていた。ふと、その時先ほどまで自分の隣で騒いでいた赤い髪を揺らした男の姿が無いことに気が付いた。

「あれ? そういえば、クライスは?」
「またか……」
「目を離すとすぐこれだもんね、」
「仕方ない、あいつはウミの言う事しか聞かないからな」
「確かに、それは言えてる!」

 エルヴィンの推理が終わる頃には、もう彼女は動き出してきていた。許された者しか背負えない自由の翼を纏い、静かに窮地を抜け出して広い森の中を無駄にがむしゃらに探すのではない、念には念を、この5年間ただ無駄に訓練に明け暮れていたわけではない、殺されそうになりながらもこの能力を使って何度も危機を潜り抜けてきたのだ、どんな障害も潜り抜けて見せる。立ちはだかる敵はみんな地に沈める。

「奇行種……それとも、超大型と同じ、もしかしてエルヴィン団長は…」
「オイ!! ぼさっとしてんじゃねぇよ」
「エレン! 考えるのは後、私たちはもっと奥で待機!」
「はい!」

 リヴァイと離れ指示通りにだいぶ離れた森の奥まで馬を走らせて来たリヴァイ班は女型の巨人の行く末を木にするエレンを導きながら馬を置いて立体機動でさらに奥深くへと姿を隠す。

「おいで!」

 ウミにもよくなついていたリヴァイの愛馬の手綱を引き寄せてウミは後ろを振り返りながら走り続けていた。きっと女型の巨人はもう追いかけてこないと信じて、すべてを愛しい彼に全て託してウミはエレンを守るためにここに残ったのだ。おくれ毛を揺らしてウミはどうかこのまま撤退命令が出ることを願った。作戦が終われば青い煙弾を撃ち上げ知らせると、懐に持っていた青の信煙弾を隠しながら馬をつないで待機させ、そっとタヴァサの頭を撫でてやった。

「どうしたの、タヴァサ?」

 リヴァイの愛馬を預かり、全員の馬を繋げながらタヴァサは巨人の捕食対象ではないから何も怯える必要はない、それにみんなもいるし寂しくないのにタヴァサはウミと離れることを嫌がった。本来の主である父親が死んだときも、彼女は静かに瞳を潤ませていた。自分と離れるのをひどくおびえた様子だった。

「そうだよね、女型に追いかけられて怖かったよね、でも、もう大丈夫だからね、私はお父さんみたいにはならないから安心して」

 タヴァサはようやく落ち着いたようだった。すぐに戻るから信じて。タヴァサは一途にこの5年間誰を乗せることもなくを待ち続けていたのだ。ウミそうして一同はエレンを中心にその周囲を守るように、立体機動で遠くまで離れながら木の間を飛び交いようやく腰を落ち着けたところでリヴァイ班のメンバーとエレンはようやく事の真相を知るのだった。

「最初からそうだった……。そういうことですよね? でも、オレ達みたいな新兵ならともかく、長く調査兵団をやってる先輩達にも知らされてないなんて」
「う、うるせーな……!」
「わっ、私達が団長や兵長に信用されてないって言いたいの!?」
「い……いや……でも、そーいうことになっちゃいますよ!?」
「クッ……」
「ペトラ! そいつの歯を抜いてやれ! 前歯と奥歯を差し替えてやれ!」

 撤退の合図を待ちながら木の上で待機することになったのだが、ただここで待機するのも退屈で、ましてこの1か月間ずっとこの班で顔を合わせてリヴァイについて同じ釜の飯を共にして親睦をさらに深め絆を強固のものにしてきたのだ。冗談交じりに作戦の本当の目的を話しながら、ウミもオルオとペトラの夫婦漫才を楽しそうに聞いていた。
 今のところ女型が暴れているような音も何も聞こえない。やはり、自分が居なくても大丈夫そうだ。それにあっちには調査兵団の精鋭しかいない。それにミケもクライスも、そして何よりもリヴァイが居るからきっと大丈夫だろう。
 彼はいつもどんな困難でも戻ってきてくれた、まして人類最強と呼ばれる彼が居るなら調査兵団はきっと安泰だ。仲間を惨殺されて仲間失うその痛みや無念を誰よりもその身に受けている人類最強の男を怒らせた女型の巨人の中身はきっと、震えあがっているに違いない。
 そのやりとりを聞きながら冷静にエルドが答えた。

「いや、エレンの言う通りだ。団長には簡単には我々を信用できない理由があったんだと思う」
「どんな?」
「仲間を信用できない理由なんて一つだ。巨人になる人間、もしくはそいつに協力する諜報員のようなヤツが兵団に居る」
「諜報員?本当にそんな奴が?」
「少なくとも団長はそう確信している筈だ。恐らく、この作戦を知らされたのは5年前から生き残ってる兵だけだ」
「なるほど、そういうことか」

 5年前からの生き残り、その中でエルヴィンの問いかけを頭の中で反芻していた。今までさんざん苦楽を共にして、更に黙り込むウミには誰も気が付かない。自分は最低だ。こんな時でも1か月間共にして苦楽も分かち合った仲間に、正直に本当のことを言わない。

「そうに違いないな、わかったかエレン?そういうことだ」
「うん、そういうことなら仕方ない。
 5年前。つまり、最初に壁を壊された時に諜報員が入ってきたと想定して、容疑者をそこで線引きしたんじゃないかな?」
「じゃあ、ソニーとビーンを殺したのもそいつって事なのか?」
「そうだ……私……あの時、団長にそれを質問されたんだ」

 「君には何が見える?敵は何だと思う?」

「あの質問は……そうか、」
「あの質問に答えられていたら、本作戦に参加できたのかもしれないな……そんな者がいたとは思えんが」

 まさか自分はその質問の答えが正解していたことなど、いまさらになって言えない。
 ウミは口をつぐんで馬鹿正直な自分はただ自分は余計なことを話さないように、話に耳を傾けているとオルオが鼻を鳴らして得意げに俺は最初から知っていたと。仲間に告げた。

「俺はわかっていたぜ? でもな……そこはあえて答えなかった。お前らにはそれがなぜだかわかるか?」
「……なんで?」
「はぁ……なんだ? わからないのか? まぁ、お前ら程度じゃわからないだろうな。お前らがまだ俺の域に達していないからだ」
「ねぇ…まだリヴァイ兵長のマネしてるつもり? 兵長はそんなこと言わない、ねぇ、ウミさん」

 髪型、クラバット、喋り口調、ハンジ分隊長の暴走に巻き込まれてリヴァイに命を救われてからオルオは猛烈にリヴァイを崇拝しリスペクトして誰よりも憧れている彼は口調を頑張って真似ているのが伝わり、その微笑ましさにウミはにこにこと嬉しそうだ。なんだかんだ言いながら彼は地下街でもそうだったし、頼りになる兄貴分として周りの人間から慕われているのだ。はじめは正規の訓練を受けない異質な入団で彼を非難していた調査兵団も、自分が居なくなった後にそんな彼に地位を与えようと役職を付けられてペトラが副官となって、そして今となっては調査兵団に欠かせない存在としてこうしてかわいい後輩たちがこんなにも彼を慕い、彼の期待に応えるべく任務を遂行してくれている。仲間を失い失意に暮れていた彼は新しい拠り所を見つけている。それが何よりもウミは嬉しかった。

「ふふふ、そんなことないよ、そっくりだよ、オルオ!」
「本当ですか? よっしゃあっ! どうだペトラ! リヴァイ兵長となじみのあるウミさんが公認なら文句ないだろう!?」
「うっ……ちょっと、ウミさん!オルオを甘やかしすぎですったら!」
「それに、俺は兵長直々に真似ることを認められた男なんだからな!」
「一体いつ兵長が認めたのよ……」

 女型の脅威から逃れることが出来、女型を捕獲し、今頃はその女型は我らの班長に解体されてその正体も暴かれている事だろう。だから後は合図を待てばいいだけ。のんきに雑談をする若手の精鋭2名と戦闘以外は笑みを絶やさないウミ、その3人の会話を横目にエレンはこの作戦の成功した安堵の裏で犠牲になった者たちへの罪悪感でいっぱいだった。

「(これが成功すればこの世界の真相に迫れることになる。でも……そのその為だとしても人が……死にすぎた)」
「団長が間違っていたと思うか? エレン、お前はまだ知らないだけだが、それも今にわかるだろう。エルヴィン・スミスに人類の希望である調査兵団が託されている理由がな」
「リヴァイ兵長があれほど信用してるくらいだからね」
「それまで、てめぇが生きていればの話だがな」

 そう、エルヴィンが調査兵団の団長になるべくしてなった事、父は言っていた、エルヴィンは将来人類に、調査兵団にとって必要な存在になる事、彼は死なせてはいけない。
 彼が分隊長から団長に就任してからも死者が劇的に減って生存率が大きく飛躍したこと。
 シャーディス団長が成し遂げられなかった事、もしあの時からエルヴィンが団長だったら、なんて後悔しても父親もイザベルもファーランも帰ってこないというのに。
 こうして話しているとリヴァイ班のメンバーにリヴァイはきっと自分が勝手にいなくなってからの空白の5年間をかつていつも一緒に過ごした4人での日々を思い返していたのかもしれない。
 自分もそうだった、かつての3人にエレンとミカサとアルミンを重ねていた。だから居心地が良く、このまま3人が訓練兵団を卒業しなければいいのになんて思っていた。訓練兵団に居る限りは巨人の脅威に苛まれることはなかった。

「どうやら終わったようだ。馬に戻るぞ! 撤退の準備だ!」
「(よかった、無事に、終わったのね……)

 エレンたちリヴァイ班も青い信煙弾が森の向こうに撃ちあがったのを確認してグンタが抜いたままだった剣を収めて撤退の準備に取り掛かる。

「だそうだ。中身のクソ野郎が。どんな面してるか拝みに行こうじゃねぇか」
「本当に、奴の正体が……?」
「エレンのおかげでね、」
「え……? オレは特に何も」

 ガスの補充をしながらペトラが嬉しそうに先ほど自分を信じて進むと選択してくれたエレンに嬉しそうに語り掛けた。

「私達を信じてくれたでしょ? あの時、私達を信じて選んでくれたから今の結果がある。正しい選択をすることって……結構難しいことだよ、」
「オイ、あんまり甘やかすんじゃねぇよペトラ。こいつが何したって言うんだ? みっともなくギャアギャア騒いでいただけじゃねぇか。ま、最初は生きて帰ってくりゃあ上出来かもな。だがそれも作戦が終わるまでは評価できん。いいかガキンチョ? お家に帰るまでが壁外遠征だからな?」

 初めての壁外調査の際泣き叫んで失禁したオルオが先輩らしくエレンに言い聞かせている光景を見つめながらウミはぼんやりと思った。
 ウミからすればリヴァイ班のみんなは全員ガキンチョなのだが。それでもそんなガキンチョよりもガキンチョのエレンを指導してくれる先輩たちの存在は同期と離れて心細かったエレンの大きなよりどころだった。

「もう……わかりましたって」
「オルオ、ペトラ! お前ら二人とも初陣でションベン漏らして泣いてたくせに。立派になったもんんだな、」

 皆で馬を待たせた場所まで引き返すべく立体機動で移動する中で突如エルドがえれそうにふんぞり返るオルオに対し突然爆弾を後輩とウミの前で投下したのだ。まさか。ウミとエレンが顔を見合わせるより先にペトラが悲鳴を上げた。

「ぎゃああああ! 言うなよ! 威厳とか無くなったらどうするんだよエルド!!」
「(うわ!本当なんだ!)」

 何ということだ、精鋭として活躍するペトラとオルオがまさか…エレンですら今回の作戦で女型に追いかけられてもそんな情けないヘマはせず人類の尊厳を守り抜いてに今回の作戦をクリアしたというのに……。
 同じくさすがに初陣で漏らしはしなかったウミも初めは驚きはしたが、精鋭として活躍する今となっては笑い話になる事でさほどに気にする内容でもないだろうと思ったが女性であるペトラにとっては女として知られるマズイ、しかも年下の新兵の前でなんて。

「事実だろ? ちなみにオレは漏らしてないからな、エレン」
「馬鹿め!! 俺のが討伐数とかの実績は上なんだが!? 上なんだが!? バーカ!」
「……討伐数だけでは兵士の優劣は語れない!」
「うるせぇ バーカ!」
「ペトラさん、空中で撒き散らしてたってことですか!?」

 空中で排泄物をまき散らすなんて。立体機動中にまき散らすなんて羞恥以外の何者でもない。恥ずかしがるペトラとうろたえて本来の口調に戻っているオルオは未だ若い年相応の少年少女に見えた。そんなやり取りでもちきりの壁外調査だと言うのに呑気に雑談するメンバーにグンタが叱咤した。

「いい加減にしろ! お前らピクニックに来てんのか!? 壁外なんだぞここは! ちなみに俺も漏らしてねぇからなエレン!!」
「ふふっ、あはははは!」
「ああっ! ひどいですよウミさん!」
「そういうウミさんはどうなんですか?」
「ふふっ、どうかな? 逆に壁外が楽しすぎて夢中だったから覚えてないけど多分漏らさなかった……筈。でも、大丈夫だよ、クライスったら初めての壁外で奇行種と遭遇して大の大人が「助けてお母さん」って泣き叫んで大きい方漏らしたから! 小さいのなんて大したことないよ、」

 そしてウミは全員を慰めるためにクライスを引き合いに出したのだ。いつも一人で誰ともつるまず、そして自分たちの兵長と対等に言い合いをするあの悪魔みたいな男の知られざる過去に触れて先ほどまで全員気が緩みすぎだと叱咤してグンタが声を上げる番だった。

「ええっ!? あのいつもクールなクライスさんが!? そんなの嘘だ!」
「まさか……そうだったのか」
「(ごめんね、クライス……、いいよね? きっと、許してくれるよね?)」

 この壁外調査から戻る頃、何も知らない男は暢気に自分に話しかけてくるだろうが、その中で自分をまた別の目で見る者が現れる事になるなんて、思いもせず…。



「ヘックショイ!! チックショー!!」
「オイ、うるせぇんだよ。てめぇのくしゃみで巨人共が集まってきたらてめぇがやれよ」
「うっせぇな、誰だ? 噂話してやがる奴は? 見つけたらただじゃおかねぇ」
「お前の悪口だろうな。それよりも何でお前が着いてきたんだよ、てめぇ。タバコくせぇったらありゃしねぇ」
「だまれ! このっ、チビオヤジ」
「誰がオヤジだ、俺はまだ若い」
「エレン達から見たら俺達三十路はオヤジの片足突っ込んでんだよ」

 リヴァイは精鋭班と別れてエレンを隠して移動するウミ達を探していた。そこまで遠くには行っていないだろうと少し速度をあげて駆けているとその隣をいつの間にか追いつき当たり前のように立体機動で同じ速さについてくるクライスの姿かあった。長い沈黙の後、クライスは静かに答えるのだった。

「お前の馬はあっちだろうが……」
「「超大型巨人」みてぇに女型の本体が消えた。まるでどこかに、手品みてぇにパッと消えて、逃げちまった。ヤツの狙いは最初からエレンだろ?」

 「リヴァイ。ごめん……私、ここに残りたい」

「なんでお前はウミを置いてきたんだよ、ようやくウミがお前の傍に帰ってきてくれたのに。死なせたくねぇから俺を飛ばして傍に置いたんだろ、副官のペトラよりも、近くに……あっ! おい!」

 リヴァイは顔色を変えずにクライスの言葉に方向を変えて、速度を増してウミの元へ駆け抜けていく。酷く嫌な胸騒ぎはクライスの言葉で確信へと変わった。
 グンタの進行方向の前方で青ではない別の緑の信煙弾が昇ったのが木々の向こうで見えた。

「おっと……きっとリヴァイ兵長からの連絡だ、兵長と合流するぞ! 続きは帰ってからやれ!」

 木に着地し、グンタもすかさずその合図に自分達はここにいると知らせるように、緑の信煙弾を上空に撃ち上げる。しかし、ウミはその行為に違和感を抱いた。敵は人間だとして、合流するも何もリヴァイがやみくもに自分達を探し回るよりも自分達が馬に乗り彼の愛馬を連れて直接本部に向かう方が早いではないか。
 もしかして…ウミは自分がエルヴィンの問いかけにキチンと正しく答えた自分の言葉を、自分の推測を思い出していた。
 「私たちの敵は……巨人ではありません。人間です。しかも敵はこの壁の中の兵団の中に潜んでいます。ソニーとビーンは本当に一瞬の間に殺されています。その犯行と逃走にも立体機動装置が使われていたこと。新兵含めて現役兵士たちは全員疑っていいと思います」

 その光景を別の場所から見ている調査兵団の制服を纏い、緑のマントですっぽり頭まで覆い隠した小柄な体躯の影。自分が撃った信煙弾を森に投げ捨てると、シャキン!と金属音を立てて両方の超硬質スチールの剣を鞘から引き抜き、グンタ達の方向を目指して使い慣れた自身の立体起動装置で大樹にアンカーを射出して移動を開始した。
 他の兵士に紛れながら敵はターゲット捕獲に向けずっと監視していた。
 エレンから片時も離れず彼を守っている精鋭班が居る。巨人殺しの達人集団と呼ばれる特別作戦班。
 それは先ほどその中にはおらず、馬で森の奥深くまで駆け抜けていった。顔が見えぬように、正体を知られぬように、影が動く、そしてエレンという目標に向かってまっすくに。森を抜け、その視界に見えてきたのはリヴァイ班の先陣を行くグンタ。敵は彼の姿を捉えた。

「ん!? リヴァイ兵長……イヤ違う……誰だ!?」

 ふと、駆けていたグンタが自分に向かって近づいて来た何者かに気付くも最初はリヴァイだと思っていたがリヴァイとは違う背格好、そして頭まですっぽり覆ったマント。明らかにリヴァイではない事に気が付いた。

 「巨人化を解いた後もある程度動けるタイプだとすれば。そして、あらかじめ立体起動装置をつけていたとしたら……女型の中に居た奴は今、我々と同じ制服を着た……我々兵士の中に、紛れ込んでいる」

 リヴァイに扮して自分たちの居所を掴んだマントに身をくるんだ何者かは猛スピードでエルドの近くまで飛んでいきそして、それは本当に一瞬の、あっという間の出来事だった。まるで音もなく忍び寄りソニーとビーンを殺して姿を消したかの様に。
 木に着地すると突如方向を変え、その勢いでグンタに向かって飛ぶ。ウミの目の前、シュン、と、空気を切り裂く音とともに、何者かがグンタとすれ違った。その瞬間、

「ん!?」

 そのまま木に激突し、脱力したグンタにエレンが不思議そうに駆け寄る。いったいなんだ?訝しげに眉を寄せ、ウミがグンタから飛んできた生あたたかい何かを袖で拭うとそこに付着したものに絶句した。

 「ウミさん、いつもおいしいお茶をありがとうございます、」
「ウミさん?」
「あっ、ああ……っ!」

 それは赤くて、温かくて……トロスト区襲撃の際に浴びたものと同じもので、グンタから流れた血だと気が付いて、ウミは驚愕に打ち震えた。まるで、それは本当に一瞬の出来事のように。グンタが突然バランスを崩してそのままアンカーが突き刺さった木を支点にぶら下がったまま抜いていた剣が垂れ落ちてそのまま動かなくなった。

「グンタさん!? えっ!? ちょっと……! どうして!? グンタさん!!」

 慌てて駆け寄るリヴァイ班の目の前に戻って来たグンタのうなじはまるで彼が巨人に討伐されたかのように、綺麗に削がれていた。人体の弱点であり色んな神経や頸動脈が通う首を斬られて即死なのは明らかだった。グンタは本人も何が起きたのかわからないまま、その命を終えた。

「呼んでも無駄だよ、グンタは……死んでる、」
「ウミさん、」
「あいつが、殺した、グンタを……殺した!!」
「グンタさん!!」
「今すぐ出てこい!!」

 ウミが悲痛とも怒りとも体現できる声調で叫んだ。グンタの返り血に染まった袖を拭い、睨みつける先に見えた影に向かって普段の穏やかさは消え、ドスの利いた声で怒鳴ると剣を抜いてそいつを見据えて身構えると森の中から再びその姿が現れた。

「エレン! 止まるな! 進め!!」

 グンタの遺体に唖然とするエレンの襟首を掴み、エレンをグンタを殺した犯人から遠ざけるように投げ飛ばしてそのままガスを蒸かして移動を開始するオルオについていく。

「グンタさんがぁあ!!」
「誰だ!!!」
「エレンを守れ!!」
「ウミさんも早くこっちに!!」

 自ら立ち向かおうとするウミを静止してペトラがウミを引き寄せひとまずここから離れることを促す。どんどん遠ざかっていくグンタの姿をエレンが悲痛な声で叫ぶ。

「……! グンタさんが……!!」
「チクショウ! どうする!? エルド!? どこに向かえばいい!?」
「馬に乗るヒマは無い!! 全速力で本部に向かえ!」
「女型の中身が!? それとも複数いるのか!?」
「クッソ……よくも!! かかって来い!! 刺し違えてでも倒す!!」

 一同はグンタという先程まで話していたかけがえのない仲間を殺された怒りに打ち震えている。本人も巨人に食われるのではなく、まさか巨人を殺す為の立体機動装置で殺されるなんて思いもしなかっただろうに…。

「(女型が!? …そんな!! どうして!? 捕まったんじゃなかったのかよ!?)」

 ――「敵が、力を残す術を持っているなら。再び巨人を出現させることも出来るかもしれん」

 エレンは目の前に迫る脅威に動揺を隠せない。あの巨人は必ずや調査兵団が成果を出すことで巨額の資金を投資して開発された特定目標拘束兵器によって捕らえられたはず。それなのに何故――!?

「やはりか!! 来るぞ! 女型の巨人だ!!」

 その影の正体はすぐに判明することになる。森の茂みの中に隠れてひたすら逃げる自分達の背後でまるで電が落ちたかのような閃光が迸り、蒸気の中から姿を見せたのは先ほど自分達をどこまでも追いかけてきた女型の巨人だった。ドン、ドン、ドン、と大地を揺らして女型の巨人が再び自分達へ迫る!エレンが今度こそ自分が戦うと親指を口元に持って行こうとした。

「……く! くそ……よくも! 今度こそやります!! オレが奴を!!」
「だめだ!! 俺達人で女型の巨人を仕留める! ウミさんはエレンを連れてこのまま全速力で本部へ!!」

 やはり相手は上手だったのか。それでこれ以上の損害を出させないために今回の作戦をあきらめる事になった。多額の資金と多くの兵士を犠牲にして…。
 自分がここに残った意味があったようだ。精鋭班が駄目ならば、女型の巨人を今度こそこのメンバーなら生け捕りにする事がきっと可能だ。女型の巨人の硬質化の能力も知らないで、自分が戦い囮になるつもりだったウミはエルドが下した判断に振り向いた。

「なっ!? それはダメよ! あなたたちが行って! 私が時間を稼ぐから、」
「1人で!? それこそ駄目だ! あなたはリヴァイ兵長の元へ!」
「ダメですよ! ウミさん」
「リヴァイ兵長の為にもそんなことを言ったらダメです!」
「エルド、……みんな、」

 こんな時にまで、3人は、いや、4人は気が付いていた。憧れの存在をいつも追いかけていたからこそ、その男の不器用な愛は彼女に今も注がれているのだと。
 リヴァイの時折見せる愁いを帯びたその眼差しがいつも誰を思い、誰を見ているのか、容易く理解できた。
 ウミはリヴァイの大切な人だとすぐにはっきり分かった。
 周囲からは男色だと影でささやかれても、彼はずっと思い続けていた忘れがたい女性。だからこそ彼女が泣きそうになりながら無くしてしまった指輪を一緒に探した。ウミが微笑めばリヴァイは満足そうにその眼差しを優しいものに変えていたから。

 「最善策にとどまっているようでは、到底敵を上回ることは出来ない。必要なら、大きなリスクも背負い、すべてを失う覚悟で挑まなくてはならない」
「オレも戦います!」
「ダメだ!! これが最善策だ! お前の力はリスクが大きすぎる!」
「何だてめぇ……オレ達の腕を疑ってんのか!?」
「そうなのエレン? 私達のことがそんなに、信じられないの?」

 ――「そうして戦わなければ、人類は勝てない」

 3人の眼差しが訴える、また悔いなき選択を迫られエレンは、ウミはうろたえながらも信じて選択した。ウミがエレンの手を引くより前にエレンがウミの手を引き自ら選択したのだ。

「我が班の勝利を信じてます!! ご武運を!!」

 エレンは信じた。そして力強いエレンからの言葉を受け止め、3人はまた信じて自分達に託してくれた背中を見送る。

「エレンは必ず本部まで送り届けるから! 皆で本部へ、必ず帰ろうね!」

 微笑み叫んだウミに3人は力強く頷いた。
 合図を交わしそれぞれが向かう。リヴァイの元で戦い抜いてきた3人だ、えげつない討伐数と討伐補佐数を持つ精鋭相手に女型の巨人が蹂躙されるのは見て明らかだ。分が悪いのは女型の巨人。
 合図し、背後の女型の巨人に向かっていく巨人殺しの達人集団エルド、オルオ、ぺトラの3人が一斉に補充したガスを最大限にして飛んだ。

「来い! 女型の巨人!!」

 正面から女型の巨人に向かって飛ぶエルドを捕えようとする女型の巨人だったが立体起動の機動力でフェイントをかましてでその手を素早くかわすエルドが女型の拳を避けたのと同時に背後から姿を見せたのはオルオとぺトラだった。
 ワイヤーを一気に頬に突き刺し、その感触に驚く女型の見開らかれた青い目に向かい一気にお互い全く同じタイミングで回転しながら一気に切りかかり、女型の眼を潰した!!!
 両目から一気に鮮血をほとばしらせ、両目を暗闇に支配された世界にそのままドォン!!と派手に巨大樹に倒れ込む女型の巨人。しかし、それでもとっさにその手はうなじを庇いそのまま両手でうなじを覆い隠すように大樹に背を凭れそのまま動かなくなった。

「(視力を奪った! 少なくとも奴は1分間暗黒の中!)」
「(それまでに仕留める)」
「(捕獲などクソ食らえ!!)」

 背後を振り向きながら駆けるエレンの視界に飛び込んで来た一瞬にして女型の巨人が気に倒れ込んだ光景を見つめる中でエルドを殺された精鋭の3人は惜しげもなく女型の巨人へ口々に憎しみをあらわにした。

「(今殺す!)」
「(ここで惨めに死ね!!)」
「(クソ女型にエルドの報いを!!)」

 両手でうなじを庇い、巨大樹に寄り掛かり立つ女型の巨人にエルドの刃が襲う。

「目の回復などさせるか!」

 当然回復するまで待ってやるつもりはない。この1分の間に仕留めると強い決意を胸に、トントンとペトラとオルオの同期コンビへエルドが指示をすると2人は女型の巨人がもたれかかっている大木にワイヤーを突き刺して一気に上空へ移動するとそのまま後ろ向きに落下し、その勢いで女型の巨人の両腕の付け根を削いだ!

「(腕上げてられなくなるほど削いでやる!! 肩周りの筋肉、全部だ!!!!)」

 エルドとペトラとオルオの手により次々と切り裂かれていく女型の巨人の肩周りの筋肉

「(削いでやる!)」
「(その腕を!)」
「(ぶっ飛ばす!)」

 何度も何度も3人の手により切り裂かれていく女型の巨人。まるで一方的なまでに3人に追い詰めれられている。やがて、うなじを庇っていた両腕が、ダランとぶら下がるように垂れ落ちた。

「(落ちた!!)」
「(次は首だ!!)」
「(首を支える筋肉を削げば――……)」
「(うなじが狙える!!)」

 体感時間1分も感じさせないほど、圧倒的な強さで女型の巨人を翻弄する3人にウミが安心したように駆け抜ける。

「(強いね……本当に、リヴァイが選んだ精鋭メンバー、だね)」
「すげぇ、すげぇよ! あの女型が一方的に……しかも、声掛けなしでいきなりあんな連携が取れるなんて……(きっと……仲間同士で信じ合ってるから可能なんだ……ああやって困難を乗り越えてきた。だからグンタさんを失った直後でもあんなに強い)」
「行こう、エレン」
「ああ、(進もう……振り返らずに。皆を信じて進めばきっと……それが正解なんだ。オレにもやっとわかった……!)」

 彼らの戦いぶりに信じて進むことを決めてウミについていこうとするエレン。しかし、その瞬間、脳裏に浮かんだのは今も答えを見いだせないと言っていたリヴァイの言葉だった。

 ――……「俺にはわからない。
 ずっとそうだ…自分の力を信じても……信頼に足る仲間の選択を信じても……、結果は誰にもわからなかった」


 思い出したその言葉、まるでそれは呪いのように。

「エレン!?」

 振り返らないと決めたのに。思い出したその言葉にまるで現実に引き戻すようにその表情は青ざめて振り返った。

「今すぐそのうなじを!!」

 ペトラとオルオが避けて女型の巨人に向かって飛ぶエルドが真っすぐに女型の巨人に向かって剣を振るったその瞬間――カッ!!!と女型の巨人の右目が開きその瞬間、ぐわっ!!と大口を開けて女型の巨人の咥内にエルドがそのまま吸い込まれてしまったのだ!!

 ――……「ウミさん、俺達より年上の大先輩なんですから、遠慮せずに困ったことがあったら、言ってくださいね」
「ああ!!」
「エルド!!」

 ブチッ、と嫌な音がして、エレンの悲鳴が、ペトラのエルドを呼ぶ悲痛な声がした。そのまま上半身と下半身を完全に分断され、女型の巨人は汚いものでも吐くかのようにエルドの食いちぎった上半身をペッ!と吐き出したのだ。そのまま地面に吐き出された身体と共に物言わぬまま落ちていくエルド。

「あ、あああ、ああああっ」
「エレン!!」

 たまらず引き返すエレンをウミが追いかけるがウミも目の前で女型の巨人に食われたエルドの姿に動揺を隠しきれない。あまりのショックにバランスを崩したペトラが何故だと言わんばかりに、女型の巨人に食われたエルドの姿に呆然としている。

「な……!? 何でよ……!! まだ目が見えるわけがない! まだ……30秒も……」

 カッと見開かれた金色の髪の隙間から見えたのは女型の巨人の青い不気味な右の瞳だった。

「片目だけ!? 片目だけ優先して早く治した!? 巨人に、そんなことが、できるなんて!!」
「ペトラ!」

 相手はただの巨人ではない、エレンと同じ、知性を持った巨人だ。しかもその本体はかなりの手練れ。このままでは、たまらずウミは叫んだ。急ぎ崩れたその体勢を立て直さなければ!ウミが急いでペトラの元に立体機動装置を駆使して急ぐ、間に合え、間に合え、どうか――……!

「ペトラ!!!!」

 木にもたれていた状態から復活した右目を頼りに立ち上がりバランスを崩したまま地面を転がりながら移動するぺトラに向かう女型の巨人。それを追いかけオルオが、ウミが悲痛に叫んだ、

「ペトラ!! 早く体勢を直せ!!」

 オルオの声に必死に逃げるぺトラだが女型の巨人は低空姿勢を保ちただならぬ速さでペトラに迫る。ドウドウドウと音を立てて駆け寄る女型の巨人。急ぎその体勢を立て直すも、そんな微かな隙など、女型の巨人の本体の人間は何処までも冷静で、決して猶予も与えてはくれなかった。

「ペトラ!! 早くしろ――!!!!」

 オルオが叫んだ瞬間、女型の巨人が飛んだ。驚愕に映るペトラの表情が見えたその時。
 ――……「唯一の女性同士何かあったら助け合いましょうね、ウミさん、」

 グチャッ!!!聞くに堪えない、嫌な音がした。
 その足でぺトラを巨大樹に叩き付け派手に踏み潰す女型の巨人にウミの瞳からは一筋の涙がこぼれ落ちた。優しい可愛らしい笑顔でいつも自分に親しくしてくれた。もうその優しい甘いキャラメル色の瞳はどこか遠くを見つめていた。

「うああああああ――――っ!!!!」

 エレンはあらん限りの声で叫びながら3人の元に駆けていく。ペトラが殺された瞬間、オルオは悲しげに顔を歪め、そして――。

「……オイ」

 一瞬にしてその表情を恐ろしい者へと変えた。大切な同期を殺されてオルオの表情は一気に哀愁から憤怒へと変わる。ペトラを踏みつぶした女型の巨人のうなじに狙いを定めそのまま。

「死ねっ!!」

 間違いなく一瞬にしてうなじを切り裂いたはず、だったがその刃はまるでダイヤの原石のように硬く光り、オルオの刃は通らず、儚くも砕け散ってゆく。

「……なぜだ、刃が通らねぇ……」
 ――……「ウミさん、リヴァイ兵長の好きな石鹸の香りってなんすかね?どうやったらリヴァイ兵長みたいな髪型になれるんすか?」

 そのままジャンプすると女型の巨人は背後から確かに止めを刺したというのに弾かれた衝撃に呆然とするオルオを蹴っ飛ばすとオルオは何本かの木にぶつかりながらそのまま吹っ飛んで地面に叩きつけられた。
 呆然とするエレンに向かって飛び込んで来た女型の巨人、

「しまっ……」
「エレン!!」

 その瞬間、ふわりとした香りが漂い、伸ばしたウミの小さな手がそのままエレンを突き飛ばした。

「っ!!(ああ!! ダメだ! 間に合わない!!! こんな、こんな事、が)」

 まともに女型のその拳を食らったウミがエレンを庇い自ら女型の巨人によってそのまま派手に吹っ飛ばされ、その勢いで木の枝に小さな身体がぶつかり、何度も地面を転がり続けて木の幹に激突して止まると、ウミはまるで糸が切れた人形の様にそのまま動かなくなった。

「ウミ、ウミ……嘘、だろ……」

 まるで人形のようにウミは動かなくなった。そんなウミの姿にエレンは絶叫した、今まで守り続けてくれた大切な幼馴染も自分を守るためにまた、一人、そして、その瞬間、エレンの瞳に怒りが沸き上がったのだった。

「こいつを……殺す!!!」

 うなじを切り取られ驚愕の表情のまま絶命したグンタ。
 上半身だけになり、まるで天を仰ぐように、どこかその瞳は無念を訴えるように、うつろな瞳をしたエルド。
 大木と女型の巨人の足の間でサンドイッチにされ、ありえない角度に背骨が折れ曲がり、口と鼻から血を流して虚ろな目でありえない角度に折れ曲がった状態で天を見上げるペトラ。
 勢いよく蹴り飛ばされ、木に幾度もぶつかりうつぶせの血だまりの中で息絶えたオルオ。
 自分を庇って女型の巨人に捕まりその衝撃で木にぶつかり、折れた枝と共に地面へ落下して戦う事も出来ぬままにきっちり纏めていた長い髪がその衝撃ではらりと解け、長い髪に顔を覆われたままピクリとも動かないウミ。
 先程まで確かに皆ここに居て、待機しながらみんなでふざけあい、そしてグンタに怒られて。
 まるで壁外にピクニックに来た気分で楽しく話していた、いつか本当にピクニックに行こうかなんて思うくらい。
 自分が初めて配属され、そして1か月間共に過ごした日々の中で――……エレンの視界に映るのは誰一人息をしていない。仲間たちの変わり果てた姿だった。間に合わなかった……もうあの日々には帰れないのだと。エレンは悔しさに打ち震え、怒りに目に涙を溜めて、そして。

――……「だから……まぁせいぜい悔いが残らない方を自分で選べ」
「(オレが……選択を間違えたから…オレが選んだ選択で、みんな、死んだ……!! オレのせいで……あの時、やっぱり巨人になっていたら! リヴァイ兵長もいた、絶対に倒せたのに)」
「エレン!!!」

「(オレが仲間を信じたいと思ったから、みんな死んだ……オレが最初から自分を信じて戦っていれば……最初からこいつをぶっ殺しておけば!)

ガアアアアアアアアアア!!」

 止めどなくあふれる涙。頬を伝い静かに右手を噛むエレン、森の中に閃光が駆け抜ける中、巨人化したエレンが姿を現し、エレンの悲しみの咆哮が虚しく、あたり一帯に駆け抜けたのだった。

――ペトラ・ラル
――オルオ・ボザド
――グンタ・シュルツ
――エルド・ジン
――女型の巨人と交戦により死亡。

 
To be continue…

 2019.08.21
 2021.01.28加筆修正
prevnext
[back to top]