ジャン達104期生たちが新兵勧誘式で調査兵団へ入団を決めたその数日後。新兵のリーダーのジャンの声で新たに調査兵団に加わった104期生たちが新兵訓練担当者を務める白いバンダナと髭がトレードマークのディータ・ネスに敬礼をするとネスが自己紹介を始め、早速初陣である第57回壁外調査に向けての訓練が始まったのだった。
「俺が班長のネスだ。こいつが愛馬のシャレット。こいつは髪の毛をむしるのが好きだから剥げたくない奴は気をつけろ! よろしくな、お、おい! シャレット! 誰か押さえろ!」
愛馬に髪をむしられ頭髪が剥げているのを頭に巻いたバンダナで隠したネス班長の指示に従い、調査兵団に入団したジャン達は翌日から訓練漬けの日々が始まった。調査兵団に入団したからには巨人との戦いを熟知して壁外遠征に備えたさらに過酷な訓練兵団よりも辛い地獄の特訓漬けの日々だと覚悟していた。
しかし、まず最初に案内された部屋は座学を行う教室のような部屋でそこでネスから指導を受けたのは一か月後に控えたエルヴィンが考案した長距離索敵陣形の理論についての座学が主であった。調査兵団は無駄に死に急いでいる訳ではないのだということを理解した。
「この陣形を組織することで我々の生存率は飛躍的に伸びた。主に巨人と接近するのは初列索敵班の兵士だ。彼らは巨人と発見次第赤の信煙弾を発射する、それを確認次第同じようにして次々伝達する。そうして先頭で指揮を執るエルヴィン団長まで最短時間で巨人の所在と伝えることが出来るのだ。そして今度は団長自らが次は緑の信煙弾を発射して陣営全体の進路を変えて新たな方角に向けて進路に向けて緑の信煙弾を放つということになる。この要領で巨人との接近を避けながら目的地を目指す。だが、それが通じるのは通常主と呼ばれる巨人にだけ。奇行種と呼ばれる普通の巨人とは異なる動きをしてくるから隊にすぐに危険を知らせるために黒の煙弾を撃ち、戦闘が必要になる。が、お前たち新兵はいきなり倒そうと考えなくていい、俺達先輩がいるから心配しないで任務にあたってくれ」
エルヴィンが団長に代わってからは如何に壁外で巨人と遭遇しないかにかかっていることが重要だとネスから教わる中でひとまず頭にその内容を叩き込んだ104期生たちは荷馬車の護衛班と索敵支援班の中間で呼びの馬との並走と伝達を任されることになった。しかし、それぞれが持ち場を任される中で、エレンがどこに配置されたのかだけは何故か明かされないままだった。
「俺達特別作戦班はここだ。五列中央・待機」
リヴァイ班はほかの班員とは別行動を取っていたので訓練もいつもこのメンバーで行われていた。この期間で寝食を共にし、元々引っ込み思案なウミもだいぶ打ち解けたのかリヴァイが選出した特別作戦班という特殊部隊の精鋭たちの班ではあるが和気あいあいと間近に迫る第57回壁外調査に向けて最終調整を行っていた。
既に長距離索敵陣形を熟知しているリヴァイが一人離れて自分の馬と戯れている中で陣形図を広げてグンタが未だ知識の浅いエレンとシャーディス団長時代の調査兵団の壁外調査の記憶しか知らなくて、ブランクのあるウミにもわかりやすく説明を行いながらウミは必死に紙にペンを走らせて内容を頭に叩き込んでいた。
いよいよと迫った第57回壁外遠征だが果たして自分は座学で理解してはいるがぶっつけ本番で言われたとおりに長距離索敵陣形についていけるだろうか。その表情は浮かない顔をしている。
「オレ達はずいぶん後ろなんですね、」
「ウミさん、顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
「う、うん……大丈夫」
この1か月で必死に調査兵団の精鋭班に着いていこうと夜遅くまで自室の机で配置図とにらめっこして座学で詰め込んだ内容にあまり頭が良くないウミは頭が爆発しそうになりながらも何とか取得しようとしていた。
そんなウミの表情からいつもの皆に向ける優しい笑顔が消えているようでペトラが心配そうに言葉を投げかけるも彼女は見るからに大丈夫ではない時まで程大丈夫だと、そう口にする。もともと理論であれこれ筋道を立てて考えるのが苦手な彼女に頭であれこれ考えろというのも、無理がある。ウミは果たして教えられた通りに出来るかまだ自信をもって言い切ることが出来なかった。
「俺達はこの布陣の中で最も安全。補給物資を運ぶ荷馬車よりも手厚い待遇だ。まぁ今回はとりあえず「行って帰ってくる」ことが目標だ。
この壁外遠征が極めて短距離なのも、お前をシガンシナ区に送るための試運転だからだ」
――「守れ! 何としてでもエレンを死守せよ!」
トロスト区奪還作戦で岩を運ぶ自分の進行の邪魔をする巨人と戦い、その果てに犠牲になった駐屯兵団の班長や兵士達をエレンは思い出していた。そして自分を守るために傷ついたウミが今下ろしていた長い髪が大きく吹き抜け風に踊るように揺れると見えた額にはまだ生々しい傷跡が夕日にきらめいている。
またあの時みたいに巨人の力に溺れて誰かを傷つけてしまったら…という不安がどうしても付きまとう。
「……あの、オレには……この力をどうしたらいいかも、まだわからないままなんですが……」
「……お前……あの時の団長の質問の意味がわかったか?」
「……え?」
――…敵は何だと思う?
「先輩方にはわかったんですか?」
「いいや、」
「すべてがわかったと言ったら嘘になるかもしれん、しかし俺に……「もしかしたらこの作戦には他の目的があるのかもしれん。だが、団長はそれを兵に説明するべきではないと判断した。ならば俺達は「行って帰ってくる」ことに終始するべきなのさ。団長を信じろ」
「……はい」
どうやらあの質問はここにいるリヴァイ班にも行われたらしい。しかし、どうやら全員彼のなぞなぞに隠された答えは自分達と違って精鋭の彼らでも出せなかったようだ。
「ウミさんは聞かれましたか?」
「うぅん、ほら、私にはブランクがあるから……」
ただ、ウミはあの時の会話を聞き、敵は内部に居るのだと、エルヴィンが求めていた答えをすぐ口にした。
しかし、その事実を知るのはエルヴィンが線引きをし、なぞなぞに正解した者たちだけ。嘘をつくのが相変わらず下手くそというか苦手なウミは困ったように微笑んで振られた話をはぐらかすのだった。
「今日の訓練はここまで。戻る準備だ」
今日も無事に訓練を終えて、厩舎で休ませている先輩方の馬を綺麗にブラッシングして整えたり掃除をし終えると、乗馬訓練を兼ねて旧調査兵団本部までの移動訓練でこちらに来ていた懐かしい黒髪と金髪の訓練兵団のシンボルである剣が交差したエンブレムが入った団服を着た後ろ姿を見た。
あの時、審議所以来の二人の姿にウミは嬉しそうに微笑みエレンの手を引きエレンに知らせる。
「ミカサとアルミンだ!! エレン、行こう!」
「あっ! ちょっと待てよ、ウミ。オルオさん、ちょっと同期と話してきてもいいですか?」
「チッ、さっさと行けよ」
今すぐ飛びつきそうなウミにこのまま黙って行くのはよろしくないと付近で待機していたオルオに許可を得て2人はというか半ばエレンはウミに連れられる形で二人の元に急いだ。
「オイ! ミカサ! アルミン!!」
「エレン! ウミ!」
「あっ!」
駆け寄る2人を見たアルミンはそれはそれは嬉しそうに表情を輝かせ、沈んだ表情をしていたミカサはずっと会いたかったウミとエレンの姿に瞳を潤ませながら駆け寄ると心配そうにエレンの両手を力強く握り締めた。
「なんだかしばらく振りに会った気がするぞ」
「エレン、ねぇ、ウミ、エレンは何か……ひどいことはされてない? 体を隅々まで調べ尽くされたとか、精神的苦痛を受けたとか!」
「ね……ねぇよそんなことは」
「うん、大丈夫だよ」
ウミが居るから大丈夫だろうと安心したミカサはそういえばとウミが大事だと微笑んでいたウミを自分の班に引き入れたあの男を思い出していた。
「……あのチビは調子に乗りすぎた……。いつか私が然るべき報いを……」
「……まさか、リヴァイ兵長のことを言ってんのか?
ミカサの表情が陰り、それはそれは戦慄するような恐ろしい顔つきで演技とはいえ容赦なくエレンを暴行したリヴァイへの恨みを今もミカサは募らせているようだった。そんなやり取りの中で、自身の愛馬を引き連れたリヴァイが通り過ぎていくのを二人は知らない。人類最強と呼ばれる男は成長期などとっくに終わってはいるが思ったよりも小柄なのだ。そんなやり取りの中でウミとエレンに気が付いた他の104期生の子たちも集まってきた。
「よっ、エレン! ウミ!」
「コニー! サシャ! ライナーに、ベルトル! えっ! クリスタとユミル!?」
「おっ久しぶりです!」
「トが足りないよ、ウミ」
「おいおい、まさかウミが元調査兵団でまた調査兵団になったなんて知らなかったぜ。言ってくれれば試験で役に立ったかもしれないのにな」
「ごめんね、ライナー、辞めてたから敢えて皆には言わなかったの……。でも嘘をついたのは本当だよね、ごめんね」
「気にしないでよ、ウミ、私達は気にしてないし、何か理由があったんだって事わかってるから。ね、ユミル」
「相変わらず誰にでも優しいなぁクリスタは。この壁外調査のあと、私と結婚してくれ!」
駆け寄るライナーは気さくにウミに冗談混じりで声をかけ、相変わらずクリスタは優しくてユミルはそんなクリスタにぞっこんである。ウミが元調査兵団の分隊長である。と、トロスト区の件をアルミンから聞かされていた一同は再び調査兵団に舞い戻り今まで訓練兵時代にお世話してくれたウミがまさか分隊長まで上り詰めていたなんて。と、驚きを隠しきれないようだった。
エレンはきっと今回のトロスト区の件で巨人の脅威を目の当たりにした調査兵団に入団したメンバーはきっとあの時約束したアルミンとミカサだけだと思っていたのに、今こうしてみるとなんだかんだ成績上位者のほとんどが調査兵団への所属を決めたのだと知り嬉しそうに懐かしい同期たちとの再会に表情を綻ばせた。
無理もない、今の所属しているリヴァイ班はみんな先輩でベテランばかりでそれに上官があの時自分を黙らせ屈服させたリヴァイなのだから。リヴァイなりの配慮でなじみのウミが居てもそれでも気は遣うだろう。巨人の力をコントロール出来なければいつでも自分を殺せる集団の輪の中で内心怯えているに違いない。
「何だよ、みんな揃ってんのか。でも、お前らここにいるってことは……まさか、調査兵になったのか?」
「ほかにここにいる理由はあるか?」
「じゃあ、憲兵団に行ったのはアニとマルコとジャンだけ……」
残りの成績上位のメンバーは憲兵団への道を選んだのだと思っていたエレンの背後に聞こえた足音に振り向くとそこに居たのは緊迫した表情のジャンの姿だった。
「まさか、お前まで?」
「マルコは死んだ」
「え……? 今……今何て言った? マルコが死んだ……って……言ったのか?」
しかも、ジャンが告げたのは衝撃的な事実だった。マルコが死んだ、その話題に触れた時一瞬ライナーとベルトルトが険しい顔つきになった気がしたが。
一番誰よりもかしこくて生き残る確率が高いと思っていたマルコがまさか死ぬなんて…ウミは思わず手で口を覆い、エレンは信じられないと言わんばかりにジャンに詰め寄る。
「誰しも劇的に死ねるってわけでもないらしいぜ。どんな最期だったかもわかんねぇよ……あいつは誰も見てない所で、人知れず死んだんだ」
「は……マルコが……」
「おおい! 新兵集まれぇ! 制服が届いたぞ!!」
マルコが死んだ。ジャンの脳裏には身体の半分を食われた無残な死体となったマルコの遺体が生々しく記憶に刻まれている、
いつも優しくみんなを引っ張っていた、マルコが、どうして。マルコとの思い出が次々と浮かびウミもショックのあまり信じられないと人前で流さないと決めた涙が頬を伝いそうになりかけた時、そんな暗い雰囲気を壊すようにネスの元気そうな声が響いた。
新兵達へ次々と手渡されていく調査兵団のマント。並んで夕焼け空に映える美しい色彩に刻まれた調査兵団のシンボルである自由の翼を刻む姿は圧巻だった。皆が無事に仲間に加わり、ウミとエレンは全員がその背中に自由の翼を背負ったのを見届けた時、それが夢が幻かはわからない中で確かに同じく調査兵団に加わり背中に自由の翼を負ったマルコがこちらに振り向いて微笑んだ姿が見えたのだった。
「お前ら本当に……?」
「そう、私たちも今回の作戦に参加する」
「なぁ、エレン。お前巨人になった時ミカサを殺そうとしたらしいな?それは一体どういうことだ?」
「違う、エレンはハエを叩こうとして……」
「お前には聞いてねぇよ」
「なぁ、ミカサ。頬の傷はかなり深いみたいだな。それはいつ負った傷だ?」
ジャンに指摘されて傷を髪で隠そうとする隠すミカサにジャンは続けざまにエレン近づき問い詰める。ジャンは真面目な表情で巨人化できるエレンに対しての不安や現実主義の彼らしく真意を問うのだった。エレンは瞳を伏せ事実を述べる。
「本当らしい……巨人になったオレはミカサを殺そうとした」
「らしいってことは記憶に無ぇってことだな?つまりお前は「巨人の力」の存在を今まで知らなかったしそれを掌握する術も持ち合わせていない。と、」
「ああ、そうだ」
「でも、エレンは!」
しかし、エレンは負けずにあの後自我を取り戻して自分の役目を果たしたのを自分は確かに見たのだとウミが必死にジャンへ弁解しようと詰め寄る中で彼を抑止するも、ジャンの不信の矛先は今度は自分自身に向けられることになるのだった。
「なぁ、ウミ。お前何で今までず〜っと訓練兵団の元に居ながら元調査兵団分隊長だって隠してやがったんだ? しかも……今まで調査兵団に居たことを、俺達はミカサ達から聞くまで知らなかったんだ。なぁ、みんなもそうだよな?何かやましいことでもあったのか?」
「やめろよ。ウミは「私、逮捕されたのよ、憲兵団に」
「えっ!? 何で?」
「…傷害罪、ううん、過剰防衛、かな」
「えっ!?」
今度は自分に向けられた疑念。エレンがそれを庇うもウミはひとつ小さく息を吸い込み前を見据えてジャンに一歩踏み出すとそのまま正直に事実を述べた。もう隠しきれない。ジャンだけではない、みんなが幼い子供から思春期の多感な少年に成長する訓練兵時代の年月ずっと一緒に訓練兵時代を見届けてきた彼らが自分に疑惑の眼差しを浮かべている。なぜ今まで黙っていたのか、と。
今まで愛も唯一の家族も亡くした自分は自らの命も断てずにエレンとミカサとアルミンを支えるためだけに生きてきた。その中でずっと自分が元兵団に所属していたことは隠し続けてきた。しかし、まさかウミが自分たちの知らぬ間に逮捕されていた事も知らなかった。
「今まで隠していてごめんなさい。でも、隠していた事に大した理由はないの。私が兵団に所属していたと知ったら訓練所には居られなくなるでしょう? 104期生のみんなが大好きだから。それに、どうしてもエレンとミカサとアルミンの傍に居て彼らの成長を見届けたかったから。3人に口止めさせていたの。逮捕されたのはちょっと汚いドブネズミに絡まれて、それを返り討ちにしたら、憲兵に元調査兵だってことが見つかって……だから元兵団組織の人間が過剰に暴行したと、正当防衛が認められなかったのよ…。けど私には身寄りが居なくて身元を保証してくれる人が居なかったからそのまま調査兵団に身柄を引き渡されたって事」
「トロスト区で巨人たちに襲撃されてガス切れで俺達が動けない中で本部に向かう途中、姿を隠してまで俺達を助けてくれたのもウミだろ?」
「うん……ごめん、」
「それならそうと言ってくれりゃあよかったのに、ずっと探して礼が言いたかったんだよ、まさかずっと俺たちを導いてくれていたのがいつもそばに居てくれたウミだったなんてよ、」
「ジャンボ……っ」
「だからっ、お前なぁ! ジャンボって呼ぶなっての。母ちゃんと何話ししたか知らねぇけどお前は母ちゃんじゃねぇだろうがよ!」
「ごめん……ジャンボ呼びやすくて」
「ったく、ショックだぜ、ずっと俺達と一緒だったのに結局何にも言わねぇで勝手にいなくなるし、まさか調査兵として再会するとはよ」
ジャンに素直に事実を打ち明けたウミに104期生たちは驚いているようだった。いつ立体機動のガスが切れるかギリギリの状態で捨て身の特攻作戦決行で本部に突っ込む最中、自分たちの危機に姿を現したあの時ローブを纏った天使の正体がウミだったなんていまだに目の前でしおらしくする彼女だとまだ信じられないというのに……。
あの時見た底知れぬ戦闘力とはとても目の前でいつも優しく微笑んでいたウミにはとても見えなかったから。ジャンはため息をつくとウミの小さな頭にポンと手を置いた。黙り込む彼に今度はミカサが咎めるように声をかけた。
「ジャン……今ここでエレンを追いつめることに何の意味があるの?」
「あのなぁミカサ、誰しもお前みたいになぁ……エレンのために無償で死ねるわけじゃないんだぜ? 知っておくべきだ。俺達が何のために命を使うのかをな、じゃねぇといざという時に迷っちまうよ。俺達はエレンに見返りを求めてる。きっちり値踏みさせてくれよ。自分の命に見合うのかをな……」
そして、ジャンはエレンに向き直るとつかつかと歩み寄りその両肩を強く掴んで、最後は半ば懇願するかのように死に急ぎ野郎のエレンに彼なりの願いをぶつけるのだった。かつては安全な道を選んだジャンがマルコの死によって選んだ屍の道。自分に何が出来るか、現実的に物事を見て判断して、そしてそれでも世界の命運の鍵を握るのはエレンだと理解して。
「だから……エレン……! お前……本当に……頼むぞ?」
「あ……あぁ……」
新兵が最初の壁外調査で死ぬ確率は5割だ。誰も死なない保証などは永遠にない。もしかしたら次に死ぬのは自分なのかもしれない。マルコのように自分も死ぬのかもしれない。それでも、自分が何のために命を懸けるのか。それだけは明確にしておきたいからと。
年下のオルオに怒られながら慌てて夕食の時間に息を切らして帰ってきたウミとエレン。
みんな揃ってさぁ食事だと思ったその時、ウミはふと、いつも身につけているからと、特に意識もしていなかったが、いざ触れてみて改めてその重要さを知る。そう、彼から貰った誓の証が綺麗に繋げていたピンクゴールドのチェーンごと断ち切られていたのだ。思わず立ち上がるとその衝撃でオルオが紅茶のカップに思いきり歯をぶつけた。
「えっ!? 無い!? うそ……嘘、でしょう……!」
「どうしたんすか? ウミさん、」
「あっ、あの、ちょっと……私、捜し物が……ちょっと外に出てきても」
「ダメですよ、こんな夜遅くに何かあったら……あっ! ウミさん!」
「どうしよう、……どこへ……!」
「ウミ、待てよ!」
「あっ、ダメよエレン! あなたはここに居なきゃ!」
「待てよペトラ!」
「おい! お前ら勝手に外に出るな!」
「待て! 夕飯の途中で席を立つなんてマナーが悪いぞ!」
古城を飛び出し走り出したウミの表情は青ざめており慌ててエレンも追いかける。それに続くようにペトラが、オルオが、グンタが、エルドまでもが立ち上がりまるでハーメルンの笛吹き男のように皆がウミに連なって着いていく。
「オイ、だからって俺残して全員で行くことねぇだろ」
すっかり乗り遅れたリヴァイだけが1人虚しく薄暗い古城の食堂でぽつんと取り残されたままで呟いた。
▼
夜の暗くなった道を無我夢中で走りながらウミはタヴァサにも乗らずに着の身着のまま走り出し必死に指輪を探した。後悔した。これから激化する戦いの中で肌身離さず心臓に近い所だからと身に付けていたのがそもそも間違いだったのだ。午前練の立体機動の時に落としたのかもしれない。昼間訓練した広場だろうか?その可能性が高いとウミは少しでもその可能性を信じていた。すっかり暗くなった広場で探し回るウミの手が土に汚れそれは容赦なく綺麗に整えられた爪にも入り込んでゆく。このまま見つからなければどうしよう…ウミは悲痛に顔を歪めて泣きそうになりながらも叱咤した。泣いていけない、泣くなら、彼の前だけで。そう、決めたのだ。
「おい! ウミ!」
「ウミさん! 1人じゃ危ねぇっすよ」
「エレン!オルオ君、えっ! みんな!?」
「私たちも手伝います、大事なものなんですよね!」
「松明も持ってきましたので、今日の訓練中に無くされたのならと恐らくここにあるかと」
「一人では夜が明けてしまいますよ」
そうしてウミについてきたエレンを筆頭にリヴァイを除くリヴァイ班の全員がウミの捜索に手伝いに来てくれたのだ。
「探しているものは何ですか?」
「えっと……指輪なの、とても大事なモノ、エレンは知ってるよね?」
「ん、ああ、知ってる、風呂での時に見たから……細い指輪だよな」
「なぁにいい!? てめっ、エレン!! まさかウミさんの風呂覗いたのか!? チクショウ!!」
「ちっ、違いますよオルオさん! オレがもっとガキの頃の話ですって、いたたたた!」
「ウミさんは大人じゃねぇか!」
「ふざけてないで、早くみんなで探すわよ!」
指輪の特徴と形状、そしてはめ込まれた海のような色をしている高価な宝石をはめ込んだ波打つ指輪を探し始めた。
「みんな、本当にありがとう……! もう、なんてお礼したらいいのか……!」
「それじゃあウミさんの手料理が食べたいですね」
「先に見つけたやつがウミさんの料理にありつけるってことですね」
「ええっ、私そんなに料理上手じゃないわよ?」
そんな雑談を交えながら夜の闇夜の中で指輪を探す怪しい集団に見えるがそのまなざしは真剣だ。しかし、夜で暗いのもありいくら松明があると言ってもその不安定な光じゃどれだけ探しても見つからない。
「なかなか見つからないっすね」
「みんな……ごめんね、訓練で疲れてるし壁外遠征も控えてるのに」
それぞれの手は土に汚れてしまっている。しかし、それでも探す手は止めない。エレンは今にも泣きそうなウミの顔が心配で木に登って探そうとふと松明を木にかざした瞬間、枝に一瞬きらめく何かを見つけた。
「もしかして……」
思いきりジャンプして木の枝に手を伸ばせば細くて堅い何かを掴み、見て見るとエレンの手の中におさまるそれは間違いなく繊細なピンクゴールドに輝く持ち主のように華奢なチェーンだった。
「これか!?」
そういえば昼間の訓練の時にウミが立体機動で思いきり木に激突したのを思い出した。
その時の衝撃で木に引っかかって切れてしまったらしい。切れたチェーンが木に引っかかっているのを見てそれならこの近くに指輪が転がっている可能性があると睨んでエレンは木の根元に這いつくばって探し回る。人前で、いや、一度もどんな時でさえ泣かないウミが本当は泣きたくてたまらないのに我慢している気がして、それがたまらなく辛くて。
だからこそ、何としても絶対に見つけてやると半ば意地になりながら手探りで見つけた瞬間。
「あった! これだよな!」
「本当!?」
巨人殺しに長けた調査兵団きっての精鋭のメンバーがまさかたった一人の無くし物の為に必死で地面に這いつくばって探してくれている中、エレンが掴んだ土にまみれた黄土色の中に銀色に輝く指輪を発見したのだ。エレンの手にかざしたそれをよく見ようと走りながら這いつくばるように転がりながら駆け寄るとそれをまじまじと眺める。描いた曲線、はめ込まれた石、間違いない。
「エレン……っ、みんな……あ、ありがとうっ……本当に……ううううう……」
「ウミさん、よかったですね……本当に、」
嬉しそうにその指輪をエレンから受け取ると胸に抱えてその安堵して崩れ落ちたウミ。
「エレン!」
「うわっ! なっ、何だよ!!」
今にも泣きだしそうになりながらエレンに飛びついたウミを赤い顔をしたエレンが引きはがそうとするが、ウミは離れようとしない。歳の差のある姉弟にしか見えないそんなほほえましい姿にリヴァイ班のメンバーも探し物が見つかり安堵したように駆け寄りそっとウミを宥めてやった。
自分達よりも年上で元分隊長としての実力も確かでエレンが誤って巨人化した事件の時見せた恐ろしい形相もまだ鮮明な中で皆はウミの事をはじめは警戒していたが、その性格を知るにつれ、年上なのにとても放っておけない存在だということを改めて感じていた。
ウミ自身がどれほどその指輪を大事にしているのか、そして彼女のその指輪の送り主が誰なのか……明確にわかるほどに。
「皆、本当にありがとう……本当に、どう、お礼をすればいいのか、本当に……!」
「いいんすよ、ウミさん」
「残念だがウミさんの手料理はエレンの独り占めだな、」
「そんな……それなら、皆さんの分、全員作ります」
「リヴァイ兵長は手伝わなかったから俺達の分だけだな」
「そうだな、そうしようか!」
指輪が見つかった安堵と、夜と言う雰囲気にテンションが上がり輪になって楽しそうにはしゃぐウミ達とリヴァイ班、その背後で静かにその光景を見つめる三白眼の眼があった。
「お前ら……、随分楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」
聞こえた低い声はこの集団の中の誰でもないし、似せてるオルオでもない。ギギギとブリキの人形みたいに鈍い音を立てて振り向くとそこに居たのは間違いなく我らがリヴァイ班の班長の姿だった。相変わらず表情の読めない男だが、彼が自分だけ仲間外れにされているのは明らかで。
その後勝手に食事中に外を飛び出した罰と連帯責任としてウミはリヴァイから1日飲まず食わずの城中の掃除を命じられたのだった。班長の言う通り角々きっちり掃除しているリヴァイ班のメンバーの中でいつも丸く床を掃くような履くような性格のウミがリヴァイのお気に召す掃除が出来るはずもなく。何度もゲンコツされ、半べそでやり直しをする羽目になったのだった。
「(あんな安物、失くしたくらいで……幾らでも買えってやる……それなのに、泣きそうな顔、しやがって……馬鹿野郎が、)」
男の懐から取り出した指輪。それはウミの片割れで。離れた指輪はお互いの片割れをいつも探している。それはあの日死んだはずの思い出。今も二人の胸に刻まれていて、そして再生の時を待っている。
2019.08.06
2021.01.24加筆修正
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