THE LAST BALLAD | ナノ
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#03 奪われた明日

「エレン!ミカサ!」

 曲がり角を曲がった先、そこにいつもの光景があったはず、だった。しかし、視界に飛び込んできたのは変わらずに、先程と同じく潰れた自宅と突き刺さった巨大な破片。そして入れ違いに変わり果てた自宅に戻ってきたエレンとミカサの姿だった。二人とも小さな身体で必死にカルラの両足を塞ぐ瓦礫をどかそうとするもビクともしない。その時、鈍い音と共に不気味な笑みを浮かべた巨人がこっちに向かって突き進んできたのだ。

「急げ!早く瓦礫をどかさねぇと!」
「うん!」
「ウミも早く!」

 ウミも駆けつけて3人で必死に瓦礫を持ち上げる。瓦礫を持ち上げながらウミは思案していた。必死にどかそうとするも家の柱が邪魔してこの非力な3人では無理だ。ハンネスに協力してもらったとしてもこの柱を持ち上げられるのは本当に巨人くらいの力がなければ到底力及ばない。ましてカルラはもう歩けない。さらにこの中でまともに巨人と戦えるのは自分だけ。かと言ってここで自分がかつてのように戦ったとしてもう体力も衰え前線から退いているのに急に前のように戦うことは出来ない。いつまでもここに留まったとして救援は絶望的、人より巨人の方が押し寄せ増えてきている。間違いなく全員ここで食われることになる。嫌になる。助けたいのに今までの戦い抜いてきた経験がどうしても先に来て今ここでできる最善の冷静な分析を下す自分に。そうやって今まで何人を見捨ててきただろう。

「(ダメ……このままでは全員助からない)」

 立体機動装置のアンカーを射出しハンネスは果敢にも向かってくる巨人に無謀な戦いを挑もうとしたのをウミが止めようとしたその時。

「ハンネスさん! 待って、巨人とまともに戦ってはダメ! 子供たちを、ウミを連れて逃げて!!」

 必死に瓦礫をどかそうとする3人を見やり、カルラは叫んだ。

「見くびってもらっちゃ困るぜカルラ! オレはこの巨人をぶっ殺してきっちり全員助ける!! 恩人の家族を救ってようやくあの時の恩返しをさせてもら「ハンネスさん! お願い!!」

 カルラの声に一瞬、立ち止まるもハンネスは恐怖を振り払うように再び初めて対峙した巨人へと立ち向かってゆく。対峙した巨人へ勇ましくブレードを振りかざした走り出したハンネスをゾッとするほど不気味な笑みを浮かべ、綺麗に並んだ歯を剥き出しにした女の巨人が見下していた。

「ハンネスさん!」

 勇ましく飛び込まなくても死に際に英雄にならなくていい。カルラの叫びに立ち止まるハンネスはしばらくその場に凍りついたように動かなくなり、何かを考えたのかガシャン!とホルダーにブレードを収めると巨人に背を向け必死に瓦礫をどかそうとしたエレンを肩に担いだ。

「ウミ!」

 そのハンネスの行動に理解を示しウミは頷くとウミはウミで身長がそんなに変わらないミカサの手を掴んだ。

「ありがとう。ハンネスさん、ウミ」

 微笑むカルラにウミの瞳は揺らいだ。しかし・・・ウミは後ろ髪を引かれながらも今はここでこうしてる場合ではないのだと、もう全員が助かる道はない、と判断した。

「助けてください!!ウミ分隊長!」

「っ……」

「命令だウミ、俺を置いてお前は逃げろ!!この班は全滅する!」

 ああ、まただ。何度別れを繰り返しただろう。昨日まで語り合っていた目の前の人間が無惨な最期を遂げた。あの日の後悔と重なる。自分は恐ろしいほど無力で臆病だからみんな投げ捨て怖くてここまで逃げたのだ。そんな今の自分にはあの巨人と戦うことすら恐怖だった。

「オ、オイ!? ハンネスさん? ウミも! 何すんだよ! 母さんがまだ……!」
「エレン! ミカサ! 生き延びるのよ!!」

 突如母から引き離されたミカサとエレンは突然の大人二人の行動を理解できないままで居る。動けないどっちにしろ助かる見込みのないカルラを切り捨て走り去ってゆく決断を2人は決めたのだ。ウミは託された2人を守ると誓い、ミカサを引き連れて自分の無力さをただ嘆くしかなかった。

「ウミ! 何でだよ、何で母さんを見捨てるんだよ……っ、何で戦わないんだよ!! お前っ、それでも、元・調査兵団分隊長かよ!!」
「エレン……!」

 元調査兵団でありながら実力なら未だに健在であるウミへ立体機動装置を奪って戦わないのか、エレンの疑問符は鋭い言葉となってウミを突き刺した。投げつけられた言葉に限界まで瞳に溜めた涙をはらりと落とす。しかし、ウミは黙ることを貫いた。その問いに答えずまずはこの子達を安全な場所まで。遠ざかるカルラに約束したのだ、子供たちを守ると。
 カルラを目線で捕捉し、歩み寄る巨人。3人の力ではビクともしなかった瓦礫を簡単にどかし不気味な笑みを浮かべていた。今思えばあの巨人はまるで初めからカルラだけを狙ったかのようだった。
 人形のように彼女を拾い上げ、無理やり母から引き離されるエレンとミカサの視界にその光景がスローモーションのようにはっきりやけに生々しく刻まれていた。巨人に掴まれ、何度も拳を叩いて抵抗するカルラを背骨から真逆にへし折り、カルラは美しい夕暮れの逆光の中で事切れて動かなくなった。そのまま口を開け、一気に放り込むと醜い笑みを浮かべ嘲笑うかのようにカルラの上半身を無残にもくいちぎり満足そうにパクリと飲み込んだのだ。

「やめろおおおおおお!!!!」

 エレンの悲痛な叫びがあちこちから白煙の上がるシガンシナに響き渡り、カルラを捕食したことにより飛び散る血はまるで花びらのように、雨のように降り注ぎ、それはウミの頬を伝った。

「(ごめんなさい……ごめんなさい……!! 許して、カルラさん! 約束は、果たします……どうか、どうかー!!)」

 ただ、呆然とするまだ幼い2人を横目にただ己の無力さを嘆いた。しかし、これでカルラとの約束は果たせたし2人は安心だと、ウミは再び背中を向けて走り出していた。

「ごめん、ごめんね、エレン、ミカサ……」
「おい!どこに行く!立体機動装置も無しに、おい!ウミ――……!」

 一人静かに詫びの言葉を並べ、せめてもの償いをする為に。ハンネスの呼びかけにも答えず、ウミは調査兵団に所属していた身でありながらカルラをみすみす見殺しにした自分を悔き、その憎しみは全ては、巨人へと注がれることになる。

「この人殺し!」

「俺の息子を返せ!」

「何が調査兵団だ!!この税金泥棒!」


 ウミは走り出していた。息を乱し、巨人に一蹴され首なしで転がった駐屯兵団の無惨な死体から立体機動装置を奪うとウミの瞳はここではないどこかを眺めているようだった。流れる涙、泣く資格などないくせに。ウミは悔やんでも悔やみきれない取り返しのつかないことをしたと、まさにこの世の終わりだと思った。否、自分を取り巻く世界はもう既に終わっているのだから何も今更悲しむことは無いのだと。
 どうせ、こんな混乱の最中、誰も見てないだろう。ウミは記憶を頼らずとも着ていたワンピースを脱ぎ捨て下着姿になった。髪をくるくるっと纏めてギブソンタックにし、静かな手つきで対Gベルトを装着する。
 駐屯兵団のジャケットを羽織り近くにあったローブで姿を隠した。ガシャガシャと音を立てて、久々に装着した立体機動装置はこんなにも重かったのだろうかと。何度も何度も体を動かしてその感覚を記憶の中から取り戻すように繰り返した。
 ガスも刃も戦う分なら十分にある。どうやらガスを使うことなく喰われたらしい。替刃もあり、煌めくブレードを掲げ刃を振り上げると迷うことなくその目は巨人に向けられる。

「……久しぶり」

 大丈夫、全く忘れていない。巨人の殺し方ならこの身に何度も叩き込んできた。幾度もその血を浴びた。トリガーを引き、アンカーを射出すると身軽な体躯を生かし夕闇に染まりつつあるシガンシナの街を眺めウミはまさに背中に翼が生えたかのように身軽にシガンシナの空を舞った。
 やけに落ち着いていた。半ば自殺行為にも似た衝動だった。自分が死んだところで今まで死んでしまった者達が帰ってくる筈もないと言うのに。建物にアンカーを射出して屋根の上に飛び上がると飛び込んできたのはあまりにも目を覆いたくなるようなシガンシナ区の惨劇であった。巨人達が歩き、あちこちから立ち上る白煙に今は逃げ惑う人の悲鳴も聞こえない。前を見据えた孤独なウミの戦いが幕を開く。無惨な姿で巨人に食われたカルラの最期を振り払うように。次第に取り戻してゆくかつての戦いに身を投じていた。門の方へ向かうと視界の端にちょうど走っていた奇行種を捉えた。駐屯兵団が大砲で狙いを定めるもその大砲には巨人を狙う精度も威力も存在していない。このままでは・・・ウミは迷わずその巨人へと一気に接近し、アンカーを項に打ち込んだ。寸分の狂いもなく項を狙えば久々の感触と共にズバン!と唯一の弱点である巨人のうなじ部分を一気に切り裂き仕留めあげ、飛び散った血に染まる頬に光る涙を隠して地に伏せやがて巨人は蒸気とともに消える。唯一巨人を倒すことが出来る手段。建物ではなく直接巨人を足場にしながらウミは門に迫る奇行種を相手に一気に仕留めると、身軽な身体は噴出したガスを背に受け目に追えないスピードで駆け抜けてゆく。

「おい、あれは誰だ?」
「調査兵団……なわけないよな、今朝本部に帰っちまって応援部隊も遅れてるのにそんなに早くここまで来れないはず……」
「なら、駐屯兵団にあんな風に立体機動装置を使いこなしている奴なんて居たか?」
「さぁ……?」

 まるで羽が生えたように。立体機動装置を身に付けたウミは敵なし。天高く飛びもう戻らないこの街を最後に焼き付けて。そう、この街で思い出すのはただ楽しかったあの日々。大好きな人がそばにいた、仲間がいた、しかし、その幸せと引き換えに多くの人を死なせてしまった。そして、間に合わなかったとウミは次々遅い来る巨人を仕留めあげ、最後の巨人を一蹴したあとひしゃげて折れ曲がったブレードを手にしたまま地面に着地すると膝から崩れ落ち、

「っ……ううっ……あ、あぁああー!!」

 悲痛に声にならない声で叫んだ。虚しい慟哭が惨劇のシガンシナに響くだけ。その声は誰に聞かれることも無くウミは失った今までの仲間、そして家族、目の前の助けられなかったカルラを思い叫び続けた。

 ズン、ズン、

 ふと、静まり返った辺りに鈍く響く足音。一体どこから?ウミが耳をすました時、どこからともなく巨人が姿を現したのだ。

「え……!」

 その巨人の姿にウミは驚愕する。15メートル級と平凡な体躯の割にまるで硬い鎧のような筋肉で全身を覆われており全体的に普通の巨人に比べてガタイがいい。今まで遭遇した巨人の中でもその姿を目にしたことは無い。そしてその巨人が見据えた先は必死に駐屯兵団が守ろうとしている今にも閉じそうなウォール・マリア内地側の扉だった。なぜあそこ?まさか……嫌な予感がした。また奇行種なのか?さっきの超大型の巨人といい、普通の人間を捕食するのでは無くまるで強い目的意識を持ったかのように突如現れた鎧のような巨人は重心を低くすると助走を付け、扉に向かって周りの建物や飛んでくる砲弾を吹き飛ばす勢いでウォールマリアの門めがけて一直線に走り出したのだ!

「なんてことを……っ、それだけは!!」

 血の気が一気に引くようだ。このままではシガンシナどころかウォールマリア迄も巨人の領域にされてしまう!止めさせなければ・・・!ウミは慌ててその鎧の巨人の動きを追いかけ必死に手を伸ばした。まるでそれは巨大な鉄の塊を喰らうようなもの。そんなもの喰らえばひとたまりもない。

「止めてええっ!!」

 お願いなんかして巨人が言うことを聞くか。しかし叫ばずには居られなかった。あまりにも早すぎて到底追いつけない、しかし、何としても守らねばならない、ウミは今にもなくなりそうなガスを吹かして鎧の巨人の進行方向に向かって飛び上がりアンカーを射出した。ここであの巨人を止めなければ人類は本当に終わる。アンカーを鎧の巨人に狙い定めて放つとそれは見事に肩の柔らかい部分に突き刺さる。ーここで殺す。

「やあああああっ!!」

 掛け声と共に力いっぱい飛び上がるとワイヤーを引き付け何度も回転しながら身軽で小柄な体躯を生かしその遠心力を生かして力いっぱい上からうなじに向かってブレードをたたき落とした瞬間、まるで鋼鉄のように硬い皮膚にブレードは粉々に砕け散り、砕け散った破片が頬を掠めウミは一瞬のうちに驚く間もなくその勢いで家屋に顔面から突っ込んだ。

「退避!! 巨人が来るぞ! 突っ込んでくる!!」

 何度も砲弾を打ち込んでもその勢いは衰えない。鎧の巨人は逃げ惑う駐屯兵団達を弾き飛ばし、そのまま走りを止めずに駆け抜けウォールマリアの壁に向かってタックルを決めたのだった。壁を突き抜けた衝動と破壊された勢いはまるで爆風となって襲いかかる。砲弾も駐屯兵団もほかの巨人さえも弾き飛ばしその爆風はウミに向かって飛んできた。

「っ……きゃあああっ!!」

 熱い、痛い、強い熱風と破片と砂埃が容赦なくウミを襲い、アンカーを煉瓦に打ち込み吹き飛ばされないよう必死に踏ん張るもその煉瓦ごと破壊されウミはあっという間に吹き飛ばされた。夕日の沈むシガンシナの街を、そして今日まで守り抜き強固に築き上げてきた対巨人用防壁は粉々に破壊され尽くしたのを最後に遠のく意識の中で、ウミは夢を見た。ただ脳裏に描いて、漸く口にしたもう居なくなってしまった微かな幻想を追い求めて。しかし・・・もうここにはいない人を何を今更、諦めたように涙を落とした。

「駆逐してやる……! この世から、一匹残らず……!!」

 傷つきやがて涙と共に気を失ったウミ。時同じくしてあの日の少年は涙を湛えた瞳で決意した。あの日、人類は敗北したのだ。そして楽園は脆くも崩れ去ったのだと、思い知ることとなる。
 ウォールマリア南方シガンシナ区陥落の知らせは領域内のあらゆる街で瞬く間に広まるのだった。この年中央政府は人類の活動領域をウォールローゼまで後退させることを決定し、人類は三分の一の領土であるウォールマリア領全てを放棄した。100年の空腹から解き放たれた巨人達によって被害者数は1万人にものぼる大損害となった。しかし、まだ終わってはいない。最後の一人になるまで巨人は人間を食い尽くすだろう。

 
To be continue…

2019.06.11
2021.01.03加筆修正

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